表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/52

第七話「その男、危険につき」①

 永友魁一郎少将。

 対インセクター戦で数々の武勲を立てた星間連合軍でもトップクラスの再現体リビルダー将校。

 

 彼自身は、現在セカンドにて桜蘭帝国と共同戦線を張りながら、日々奮闘を重ねる派遣軍のバックアップを担うプロクスター基地の司令官に任命され、この一年近く多忙な日々を送っていた。

 

 その存在は、ふたつの世界の橋渡し役として、またその兵站運用の手腕は、他に類を見ないと言われるほど巧みと高く評価され、この戦役において極めて重要な役割を果たしており、事実上の桜蘭帝国派遣軍の総司令官のような立場となっていた。

 

 かくしてすっかり、重要人物となってしまった彼の元に、一人の再現体将校が訪問してきたところから、物語は再び歯車を回し始めることとなる。

 

「やぁ、始めまして……私が永友だ。わざわざ私に面会要請とは……何と言うか、物好きだね。この娘達は初霜と祥鳳……まぁ、私の側近のようなものでね……好き好んでいつも私の側にいるんだ……とりあえず、気にしないでくれ」


 そう言って、永友提督は執務室で彼の両脇を固める二人の少女をその男……いや、少年と言っていい若者に紹介する。

 

「どうも、空母祥鳳です……永友提督の副官と直轄艦隊の総括旗艦を担当しています」


「ああ、軍港にぞろぞろいた艦隊の事だね……あの艦隊のボスが君なんだね」


 祥鳳は、ちらりと若者を一瞥すると無表情で目線をそらし、天井のあたりを見つめる。

 否定も肯定もしない……要するに黙殺だった。


「駆逐艦初霜です……提督の副官と身辺警護を担当しています。あの……失礼ですが、まずは貴官の名乗りから先なのではないですか? 貴官の所属と階級、姓名をお願いします」


 言いながら、腰に吊るした日本刀の柄に手をやり、パチンと鳴らしてこれ見よがしに見せつける初霜。

 服装自体は、黒いセーラー服なのだが、帯剣用の革ベルトを腰に巻いて、えらく物々しいスタイルだった。


 永友提督は武器の携帯は不要と言い聞かせていたのだけど、完全に無視した上に高圧的な態度の挙句の威嚇行動。

 元々愛想のいいタイプではないのだが……その雰囲気はまるで憲兵かのようで、永友提督も思わず、苦笑する。

 

 この二人……どちらも副官を名乗っているのだが……。

 これは、どちらもその立場を主張して譲らず、折衷案として「副官が二人でもいいんじゃないかなー」と言う永友提督の一言でこうなった。


 けれども、祥鳳と初霜……どちらも揃いも揃って、事務的な挨拶もそうだったが、剣呑そのもの言った態度だった。


 それもそのはずで、二人共この若者との面会には反対だったのだ。

 それでも、提督の顔を立てているつもりらしく、おざなりな様子でペコリと頭を下げる。

 

「わざわざ、丁寧な自己紹介ありがとうと言っておくよ。………僕は、カイオス……カイオス・ハイデマン。……所属は星間連合軍の企業支援艦隊所属……階級は一応中佐だったかな……まぁ、どうでも良いんだけどね」


 そう言って、薄紫の髪をかき上げながら、その陰気臭い細目を曲げて、少年は不敵な笑みを浮かべる。

 

 一応、再現体として正式に銀河連合軍の軍籍を持っているようなのだが、士官服を身につける訳でもなく、ボンテージファッション風の拘束具のような奇抜な服装に身を固めた、まるでパンクロッカーのような姿だった。

 

 更に彼の背後に控える二人も、揃って灰色のローブのようなもので顔を隠し、見るからに胡散臭い風体だった。


 事前申請によると、どちらも操艦用合成人間……これは桜蘭帝国戦後に星間連合軍に配備されるようになった初霜達の量産型下位互換機とも言える者達だった。


 能力的には、劣化コピーのようなもので、比較にならない程度なのだが、とにかく艦体も含めて大量生産が可能で、黒船との戦闘もそれなりに戦えているとのことで、連合艦隊の主力が代わる代わるセカンドに出張っている関係で、数的には星間連合軍の主力になりつつあった。


 ただ、この二人……単機能型合成人間の無機質な雰囲気もなく、むしろ初霜達、戦闘艦艇頭脳体に近いか、何らかの艦艇の頭脳体なのではないかと、永友提督も見当をつけていた。

 

 もっとも、初霜たちと違いその雰囲気はまるで死神かなにかのようで、永友提督も正直、あまり関わりたくないと思っていた。


 カイオスの方も……言わば街のチンピラのような雰囲気で、街中で目を合っただけで、イチャモンを付けてくるような……そう言う類の人種に見えた。

 正直、永友提督にとっては、第一印象の時点でアウトだった。


 それでも、正式な面会手続きを踏んでいる上に、様々な事情があり彼の訪問を受け入れざるを得なかったのだ。

 

 初霜も当然、この二人に対して警戒しているらしく、後ろ手に手を組みながらも一定の間合いを保ちながら、いつでも腰の物を抜けるようにしていたし、祥鳳もワンアクションで提督の盾になる位置……要するにすぐ隣に控えていた。

 

「わたくしは、トーンと申しますの。そして、こっちはフロスト……ですの」


 少し大きい方が無感情に呟く……どうやら、自己紹介のつもりらしかった。


 祥鳳が提督にだけ見える位置で、タブレットの星間連合所属艦艇情報の照合結果画面を見せると首を横に振った。

 

 ……該当艦名なしとの表示。

 

 頭脳体ならば、その外観や艦種も含めて、データベース登録されているはずなので、該当なしとなると……どうやら外れだったらしい。

 もしくは、偽名か自称……こちらに余計な情報をよこすつもりはない……そんなところだと、永友提督も当たりをつける。

 

 なにせ入港してきた艦自体も熱光学ホログラフによる偽装が施されており、外観上はエーテル空間用輸送艦にしか見えず、大きさや熱反応から重巡クラスと駆逐艦らしいと言う情報しか掴めなかったのだ。

 

 星間連合軍経由での艦籍問い合わせも、星間巨大企業クリーヴァ社保有の輸送艦扱いになっていると言う、絶対実物を見ていないとしか思えないような返答が返ってきただけだった。

 

 つまり、所属不明の謎の艦艇。

 これに乗ってきたのがこのカイオスと言う少年と二人の頭脳体だった。

 

 あまりにも胡散臭い相手なので、初霜も自艦を臨戦待機させているし、祥鳳も艦載機を甲板に並べて、ホットスクランブル待機状態。

 

 疾風も厳戒態勢で港湾内で待機中だった。

 

 全艦、密かにその艦砲の照準は、その二隻の偽装艦艇を捉えていたし、港湾施設の民間人も訓練名目でシェルター待機……まるで、戦闘が起こることを前提にした厳戒態勢の中の訪問受け入れだった。

 

 プロクスター基地の統括所有企業のエスクロン社からも、やり過ぎだと言われており、永友提督もいくらなんでも警戒しすぎと言うことで、二人にも苦言を呈していたのだが。


 結局、初霜達の強い要望に折れる形で、永友提督の名に於いて、発令されていた。

 彼女達に言わせると、プロクスターの守りが手薄過ぎると言う事だった。


 とは言え、他の永友提督の直轄艦隊の各艦は、現在桜蘭帝国戦線に張り付けているので、現時点での提督の配下の艦はこの三隻のみだけだった。


 他にも10隻近くの艦影が港湾の各所に並んでいるのだが、それらは精巧なダミーバルーンで……要するにハッタリだった。

 

 けれども、提督にとってこの三人は、この未来世界の戦争に身を投じて以来、常に共に戦ってきた古参にして、側近とも言える者達で……誰よりも信頼していた。

 

 そして、またの名を永友親衛艦隊とも言われている艦達の代表格が、初霜と祥鳳……この二人だった。

 

「うん、カイオスくんか……よろしく頼むよ。……なんでも、クリーヴァ社の専属なんだってね。あの企業は確かドイツ系企業が母体なんだったかな。正直、君の事はよく知らないんだけど、同じ21世紀初頭を生きていたんだってね……私も同じ時代の人間の出身だ。あの時代と比べると、この世界はまるっきり別物だから、随分戸惑ったんじゃないかな?」


 そう言って、永友提督も敢えて友好的な態度で笑いかける。

 

 二人の付き人も含めて、武装などの類は持っていないのは司令部ビルに入館した時点で、密かに確認されていたし、手の届く距離に白兵戦の名手初霜だっている。

 

 その上、プロクスター基地に駐屯しているエスクロン社の私設地上軍の陸戦ユニット一個中隊が、この司令部ビル内各所に潜んでいた。


 この司令官執務室のあるフロアの別室にも機械化歩兵一個小隊が待機しており、何かあれば、すぐに駆けつけてくる手はずになっている。

 

 自他ともに認める臆病者の永友にとっては、訳の解らない面会者と直接会うのだから、この程度の備えは当然と思っていたし、永友提督の身辺警護責任は、エスクロン社が請け負っていたので、こちらについては全面的に協力してくれていた。

 

 けれど、門前払いという一番無難な選択肢は、残念ながら選ばせてもらえなかった。


 この少年が所属するクリーヴァ社自体、未来世界の星間企業でも異例とも言える徹底した秘密主義の企業ながら、その影響下の星系は全銀河の1/5にも及ぶ一大星間企業でもあった。

 

 当然その影響力はエーテル空間の航行権にも及んでいた。

 エーテル空間条約では、エーテル空間流域は絶対中立とされており、特定勢力による領有権は本来、認められていないのだが。

 

 この一年……クリーヴァ社は自前で補給基地を建設したり、既存施設を買収することで、補給網を牛耳る形で事実上の航行権を押さえており、企業国家やローカルな中小星間連合国との諍いが絶えない企業でもあった。

 

 永友提督のスポンサーたる星間企業エスクロン社はもちろん、アドモス商会からも、くれぐれもトラブルを起こさないようにと釘を差されていた。

 

 そもそも、この面会自体も、両社の共同事業にクリーヴァ社の利権が絡んだ関係で企業間トラブルとなり、先方が譲歩する交換条件として提示されたとのことで……。

 永友提督もスポンサーの意向と言う逆らい難い事情で、無下に断れなかったのだ……。


「21世紀初頭ねぇ……やっぱりそうなんだ……どうりで、あの時代のヌルい空気をまとってる訳だ。まったく……星間連合軍でも有数の提督って聞いてたんだけど、これは正直、見込み違いだねぇ……。なんだか面白そうな奴みたいだったから、わざわざ直接、顔を見に来たんだけど、無駄足だったかな」


 第一声がこれだった……もともと態度も悪く、永友提督も第一印象の時点で好意は持っていなかったのだが……。

 案外、口を開けば気の良い若者かもしれないと、ささやかな期待をしていたのだ。

 

 けれど、口を開くなりこんな調子では、やっぱり……と言うか、もう最初から裏切られたような思いだった。

 もしバイトの面接だったら、この時点で不採用決定とするんだが……とやくたいもない事を考えてみたりもする。


「なんだい君は……初対面にしては、随分手厳しい事を言うね。けど、若い子ってのは多かれ少なかれ、そんなもんだ……私も若い頃は随分やんちゃしたからね……若人の反骨心! はっはっは! 大いに結構じゃないか」


 そう言って、永友提督はカイオスの無礼極まりない言葉を笑って受け流す。


 もともと、怒ってるところを想像できないなどと言われる程度には、温厚な人格者でもあるので、この程度何とも思っていなかった。

 

 それに、彼から見たら永友提督は、最前線に出ないで後方でデスクワークばかりやっている癖に配下に恵まれただけで戦果を上げて出世した……まさに成り上がり提督にしか見えないだろう。


 なにより、目上の人間に、無条件で頭を下げることを潔しとしない……若者にありがちな反骨精神の現れ。

 そう思えば、可愛いものだった。

 

「ははっ……さすがに、こんなケチな挑発程度には乗ってこないか……まぁ、いいや。僕の名前を聞いてもピンとこないみたいだし、やっぱり僕らの計画の妨げにはなりそうもないね……トーン、君はどう思う?」


「……首を狩る魅力もありませんの……まったく、どいつもこいつも鈍感な無能者ばかりですわ……そこのまがい物も含めてね」


 物騒な言葉と共に、トーンと呼ばれた少女がその顔を隠していたフードを下ろすと、その容貌が初めて晒される。


 ウエーブの掛かった亜麻色の髪と緑の瞳……。

 

 その容姿と声に初霜は覚えがあった。

 

「……と、利根さん? なんでこんな所に? いえ……でも……」


 露骨に動揺する初霜の様子と、その言葉に永友提督も思い当たるフシがあった。

 

「利根と言うと……確か、初霜がセカンドに居た頃の後輩だったかな? けど、桜蘭帝国が黒船の大侵攻を受けて、所属基地諸共玉砕したって……」


 実際のところ、セカンドの利根は至って健在なのだが……。

 この話は、桜蘭帝国から初霜に伝えられた話だった。

 

 ……桜蘭帝国本国では、斑鳩基地とその所属戦力については、すでに全滅したと判断されていたのだ。

 これは、桜蘭帝国の一連の撤退戦で、このような事例がいくつも発生していた事もあるが……。


 当時の桜蘭帝国軍上層部は、斑鳩基地が健在である可能性を知りながら、敢えて見捨てる選択をしたと言う事情もあった。

 

 その程度には、利根達は危険視されていたし、斑鳩基地司令の柏木もその強大な戦力を持つ利根達を私兵化して、反乱を起こすのではないかと危惧されていたのだ。


 桜蘭帝国による異世界侵攻の敗退とその不始末の責任を取る形で、桜蘭帝国軍の上層部は、侵略戦争を指導した帝国議会の議員たち諸共まとめて更迭され、その上層部がクルギ将軍を代表格とする穏健派と入れ替わった事で、帝国軍の体質やその方向性は劇的に改まったのだが……。


 斑鳩基地を意図的に見捨てた件については、最高機密と言うことで隠蔽されており、クルギ提督達にも正確な情報が伝わっていなかったのだ。


 ……利根達は初霜にとっても、雪風同様昔馴染みの者達で戦友とも言える間柄だった。


 初霜は、頭脳体の機能停止に伴う再生措置の影響で、当時の記憶はほとんど失われていたのだが。

 最近になって、断片的にかつて斑鳩基地にいた頃の記憶を思い出せるようになっていた。


 だから……初霜もその短い間ながらも彼女と過ごした思い出をちゃんと覚えていたのだ。

 

 それ故に、桜蘭帝国へ一時帰還し、彼女達との再会を期待していた初霜も、桜蘭帝国軍上層部からその悲報を聞いて、ひどく落ち込んだものだった。

 

「ああ、セカンドにもわたくしの同位体がいたんでしょうね。むしろ、忌々しい話ですわ。……きっと、そいつはわたくしのように甲板に生首を並べられた記憶なんて無いんでしょうね……でも、貴女のその様子だとそいつ沈んじゃったのかしら? うふふ……ある意味我が事なんですけど、スカッとする話ですわ!」


 初霜の複雑な思いを知ってか知らずか、忌々しげにそう言うと、トーンは妖艶に笑った。

捕捉ですが。

このカイオス少年は、お察しの通り、セカンドの歴史に登場するナチス総統ベルヘルト・ハイデマンの曾孫に当たる人物です。詳しくは設定資料を参照。


と言っても、オリジナル世界のベルヘルト・ハイデマンの方の曾孫なんですけどね。

オリジナル世界側で、彼が何をしたのかは現時点では、敢えてここでは語りません。


キャラクター的には、エヴァの「カヲル」と禁書の「一方通行初期Ver」を足して二で割ったような奴です。

……一言で言って、ゲスい奴。


しばらく、下げ展開となりますが……ご理解ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ