第六話「共同戦線」④
文字通り、未来を演算し先読みし、確定する脅威の技術。
もし、これに対抗するとなると、同様の未来予想システムを使わないと同じ土俵に立つことすら出来ない。
仮に未来予想システムを実装した艦と未実装艦が戦っても、はっきり言って勝負にならない。
実装艦は、相手がどんな回避行動を取ろうとも結果的に次々直撃弾を当てて、確実に沈めるだろう。
一方、非実装艦はいくら撃っても、全弾回避され、どんな巧妙に回避しようとしてもそれが裏目に出たように全く回避出来ずに一方的に沈められる。
いかにハードウェアが互角であっても、これでは全く勝負にすらならない。
実を言うと、レナ自身、利根達の正面装備のレベルから自分達と同等レベルか、それ以下の技術力だと侮っていたのだけれども……。
こんなシステムを実用化しているとなると、正面切って戦っても絶対勝てなかったと断言できた。
女王陛下のわがままに付き合わされた挙句の長駆一万キロの旅路の果ては、行き止まりだったのだが……。
その行き止まりで、独自進化を遂げた化け物共がいた。
味方に出来れば、これほどまでに頼もしい存在もなかった……。
レナ達もブリタニアを覆いつつある何者かの悪意を感じ取りつつあったのだが。
インセクターとの戦いで手一杯で、自分達の力ではその流れに逆らえないと……諦めていたのだが。
幼いながらも自らの信念で、その流れを変えた女王陛下。
この邂逅も彼女が引き寄せたようなもの……レナはそう確信する。
……そう考えると、自ずから成すべき事が見えてきたような気がした。
「いいね……アンタ達、最高よっ! ルース……とりあえず、この対空戦術ドライバの慣らしも兼ねて、空の雑魚どもは貴女に任せるわ。こんな超高性能対空戦ドライバがあるなら、貴女一人で残りは狩り尽くせるでしょ? 弾幕で追い払うんじゃなくて、きっちり叩き落として夢の一会戦三桁撃墜だって、狙えるんじゃない?」
「そうですね……この調子なら、やれます! 皆様、ここは私にお任せください。……私、対空戦闘に関しては、専門家を自認してますので……やってみせます!」
「それは構わないですけど……危うくなりそうだったら、こっちも支援いたしますわよ。でも……慌てるのは、3桁超えの敵機が四方八方から来るとか、そんなになってからですわよね……レナさん、敵艦隊ももうすぐ主砲の射程に入りますわよ」
先陣を切る高速艦艇群……流れに乗っていることもあってか、その速度は50相対ノットを超えていた。
距離はもうすぐレナの38cmレールガンの有効射程の200km圏内に入る……レナ達からは視認範囲外ながらも、すでに利根の観測機の視程には捉えている。
「あはは……そんな無茶なのさすがに、滅多にないですわよね! はい、皆さーん指示出しの時間ですわよっ! アローちゃんは、そのまま潜伏しつつ、最前線のリアルタイム環境情報を観測し送り続けなさい! 見つかったら沈められる? 見つかんなきゃいいのよ! アマゾンは桜蘭の駆逐艦と足並み揃えて、蹂躙突撃の準備を! グローリアスはそのハイゼロとか言うの使いこなせそう?」
レナが各艦へ指示を出していく……彼女も環境情報収集の重要性を理解したようで、もっとも敵に近いアローを伏兵ではなく、残置斥候として使うつもりのようだった。
……見つからなければ大丈夫……潜行艦でもないのに、無茶ぶりもいいところなのだが……アローにも熱光学迷彩は実装されているので、動かず撃たず背景に徹していれば、恐らく凌げるだろう。
実際、利根も観測機の視程内にアローの艦影は捉えていたのだけど、座標情報があるからそこにいると解るだけで、熱光学、電磁波、音波測定……いずれの方法を用いても、アローの所在は特定できなかった。
このステルス技術に関しては、ブリタニア側の方が格段に優れている……それは利根達も素直に認めるところだった。
「正直、シーハリケーンとは大分勝手が違いますけど……同じ単発レシプロタイプ機なので、なんとか……と言うか……電動式でレールガン搭載って……何なんですの? これ」
グローリアスも流石に、未知の戦闘機の管制に戸惑っているようだった。
利根達がハイゼロと呼んでいるゼロ戦もどき……その正式名称はハイパーゼロと言う。
超高回転型モーター駆動式で小型常温核融合炉搭載のいわば電動レシプロ機である。
外見だけは龍驤のこだわりでゼロ戦の形をしているものの……その外装は焼成セラミック製で、武装も20mmのリニアキャノン4門搭載とまったくの別物。
その中身はモーターとバッテリー、発電用の小型核融合炉と自律制御システム、各種兵装と衝撃緩和システムくらいしか無いため、はっきり言って中身はスカスカのハリボテのような代物……。
当然ながら、そのシンプルな構造故に、武装を簡略化し小型化しようと思えば3mくらいまで縮小できるのだが、その辺は龍驤の深いこだわりで、大きさも含めて外観上は、零式艦上戦闘機とほとんど一緒のものだった。
艦載機のこだわりは当然、それだけに留まらず、爆撃仕様の99式艦爆と雷撃機の97式艦攻も揃えている……流星や天山のようなもっと高性能機の再現も可能だったのだが……様式美がどうのと言って、譲る気が全く無いようだった。
はっきり言って、ハイゼロの時点で性能的には、マルチロール機として十分使えるもので、爆撃も雷撃も余裕でこなせる……その程度にはペイロードやパワーにも余裕があり、99式艦爆や97式艦攻など全く必要もなかったのだが。
龍驤は、任務別に機種は別けるべきと言い張って、断固として譲らず……こうなった。
なお、利根は偵察から、対空戦闘、爆撃までなんでもこなせる元祖マルチロール水上機、瑞雲を昔から使っているので、その辺のこだわりは理解できない。
「航空機なんて、めんどくさいから一種類でよくない?」 と言って、度々論破してるのだけど……龍驤もそこは譲れない一線らしく、この微妙な航空機運用は相変わらずだった。
とにかく、そんな紆余曲折を経て、古臭い見た目のハイテクレシプロ機と言う奇妙な代物が、斑鳩防衛艦隊の主力戦闘機となっていた。
このあたりの合理性に欠ける部分は、示現体達の機械らしからぬ部分なのだが……かつての装備品からかけ離れたものは、受け入れたがらないと言う点では、皆共通していた。
各艦の外観もステルス性能や被視認性、防御力などを考慮するなら、改善の余地はいたるところにあるのだけれども。
自分達の艦の外観を変えることへ、彼女達は強い忌避感を持っているので、一向に変化する様子はない。
……ある意味、技術者泣かせではあるのだけれども、その辺は技術陣も理解を示し、あまり問題視されていなかった。
それに外観が一緒なら、中身が別物でも彼女達は全く気にしないという事が解ってきたので、利根達の兵装や各種装備類については、宇宙戦闘艦の技術を流用した最新鋭のものとなっていた。
実装さえしてしまえば、些か問題があっても、彼女達は自己進化を繰り返す事で、勝手に最適化してしまうので、技術者側のやる事は、如何に彼女達に気に入ってもらえる装備を開発するかに重きを置かれていた。
実は、蒼島中尉あたりもある意味、利根のご機嫌取りと、御用聞きみたいなものなのだけれども……知らぬは、当人達だけだった。
ハイゼロもオリジナルの零戦と同様、本来はエーテル空間でも安定稼働するガソリン駆動だったのだが。
斑鳩星系ではその手の化石燃料が致命的に不足していた為、星系内のガスジャイアントから無尽蔵に採れる水素燃料を使った常温核融合炉から得られる電力駆動方式にシフトしていた。
宇宙空間では、化石燃料は極めて貴重な資源なのだ……。
なにせ化石燃料自体が数万年単位で動植物が存在していないと、存在しようがないのだ。
……そんな惑星、銀河広しと言えど数個しか見つかっていないのが実情だった。
その反面、水素ならば、ガスジャイアントや恒星から無尽蔵に得られる。
宇宙で最もありふれたもっとも単純な分子構造を持つ物質……それが水素というものなのだ。
この世界のエネルギー源として、水素が主流になっている理由がそれだった。
利根達の兵装が機銃に至るまで、全て電磁投射方式に統一されているのも同じ理由から。
火薬式の弾薬なんて、とっくに廃れており、元素合成と言う非常に手間がかかる方法を用いざるを得ない……だったら、莫大な電力があれば撃てる電磁投射方式に統一する。
これも孤立環境ゆえの半ば必然的な選択だったのだが……その結果、駆逐艦レベルの砲ですら、100km単位での長射程戦闘が実現できてしまったのだから、ある意味怪我の功名だった。
利根達も当初は、勝手が違い過ぎることと命中率に問題がある点に難色を示していたのだが、未来予想システムとの組み合わせとデータ蓄積により、実戦で使えるレベルになるとあっさり手の平を返した。
この辺の事情は、レナ達も似たようなもので彼女達の場合、各艦の装備品も含めて、自前で開発運用していたので、過酷な戦場に動員されがちだった彼女達は、使えそうなものは片っ端から実装する傾向があり、それ故にブリタニアでも際立って先進的な装備を用いていた。
ハイゼロの20mmリニアレールガンも射程については、10km位離れていても余裕で当たるような代物。
最大出力で放てば、戦車砲並みの威力を発揮する……はっきり言って、破格の重火力だった。
それに加えて、装甲素材の焼成セラミックもコストと頑丈さを重視しており、各所にエアスラスターを備え、直角に曲がったり180度回転して、後ろ向きに飛ぶような機動すら可能としている。
初めから人間が乗ることを想定していないので、その挙動はピーキー過ぎて、仮に有人化してもとても人間が扱えるような代物ではなかった。
人間を乗せずに、対インセクター戦闘能力をひたすら追求した結果がこれ。
実は、そのバージョンも100世代くらいを重ねており、過酷な環境での圧倒的多数の敵を相手取って、過剰なまでに進化を重ねた結果、対インセクターではもはやオーバースペックの性能になっているのだが。
航空戦では、10倍以上の兵力差もザラなのでそれでも不十分などと言われていたりするのだから、この戦域の戦いがどれ程過酷だったかを物語っているようなものだった……。
未来予想システムと自重しない兵器開発能力ってのが、利根達の強みですねー。
レナ達も、その辺は似たようなもんで無茶な戦場で無茶な戦いばかり繰り広げてたんで、こいつら間違いなく第2世界でも最強です。
アマゾンとかも、初霜や雪風級の猛者だったりします。




