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第六話「共同戦線」③

 二人がそんなやり取りをしている間に、異国の艦隊同士の恐ろしく急速な規格統一が進んでいっていた。

 その光景を、技術屋の蒼島中尉は空恐ろしいものを感じながらも見守っていた。

 

(やはり、とんでもないな……君達は……どこまで進化するのか……僕にはもう予想も付かないよ)

 

 人間ではとても辿り着けない領域。

 連鎖反応的に、各艦のシステムが書き換わっていくのを目の当たりにする……。

 

 示現体共鳴通信の通信網もあっという間に大容量化し、最適化を繰り返し一挙に高速化を遂げる。


 多数の索敵機の集中運用による利根の索敵システムと、レパルス、レナウンの個艦防空システム、グローリアスの防空無人戦闘機の統括システムが複雑に組み合わさっていき、統合艦隊防空システムと言うべきものが組み上げられる。

 

 インセクターとの戦闘情報や各個体の最新データが共有されていき、お互いの持つ数々の実戦データが共有され、各艦の修正値として反映されていく……言わば、経験値の共有と言ったところだった。

 

 これを人力でやれと言われた場合の作業工程を試算しようして、その途方もなさに蒼島中尉も早々に諦めた。


 本来ならば、ハードウェア交換なども必要だと思うのだが、それすらもナノマシンを使って、強制的にハードウェア改装しクリアしていくのだから、始末に負えない。

 

 先史文明技術を流用しているとは言え、桜蘭本国が彼女達の可能性に怯え、敢えて効率の悪い有人での運用に拘った訳も解るようだった。

 

 自己進化を重ねて、強大化していく戦闘機械群……そこに人の意志なんて入り込む余地もない。

 

 わずか一年……孤立状態で続いたインセクターとの戦争は、いつのまにか無人戦闘機械群とインセクターとの争いに成り代わってしまった。

 インセクターも日々進化を続けているのだが……その進化速度は明らかに利根達の方が凌駕していた。

 結果的に、人間は戦場から排斥されつつあった。


 桜蘭帝国の上層部が恐れていた構図がこの場では現出しつつあった。


 人の意志から離れて戦う強大なる戦闘機械の軍勢。

 

 彼女達がその気になれば、人間は絶対に歯が立たない。

 そう考えると彼女達は言わば、鎖につながれていない猛獣のようなもの……恐れ怯えるのも当然だった。

 

 けれど、蒼島中尉は、また別の考え方もあると思っていた。

 

 彼女達を戦闘機械と捉えるのが、そもそもの間違いだと、蒼島中尉は考えていた。

 

 ……共に同じ世界を生きる隣人として、共に戦う仲間として彼女達を見れば、全く違ってくるのだ。

 彼女達は純粋に、外敵であるインセクターから、自分達、人を守る為に戦っているのだから。

 

 自分達は、彼女達の戦いを支える側に回ればいいのだ。

 彼女達は純粋な戦闘機械の割には、メンタリティがあまりに人間的だった。

 

 その点だけは、ひどく不合理で言わば弱点とも言えるのだが。

 彼女達はその成り立ちからして、人との絆を必要としているのだ……。

 

 それが解っているからこそ、蒼島中尉も危険を承知でこの場にいるのだが……きっとそれこそが正解なのだと、実感していた。

 

「はぁい、レディ利根。こっちのシステムのバージョンアップはもうすぐ終わりますわよ。そちらはどうかしら? あら、そちらの素敵な殿方はどなたかしら? 初めまして、サー……えっと」


「初めまして……君はレナさんだっけ? 僕は蒼島……技術中尉だ。一応この重巡利根の専任技官なんだ。そちらはこっちの戦場観測システムの使用経験は当然無いと思うけど、モノになりそうかな?」


「実際、使ってみないとなんとも言えませんわ。けど、レディ利根は戦場に向かうのに、人間のエンジニアさんなんて乗せてたんですのね……どこか調子でも悪かったのかしら?」


「わたくしは、別に問題ないと判断してたんですけどね……この方、心配症で勝手に付いてこられたのですわ」


「ふーん……でも、戦場で人間なんてあっさり死んじゃうから、ちゃんと守ってあげないと駄目よ? それこそ、身体張ってとかね……うふふ、そういうのってちょっと憧れますわね」


 そう言って、含みのある視線を蒼島中尉に送るレナ。

 蒼島中尉も彼女が何を言いたいか……何となく察するのだけど、敢えて気付かないふりをする。

 

 彼女達も世の女性達と同じく、何かと言うと男と女の関係を勘ぐってきたりするのだ。

 そのくせ、自分達が迫られたりすると、途端に奥手になったりするのだから、その辺も含めてとても人間的だった。

 

「利根ちゃんは、何かと言うと先頭きって突撃したがるもんでね……僕が乗ってると、少しは慎重になってくれるから、丁度いいんだ。技術者としては、うちのシステムの感想でも聞かせてもらえるとありがたいんだが……どんなもんだい?」


「正直、索敵能力重視の重巡ってかなりキワモノだと思ってたんだけどね。あたくし達って、長距離砲戦ってレーザー照準に頼り切ってたけど、確かにここまで高度な情報連携が出来るのなら、この観測機による間接照準方式も悪くないわね」


 順調に進むシステム統合に、レナもご機嫌そのものといった様子だった。

 

 一応、レナウンにもウォーラスと言う偵察機くらい搭載されているし、グローリアスの艦載機による索敵網で似たような事も出来ていたのだけれども……利根達ほど、高度な運用は出来ていなかった。

 

「そうですね……戦場を見張る目は多いほど良いのですわ。それに高精度未来予測には、出来る限り多数の観測点による同時観測が必須ですの。1-2機程度の観測機じゃ、ほとんど意味は無いんですけど。わたくしの場合、12機の観測機と更に観測用ナノマシンを散布することで膨大な数の観測点を用意できますの」

 

 観測機をナノマシン散布母機として使う……自分達の最大の武器とも言える未来予想システムを、更に強化すべく利根が考案した方法だった。

 

 これにより、広大かつ濃密な環境情報観測網が構築されるようになり、その未来予想精度は極めて高精度のものとなり、その予想範囲も当初は数秒程度だったのが、今では分単位先の未来予測まで可能となっており、格段の進歩を遂げていた。

 

「うふふ……良い感じね! では、貴女方のお手並み拝見させていただきますわ。我らブリタニア艦隊……全艦戦闘準備完了よっ!」


 レナからの戦闘準備完了の報告に、すでに最終チェックが完了していた利根も頷く。

 

「では、わたくし達が戦端を切らせていただきしょうか。……まずは、敵先鋒の飛翔種を叩きますの……対空戦用意っ! 127mm高角電磁投射砲……フルパワーモード! チャージ開始ですの!」


「あれ、直射でいくのかい? いつもの対空散弾……三式弾は使わないのかい?」


 いつものパターン……敵編隊への対空散弾を集中砲火し、展開前の敵編隊を火の海に巻き込むのだが。

 今回は、超高速弾頭で直射で落とすつもりらしかった。


「ルースさんからの提案です。榴散弾だと爆風の衝撃波で大気が乱れるし、集中砲火をかけるとプラズマ雲が発生して、視界が妨げられたり、電磁場偏移でイレギュラー要素が増えますの……ですから、電磁投射砲を使うなら、なるべく引き寄せてから超高速投射モードで一機づつ叩き落として、壊乱させたほうが効率がいいそうです。……それに、ブリタニア側は戦艦が二隻もいるから砲数が桁違いみたいなんですの。そう言う事なら、命中弾数も悪くないと思いますわ」


「なるほどね……防空巡洋戦艦とかブリタニア独自の艦種みたいだけど、なるほど……そう言う運用なのか」


 蒼島中尉の感想を尻目に、レナとルース、利根の三隻分の高角砲がそれぞれ別個の目標を指向する。

 その数は25門にも及び、目標数も25目標を設定……利根は、初撃で敵編隊の半数を狙い撃ちするつもりだった。

 

「……あの、確かに直撃狙いを提案させていただきましたけど、もっとひきつけて命中率を上げた方がいいのではないですか? いくらレールガンといえど、私のこれまでの実績だと、この距離での高射砲の命中率は一桁台になると予想いたしますが……」


 対空戦闘の専門家……ルースから見ても、この距離での対空砲撃は異例の事だった。

 300km先の敵機を直射で落とす……一分後の未来位置を正確に狙うような真似は、流石に未知の領域。


 レーザー照準システムも対空用ともなると、格段に命中率が落ちるのだ。

 せめて、100km以内でないと命中なんてとても期待できないと言うのがルースの経験則だった。

 

 利根は自信満々の様子ながら、ルースとしては全弾斉射を10セットくらい繰り返して、一機落とせれば上出来……そんな風に考えていた。


「そうですわね……未来予想システムなしだと、そんなものだと思いますの……でも、未来予想システムによる管制下での統制射撃なら、この距離でも一撃で20機は叩き落とせるはずですのよ」


「ふーん……この未来予測システムとやら、正直言って良く解らないけど、その言葉通りなら大したものよね。でも、観測射なしでいきなりの効力射でホントによろしいの?」


 利根の不敵な言葉に、レナもさすがに疑問を呈する。

 

 彼女達にとって、この高精度物理シュミレーション演算による未来予想と言うシステムは未知のシステムだった。

 概要は理解しているのだが、半信半疑になるのは否めなかった。


「現在、観測機が6機がかりで、観測用ナノマシンを散布しつつ周囲の環境情報をかき集めてますし、敵機の性能や回避行動データは、散々連中とやりあってますので十分以上に揃ってますの。……ですので、観測射の必要はありませんわ。40秒先の未来情報の精度はファイブナインまで、確約できます。仕上げは御覧じろってとこですの」


 そう言って、ニッコリと微笑む利根。

 

 レナもルースも思わず、顔を見合わせるのだが……利根より提示された過去戦闘データの数値は、彼女の言葉がウソではないと裏付けるには十分すぎるものだった。

 

「……まぁ、やってみますか……射撃タイミングはそちらに一任致しますわ……よろしくあそばせ」


「かしこまりましたわ……カウントダウンは省略、全砲門打ち方用意……撃てーっ!」


 問答無用の利根の号令とともに、巡洋戦艦二隻と重巡一隻分……合わせて25門もの電磁投射砲が一斉に火を吹く!

 

 全門フルパワーでの射撃のため、その弾速は7000m/sにも及び、かろうじてその航跡が赤熱化したプラズマ雲で確認できる程度だった。

 

 敵機との距離はまだ300kmもの距離があったのだが、40秒後には次々と着弾。

 

 ……15機ものインセクター飛翔体が文字通り蒸発する。

 一拍遅れて、密集し巡航隊形を取っていた飛翔体群が一斉に散開する。

 

「撃墜15機……さすがにそちらの各砲の弾道データが不足してましたね。……総合命中率は60%ってところですか。初弾としてはこんなものかしらね……これはおまけですのよ!」


 不満そうに言いながら、利根は連装高角砲をもう一発づつ発射……更に4機の敵機が消滅。

 ……この時点での利根の高角砲は、一発の外れもない……つまり命中率100%だった。

 

「ええっ! 利根さん、全弾命中じゃないですか! どうなってるんですかっ! それっ!」


 さすがに、レパルスも血相を変えた様子だった。

 自分達の5割の命中率も十分驚異的な数値だったが、利根の100%と言うのは、彼女の計算上ありえない数値だった。

 

「これくらいわたくし達はいつもやってますわ。……伊達に、10隻にも満たない小艦隊で、定期的に押し寄せるインセクターから斑鳩を守りきってませんの……わたくしの飛翔体撃破総数……4桁は余裕で行ってますわ」


 そんな利根の言葉を聞きながら、レナは思わず身震いをする。

 

 これが桜蘭……自分達のオリジナルを産んだ帝国の最新鋭艦艇群。

 

 やけに大気のゆらぎやら、流体面上の動揺だの細かく環境情報の収集をしていると思ったら……後方配置した由良を丸ごと演算リソース化した上で、分子運動一つ一つまでシュミレートし、確定された未来を予測する……演算力の力技。

 

 理論上は、不可能ではないのだが……物理シュミレーションと言っても、同じ条件下でも結果は幾通りもの結果になるはずなのだ……その天文学的な条件分岐から、最も確率の高い未来を予測する。

 

 更に別の同時進行する事象の結果も合わせると、わずか0.1秒先の未来を予想するのも途方もない計算が必要となる。

 

 けれど、その途方もない計算を実現する為に、複数の艦艇を相互接続し、演算リソースを集中運用し、更には大量の環境情報をかき集めて、戦域そのものをシュミレーションする。

 

 ……それが、利根達がかつて、初霜と共同で自力で編み出した未来予想システム……「ラプラスの魔」と呼ばれるものだった。

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