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第五話「和平交渉は一杯の紅茶と共に?」④

「かしこりましたわ……。けど、一点だけお聞かせ願えません? そちらの目的は何なのでしょう? わたくし達の救援……と言う訳ではなさそうですが」


 わざわざ他国の孤立した流域へ救援の艦隊を差し向けるほど、余裕があるとも思えない。

 ここまで来るのに、犠牲だってゼロではなかっただろう……。

 

 桜蘭帝国へ侵攻するような意図は今のところ、グローリアス達からも感じられない……正直、目的が解らなかった。


「私達の目的……ですか。それはさるやんごとなきお方を桜蘭の国家元首に引き合わせる事……ですね」


 明確なようで、ひどく象徴的な表現だった。


「国家元首と言うと……確かに建前上は、天皇家の末裔の方がいるらしいと聞いてますけど……。わたくし達は、顔すら見たことありません……それに、やんごとなきお方ってなんですの? いずれにせよ、皇主様にそんな簡単に会えるとはとても思えませんの」


 利根達にとっては、未来世界の天皇家の末裔と言っても、あまりピンとくる存在ではなかった。

 

 確かに、桜蘭帝国自体はかつての日本国の面影を残す国であり、日本語を話す人々がいて、利根達にとっては愛着のある国ではあったが……。

 天皇家もあくまで、国の象徴としての存在で、いわばお飾り過ぎないと……そんな風に聞いていた。


 この辺りは、ブリタニア王家に絶対の忠誠を誓うレナ達と利根達とで、決定的に異なる部分だった。

 

 あくまで桜蘭帝国と言う国自体への愛着を持ち、その国民を自分達が守るべき対象として認識している側と、個人への忠誠を優先する側。


 似て非なる部分なのだが……本人達には恐らく、お互い理解の外。


 彼女達、英国勢とブリタニアの米国勢の溝も似たような理由で生まれているのだけれども……その辺りは、当人達もよく解っていないのだから、始末が悪かった。


「はい……申し訳ありませんが。今はまだその名を明かせません……存在自体を出来うる限る秘密にしたい。その程度には重要人物なのです。ひとまず、私達の要望としては、桜蘭帝国への入国許可と、この先の帝国内の自由通行をお約束していただきたいのですが……如何でしょう?」


 ……思わず、利根も隣の由良と顔を見合わせてしまう。

 話としては、もはや国家間の主権に関わる話……つまり、外交レベルの話だった……。

 

 利根達は、桜蘭でも最先端、最強クラスの戦力だという自負はあるのだけれども。

 その立場自体は、桜蘭帝国の一艦隊に過ぎないのだ。

 

 当然ながら「はい、ご自由にどうぞ」などと軽々しく言えた立場ではない。

 それに、このようなケースでお伺いを立てるべく本国も現状、全く連絡が取れない。

 

 何より、この回廊は、斑鳩基地のある流域から2000kmほど行った所で、事実上の行き止まりなのだ。

 そこへ向かうのは、限りなく自殺行為だと解っているので、もし進むのならば止めるべきだとは思っているのだけど……。

 

 どこまで行っても、利根達は孤立状態で孤軍奮闘している残兵に過ぎない……。

 ますます以って、何も言えない立場だった。

 

 利根としては、由良に助けを求めてみたつもりのだけれども……彼女にしても、何か良い返しを思いつくわけもなく、露骨にワタワタと動揺するだけだった。


 ここは前線指揮官たる佐神中佐に助けを求めたいところなのだけど、電脳空間から基底現実にアドバイスを求めたところで、返答が返ってこないのは、明確だった。

 

 返答を保留にするにせよ……現実を伝えるにせよ……この場は、利根達が決断するより他なかった。

 

「あ、あの……その……自由通行と言うのは、流石に無理のある要望ですよね! 当然、武装類は全て封印いたしますし、桜蘭側の監視要員の各艦への乗船やお目付け役の随伴艦の同行も認めます……この条件ではどうでしょう?」


 利根達の様子から、不穏な雰囲気を感じ取ったらしく、恐る恐るといった様子で、グローリアスが切り出す。 

 事実上の投降に等しい条件提示に、レナ辺りは顔色を変えるのだけれども……利根達にとっては、問題はそう言う事ではなかった。

 

「そ、そうですわね……わたくし達には、その件について、即答できるだけの権限もありませんし……何とも言えません。けど、大変申し訳無いのですけど、これからとっても大事な事を説明しますので、まず落ち着いて、冷静に聞いてくださいませ……!」


 言いながら立ち上がったものの……どう切り出すか迷い続ける利根。

 その場の注目を一身に浴びながら、ダラダラと脂汗を流すその姿は傍目にも可哀想なほどだった。

 

 その様子を見て、色々察したらしい有明がため息をつく。

 

「利根お姉様が言いにくいようなので、この有明が代弁します! ブリタニアの皆様……誠に残念ですが……この回廊はこの先で行き止まりです。我々は、本国に見捨てられ、かれこれ一年も籠城生活を続ける哀れな引きこもり武装集団に過ぎません……別にこの先に進んでも一向に構いませんが。……マイクロブラックホールによる局地的重力場と重力断層だらけの超危険地帯を安全に超える方法があれば、むしろ教えてほしいくらいです」


 身も蓋もなく現実を口にする有明。

 

 その言葉を聞いたブリタニアの面々は、一様に呆然とする。

 

「え? ちょっと……それ、どういう事?」


 動揺も隠さず、レナがドスドスと足音を立てて、利根の元へ歩み寄る。

 その剣幕に、利根が思わずたじろいだ所で、有明がすっと立ちはだかる。


「ですので、言葉通りの状況です。……もちろん、マイクロブラックホール自体は、日々減衰を続けてるので、いずれは消滅して安全に通行できるようになるとは思いますが……少なくとも数年はかかるでしょうね。我々も行動可能な範囲であちこち付近の支流の捜索を行いましたが……この流域はブリタニアと楼蘭を繋ぐ一本道構造で他の流域へは繋がっていません」


「た、確かに……こちらの持つ航路データでも、それは解ってるんですけど……迂回路位はあるんじゃないですか?」


 もうひとりのメイド……レパルスも反論する。


「そんなものあったら、とっくにそこを使って撤退してますよ……。ですので、ここはもう諦めて元来た道を引き返すか、我々と共に籠城しつつ、マイクロブラックホールの減衰を待つか……私達からは、このどちらかしか提案できません! 以上です」


 ド直球な有明の説明は、過不足も無く現状説明としては非の打ち所も無かった。

 けれども、そんな過酷な現実を突きつけられた側の衝撃は計り知れないものがあった。


「……それ……マジのマジで?」


 レナが呆然と聞き返す。


「マジのマジで、です」


 無表情で、有明がそう返すと、レナは糸の切れた操り人形のようにへたり込む。

 その表情は、口は半開きで……文字通り魂の抜けたような表情だった。

 

「お姉様っ! お気を確かにっ!」

 

 慌てて、レパルスが駆け寄って、助け起こす。

 

 ……あまりに衝撃が強すぎたらしかった。

 グローリアスも笑顔のままで、微動だにしないフリーズ状態……多分、話しかけても反応しなさそうな様子だった。

 

 利根としては、こうなるのが目に見えていたから、慎重に言葉を選ぼうとしていたのだけれども……空気を読まない事に定評のある有明にまんまと代弁されてしまった。

 しかも、ド直球で……。

 

 アカスタとアーデントの二人がグローリアスに駆け寄って「グローリアス様! しっかりっ!」等と口走っているのを横目で見ながら、利根も心の底から彼女達に同情する。

 

 命懸けで、ギリギリの綱渡りの連続の果てに行き止まり……戻るも地獄、進むこともままならない……完全な無駄骨。


 どんなにメンタルが強いものでも、そりゃあ心も折れるだろう……。

 

 利根達だって、ともすれば絶望感に押しつぶされそうになるのを、日々懸命に耐えていたのだ。

 こんな牢獄のような空間でのいつ果てるともない籠城戦。

 むしろ、秩序を保ちながら、インセクターの侵攻を何度も跳ね返している辺り、十分健闘していると言えるだろう。

 

「えっと……有明の言葉は全て事実なんですの……。非常に残念ですけど、わたくし共の現状はそのような有様です。ひとまず、燃料、弾薬の補給と艦の修理、皆様の上陸や休養くらいは出来ると思いますので……一旦、我々の斑鳩基地までご同行ください。少なくとも歓迎はしてもらえるはずですから……前後策を考えるのはその後で……と言うことで……如何かしら?」


 利根の言葉が虚しく電脳空間に響き渡る……ブリタニア側のトップ2がこの有様では、もはやどうしょうもないと見て取ったらしくアマゾンが席を立つと、利根の目前まで歩いてくる。

 

「ごめんね……とんだ醜態を晒してしまったようだね」


 苦笑しながら、アマゾンがペコリと頭を下げる。

 

「さすがに、ショックが強すぎたみたいですの。……有明もはっきり言い過ぎですわ。もう少しオブラートに包んだ物言いというものがあると思いますわ」


「……下手に期待させるより、早いうちにこの超厳しい現実を知ってもらうべきだと、有明は思った次第です。鉄は熱いうちに打てと言いますよね? それに嘘は言ってないですし、こうなったのも私達の落ち度でもないじゃないですか……アマゾンさんでしたっけ? こう言う状況なんて、そっちでも別に珍しくもないんじゃないですかね。航路の果てが封鎖されてるって、オチの可能性は考えて無かったので?」


 有明はとことんまで、クールだった。

 その物言いにアマゾンも思わず苦笑する。

 

「そうだね……インセクターの侵攻に際して、重力爆弾を暴走させて、流域封鎖を行う……ブリタニアでもいくつか事例はある。だから、少なくとも僕は、その可能性は想定はしていたよ……けれども、最悪の状況よりは随分マシだと思うよ。むしろ、これはかなり良い状況だと思うんだけどね」


「最悪の状況……ですか?」


 今より悪い状況なんて、早々無いんじゃないかと思いながらも、利根も尋ね返す。


「君達が全滅していたケースさ……むしろ、その可能性の方が高かったんだけど、君達のような強力な戦力が健在で、補給までしてくれるなんて、かなり運が良かったと僕は思ってる……。正直、君達と出くわした時点でこっちはギリギリだったんだ。レナもグローリアスも楽観が過ぎる傾向があるからね。もちろん、あのお方もなんだけどさ……」


 そこまで言った所で、アマゾンの隣のアローがアマゾンの袖を引いて、耳打ちをする。


「話の腰を折ってすまないけど。殿のアローが敵の接近を捉えた……君の索敵網ではどうだい?」


 ……基底現実では、まだ30秒程度しか経過していないのだが、利根の索敵網にもアマゾンの言う敵影は捉えられていた。


「感あり……ですわ。どうやら、インセクターは待ってくれないようですわね」


 利根がそう言いながら、索敵機の11番機が捕捉した敵影を表示させる。

 まずは50機ほどの飛翔種が向かってくるようだった。

「基底現実」と言う表現は、所謂BLAM語です。(笑)


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