第五話「和平交渉は一杯の紅茶と共に?」③
(……あ、解った……さっき空母の上でシーツ持って駆け回ってた方ですわ)
利根もその特徴のある姿に、相手が何者かを理解する。
「えっと……桜蘭帝国の皆様ですわね? 驚いた……コミュニケーションルームに、ご招待まで出来るなんて……ご同類がいるという話を聞いてはいましたけど、まさか通信方式まで同じだったとは……」
白ドレス……グローリアスも驚きを隠せない様子だった。
「そうですわね……あたくしもびっくりですわ。ひとまず、お互い突っ立って話し合いなんて、無作法ですので、どうぞおかけになって……お飲み物は紅茶でよろしくて?」
髪の長い方のメイド……レナウンがにこやかに笑いかけながら、着席を促す。
とりあえず、利根もぎこちなく手近な椅子に座ると、隣に由良も腰掛ける。
序列的には、利根が筆頭と言える立場なのだけど、由良の方が何かと大きいので、どっちかと言うと利根の方が付き人っぽく見えるのはお愛嬌。
有明と夕暮は、椅子に座らず、利根と由良の両脇を固めるように立ったまま、背中で腕を組む休めの姿勢で睥睨していた。
何かあったら、すぐに動けるようにと言うことらしかった。
この辺の用心深さは、さすが武闘派と言ったところ。
一方、ブリタニア側は、利根と由良の真向かいに白ドレスのグローリアス。
その背後に、衛兵風の二人が並び立ち、アマゾンは、敢えてなのだろう……利根達の近くに座る。
その隣に隠れるようにポンチョ姿のアロー。
メイドコンビは、優雅な仕草で紅茶を配り終えると、休めの姿勢で壁際へと下がる。
(あの二人……相当ヤバい手合……ですわね)
けれど、利根も歴戦の猛者。
このメイド二人が別格だと即座に見抜いていた。
雰囲気や身のこなし……雪風や初霜とかと同じ空気を感じていた。
間違いなく幾多の戦場を超えて無敗とか、そんな手合……。
どことなく緩い雰囲気のグローリアスと比較すると、格が違う。
たぶんアマゾンも同レベル……一見気弱そうなアローにしても、そこにいるのにも関わらず、気配が感じられない。
VR空間と言えど、基底現実同様に気配や存在感という物は感じ取れる……そう言うものなのだけれども。
にも関わらず、彼女はまるで幽霊だか、立体映像のようにまるで存在感が感じられない。
……恐らく、伏撃の名手とかそういう手合だと利根も察する。
実際問題、アローだけは利根の索敵網を以ってしても、未だに察知出来ていない……アマゾン同様の光学迷彩持ちで、付近で潜伏状態のまま鳴りを潜めているのだろう。
……こちらへの警戒もあるだろうが、後方のインセクターの警戒として、単独での残置斥候。
こんな役目を平然とこなせる辺り、敵に回したら相当厄介な手合なのは間違いなかった。
そもそも、利根達ですら突破を断念した旭光回廊を強行突破してきたような連中なのだ。
インセクターも数十隻規模の艦隊が無数にたむろしていて、拠点もひとつやふたつじゃない……。
ブリタニアでも最高クラスの精鋭艦隊……こんな連中を相手にして、一発も貰わず一本取れたのは間違いなく僥倖。
今更ながら、利根も戦慄を覚えるのだった。
「さて、危うくお互い望みもしない武力衝突に至るところでしたが、皆様の機転でお互い矛を収めることが出来ました……ひとまず、我が艦隊を代表してお礼を申し上げさせていただきます」
そう言って、深々と頭を下げるグローリアス。
「いえいえ、こちらこそ……えっと、グローリアスさん?」
「はい?」
「貴女がそちら……ブリタニア艦隊の旗艦と言うことでよろしいのでしょうか?」
空母系の示現体は、日常的に数十機単位の航空機を並列個別操作出来る程度には、高度な演算力を有していて、総じて指揮統制や作戦立案能力も高いと言うのが相場なのだけれども。
目の前のグローリアスが指揮していたのであれば、もう少し理知的な作戦を立ててきそうな気がした。
……にも関わらず、先の戦術は、些か乱暴で良く言えば直感的、悪く言えば場当たり的なものを感じさせた……猛将タイプの将の取る戦術に近い……そんな印象だった。
多分、指揮官は別にいる……そう利根も当たりを付けていた。
「そうですね……私はブリタニア王立近衛艦隊所属にして、今回の任務に際して外交特使としての任を拝命しておりますが……艦隊の指揮については、レナさん……いえ、レナウンさんに一任しております」
そう言うと、メイドの一人に全員の視線が集まる。
「あら、あたくし? まぁ、あたくしはあくまで戦闘指揮官のようなものですわ……。本当のあたくし達の指揮官は他にいらっしゃいますの……残念ながら、正真正銘生身の人間なので、この電子空間には来られないのですけどね」
そう言って、微笑むレナ。
その様子を見て、利根も納得する……指揮官としての実力の程は、先の状況……有明達のみならず、索敵機の母艦が他にいると判断して、そちらを最優先で無力化しようとしていたもの……利根達もそう分析していた。
状況的には、確かにそれが最善手……迷わず、そこに行き着く辺り、相当なものだ。
何より、利根達ですら攻略を断念したあのインセクターの群れを押しのけて、回廊を突破してきた時点で只者ではない。
そして、この歴戦の猛者特有の雰囲気……戦場で相対したくないタイプの典型だった。
けれども、他に人間の指揮官がいると言うのは、正直良くわからない。
人間の指揮能力では、利根達示現体の情報処理能力には全く追いつかない。
彼女達の戦場は、コンマ秒単位で情報が飛び交い、cm単位の操艦が明暗を分ける……そんな世界なのだから。
だからこそ、指揮官の主な役目としては、基本的な大方針だけ示して、戦闘前の準備と事後の戦力回復の手配を努めるとか……要するに、裏方的な仕事が主だった。
他は……メンタル的な支えと言ったところか……。
彼女達は、人間に近いメンタティなので、些細な事で落ち込んだり、感情に任せて激昂したりすることもある。
そもそも、彼女達が理解できるのは、あくまで戦術レベルまでの話で、補給の手配やら何の為に戦うのか? と言う戦略レベルの話となると、途端に興味を無くしてしまうのだ。
だからこそ、人間と言う使い手が必須とも言えた。
こればかりは、兵器と言う彼女達の本質故に仕方がない事だった。
(ブリタニアの示現体も、こちら同様人間との関係が複雑なのかもしれませんね……)
利根もそんな風に考える。
人間が絡むと何かとややこしい事になるのは、桜蘭帝国も似たようなものだった。
「かしこまりました……でも、わたくしも貴女方同様、外交交渉とか出来るような権限はありませんの。でも、この場では時間の概念も無いようなものなのは解ってますし、人間と相談なんてのも出来ないのは解ります。なので、ここは顔合わせって所ですわね。一応、わたくしの上官にあたる方からは、貴女方の話を聞くように言付かっておりますの」
そう言って、利根も目の前の紅茶に砂糖を二個だけ入れて一口飲む。
「あら……味も香りもちゃんとありますのね……確かにVR技術を応用すれば、不可能じゃないって聞いてますけど……」
「我が国の伝統です……いつどこでも如何なる時も紅茶を嗜む余裕を忘れない……いわば文化ですのよ」
得意満面と言った様子のレナ。
電子空間だろうが、それは含まれるらしい……VR空間で味や香りを再現すると言っても、相応の手間なのだけれども。
彼女達にそんな事は関係なかった。
「わたくし達にとっての、お風呂のようなものですのね……わたくしの艦にも立派なお風呂がありますのよ」
利根の言葉に由良達も納得行ったように手を打つ。
「それなら有明にも解ります。基本ですよね……いつも利根温泉には、お世話になってます」
言いながら有明が生真面目そうにお辞儀をする。
なにせ、利根に至っては、いつぞやか行った海岸露天風呂風の温泉が忘れられなくて、ホログラフィック設備付きの無駄に豪勢な入浴施設を自艦内に設置したくらいなのだから、人の事は全然言えなかった。
広くて、余裕もあるので停泊時には駆逐組がご相伴に預かりにやってくるくらいで、何となく任務明けの定番になってしまっていた。
「あら、利根様の艦内には、温泉があるのですか?」
「本物の温泉とはちょっと違うんですけど、昔古代地球の日本風の露天風呂を再現した所に行ったことがありまして、それと似たようなものを艦内に作ってみましたの……わたくし達的には、任務明けに皆で温泉で寛ぐのが定番なんですのよ」
「それは素晴らしいですね! 桜蘭で古代から伝わる伝統文化、温泉! 私もぜひ一度体験したいと思ってましたの……」
話が脱線しそうになったのを見て取ったらしく、レナが軽く咳払いをする。
グローリアスもはたと言った様子で、レナの方をちら見すると同じように咳払いをして居住まいを正す。
「コホン……失礼しました。では……今回はご挨拶と言うことで……うん、でもよかった。少なくともそちらに敵対の意志はない事は解かりましたし、ご同類だと言うことはよく解りました。我らが主君も貴女方との平和的邂逅にご満足のご様子です……是非、直接ご挨拶をしたいとおっしゃっておりましたの」
そう言って、グローリアスは満足そうに笑った。