第五話「和平交渉は一杯の紅茶と共に?」②
「あ、あの……当方は、ブリタニア王立遊撃宇宙艦隊、特務艦隊ブラックウォッチ所属、特務偵察駆逐艦アマゾンです……えっと、僕の言葉って通じてますか?」
いきなり英語で話されたら、どうしよう……と利根も思っていたのだけど、彼女が話したのは割と流暢な日本語だった。
利根達としては、言葉が通じるかどうかと言うのは、かなり切実な問題だっただけに、助かったと言う思いが強かった。
もっとも、アマゾン達も急遽桜蘭行きとなってしまい……大慌てで、グローリアスの持っていた日本語会話機能をプラグイン実装……要するに後付で日本語を使えるようにしただけの話で、事情は大差なかった。
「は、はい……わたくしは、桜蘭帝国航宙軍、斑鳩防衛艦隊所属の重巡洋艦利根です。ブリタニアの風習とかよく解らないのですが、とにかく停戦に応じていただきありがとうございます。……うちのバカどもにも、手加減していただいたようで……申し訳ありませんでした。けど、貴女達、日本語なんてローカル言語も話せるんですのね」
英語なんてさっぱりな利根としては、そんな便利な物があるとはつゆ知らず、心底感心してしまっていた。
なお、有明は機関停止状態で、エーテル潮流に乗せられて、流されるままに自然後退中……。
蒼島中尉もほっとけば自己修復できる程度なので、問題ないと保証してくれていたので、利根としては別に心配していない。
夕暮は……通信の中継役として、アマゾンと等距離を維持しつつ待機中。
相方をやられた身としては、色々思うところもあるかもしれないけれど、手加減されたことも理解はしているようで、大人しいものだった。
野蛮人思考だけに、自分より強いと認識した相手には弱い……有明、夕暮は、そう言う類の艦なのだ。
姉の初霜が機械のような冷徹な……ある種の戦闘マシーン的な所があるのとは違って、良くも悪くも人間的だった。
「うん、タネを明かすと日本語プラグインってのがあるんだ。ちゃんと通じるか不安だったけど、通じてよかった。とにかく、僕らもインセクターと戦い詰めだった上に、そっちの索敵機なんて見たことなかったから、勘違いしてしまった……。途中からインセクターじゃあないって、気付いてはいたんだけど、そちらへ連絡する手段が無かった上に、あの駆逐艦達も凄腕で……いや、とにかく先に発砲したことについては、全面的にこちらが悪いと言うことで、謝罪させてもらいます……大変申し訳無い」
そう言って、アマゾンは深々と頭を下げる。
「いえいえ……その辺はお互い様です。そう言えば、そちらの通信方式ってどのような通信方式なので? レーザー通信ですか? この方式……お互いのレーザーを艦体動揺と同期させないといけないから艦艇間の通信としてはかなり不便なんですよね……」
そう言っている間にも、頻繁に画面にノイズが走ったり、画面がフリーズしたりと……お互い停船状態でこれなのだから、激しく機動し、煙幕などの目眩ましも多用する戦闘時にはほぼ使い物にならない代物だった……。
「いえ、我々も普段は、僕達のリモート操艦方法をコアユニット同士の通信に応用した超空間同期通信と言う方式を使ってます。人間の通信方法だと、むしろサーバークライアント方式と言う方法に近いって聞いてますが……詳しい原理は不明との事で僕も良く解らないんです」
なんか、どこかで聞いたあるような通信方式……と利根も思った。
「……利根ちゃん、推測なんだけど……彼女が言ってるのって、君らの使う示現体共鳴通信と同じなんじゃないかな? 試しに、レーザー通信のデータ領域に、情報連携リクエストでも添えて送ってみたらどうだい?」
同じような感想を抱いたらしく蒼島中尉からのアドバイス。
早速利根もデータ通信域に情報連携リクエストとプロトコルキーを添付してみる。
「……え? 重巡利根から接続リクエスト? まさか、レーザー通信経由で、僕のシステムに割り込み?! ど、どういう事?」
画面の向こう側で、あからさまに動揺するアマゾン。
どうやら、本当に出来てしまったらしい。
……レーザー通信経由で、示現体共鳴通信の接続リクエストが出来たと言うことは、やはりお互いの通信システムに互換性があるという事だった。
「えっと……他のお仲間にやるような感じで、試してみたんですけど……ちゃんとリクエスト届いたようですわね。……驚きました……本当に、こんなところまで同じなんですのね」
もとを正せば、彼女達ブリタニア艦も斑鳩側から伝えられた技術を半信半疑で、そっくり真似て見たことから始まっているのだ。
違いとしては、向こうは旧英米系艦艇群のデータを使った事と、人間の意志に関与されずに、独自進化を遂げた事なのだが。
要するに、根本的には同じような存在……と言うことなのだ。
「わ、わかったよ! レナ……いや、上官からも、許可が降りたから、まず君と僕の間で共鳴通信によるデータリンクを確立してみよう……。けど、そう言う事なら……ついでに、ちょっと試してみてもいいかな?」
駆逐艦アマゾンから、共鳴通信データリンクの確立と、コミュニケーションルームへの招待リクエストが利根のもとに届く。
(なんなんでしょう……これは? とりあえず、受領致しますの)
――次の瞬間、利根の見ている風景が、大きな円卓と豪奢な内装の大部屋に変わった。
そんな中、利根と先程のアマゾンの二人きり……そんな状況になっていた。
けど、利根もこれが、現実ではない事をすぐに理解する……仮想電子空間。
……非言語データ通信による、示現体同士のコミュニケーションシステムに、訓練用にも使われるVR技術を応用して、色々装飾を加えたようなもの……そんな風に理解した。
この方式なら、基底現実の時間の流れとか関係なしに、瞬時にやり取りが可能となる。
利根も昔、雪風に特訓してもらった時に、VR空間にて体感上で200時間もの訓練をやらされた覚えがあった。
その特訓は、基底現実に戻ってきても、わずか10分しか経っていないような代物で、30分休憩後にもうワンセットと言った調子で丸一日続けられるという、まさに地獄の特訓だった。
……思わず、そんな思い出が蘇る。
雪風の主砲で艦橋諸共吹き飛ばされたり、移乗白兵戦で一方的にボコボコにされたり……VR空間での死亡回数も3桁余裕のまさに地獄のシゴキのフルコース。
……おかげで、艦橋への直撃を受けても、即座に行動不能にならなかったり、インセクターの陸戦種を素手で返り討ちにするくらいは出来るようになっていたのだから、あの地獄の特訓も無駄ではなかったとは思ってはいるのだが。
二度とやりたくないと言うのが正直なところだった。
「あはは……本当に共鳴通信が確立できた上に、コミュニケーションルームに招待出来ちゃったよ。まずは、改めて自己紹介かな……この習慣はそっちにもあるかな?」
そう言って、アマゾンは左手を伸ばす。
「あはは……まずは握手ですのね。改めて、よろしく……ですの!」
そう言って、利根も彼女の手を握り返す。
同時に膨大な情報が流れ込んでくる。
それはアマゾンの戦歴……と言っても良かった。
幾多の戦いと壮絶な修羅場の数々。
……そして、仲間との別れ……苦い敗北の記憶も。
慌てて、利根も手を離す。
「い、今のは?」
アマゾンも想定外だったらしく、驚いた様子だった。
「あちゃ……電子体で直接接触すると相互情報交換プロセスが勝手に走るのか……多分、僕の情報が流れ込んじゃったみたいだね。でも、君のこともよく解った。君は凄いね……それに、随分と辛い戦いもこなしてきたみたいだね……大変だったろうに……」
そう言って、唐突に利根に抱きついてくるアマゾン。
「な、なんですのーっ! いきなり」
更に背中に回した手でトントンと優しく叩かれる。
利根は、基本的にこの手のスキンシップに慣れてない。
彼女のほうが一回りほど大きいのだけど、両手をパタパタと振って……でも、無理やり引き剥がすような事はしなかった。
「……うん、なんだろ? ついやりたくなっちゃった。僕はこう見えて、たくさん妹分がいるからね。頑張った子にはハグで労うし、泣きたい子に胸を貸してあげたりもする……僕らの身体は強靭だけど、心はそうでもないからね。だから、疲れた子には、よくこうやってあげてるんだ……少しは元気出た?」
屈託のない笑顔を向けられると、利根も思わず気が抜けてしまう。
「……貴女って、誰かに似てると思ったら、雪風さんみたいですわね」
この飄々とした雰囲気。
歴戦の戦士特有の風格を持つ頼もしさ……思わず、懐かしさがこみ上げて、涙ぐんでしまう。
「うん? 雪風ってのが誰かは良く解らないけど、君の友達かな?」
そう言いながら、利根を抱きしめたままじっと見つめてくるアマゾン。
小さいくせに、包容力のある母性タイプ……思わず、抱き返しそうになって、慌ててその衝動を抑える利根だった。
「そ、そうね……わたくしのお師匠様みたいなものですわ。けど、貴女も相当の腕利きですわよね? 貴女が機関部を撃ち抜いた有明って、はっきり言って相当強いんですのよ……あれでも、うちの艦隊のエースなんですの」
「あの子、有明って言うんだ……確かに、あの子達は実際相当なもんだったよ。……結局、騙し討ちみたいにしちゃって、悪い事しちゃったかな。そうそう、皆……君達には興味を持ってるんだ……続々と接続してくるから、紹介しよう」
彼女がそう言うと、次々に部屋の中に人影が現れる。
最初にメイドが二人……髪の毛で片目を隠した長い髪のと、眼鏡かけた三つ編みを頭に巻いて、髪留めで留めたシニョンと言う髪型の二人。
二人共、黒と緑のチェック柄の肩掛けのようなものを羽織っていた。
それぞれレナウンとレパルス。
アマゾンからメンバーの情報が送信されてきて、その辺りは利根にも解るようになっていた。
それに、赤と黒の衛兵のような姿をしたのが二人。
こっちは、アカスタとアーデント。
ツインテールの強気そうなのがアカスタで、気弱そうなのがアーデント。
どちらも背丈は、130cm台と小さなもの……駆逐艦かな……と利根も見当付いた。
どうやら、駆逐艦の示現体が小さいのは万国共通らしい。
外見や容貌は、基本的に自分達が艦艇としての記憶や記録を元に、半ば無意識に形作っているのだと聞いていた。
小型艦は、人間の姿を象っても自分は小さいと思いこんでいるから、相応に小さくなるとか。
でも、その理屈だと、自分は帝国海軍でもかなりの大型の主力艦艇である以上、相応の姿となるはずなのに……どうして、何かにつけて控え目なのか? 利根もそう思わずには居られなかった。
続いて、もう一人、やはり、同じく猫耳フード付きの黒と緑のポンチョみたいなのを着た、同じくらい小さいのが出てくると、衛兵コンビに隠れるようにこそこそと引っ込む。
彼女はアローと言うらしかった……この三人はA級駆逐艦とか言う同一艦種らしかった。
続いて、利根の仲間達も続々と現れる。
由良と有明、夕暮の三人。
皆、リアルタイムに情報共有してるので、状況は理解しているものの困惑を隠せない様子。
さすがに、顔合わせのためだけに、こんなVR電子会議システムまでは使ってなかったのが実情だった……。
最後に、もう一人ブリタニア側に、白いドレス姿の優雅な雰囲気の女性が現れるとブリタニア側の全員が、どうぞどうぞみたいな仕草をして、白ドレスが前に出る。
土日なので、明日もアップ予定。
どっちかもう一話くらいアップするかもです。