第四話「砲戦距離100000m」④
「蒼島中尉っ! いつ艦橋に直撃が来るか解らないから、装甲の厚い機関室にでも引っ込んでて! ここは危険ですのよ!」
利根にとっての、懸念材料……それが蒼島中尉の存在だった。
戦艦砲の艦橋への直撃……それでも、利根自身の持つパーソナルシールドは、極めて強固……恐らく、それですら耐えられるだろうが、蒼島中尉は無事では済まない。
現状、敵艦と艦首を向けあっている以上、艦橋に直撃する可能性は極めて高かった。
「いや、大丈夫! 僕は君を信じる……それと、敵艦の照準方法が判明した。艦体表面に不自然なホットスポットの発生を多数検知……恐らくアレは、赤外線レーザーによる超長距離索敵方式を使ってる。……もちろん、エーテル大気中だとレーザーなんて、ほとんど拡散するから、兵器としては役に立たないんだけど、照準用としてなら話は別だ。おそらく、大出力レーザーを水平なぎ払いみたいな感じで照射して、ホットスポットから発生する赤外放射を元に位置情報を検知……そんな方式だろう……と言うか、これ……宇宙空間のレーザー砲戦のやり方をそのまま力技で応用したんだろうな」
「そ、そんな単純な力技で? わたくしだって、観測機との組み合わせでの長距離砲戦の確立には相当苦労したんですのよ?」
「理論的には不可能じゃない……高精度の光学観測機器と大出力レーザーと言う前提なら恐らく可能だ。けど、これだと命中率が相当低いはずなんだがな……とにかく、現在、艦橋部正面にレーザーの集中照射を浴びてる状態……つまり、完全にロックオンされてる。さすがに、ちょっとやそっとじゃ当たらないと思うけどね」
「つまり相手は、こちらが見えてない状態で、盲撃ちで撃ってきてる? 敵じゃないかもしれないのに?」
「とりあえず、流体面上に何かあるから撃ってみたとか……そんな調子じゃないかな? と言うか……すでに、有明ちゃん達が交戦中だからなぁ……向こうは、囮か援護射撃のつもりなのかもしれないな」
こちらも艦影を見せれば、誤解も解ける……利根もそう思っていたのだけど。
相手が敵影も確認しないで、手当たり次第に撃ってくると言うのは想定外だった。
いや、正確には向こうも敵味方の識別信号くらい使っているのだろう……応答がない相手は、敵とみなす。
こちらと同様……いたって、真っ当な対応だった。
けれど、お互いの艦影を確認できる距離まで、大口径レールガン搭載艦相手に近づくなんて、まさに自殺行為と言えた。
弾速の早いレールガンの場合、視認可能距離の20000を切るとなると、もはや10秒足らずで着弾する。
100m単位の大きさの戦闘艦艇では、とても避けきれない……。
けれど、反転離脱しようにも、回頭中に速度が落ちた瞬間を狙われるのが一番危険。
そうなったら、もう運を天に任せるしかない。
戦艦相手に……さすがに、それは危険だった。
「このままだと……何か対策はないんですの?」
思わず、蒼島中尉へ助けを求めながら、利根は恥じ入りたくなった。
(ああもうっ! 何言ってるのかしら……。困るとすぐに人を頼るのは、わたくしの悪いクセっ!)
自分勝手に判断して、先走ることが無い慎重派……それが彼女の美徳でもあるのだけれども。
戦闘時、切羽詰まるとある種の思考停止状態に陥る……同時にそれが彼女の欠点でもあった。
「大丈夫……安心して、もうやってる。レーザー照射によるホットスポットの赤外放射でこちらを追尾してるなら、外部環境の赤外放射に紛れさせるようにすれば済む話だよ。装甲表面のナノマシンにレーザー照射を検知すると集結、赤外線を吸収し外部環境に合わせて、放射量を調整するようにサブシステムに再プログラミングしてる……もうちょっとで組み上がるから、あとちょっとだけ耐えてくれ!」
思わず、ぽかーんとする利根。
一瞬で敵の照準方法を見抜いた上に、あっという間に対策……自分では思いつきもしなかっただけに、その対応の速さには、驚愕を通り越して、呆れるほどだった。
今更ながらに、自艦の艦体表面に、耐エーテル腐食対策にナノマシン装甲なるものを使っていた事を思い出す。
自己増殖する微細機械群が寄り集まって、破損箇所を修復したり、汚れなども除去する便利な代物。
言わば、自分の身体の一部のようなものなのだけれども、そんな使い方も出来ると言うのは、全く解っていなかった。
改めて、蒼島中尉が如何に頼もしい存在かを利根も実感する。
「よし……上手く行ったかな……照準レーザーが逸れたよ! これで向こうはこっちを見失ったはずだ……さすがに目に見えて集弾精度が落ちたな。これでしばらくは大丈夫だろう」
中尉の言うように、敵艦は利根を見失なってしまったようで、見当違いのところにバラバラと放たれていた砲撃も止む。
再び何度かレーザーが艦体を横切るのだけれども、その動きに追従して、ナノマシン群が反応し目眩ましを形成してしまうので、敵は利根を認識できず、レーザーも止まらずに通過していってしまうようだった。
しかしながら、向こうも同類と考えると、今頃、対策を考えているはずだった。
恐らくレーザーの波長を変えるとか、出力を強化するなり……その程度の対策なら利根でも思いつくくらいなので、向こうもやってくるだろう。
だからこそ、この蒼島中尉の稼いでくれた時間を使って、一刻も早く誤解を解く必要があった。
「由良っ! 相手はレーザー照準方式を使ってるみたいですの! 蒼島中尉が対策用のサブシステムを組んでくれたから、そっちでも使ってっ!」
「ええっ、なんですか! これっ!」
「由良、一応利根ちゃんの方では、すでにこのシステムで相手のレーザー照準を無効化出来た事を確認してる……今は利根が壁になってるけど、敵艦は今もスキャンを続けてるから、ちょっとでもズレたらそっちがロックオンされる……アップデート作業はこっちに任せてくれ!」
「わ、解りました! お願いします」
由良側のナノマシン制御システムもアップデート完了。
全く同じものを使っているので、他艦への応用も何ら問題ないのだが、完全に同じと言う訳でもない……本来、戦場でやるような作業では無いのだが、それを可能とするのが蒼島中尉と言う男の技量だった。
「由良の方も、これで大丈夫ですわね! もうこうなったら、索敵機を突っ込ませて、相手の目の前で急上昇でもさせてやって! その時、思い切り翼の日の丸を見せつけてやるのよ!」
利根の提案に、佐神中佐も思わず手をたたく。
「なるほどな……さすがに、あれの視認範囲内に近づくのは無茶が過ぎるが、索敵機なら近づけなくもない。……そう言う事なら、いっちょ由良の職人芸でも見せつけてやるか! よし、由良大いにやってやれ!」
「解かりました! 佐神中佐! やってみます!」
返事とともに由良の零式水偵が一気に高度を落とし、流体面ギリギリを滑るように進んでいく。
利根も由良のバックアップに付く。
由良機のコクピットビューを共有し、演算領域を由良に貸与、バックアップの瑞雲からの情報によるナビゲーション……二人がかりで操縦しているような感覚になる。
ブリタニア艦も慌てて迎撃態勢に入った様子ながら、こんな流体面ギリギリを高速飛行する相手。
まともに狙えるわけがなく、水偵の遙か頭上を射線が通過していく。
戦艦も懐に飛び込まれると案外、脆い……けれど、敵もまた精鋭らしく……すぐさま対応してくる。
「由良! 避けて、更に後方から砲火っ! 弾着っ! 来るわっ!」
前方の戦艦を飛び越すように、山なりの砲弾が次々と落ちてくる。
後方にもう一隻の新手が現れる……味方の頭越しで航空機相手に平然と狙ってくるあたり、相当な技量だと伺えるのだけど……利根達にとっては、それは一手遅かった。
「フロートパージの上で、緊急加速をかけます……水偵ちゃんは不時着確定ですけど、ここはそうするしかありませんね」
悲しそうに由良が呟くと、水偵の下駄部分が外れて、水偵が猛烈な加速を見せる。
砲弾は水偵の後方で炸裂……その速力は500km近くにもなり、レナウン達の予想値を遥かに超えるっ!
更に戦艦を覆っていた装甲殻が爆発したように剥離すると、高射砲群が顔を出して発砲を始める。
曲射弾道で、上から叩き落とそうと言う魂胆なのだろうが……さすがに、こんな至近距離での曲芸射撃……ぶっつけ本番で当てるのは至難の業だった。
「……爆撃狙いなら、完全にいただきって状態なんですけどね……ごめんなさい、一本取らせていただきましたってとこですわねっ!」
利根の台詞と共に、由良の操る零式水偵は、戦艦の目の前で機体を引き起こすと、急上昇!
くるくると回転しつつ、緑の翼と日の丸マークを見せつけるようにエーテルの空を垂直に舞い上がっていく!