第四話「砲戦距離100000m」②
「由良です……私の索敵機が新たな敵影を捕捉しました……飛行タイプが30機近く……それと……なんですか? これ」
いまいち、要領を得ない由良の報告。
利根も割り込みをかけて、由良の偵察機の映像情報を確認する。
位置的には、利根達の前方……200kmほどの位置。
……蛇腹状の装甲殻に覆われた250m級の戦艦種のように見えるのだけど。
不自然に長細くて、異様な艦影。
「戦艦種? ……このやたら細長い艦形は何なんですの?」
利根が訝しげに思っていると、更に瑞雲2番機から警報。
10時方向から、インセクターの飛行種を多数捕捉……さらなる新手。
「由良……前方の飛行タイプの機影は、拡大できんのか?」
「すみません……エーテル雲のノイズに紛れてるみたいで、良く姿が見えないんです……辛うじて数が解る程度です」
佐神中佐と由良のやり取りを聞きながら、利根もデーターベース検索で類似のインセクターの目撃例を探る。
けれども、その結果はUnknown……新型……そう思うしかなかった。
由良機からも敵味方識別コードを送信しているのだが、それに応答する様子もない。
であれば、もう敵……そう判断せざるを得なかった。
「戦艦種も初めて見るタイプですの……Unknown……データベースに該当艦なし、敵味方識別コードにも応答なし……敵性艦と認定。これより、半透明の新型をコードα、戦艦タイプをコードβと呼称致します。それと10時方向からも敵機襲来っ! 数、およそ30機!」
更に敵機群の戦艦種の背後の敵機群にコードC01から順番にマーキング。
新手をコードD01からナンバリング。
戦術マップへ反映。
正体不明のイエローのマーカーから、敵を示す赤いマーカーへと変更される。
飛翔種だけでも、およそ60機……わずか4隻の利根達では、正直厳しい相手。
斑鳩基地からスクランブルしたゼロ隊も到着にあと20分はかかる……瑞雲隊もバラけてる上に、基本的にマルチロール機なので、防空戦力としてはあまりあてにならない……。
「対空戦闘用意っ! まずは射程に入り次第、電磁投射砲によるロングレンジ対空砲火で敵機を散らせっ!」
佐神中佐の号令。
その気になれば、100km先の敵機のど真ん中で炸裂させることすら可能な利根の高射砲群は、対空戦闘時の初手としてはもはや定番だった。
「高角電磁投射砲の角度調整……未来予測システムによる未来数値を算出。30秒後に射程に入ります……打ち方用意ですわッ!」
砲撃準備も完了し、まさに射掛けようとしたその瞬間、利根の未来予測システムは、その数値を大きく変動させる。
「ぜ、前方の敵飛行タイプ、転進しました……進路は新手のインセクター飛行種群? 合流でもするつもりでしょうか」
由良からの報告。
「何事ですのっ! まさか勘付かれたんですのっ!」
さすがに利根も動揺を隠せなかった……これまでのインセクターの行動パターンから、算出された未来予測が空振りさせられる……それは本来ありえない事だった。
この未来予想を覆すイレギュラー因子……それは、極めて危険な要素でもあった。
けれど、コース変更した飛翔体群は、まっすぐ新手に向かっていく。
見る間に前方の飛翔種群同士が近づきあって、入り乱れ始める。
二番機の観測映像では、エーテルの空に火線と爆炎が次々に浮かび……明らかに戦闘中の様子だった。
「せ、戦闘? いったいどうなってるのかしら……」
理解を超えた状況の連続に、利根も呆然と呟く。
「おいおい、虫どもが同士討ちなんて、聞いたことねぇぞ……まさかとは思うが……。もしかして、ありゃブリタニアの戦闘機……じゃないのか?」
佐神中佐の言葉に利根も思わず、ハッとする……。
有明達は、例の半透明のUnknownと、瑞雲の8番機と9番機をそれぞれ制御下においての視程外戦闘を続行中。
あの敵の異常なまでの回避能力と、前例のない光学迷彩システム。
慌てて有明達に戦闘停止命令を送る。
「……はい? 戦闘停止? 相手も瑞雲やこっちへバンバン撃ってきてるんですよ? それにもう10分程度で視認範囲に入ります……相変わらず、半透明で見づらいですけど、データ精度が補強されてきてるから、もう動いてればバレバレです」
「相手はブリタニア艦の可能性が高いのですわ! 戦闘は回避! と言うか、今すぐ撤退しなさい!」
「撃たれたら撃ち返す……戦場の鉄則ですよ? そもそも、先に撃ってきたのは相手です。一方的に撃たれる趣味も撤退の二文字も、有明達の辞書にはありませんから……」
「そうです! 話し合いの基本はまず、ぶん殴って黙らせてから! ですっ! やっちゃいます!」
好き勝手な理屈を並べて……一方的に、通信終了。
ひどい話もあったものだが……この姉妹はそう言う論理で生きているのだから、ある意味致し方なかった。
「こ、このバーサーカー姉妹は……どこの世界の話し合いの作法なんですのーっ! 佐神中佐! 有明と夕暮をなんとかしてくださいな! わたくしでは言っても止まりませんのっ!」
……艦隊の問題児でもある二人が、真っ先に接敵してしまったのがある意味、運の尽きだった。
「そ、そうだな……だが、こっちが撃つのを止めて、相手も合わせてくれればいいんだが……。うかつに撤退させるのはかえって危険だ。そうだな……むしろ、こっちから停戦の呼びかけでもしてみてくれんかな?」
「はい……でも、あの……ブリタニアの皆様って、私達のように示現体共鳴通信って出来るんですかね?」
由良の言葉に利根も佐神中佐も思わず、返す言葉を失う。
……はっきり言って、盲点だった。
利根達が当たり前のように使っている通信方式……示現体共鳴通信。
詳しい理屈は当人たちもよく解っていないのだけど。
どこかにあるらしい共有サーバー的な物を中継して、遮蔽物や距離関係無しで瞬時に双方向大容量データ通信を実現できると言うこの時代においても、オーバーテクノロジーと言うべきもの。
元々は示現体と艦艇を繋ぐ無線通信システムだったのだが……稼働中の示現体同士の相互通信が可能だという事は、初霜達ファーストフェイズの段階ですでに知られていた。
何かと制限の多いエーテル空間での通信システムとしては、あまりに便利で制限が取り払われた示現体達が当たり前のようにそれで、やり取りしているのを見て、人間達も彼女達の通信網に便乗する形で、この得体の知れない通信システムをフル活用していた。
エーテル空間での通信は非常に不便な物があって、まず電波は届くことは届くのだけれども、エーテル空間の至る所で発生する帯電現象による電磁パルス……EMP効果により、極めて不安定だった。
結局、中継器とレーザー発振器を高密度に並べて、中継を繰り返すと言う何とも微妙な通信方式と言うのがそれまでの人類の通信手段の主流だったのだ。
その点を考えると、示現体さえいれば、容易く大容量、超高速の通信が実現出来る示現体共鳴通信に頼り切ってしまうのも、さもありなんと言ったところだった。
とは言え、彼女達の通信方法は国際標準どころか、桜蘭帝国の標準でもなんでもない。
ましてや他国の同類の通信方式など、もはや想像の埒外だった。
まさに、この邂逅はコミュニケーション方法から、模索せねばならない未知との遭遇……と言ったところだった。