第四話「砲戦距離100000m」①
「……瑞雲6番機が撃たれてる?! 何ですのあれ!」
最初はふとした違和感だった。
利根が6番機の中継映像の確認中。
流体面上に奇妙なゆらぎを目にし、気になって瑞雲を近づけさせるなり、猛烈な対空砲火を仕掛けられた。
当然ながら、利根もこんな光学迷彩を施されたような相手など、交戦経験などなかった
けれども、ほとんど何の根拠もなくその小さなゆらぎに違和感を感じた辺り、利根にも一級の戦士としての勘……のようなものが備わりつつあった。
「こちら、有明……敵ですね! こんな近くにいたなんて……でも、レールガンなら射程内です。瑞雲6番機からの諸元受領……撃ちます!」
「同じく、夕暮……状況把握! 見敵必殺! 待ってましたっ! ですとろーいっ!」
利根の6番機と正体不明の敵……Unknownとの交戦は、即座に付近に居た有明と夕暮の知るところとなり、二人は嬉々とした様子で、砲撃を開始した。
二人とUnknownとの距離は40000……通常の砲戦距離としては、戦艦クラスでもなければ届かない距離なのだが。
長射程レールガンで武装した彼女達にとっては、はっきり言って至近距離だった。
当然、有明達からは視認範囲外なのだが、瑞雲の観測情報を問答無用で横取りされた形になっていた。
戦闘配備中は、相互無制限情報連携状態だから、こう言うマネが出来てしまう訳なのだが。
利根としては、もう少し慎重さが欲しかったと言いたいところだった。
けど、あの二人の腕なら、2-3発も撃てば、一方的にアウトレンジで撃沈……そう考えてもいた。
その程度には、有明と夕暮は腕利きでレールガンの扱いにも長けていた……そのはずだった。
「弾着確認……遠弾? ちょっと……揃いも揃って、何やってるんですの? 逸りすぎでしょう……」
敵艦の回避行動を予測しきれなかったのか、空間電磁場偏移で弾道ブレでも起きたのか。
……彼女達の放った砲弾は、見当違いの所に落ちていた……利根に言わせれば、らしくもない凡ミスだった。
「インセクターの駆逐種なら、今ので至近弾くらいは狙えたはずですが……なんですか? あれ……弾道計算して避けた……そんな感じの回避行動でした……。完全に不意打ちのタイミングだったのに……気分悪っ!」
「夕暮、マジギレしていいですか? と言うか、時々敵影をロストして上手く狙えません! 6番機のカメラ……壊れてませんか? 整備不良なんじゃないですか! めっちゃ照準しにくいんですけど!」
二人としても不本意だったらしく、不機嫌そうに騒ぎ立てる。
その抗議は無理もない……二人が見ている観測情報は、ほとんど何も映ってないような映像に、この辺に何かいるとばかりに、点線で囲った程度の代物で……これで40キロも離れた目標に当てろと言う方が無理がある。
だが、情報の精査を進めるよりも先に、勝手に攻撃を開始したのは有明達なのだから、文句をいうのは間違っていた。
「お二人とも精査前の観測情報を勝手に使わないでくださいな! さすがに、その位置からだと、敵の射程外だとは思うんですけど、相手を侮ると死にますわよ? と言うか、本来その敵見えてませんのよ……画像補正処理で輪郭線を補正して、浮き出してるだけ。今はまだデータ不足なんで、これが精一杯なのですよ……って!」
……二人に注意した矢先に、6番機被弾の報告……利根も思わず顔をしかめる。
「ウソ、あの距離で当ててきたんですの? 二人共……こいつ、普通じゃないみたいですの。8番機と9番機を増援に向かわせたから、連携して仕留めて……あまり近づかない方がよろしくてよ?」
利根も6番機に速やかに撤収命令を下す。
損害は直撃ではなく至近弾が掠めた程度で、軽微といえるのだが……。
当たっても居ないのに、瑞雲の翼が大きく抉れていた。
えらく大口径の対空砲……さほど濃密な弾幕でもないのだけど、至近弾でこの有様となると、恐らく対艦用にも使えるタイプだと、利根も当たりをつける。
「解りました……利根お姉様、およその位置は掴めてるんで、榴散弾でもブチ込んで牽制してみます」
「ぜってー、ぶっ潰します……有明姉様、ドンドン前に出て、突っ込みましょう! 敵艦の回避パターンを見切れば、あんな100m級の雑魚……木っ端微塵です!」
二隻がかりの榴散弾の連続砲撃……けれども、敵艦は恐ろしく巧みな機動でその尽くを回避していた。
「……雪風さんとか初霜さんを思い出す、巧妙な回避運動ですわね……何なんですのこれ?」
恐ろしく巧みな回避行動に、利根も思わず師匠筋に当たる二人を思い出す。
……同時に、演習で結局一度も勝てなかったことも。
あのクラスは、スペックだのなんだのも平然と無視してくる……はっきり言って理不尽極まりない怪物だったと、あれから数々の戦闘経験を積み重ねた利根は嫌が応にも理解できるようになっていた。
だからこそ、断言できた……あんなのがインセクター側にいるなんて、冗談ではないと。
「利根ちゃん、これは……弾道予測回避だね……凄いな。インセクターとの戦闘を間近で見るのは始めてだけど、恐ろしく計算づくの回避行動を取ってる……データと全然違うな」
蒼島中尉の感心したような言葉。
確かにインセクターも時々、弾道予測回避らしき行動を取ることもあるのだけど。
それは所詮、見えてからの悪あがきのようなもので利根達はそれすらも織り込み済みで狙い撃つので、問題になっていなかった。
……この敵は視認範囲外の段階で、弾体を捕捉し、弾道を予測して回避行動を取っていた……普通に考えて異常な対応だった。
「さ、さすがに……これは、ただ事じゃないですわ……インセクターの変異種? こんなのが出て来たなんて、冗談じゃありませんよ……」
新型なのは間違いないのだが……その戦闘力は間違いなくエース格にも匹敵する。
……長引くと面倒なことになりそうだった。
「利根キッちゃん! 何事だ? いきなり交戦開始とは穏やかじゃないな……」
完全に、報告が遅れた為か、佐神中佐も血相を変えて割り込みをかけてきた。
……その点については、利根も同感なのだが……結果的に、エース格の敵の機先を制する形になったのは、戦術的には悪くない……有明達の猛攻で、戦闘の主導権を取れているのもまた事実ではあった。
「佐神中佐……報告遅れて申し訳ありませんの……瑞雲6番機が正体不明の敵と遭遇。有明と夕暮が距離40000にて、砲戦中ですが……仕留めきれていません……光学迷彩とでも言うべきでしょうか。100m級の半透明の妙な艦です」
「新型か? 光学迷彩なんて、うちでも実用化には程遠いんだが……まさか、インセクターがそんなのを出してくるとはな……いずれせよ、ヤバそうな相手だな……戦況はどんなもんだ?」
「二人共、敵の射程外のようで、反撃は受けてませんけど……敵の回避能力が高くて、手こずってます。それと、わたくしの瑞雲6番機が被弾……離脱中。もよりの8番機と9番機を増援に派遣しました」
「ふむ……利根キッちゃんの瑞雲に当ててくるとは、なかなかやるなぁ……あの二人が即座に攻撃したのも、直感でヤバイと感じたからなのかもな……」
確かに、あの二人の直感的な感知能力は、利根も認めるところだった。
停止状態の潜行艦の待ち伏せや奇襲にすら、あの二人は対応出来る……だからこそ、最前衛なんて言う役目を担っているのだ。
「こちら有明……この距離じゃ弾道読まれてるみたいで、さっぱり当たりません……現在、最大戦速で接近を試みてます……有視界の必中距離に入り次第、今度こそ直射で確実に沈めてみせます!」
「夕暮も、こうなったら本気出します! ぜってー、ブッ殺すのです! イケイケーッ!」
血気にはやる二人……けれども、正体不明の敵艦との接近戦……あまりよい状況とは言えない。
百戦錬磨の二人なら、そうそう負けるはずはないと利根も思ってはいるのだけど……。
ちょっと頭に血が上ってる様子なのが心配どころだった。