第三話「Knights of Britannia」④
その様子を後ろで見ていたグローリアスは、安心したのか、ペタンと膝から座り込む。
けれども、慌てて取り直したように立ち上がると前に出てくる。
「ご、ご理解いただけましたか? そう言うことなんですの……レナ様! 陛下は、桜蘭と分断されている現状を憂いてらっしゃるのですよ。彼の国は、私達戦乙女の元となる技術を命がけで提供してくれたり、今も何とか我々との連絡を取り戻そうと、孤軍苦闘していると聞き及んでいます……。けれども、ブリタニア上層部は、桜蘭帝国を見捨てる構えなのです……」
思い切り醜態を晒しながらも、何事も無かったかのように取り繕うグローリアス。
けれど、その言葉は、女王陛下の代弁とでも言うべきもの、それはルクシオンが何も言わないことからも明らかだった。
「確かに……あの方針には、あたくしも納得いってませんわ。それに内戦を扇動するようなケチなやり口も……けど、そんなクソッタレな流れをひっくり返すために、この桜蘭へ続く回廊突破を図る。……それも女王自らの手で……確かに痛快な話ですわね! それ!」
「そうなのです……その上で、陛下は単身桜蘭帝国へ赴き、直接帝たる、華雅ノ宮陛下とお話をし、ブリタニアと桜蘭帝国の間で確固たる協力体制を確立したいと考えていらっしゃるのです……。今、必要なのは権力者達の馬鹿げたパワーゲームなんかよりも、人類世界が一つにまとまることが大事……違いますか?」
レナもグローリアスの言葉を冷静に考えてみる。
確かに、四大勢力中……桜蘭とブリタニアは、同じように古き王を名目上とは言え象徴としており、両国間のトップ会談が実現すれば、元々良好な関係だっただけに、一気に協力体制が確立できるのは明白だった。
むしろ、これは女王陛下にしか出来ないことだった。
そうなってしまえば、彼女の功績も絶大なものとブリタニア内でも認知され、大統領など単なる政治家達の代表に過ぎなくなり、発言力も低下する。
元々、インセクターとの戦争においては、大統領だの権力者のパワーゲームなぞ、お呼びではない……と言うのがレナ達の認識だった。
それに、古代地球の20世紀末の海洋の覇者とも言われた極東の帝国……日本軍の艦艇群。
レナ達が相手にしていたドイツ軍艦艇よりも遥かに強力な化け物じみた戦艦共。
人外レベルの練度を誇る空母とその艦載機群。
何より、数だけは立派だったソ連極東艦隊をほぼ独力で完膚なきまでに粉砕したその実力。
伊達や酔狂で当時の覇権国家アメリカに喧嘩を売ったわけではなかったのだ。
彼女達英国をルーツとする者達にも、その手強さと恐怖の記憶はまざまざと伝えられていた。
それらを味方につけるメリットは計り知れなかった。
断じて切り捨てて良い相手ではなかった。
なるほど、若輩と侮っていたけれども、よく考えられていらっしゃると……レナも思わず感心する。
「……しかしながら、陛下……こう言っては何ですが……。もし我々が手を貸さなかったら、グローリアス達は全滅……陛下も必然的にエーテルの海で生きながら、燃え尽きるという非業の最期を遂げる所でしたわ……その可能性はお考えにはならなかったので?」
「……私は、グローリアス達に賭けてみましたの。実際、あの状況で単独で回廊突入に成功し、貴女方の助勢を得るという強運にも恵まれましたよね? なにより貴女方の戦いぶり……まさに戦女神の名に恥じぬお見事なもの! 素晴らしいです! 貴女にはKnights of Britanniaの称号を以って報いるべき……そう考えております」
手放しの褒め言葉にレナも思わず、気分が高揚するのを感じた。
けれども……同時に、現状はかなり厳しいと言う冷徹な判断もくだしていた。
グローリアスの艦載機も底をついて、インセクターの勢力圏の真っ只中で進退窮まりつつあるのが実情。
近衛艦隊も一連の戦いで、その戦力は残されていないはずで、これ以上の増援は期待できない。
レナの試算だと、次の空襲ではさすがにグローリアスも無事では済まない……。
全艦ほとんど無傷でここまで来れたのも奇跡……その奇跡もそろそろ終わりかと、半ば諦めかけていた所でもあったのだ。
「Yes,your highness! 我が銘、レナウンの名に置いて、陛下の剣として、その道を切り開く大役、果たして見せましょう!」
けれども、彼女は迷わなかった。
この場に彼女達の王とも言えるルクシオン陛下がいる以上……何が何でも、倒れるわけにはいかない。
ここが本気の出しどころだと、レナは思いを新たにするのだった。
ブラックウォッチの隊長たるレナがそう言うのであれば、他のメンバーは無条件で従うのみ。
その程度には、彼女は信頼されていた。
まさに、全員の意志が一つにまとまった瞬間……だった。
けれども、そんな中、再び警報のアラートが鳴り響く。
……アマゾンからの警報だった。
最悪のタイミングとも言える警報に、レナは表情を険しくする。
「アマゾン! 報告ッ!」
「……敵機襲来……単機? 索敵機かな? ウソっ! 今の感じ……見られたっ!」
アマゾンの報告に、レナは戦慄を覚える……。
アマゾンの隠蔽を見破られる……それは、ほとんどありえないと考えていたことだった。
……インセクター相手なら、上空どころか、眼の前を通過しても気付かれない……その程度には、アマゾンの光学迷彩隠蔽装置は優秀だった……だからこそ、単艦での先行偵察役を任せていたのだ。
にも関わらず、それを見破る時点で、恐るべき脅威……少なくともブラックウォッチの面々はそう認識した。
「緑色の見慣れないタイプ……くそっ! なんでバレたんだ……。ひとまず迎撃して見せながら、現流域から下流方向へ離脱する! 大丈夫、そっちには行かせないから……ごめん、皆……これでお別れかも」
レナは、アマゾンの意図を即座に理解する……彼女は自らを囮に敵を引きつける算段の様子だった。
けれど、その判断は、合理的と言える。
彼女との距離は、300km……今から応援に駆けつけても、まず間に合わない。
グローリアスのシーハリケーンなら、援護も間に合うだろうけど……たった七機とは言え、貴重な航空戦力。
守るべき優先順位としては、女王陛下の座乗するグローリアスが最優先。
最悪、レナ達が全滅しても、グローリアスを桜蘭帝国の勢力圏まで、送り届ければレナ達の勝ち。
女王陛下の命運を他国の者に預けると言うのも内心気が進まなかったが……それも止む得ないと考えを切り替える。
「悪いけど、そうしてくれる? アマゾン、貴女の女王陛下への忠義に心からの敬意を!」
「さすがレナ……理解が早くて助かる。この先もなかなか厳しい状況が続くとは、思うけど……どうか、妹達をよろしく! ……Good Luck Your Hiness!」
……お互い、全て解った上での切り捨て。
長らく戦場を共にした戦友との別れが辛くないと言えば、嘘になる……それはレナ達にとっての本音だったが。
戦場では時には非情な決断も要求される、何より、これはお互い納得の上。
総員、無言の敬礼でもって、アマゾンへの手向けとする。
アカスタ達も何も言わない……。
内心では引き止めたいのだろうけど、彼女達にだって優先順位と言うものは解っていたから……。
「……ねぇ、レナ殿……なんで、助けに行ってあげないのかしら?」
誰もが納得の状況……そうレナも思っていたのに、ひとり異論を挟んだのは、他ならぬ女王陛下だった。
思わず、『アンタのためだろうっ!』と怒鳴り返しそうになって、グッとそれを飲み込んだ。
「……アマゾンが発見された以上、敵は彼女へ集中します。であれば、彼女を囮にした上で、その隙に我々は強行突破を図り、少しでも前へ進む……それがこの場の最善策なのです。彼女もそう判断したからこそ、単独で囮になると言っているのです。アマゾンの陛下への忠義をどうか汲んでいただきとうございます」
臣下として許される目一杯の苦言。
レナ自身はそう思っていたのだけど、女王陛下は不服そうな様子だった。
「気に入りませんね……そう言うの私、嫌いなので……レナ殿! アマゾンの救援を行うよう、我が名において命じます! 最善の方策を検討しなさい」
……無茶振り以外の何物でもなかった。
確かに、気持ちは解るのだけど、どう考えても非合理的以外の何物でもなかった。
けれど、そう言われると、レナ達は従うほかなかった。
「Yes,your highness!」
女王陛下からのご命令。
その返答に、それ以外の言葉はありえない。
「作戦プラン……グローリアスの守りは外せないから、ここはあたくしが単艦で突出します! レーザースキャンで見つけたヤツに手当たり次第にブッ放す! 贅沢は言ってられないから、ポンコツロックでもありったけ出してもらって、目一杯敵の気を引く……こんなものかしらね。アマゾンも出来るだけ、その場で粘る……良いわね?」
極めて、雑なプランながら現有戦力での最適解とも言えた。
「やれやれ、ブリタニアの軍神とまで言われたレナも、女王陛下には型なしだね……けど、そう言う事なら、僕も最善を尽くすよ。訂正しよう……この場の全員に等しく幸運を……」
当のアマゾンを含めて、誰からも、異論はなかった……。
(……こうなったら、やるしかありません……あたくしも覚悟を決めましたのよ)
内心でそう呟くと、レナウンは自艦を最大船速で加速し、先頭を突き進む。
……戦場において、不沈と謳われた武勲艦の意地の見せ所だった。
更新間隔は、基本隔日……たまにデイリー更新で行きたいと思います。