第三話「Knights of Britannia」③
「要は……邪魔者は消す……ヤダヤダ、丸っきり野蛮人の発想ですわね。……けど、女王陛下は桜蘭へ行って何をするつもりなんでしょうか? 自分の身の安全の確保……なんて理由じゃ、臣下の者が納得しないですわ……そんなの亡命と一緒……臆病者のすることですわ。ちゃんとした理由をお聞かせいただけないかしら? これは臣下と言うよりも、陛下の為に死地に赴くであろう一介の兵としてのお願いですわ」
言外に、自分もその納得しない者の一人だと含めつつ、レナも容赦なく詰問する。
このあたりは、武人肌とも言える彼女の人柄故だった……。
真っ先に逃げるような臆病者は例え、女王陛下であっても、認めない……そう告げていた。
もちろんは、顔は笑顔のままなのだけれども、モニター越しにではなく、目の前にいたら……その殺気の前に誰もが怖気づくところだった。
さすがに、グローリアスはその言葉の意味するところに気づいたようで、顔色を変える。
「レナ殿! さすがに、今のは言葉が過ぎます!」
けれど、ルクシオンもレナの氷のような微笑とその言葉に含んだものを理解しながらも、一歩も退かなかった。
「グローリアス……構いませんよ。……確かに、普通の者が同じことすれば、ただ逃げたと思われるだけでしょうけどね……。私には、この英国王家の血筋と言う武器があります。この私が桜蘭の帝との面会を果たせば、どうなるでしょう? それこそが、私の起死回生の一手であり、この旅路の大義でもありますわ」
レナのような生粋の武人相手に一歩も退かず、威風堂々たる態度……言っていることは、ひどく短絡的で稚拙な話なのだけれども。
レナもこの若き女王陛下の態度に好感を覚える。
けれど、桜蘭の帝……実質的な権力は持たないとレナも聞いていた。
君臨すれども統治はせず……王族という独裁者がその権勢を振るえていたのは、せいぜい19世紀頃……つまり、はるか古代の話。
この宇宙時代の国家の枠組みは、そんな個人の手で統治できるようなものではなくなっていた。
けれど、それはあくまで人間達の事情であって、自分達には関係ない。
そもそも、桜蘭側の同類達にとっては、どうなのだろう? そう、レナも考えてみる。
間違いなく絶大な影響力を持つ。
……自分達を基準にして考えると、そう言う結論になる。
自分達の知る母国、英国は……もう700年もの時の隔たりの彼方。
あの懐かしきイギリスの国土も今はもうない……もはや記録上だけのもの。
……古き良き伝統も格式もアメリカとの迎合により、ひどく曖昧なものに成り果てていた。
そんな中、ほとんど唯一と言っても良いほどに、当時から連綿と繋げてきたもの……それが王室の血だった。
当然のようにレナウンの艦橋にも飾られているエリザベス2世の肖像画。
ルクシオンにもどこか彼女の面影というものが残されていた。
まさに、国の象徴……まだ見ぬ桜蘭の同胞達も多かれ少なかれ、そんな国の象徴へ忠誠を誓って戦場に赴いているのだろうと……レナにも想像出来た。
縁もゆかりもない者達の為に戦うような真似は、レナ達もしたくもないが……。
あの戦争の時代とつながりのある者の為に戦う……そう言う事なら話は別だった。
……それこそが、まさにレナ達のアイデンティティと言えた。
「なるほど……考えてみると、確かにそう悪い手でもない……ですわね。無謀ということを除けば」
目的は悪くない……むしろ、現状彼女が打てる最善手とも言えた。
けれども、その手段は無謀としか言いようがなかった。
聞けば聞くほど、無計画の思いつきにしか思えない。
手回しや周囲の者への相談もろくにせず、半ば思いつきで、グローリアスに命じて、桜蘭へ続く道への強行突入を図ったのではないか……そんな風に思える。
けれども、同時にそれが精一杯だったのだとも理解する。
この様子だと、王宮関係者も彼女の敵……唯一の味方は、グローリアス達王立近衛艦隊の戦乙女達だけ。
そして、近衛による桜蘭へ続く回廊への突破作戦。
この作戦は、完全に近衛艦隊による立案で、ブリタニアの主力軍からは反対されていたのだ。
当初の戦力は、王立近衛艦隊の旗艦クイーンオブエリザベス、その妹ウォースパイトなど、錚々(そうそう)たるメンバーだったようなのだが。
それまで、伊達に手付かずだった訳ではなく、実際に戦いを挑んでみたら、三桁にも及ぶ大艦隊が待ち受けていた……と言うのが実際の顛末だった。
激戦の末、近衛もその戦力の大半をすり潰してしまい作戦は失敗し、近衛艦隊はほぼ全滅に近い被害を受けていた。
けれど、そんな中、グローリアス達だけが回廊への突入に成功……その連れ戻し役として、王立宇宙軍の最高精鋭たるレナ達が動員された訳なのだけど……。
今となっては、レナの上官筋に当たるフッド卿が妙に含みのある言い方をしていたのも理解できる。
『何があっても、女王陛下への忠節を忘れないように……任務完遂を期待します』
……これまで、与えられた全てのミッションを完遂し、一度たりとも放棄も失敗もありえなかったレナ達に、そんな事をわざわざ言う辺り、腑に落ちなかったのだけれども……今の状況を鑑みると納得は出来た。
(なんだ……結局、全員グルだったのね……フッド卿もお人が悪いわねぇ……)
実際、レナ達は燃料たる重水素ペレットや弾薬も積載限界まで持たされており、こんなに要らないとレナ達も不審に思っていたのだ。
けれど、数々の状況を考えると、確かにルクシオンの立場は極めて危険であり、この選択肢は正解と言えた。
このまま本国に戻しても、腹心と言える近衛艦隊は大損害を受けているので、戦力的には微妙。
レナ達の所属する王立遊撃宇宙艦隊も対インセクター戦に集中せねばならず、思ったように動きは取れない。
ブラックウォッチは元々、最後の切り札と言える総予備指定艦隊だったので、気軽に動けたのだが……。
一度戻ってしまえば、女王陛下をお守りする立場ではなくなってしまう。
ブリタニア政府のやり方やその方針からすると、女王陛下の運命も想像ついた。
恐らく真綿で首を絞めるようなゆっくりとした包囲網が敷かれ、権力を奪われ、徐々に身動きが取れなくなっていった挙句の……。
そんなシナリオが用意されているのであろう。
けれども、このまま桜蘭への旅を続けるならば……。
最前線に自ら立ち、分断状態のブリタニアと桜蘭を繋ぐ懸け橋となると言う……まさに、王たるものでもなければ為し得ない偉業を成し遂げる事になるだろう。
そうなれば、元々ブリタニアの国民からは絶大な支持を受けていたのだから、容易に排除できない存在となるのは、明白だった。
そして、その一助となる純然たる武力……それもレナ達にはあった。
武力と権力は表裏一体……。
自分達と言う比肩なき武力を自在に扱える時点で、ルクシオンは、ブリタニアでも最高権力者と言って差し支えのないものなのだ。
……民衆の代表だかなんだか知らないが、大統領と称する輩の言うことなど聞く義理もないのだ。
その現実を思い知らせてやる……臣下たるものであるその立場を忘れた者達に鉄槌を下す。
それもなかなかに面白い話だった。
少し想像してみて、レナもゾワッと鳥肌が立った。
「どうかされましたか? レナ殿……私としては、言いたいことは言い切りました。それをどう判断するかは、貴女の自由です……。出来れば、我に変わりなき忠節をお願いしたい……駄目でしょうか?」
そう言って、頭を下げようとするのをレナは大慌ててで止める。
「お止めください! 王たる者は臣下に頭など下げてはなりませんわ。うん、ルクシオン陛下、あたくし……陛下とは始めてこうしてちゃんと言葉を交わしたのですけど、なかなか悪くないわ……。むしろ、面白くなってきたと言うべきかしらね?」
先程までと打って変わって、スッキリしたような快活な笑顔を見せるレナ。
その笑顔には、なんら迷いもなく……ルクシオンも自分がレナと言う強大な守護者を得ることに成功したのだと、自覚した。
彼女は……賭けに勝ったのだ。