第三話「Knights of Britannia」①
「お姉様! 敵機直上っ!」
レパルスの叫ぶような警告で、レナウンは特攻戦術飛翔種……通称エグゾセが真上に定位した事に気づいた。
「あらやだ……いつのまにっ! Fullahead Starboard!」
――右舷全速。
レナの左旋回行動とルースの対空砲火で、エグゾセが降下ポジションをズラそうとして、一瞬動きが止まる。
それがレナ達の狙い……。
「相変わらず、低能な虫けらですこと。Full fire To just above! Fire! Fire! Fire!」
直上への射撃開始の号令に合わせて、レナ制御下の対空砲群が一斉射撃。
精密弾幕射撃の前に、たちまちエグゾセが火だるまとなり、エーテルの空にひときわ大きな爆炎の華が咲く。
「お姉様……敵機、今のが最後です。全艦へ通達……撃ち方止めーっ!」
「まったく、最後の最後に頭上で汚い花火見せられちゃったわね……やだやだ」
それまで空を覆っていた弾幕が徐々に薄れていく。
エーテルの空には幾つもの黒煙がたなびき、流体面上には、多くの残骸が浮かぶ……レナ達が虫けらと呼ぶインセクターの飛翔種共が大半なのだけど、シーハリケーンの残骸も少なからず混ざっている。
つい先程までは、猛烈な弾幕と飛翔種とシーハリケーンが飛び交う錯綜した戦場そのものだったのだが。
ウソのように静まり返っていた……空襲は、唐突に始まって、唐突に止むと言われているが、まさにそのとおりだった。
「やれやれ……今回もどうにかなりましたわね。皆様ーっ! 点呼を取りますわよー! 生きてたら返事っ!」
「レパルス! 健在です!」
目と鼻の先に、いるのだから返事の必要などないのだけど。
ブラックウォッチの双頭の片割れといえるのだから、二人の健在を示すという意味でも、それなりの意味はあった。
「アカスタ……生きてるっ! 生きてるよーっ! シャレになんねーっ!」
「アーデント、左舷被弾部の破孔応急修理、まもなく完了です……問題ありませんですっ!」
「あら……貴女達って、案外しぶといのね。ロイアルガーズの連中って、前線にあんまり出ない上に装備が保守的すぎてイマイチな連中ばっかりって聞いてるんだけど、存外侮れないって事なのかしらね」
レナが小馬鹿にしたような感心したような……そんな感想を漏らす。
二人は褒められたと思ったらしく、照れくさそうに笑っている。
「アロー……健在」
モニターは「No Image」で黒一色。
基本、人前に顔を見せないのが、彼女の流儀なのだけど。
平常運転で乗り切ったらしかった。
「グローリアス……どうなの? 貴女、生きてるの? 返事くらいしなさい」
レナにとっては、一番心配なお荷物から返事が来ないので、名指しで指名したようだった。
「こ、今回も逃げ切りましたわーっ! ぜぃぜぃ……い、生きてるって素晴らしいわ!」
レナもグローリアスのコンディションデータを見てみるのだけど、驚きの無傷。
「ほんと、噂に違わず、しぶといのね……。こんな乱戦でしれっと無傷で生き延びる辺り、案外本物なのかもしれませんね」
そう言って、レナは笑みを浮かべる。
「アマゾンは……問題ないですね……さすが」
レパルスが感心したように呟く。
一人蚊帳の外だったアマゾンのマーカーは、先程から戦域マップ上で動かず。
「さて、艦隊全艦の生存を確認……皆様、お疲れ様でしたわ」
……あれから、レナ達は7回にも及ぶ波状空襲に晒されながらも、なんとか無事だった。
これまでの最大規模だった今の空襲を撃退した事で、一息くらいは着けそうだと言うことで、皆、今のうちにとばかりに携行食を口にしたり、こんな時でも忘れない一杯の紅茶で喉を潤したりしている。
「はぁ……やはり、戦のあとの一杯の紅茶は最高ですね……皆様もこの点には異論はありませんよね?」
そうレナが呼びかけると、当然のように同意の声が返ってくる。
狭い戦車にすら湯沸かし器を置いて、戦場でも紅茶を嗜むようなお国柄……それが彼女達のルーツとも言える英国と言う国。
未来人達が再現した各々の艦にも、当然ながらBVと呼ばれる湯沸かし器が艦橋に標準装備で付いていた。
士気に関わる重大事項だから、むしろ当然の装備だと彼女達は思っていたが。
アメリカ系の連中からは、首を傾げられる事の方が多かった。
本来ならば、英国海軍に付き物のラム酒で一杯とやりたいところなのだけど、その辺は一応自重している。
「レナお姉様……戦果集計の概算値ですが、我が艦隊の虫どもの撃破総数はとっくに3桁を突破してますね。おそらく、敵の巣穴……母艦が近いのかも知れません」
レパルスの報告に、面白くもなさそうな憮然とした表情を見せるレナウン。
「あら、もうそんなに駆除してしまってますの? まったく……うっとおしいったら、ありゃしないわね」
「あの……すみません……。非常に申し上げにくいのですが……。シーハリケーンが品切れですの……私、もはやバスタブと変わりありませんね」
苦笑しながらのグローリアスの報告。
彼女の航空隊の主力……シーハリケーンは残存機数7機のみとのことだった。
その報告を見ながら、レナも大きくため息を吐く。
「こりゃまた手酷くやられたわね……他に残っているのは、駄作機と評判のロックが20機も! なんで、よりにもよって、こんなのを積んできたのかと、小一時間説教してさしあげたいところなのだけど……。他は、安定のソードフィッシュ……と言っても、防空用には囮程度……。いずれにせよ、もはや戦力と呼べるものではありませんね……」
「ごめんなさい……でも、ロックだって役に立つんですよ? ちゃんと前にも撃てるように改造してますし、スピードもそれなりに出ますわ!」
……ブラックバーン ロック。
最高速度300km弱の戦闘機とよんで良いのか果たして疑問と言える代物。
旋回機銃のみで前方機銃を持たないと言う明らかに間違った設計思想の戦闘機で、公式戦果ゼロを誇る英国面を代表する戦闘機であった。
……レナがよりにもよってと表現するのも当然といえば当然だった。
「けど、レナお姉様……。グローリアス様の航空隊のエアカバーがなければ、ここまで持ちこたえることなど出来なかった……それは認めざるを得ませんよ」
レパルスの言葉には、レナも頷かざるを得なかった。
むしろ、100機にも満たない高性能とは言い難いシーハリケーンで、ここまでよくやったと言えた。
軽く60機ほど失ったものの、引き換えに300機近い飛翔種を撃墜している事から、キルレートは1:5近くにも及ぶ……上出来の戦果と言えた。
「まぁ、仕方ありませんわ。飛行機のない空母だって、囮とか使いみちはありますからね。ここまで頑張ってくれたんだから、最後までお守りはさせて頂きますから、ご安心なさい」
そう言って、レナも話を締めくくる。
彼女にとっては、約束とは必ず守るもの……そして、弱き者は守るべきもの。
それが彼女の信念だった。
ある意味、騎士道精神の体現者とも言えた。
ロック、知る人ぞ知る英国面の代表格、ディファイアントの海軍版である。
136機くらい作って、公式戦果ゼロ……まさに粗大ゴミ。