夏、ハジマリ、奇跡
「幽幻図書館」
―それは一冊の書物とともにひと時の奇跡を与えてくれる不思議な図書館。
しかも借り手が本を選ぶのではなく、借り手に見合った書物が自然と手元に届くのだという。
そしてその書物を持ち、図書館の奥にある透明な泉に足を踏み入れると
有限ではあるがその書物の借り手が求める「奇跡」が起こるそうだ―
「・・・で?」
「で?じゃなくて!これ、面白そうだと思わない?次のミス研の発表テーマに最適じゃないかなーって」
「へー、まあ頑張れ。俺はパス」
「また!?先月だって、先々月だってパスしたじゃーん!」
「そもそも人数足りないからどうしても~入るだけでいいから~ってお前が言うから入っただけだろ。別に活動しなくていいから月一顔出すだけ出してって言ったのお前だからな、もう忘れたのかよ」
「ぐ、な、何も言い返せない・・・」
季節は初夏。京都は京阪三条駅近くにある某珈琲チェーンにて、大学生の男女が話し合っていた。
話し合っているというよりはもはや一方的に懇願しているといったほうが正しいかもしれない。
「いや、でも今回ばかりは引き下がらないから!」
そう力強く話す黒髪の女性は鞍馬和歌子といって現在大学2回生。
ミス研の現部長という立場でもある。
長い黒髪、色白、背も一般女性よりは少し高めで
一見モデルのようにも見える。
そのため彼女をはじめて見た人は
「高嶺の花」「クールビューティ」
といったことばを思い浮かべる。
だが現実とは残酷なもの。
一度口をひらけばオカルトちっくなことばかりがマシンガンのように口から放たれ、専門用語が飛び交うため一瞬にして彼女のまわりには不思議ワールドが形成されてしまう。
その不思議ワールドに飲み込まれた者は総じて
「思っていたのと違った」とまるで
何かに取り憑かれたかのように口に出すのだった
もはやその現象がオカルトである。
そんな彼女につけられたあだ名は
「オカルト暴走列車」
なんとも失礼なあだ名だが、言い得て妙とはこのことだ。
「オカルト暴走列車もいい加減ブレーキを使うことを覚えてほしいもんだね」
「誰が暴走列車よ!わたしはあくまでもミステリーをこよなく愛するオカルト乙女なの!」
「オカルト乙女?・・・乙女?え?」
「いますぐそこに正座しろ今なら一瞬で楽にしてあげる」
立ち上がりこぶしをぎゅっと固く握る彼女を前に、
冗談だよとけらけら笑う男性。
彼女と同じくミス研に属する大学二回生の八瀬修一である。
少し明るめの茶色の髪に綺麗な顔立ち、そしてピアスのせいか
チャラく見られがちなのだが、実際はその逆である。
むしろ休みの日は引きこもってもっぱら読書に没頭する男なのだ。携帯の電源はもちろん完全にオフにするという徹底ぶりである。
ちなみにこの2人、小学生の頃からの知り合い、
いわゆる幼馴染みというやつだ。
「でも、お前がいくら言ったって俺はやらないぜ」
そもそもオカルトには興味ないしな、と
頼んだアイスコーヒーに口をつける。
ムスッとして、和歌子は椅子に座り直した。
そして勢いよく身をのりだし八瀬に詰め寄った。
「どうしても、だめ?」
「泣き落としは効かねえからな」
「ほ、ほら、修ちゃん本、好きでしょ?今回のこれは図書館なんだし」
「普通の図書館で充分間に合ってるんで結構です」
「あ、そ、そうよ!確かこの現象を確かめるといいことが起きるって今朝ニュースで」
「・・・きょうのこのあとの天気はなんですか」
「え、えーっと、晴れかな?」
「不正解、90%雨です。朝ニュースで言ってましたけど?」
なんとか八瀬の興味をひかせようとしたがことごとく惨敗した和歌子は机につっぷした。
それを見た八瀬はハァと、静かにため息をつきコーヒーを置いた。
「急にどうした。いままでそんなに強く誘ってきたことなかっただろ」
そう、和歌子がこんなにもミス研のことで食い下がるのは初めてのことなのだ。
いままでは八瀬がパスといえば
「そう言うと思ったー」の一言で終わっていたのに
なぜか今回はなかなか引き下がらない。
ミス研の活動になにか問題があったのだろうか。
ただでさえ人数は八瀬を含めても10人程度しかいないのに、最近は部室に顔を出すメンバーも減っていると聞いている。活動停止の話でも来てしまったか、はたまた別の問題か。
いかんせん、この目の前で突っ伏している自称オカルト乙女に詳しく聞かねばわからないのである。
「あれか、もし活動停止とかならさすがにやばいし、なにか手伝うけ「違う」・・違う?」
かぶせるように和歌子が口をひらいた。そして突っ伏していた顔をあげ真っ直ぐに八瀬を見据えた。
その視線にはなにか決心したような、またなにか覚悟しているような感じがあった。
八瀬は遮られたことなどどうでもよくなり、ただ静かにじっとその視線を受け止めた。
川の流れる音、風の音、待ちゆく人々の声だけが
二人の間を通り抜ける。
ほんの数秒程度の沈黙、
だけれどもそれがとてつもなく長く感じた。
しばらくして、和歌子が静かに口をひらいた。
「ねえ、修ちゃん」
―お父さんに会えるかもしれないって言ったら、どうする?-