光月の何気ない日常!
パンッ!と手を打つ音が、道場に響き渡る。
「はいっ! 今日の練習はここまで!」
「「ありがとうございましたー!!」」
子供たちの元気な声が響き渡る。続いて、ドタドタ足音、きゃっきゃとはしゃぐ声が、道場に響き渡る。
光月はそれを、満足そうに頷きながら見つめる。
彼は、この中国武術道場の師範である。そして、週末にはこうして子供たちに武術を教え、また人としての心得を教えている。
道場に通うようになってから、子供が礼儀正しくなった、人を思いやれるようになった、などの保護者の意見が出るのは、彼の人柄を反映してのことなのだろう。
と、一人の子供が光月に駆け寄ってくる。
「ねーねー、先生!」
「ん? どうしました?」
子供の呼びかけに、光月はしゃがんで、にっこり笑いながら返す。
「俺、先生みたいにすげー強くなりたい! そしたら、クラスの奴とかも皆俺の事馬鹿にしなくなるもん! もしいたら殴って言う事聞かせてやるんだ!」
無邪気に笑う子供。しかし、光月の顔は険しくなる。
「それはいけません。私はそういう事の為に、武術を教えているのではないんですよ?」
叱る訳ではなく、優しく諭す。子供はキョトンとして光月を見返す。
「何で? じゃあ何で強くなるの?」
子供の純粋な質問。それは光月の胸を苦しめた。溢れ出しそうになる感情、それを何とかかんとか胸の奥に押し込めて、何もなかったように振る舞って答える。
「君が優しくなる為だよ」
精一杯の答えだった。胸に去来する様々な思いを押し殺して、微笑んで答える。こどもはふーんと納得したのかしてないのか分からない、適当な相槌を打った後、親元へ走っていた。
「ふぅ……」
小さく溜息をつきながら、自宅のアパートの階段を上がる。トントントン……という足音が、真っ暗な闇に吸い込まれて消えていく。
ガチャリ。キィ……
「ただいま」
返事はない。電気をつけて、遅い夕飯の準備をする。ただただ静かに、時間が過ぎていく。
彼には家族がいた。それはそれは、幸せな家族だった。妻がいて、娘がいて、光月がいた。それ以上、望むものなどなかった。それだけで、完璧な世界がそこにあったからだ。
しかし今はいない。いなくなってしまってから、随分長い時間が経ってしまった。そのせいで、いや、おかげというべきなのか、一人でも生きていけるほどになった。
ただ時折、感傷という名の苦しみが彼を襲う。覚えていたい。思い出したくない。その葛藤が彼を苦しめる。
光月は、今も思い出していた。苦痛とも、微笑ともとれる顔をしながら。
「いけないいけない。私の悪い癖だ」
頭を振って少し溜息をついた後、止まっていた手をまた動かし始める。
『じゃあ何で強くなるの?』
子供の言葉を思い出して、ぎくりとする。かつて光月は、同じ疑問を持った事がある。そして、間違った答えを導き出し、たくさんの人を傷つけた。それを思い出して、辛くなる。辛い思いをしても、時間は帰ってこない。だから、前を向く。そう、決めたんだ。
「やぁ、光月先生」
ガドガイアー基地の廊下で、向こうから歩いてきた隼人が声を掛けてきた。
「こんにちは、海君」
光月はニコリと笑って返す。
「……あれ? 先生、今日は休みじゃなかったっけ?」
隼人は首を傾げながら疑問をぶつける。
そう、ガドガイアー基地では、必ず誰かしら一人は残る決まりになっている。そして今日の担当は隼人であり、本来光月はここにいる必要がないのだ。
隼人の疑問に、光月は笑いながら返す。
「色んな所で指導していますからね。たまには自分の修行もしたいのですが、落ち着いて出来る場所と言えばここしかないんですよ」
「あぁ、なるほど。そういえばまた新しく指導する場所が増えたとか……」
「えぇ。彼らの指導は、それはそれで面白いんですがね」
はは、と小さく笑う。その様子を見て、隼人の表情も思わずほころぶ。
「先生、楽しそうだね」
「あれ? そう見えますか? これで結構大変なんですよ?」
大袈裟に返事をしてみせる。そんな光月のおどけた様子に、隼人はプッと吹き出してしまう。
「先生は本当に根っからの指導者なんだなぁ。それでいて自分自身も強いし。尊敬するよ、本当」
「どうしたんですか? 急におだてて」
「おだててなんかないさ。俺ももっと頑張らなきゃね」
「ふふ、素直に受け取っておきましょう」
「おっと、邪魔しちゃいけないね。先生もほどほどに頑張ってね。でないと俺がちっとも追いつけないからさ」
「今度指導してあげましょうか? 付きっきりで。」
「そりゃさぞかし怖いんだろうね」
冗談の応酬もそこそこに、二人は廊下を別々の方向に歩き出す。




