File:4「葉の殺意、善意、嘘」
「――ッ!?」
何が起きたのか――一瞬で分かってしまった自分が、とても憎かった。
俺は連行しようとした黒尽くめにナイフを投げられ、そのまま死ぬか、そうでなくとも致命傷を負うはずだった。それがどうして、目の前にアイリスがいて、その肩にナイフが刺さっているのか。
俺の視線は一瞬で、その傷口に奪われた。既に血は流れ、白いワンピースに赤い染みが広がっている。
俺の理性をぶち壊すには、十分だった。
「何、してやがる」
手は反射的にアイリスの体を支え、地面にそっと寝かせる。
黒尽くめからの返事はない。何か喉がひくついたような声が聞こえた気がしたが、気のせいだ。気のせいに決まっている。
今更怖れを感じるなど、あってはならない。死ぬ覚悟なしで人を殺すのは、ただのクズだ。クズだ。クズだ、クズだ、クズだ!!
「……筋力強化魔法」
俺は呟いて、倒れている男の、少し浮いている顎を蹴りあげた。アッパーでも食らったかのように飛び上がった体の中心に連続で拳を叩き込み、服を掴んで地面に叩き付ける。もう抵抗はないが、何度も何度も、全身に拳と蹴りを食らわせていく。
「――死ね」
アイリスを傷つけたな。人を殺そうとしたな。
「――――死ね!」
理由なんて知るか。お前のことなんて知るか。
「衝撃魔法――ッ!!!」
俺は白い魔法陣の浮かんだ右手に力を込めて、掌底を腹部に打ち付けた。直後俺の手から爆風と同等かそれ以上の衝撃波が発せられ、それは全く溢れることなく黒尽くめの体内を崩し、崩し、崩し――次の瞬間には、黒尽くめから赤に染まる、ただの肉塊へと変貌していた。
犯罪者にはお似合いの、滑稽な末路だ。
「……ざまあみろ」
血に塗れた己の全身を見て、俺はわずかに嘲笑を浮かべた。しかしそれは無意識に出た言葉で、自分に向けたものなのか、黒尽くめだった奴に向けたものなのかは定かではなかった。
ふと少女の方を振り向くと、口を手で覆って、足をガクガクと震わせていた。それを見て、俺は正気に戻った。
アイリスは。
「アイ――っ!?」
すぐ傍にいて、思わず驚いてしまう。肩から血を流して、痛みに悶え苦しんでいる。
障壁魔法を使えばよかったはず――いや、使う余裕すらなかったのだろう。
俺はすぐに駆け寄って「すまない」と呟き、強化した筋肉を使ってナイフを抜く。アイリスが一回り大きな痛みに顔を顰めたのが、俺の心を痛めた。
「……安心しろ、アイリス。俺が助ける」
冷静なつもりだったが、確実に焦っていた。
俺は傷口から少し離れたところで手を開き、深く息を吸う。そして息を吐くと同時に、呟いた。
「修復魔法」
手の甲に緑色の魔法陣が現れ、掌からは緑の光が溢れ出す。
その光が傷口に触れると、みるみるうちに血液は体内に戻り、切り開かれた皮膚も何事もなかったかのように塞がれる。
「すい、ません、カナシ様……自分でやれば、よかったのですが」
「……馬鹿野郎」
俺が俯いて呟いたような声量で言うと、アイリスは申し訳なさそうにそっぽを向いた。
「……私には、カナシ様をお守りする役目が――」
「役目なんて知ったことか。俺はお前に死ねと言ってるんじゃない。それに、俺の指示を無視するとはどういう了見だ」
「! …………ごめんなさい」
俺は一方的に言い放つと、筋力強化魔法を解除して怯える少女の方に向かう。
「大丈夫か」
こうは聞いたものの、大丈夫なはずがなかった。目の前で人が人でなくなる瞬間を見て平静を保てる人間がいるものか。いたとすればそれはもう、人間ではない。それはもちろん、俺も例に漏れない。
「は、はい、大丈……うっ!?」
息切れを起こしながら言っていたが、やはりやせ我慢だったらしく顔を真っ青にしてえずいている。
どうあれ、庁と連絡を取る必要がある。
そう思ってリングフォンを起動させようとして――シュンと通信中だったことを思い出す。
ぞっとした。ここまでの会話を全て聞かれていたのだ。
『先に言っておくが、冷やかすつもりは無い――お似合いだと思うよ、僕は』
「満々だろお前」
『などと冗談を交わしている場合じゃないだろう。死刑執行を目前にした少女と、唯一心を全開にできる相手からぼろぼろに言われた少女をどうするんだい。ついでで言えば、そこにあるであろう肉塊もだ』
「……それは」
執行を見せてしまったのは、俺の経験不足と若さが招いたものに変わりはない。
死体は処理させればいい。
だが、アイリスはどうすればいいのか。俺の命を考えてくれることを否定したわけではない。命を大事にしろという意図であの発言をしたんだ。かと言って、振り返ってみればアイリスは自分の行動を咎められただけにしか聞こえなかっただろう。
『君は相変わらず不器用な奴だね。彼女の性格上君の言葉は無視できない大きなものだとは言え、タイミングは重要だよ。そこは見計らって謝罪することだね。それでは僕はこの辺りで』
「助言どうも……」
疲れたように溜息を吐くと、俺はシュンとの通信を切る。次いで、110番へ繋げる。またも1コールで出てくれた。昼間でも110番にかける者はそういないらしい。
『こちら、警視庁本部。要件を』
「日比谷公園噴水前にて魔術師一人を確保。同時に魔術部所属魔術、師への殺人未遂で一人執行」
魔術魔術と連続していたので、最後は少し間を開けた。噛むよりかはマシだ。
『了解、現場に処理班を向かわせる。貴官は速やかに確保した魔術師を連行せよ』
「魔術部所属の魔術師は」
『そちらもだ』
「了解」
目先の目的が決まったところで、俺は電話を切った。よく噛まなかった、俺。
それにしても一介のオペレータごときがこんな指示を出していいのだろうか? そう思うのは俺だけでなく、魔術師にも留まらず、人間の警察官からも耳にすることがある。ロボットなのではないかという噂もあるが、俺はマニュアルがあるとしか思っていない。
……それはいい。今は指令通りに動くのが先だ。
「悪いが、ちょっと眠ってもらうぞ」
「へ……っ」
少女が不思議そうに俺の顔を見上げると、俺は少女の手首に麻酔手錠を掛けた。この状態では街中に嘔吐しかねない。それに移動中うだうだ言われても困るし、ついて来ないと言われる可能性もあった。
アイリスは……まあ、いいだろう。
「筋力強化魔法。アイリス、歩けるか」
「はい」
抑揚のない声。心ここに有らずとはこういう状態のことを言うのだとよく分かった。
……心が痛むな。自業自得なのだが。
今までにないことだったせいもあり、久しく感じていなかったもどかしさというものが心にあった気がする。
魔術部オフィスに到着した俺は、少女をベンチに座らせてアイリスと共に部長室へ入る。
何故か部長は顔を顰めていた。
「どうしたんですか」
「アイリスの殺人未遂で一人殺したと聞いた。それを咎めようってんじゃないが、例の子の前でやったのは減点対象だな。真っ青じゃねえか」
どうやら、報告内容は既に部長の下に届いているらしい。
「それは、自分のミスです」
「だな、お前のミスだ。愛人が傷つけられてブチギレする気持ちは分からんでもないが、もうちょっとメンタル鍛えろよ。上はまたお前かと怒ってるらしいぞ」
部長の発言の途中でアイリスの方を見たが、<愛人>という単語に一切の反応をしなかった。
「……はい、すいません」
「それで、もう少し明細な報告が欲しいんだが」
「はい」
部長に言われ、俺は日比谷公園での出来事を粗方話した。時々溜息を吐いていたのは気のせいではないだろう。
「例の協力者、か……なんなんだ、お前の友人は? バケモノか?」
「違います、変態です」
間違ってはならないところなので、きちんと修正しておく。部長はうんざり、というか呆れに近い表情を見せた。
実際変態だ、あいつは。
「できることなら本当、ここに入ってほしいもんだが」
「自分の自由を重んじる奴ですから、それは無理です」
「だろうな。前回もそう断られた……っと、そういえばお咎めが必要だと、上から言われてたんだったか」
結局咎めるのか。いや、覚悟の上だけども。
「<また>謹慎ですか」
「いんや、1日勤務禁止だ」
聞いたことはない罰だが、要するに働くなということらしい。俺も部長の立場だったら、こんな部下を働かせようとは思わない。
「休めと」
「そういうこった。半日だけになるが、休めるときに休んどけ。でも、その子を魔研に置いてきてからな」
「……はい」
俺は頷いて、頭を下げる。少し遅れて、アイリスも同様にする。
そのまま退室しようとしたが、部長に呼ばれ振り返った。
「なんですか」
「……気負うなよ。お前は若いだけなんだから」
「ありがたいお言葉です」
茶化すように言って、俺は苦笑した。
――さて、休めるかね。
これから少女を運ぶ場所、魔科学研究所を思い出し、心臓のあたりが苦くなるような違和感を覚えた。
違和感というか、苦しみというか。
魔科学研究所は、魔術師が大量発生する数年前まで理化学研究所と呼ばれていた施設だ。俺も科学雑誌で何度かその功績を見たことがあるが、なんというか、ここ十数年は伸び悩んでいるという感じだった。そんな低迷期とも言える時に外国からの著名な科学者たちが協力して、科学革命を起こしたのだという。その結果魔術師を生んだので、理化学から魔科学へと名を変えたのだという。<魔>とついているだけあって、市民からあまりよく思われてはいない。
ここは前身である理研と同じことをしているが、他にも魔術師の研究、保護などを行っている。そのせいか、施設は一回りも二回りも大きくなっている。俺も一時期いたことがあったが、あれではただの刑務所と変わりはない。
そんな場所にこの少女――麻酔でまだ寝ている――を連れて行くのは気が引けたが、法には逆らえない。野良魔術師は放っておけば犯罪を起こすことは確実だと言われている。今まで自分が見下していたものになれば、混乱して自棄になるからだ。そしてその自棄を後押しするのが魔法。そして起こる魔術犯罪。それに対処するのが魔術部。その魔術部の人員も、この魔研に保護されている者の内から、魔法の扱いの上手い者が選出される。俺もその一人だ。未成年には一応拒否権があるらしいが、俺の場合は強制だったし、何より俺がそうしたいと思ったので今ここにいるのだ。
と、回想にふけるのは着いてからでいいだろう。何せ魔研は埼玉にあり、バスに乗って移動しなくてはならないからだ。
「ここに来るのも久しいな」
俺は今や立派な外観を持つ理研だったものを見上げ、わざとらしく呟く。
言った後に気付いたが、前に来たよりも大きくなっている気がする。
「……そうですね」
アイリスは変わらず暗いままだが、本人に自覚は無さそうだ。
しかしながら、この少女――戸籍の検索で笠木コノカという名前と分かったのだが、それは正直どうでもよく、ここまで疲れて眠っている少女として装うのに俺が疲れた。いつもは気にしていなかったが、麻酔手錠に含まれる麻酔薬の効果持続時間はそれなりに長いらしい。科学の進歩はこういうところで感じられる。
腰にある四次元ポーチもそうだ。一応試作品という体ではあるが、まあまあ入る。正確には四次元ではなく次元を少し弄って外観の倍以上の容量を得たとかなんとか――ともかく、俺の脳内にある知識では説明できない、それくらい凄い技術らしい。それくらいでもなければ、科学革命などと称されることはないだろう。
――じゃなくて、さっさと入れ、俺。
自分に呆れながら自動ドアを通り抜けると、中には当たり前のように白衣の大人たちが歩き回っている。
さて、まずは笠木をここに預けなくてはならない。
「すまない」
受付嬢に声をかけると、まず営業スマイルを返された。ここじゃそういうものはいらないと思うのだが。
「魔術部の方ですね。ご用件をどうぞ」
「ああ、ええと。魔術師の保護を頼みたい」
「でしたら、魔術課に連絡を入れておきますので、東棟2階へどうぞ」
一瞬、受付嬢の顔が引きつった気がした。またか、とでも言いたそうな感じだ。
「わかった。ありがとう」
「いえ、どうぞごゆっくり」
ぺこりと頭を下げられ、俺達は言われたとおりに東棟――今や魔研のメインとなっている、魔術課の存在する場所へと移動した。
俺はそこの通路を歩いていた職員に声をかけてここに来た旨を伝えると、あとは任せろと言われて笠木を連れ去られてしまった。……まあ、殺すことはないだろうから、いいんだけど。どこか焦っているというか、うんざりしている感じだった。
少々すっきりしないが、来た目的は他にもある。
「アイリス、行くぞ」
「……はい」
消え入るような返事に不安を抱きつつも、俺達はそれぞれある場所に向かうのだった。
だがあれを見せるわけにはいかなかったので、途中で別れることとなった。
――さて、何か変わったことはあっただろうか。
■ ■
私は途中でカナシ様と別れ、久しく訪れていなかった魔研の検査室へと向かいました。主に保護した魔術師の検査を行う部屋ですが、私の場合は別です。
私はカナシ様の魔法によって作り出された存在。その特異さゆえに、怪我や、体の異常、感情の変動など――何かあればすぐにここに来るようになっているのです。今日は怪我もしましたし、感情も不安定です。来ない理由がありません。
「やあ、久しぶりだね、アイリスちゃん。元気だったかな」
私専属と言っても良い医師の中山さんと軽く会話を交わしてから、私はCTスキャンを行いました。
結果はすぐに出ましたが、特に変化はないそうです。
「静葉君と喧嘩でもしたのかな?」
カルテに何かを書き込みながらの言葉に、私は体をびくりと震わせました。
「……喧嘩ではありません。ですが、私はカナシ様を怒らせてしまいました」
「何をしたのかな」
「私は、カナシ様の命を第一にして行動しました。しかしその結果、カナシ様を怒らせてしまいました。私は何か間違っているのでしょうか……?」
泣きそうになりながら答えると、中山さんのペンを走らせる音が消え、ばき、という異様な音がしました。見ると、ペンを折ったようです。……やはり、間違った行動だったのでしょうか。
「やはり、私は……」
「ああいや、アイリスちゃんは何も悪くないよ。ただまあ、ちょっと……静葉君が、子供かなと」
「カナシ様が? あり得ません、カナシ様は私より――」
「まあ、彼は君の本当の気持ちに気づいていないようだからね。これからはもっと甘えると良い」
甘えろと言われましても、今のままでは気まずいです。
私が俯くと、中山さんはにっこりと笑いかけてくれました。
「なぁに、彼のことだ。きっと君にはもう謝る気でいると思うけどね」
「そう、なのですか?」
「彼のことはずっと昔から知っているからね。君には特に優しいはずだよ?」
「そう、でしょうか……」
振り返ってみますが、カナシ様が私以外の人と接している時間はほとんどありません。いつも私と一緒にいますから、私に特に優しいかどうかはわかりません。
ですが、カナシ様はここに長く世話になっていて、その当時からのカナシ様を知る中山さんの言葉です。信用していいでしょう。
「さて、まだ時間はあるのかな。ここでしたいことがあるなら、いっぺんにやってしまった方がいい」
そう言われましたが、したいことは特にありません。ですが、聞きたいことはあります。
「そうですね……私、子供産めますか?」
「……へっ?」
私の素朴な疑問に、中山さんは素っ頓狂な声を出しました。
そんなに変だったでしょうか。
■ ■
2メートルほどの自動ドアが開き、俺は真っ暗な室内へと入る。俺と一部の職員しか入ることを許されない部屋だ。
その理由は、この部屋で保護・研究されているものにある。
俺が歩みを進めていくと、淡い緑の光が辺りに見えだした。もう少し歩くと、その光源がそこにあった。
巨大な円柱と見まがうような水槽。その中には、赤子が母親の胎内で眠るように蹲る――外見はアイリスと同じ少女。正確には別の存在だが。
俺がここの世話になり、魔術部に所属することになった大きな要因だ。
俺は水槽の傍に寄り、近くにいた顔馴染みの研究者である女性――高橋さんに声をかけた。
「何か、分かったことはありますか」
「ああ、カナシ君。……いや、何もないわ。相変わらず謎に包まれてるわよ、ユリちゃん」
ユリ――それが、この子の名前だ。本当はクロユリにしてやりたかったが、語感が悪いのでユリだけにした。それでも名前の意味は<呪い>のままのつもりだ。
「何かあったの?」
高橋さんが俺の顔を覗き込んでくる。その表情からして、からかう気満々らしい。
「別に……少し、昔のことを思い出しただけです」
「そうねえ、もう3年が過ぎたのよね――カナシ君が<前科持ち>になってから」
昔を懐かしむような高橋さんの<前科>という言葉が、俺の心臓を鷲掴みにした気がした。だがそれが不快であるからと言って反駁することはない。事実以外の何物でもないからだ。
「生命創生罪……ほんと、変な法律作ったわね、政府も」
「当然の対処だと思います。未知の生物を生み出せば、それが生態系に与える影響は不明ですから」
生命創生罪。発達した科学または魔法によって生命を生み出す罪――それが俺の前科だ。3年前のあの日、俺は妹を失い、その妹を蘇生させるために魔法を使い、ユリが生まれた。
しかしすぐに俺は逮捕されここに送られたが、ユリが魔法を使い、暴れた。過去の生命創生犯も人間を生み出したらしいが、誰一人として魔術師を生み出したものはいなかった――つまり、俺は例外だったのだ。正確には、ユリが。
結果ユリはここでの研究に活かすために保護され、俺は一応社会に貢献したことになり、罪は半分なかったことになった。だが生命を生み出すだけの技量を持つ魔術師を放ってはおけないと、魔術部から打診があった。参加は強制だったが、俺はそれを拒まなかった。謎が多かったからだ。
なぜ通報もされていないのに警察が来たのか、俺の両親はどこに消えたのか、妹――アヤメは何故死んだのか。何故俺は存在しないはずの魔法で生命を生み出せたのか。それを解明するには、ここで大人しく研究材料になっているわけにはいかなかった。
だから今、俺はここにいる。
「それはそうと、アイリスちゃんはどうなの?」
「どう、とは」
「やぁねえ、とぼけちゃって。何か月なのよ」
「高橋さん、ぶっとばしますよ」
「冗談よ、冗談」
目が冗談じゃないと言っている。どうしてこう、俺とアイリスの関係をからかう奴が多いのか。
アイリスはユリの代わりに俺がもう一度作った生命だ。俺のお目付け役として作ったのだが、その背景にはまだ同じことができるか、という魔研の実験の意図も含まれていたという。今となっては正直、どうでもいいが。
「でも、誰も止めやしないわよ。それに既成事実作っちゃっても、世間は相変わらず冷たい目線を送るだけよ?」
「高橋さんまでアイリスと似たようなことを言うのはやめてください……前科持ちなだけで十分です」
「自分に素直じゃないのね」
「……正直なところ、自分の意志がはっきりしてません」
「筋金入りのシスコンだもんねぇ。アヤメちゃんを諦められないとか?」
「その言い回しは間違っていますが、まあ、そんなところです」
俺は今でも、アヤメとアイリスを重ねてしまっている。その上、アイリスはユリの代わりでしかないともまだ思っている。本来ならば、俺はアイリスにどうこう言える立場にない。
「アイリスちゃんも健気よねぇ。好きな人のためにあそこまで頑張れるのって、今時珍しいと思うわ」
「俺だって、何も好くことを禁じちゃいませんよ。ただ度が過ぎているので、そこだけは」
「拒んでない辺り素直じゃない。でも、素直になりきれてないって感じね」
「なんでそう、あなた方は俺とアイリスをくっつけたがるんです……」
「そりゃあ、結ばれることのない兄妹が決して無くすことのできない血の繋がりというものを撤廃してようやく結ばれることが許されたのよ? 応援したくもなるわよ」
呆れるしかない。やはり考え方が常人と少しズレている。
「……それで、ユリ以外で何か分かったことは?」
「静葉リンドウに静葉サユリ。どちらも未だ消息不明よ。ていうか、警察なんだから自分でやればいいじゃない」
「管轄外です。それに魔術師の親を探す物好きな警官なんていやしませんよ」
「薄情よねぇ、警察って」
高橋さんの性格からして、余計そう思うだろう。
「そういえば、魔法について何か分かったこととかないんですか」
「あー、うん。現在確認されてる魔法が他にないかってやつね。残念ながら、何も手がかりはないわ」
「そうですか……すいません、忙しい中」
「いいのいいの、どうせ何も解明できずに暇なんだし、そっちも暇ならいつでも来なさい、おねーさんが相手してあげるから」
「はい。それでは、また」
変わらず明朗な高橋さんに頭を下げて、俺は真っ暗な研究室から出た。するとすぐそこに、アイリスがいた。
なんというか、元に戻っている。そんな感じだ。
「……何かあったか?」
「いいえっ、何もありませんよ。それよりカナシ様、何か分かったことはありましたか?」
いつも通りの綺麗な瞳に見上げられ、俺は安堵のため息をつく。それと同時に、また申し訳ない気持ちになった。
俺も、さっきの研究室の人たちも、みんなアイリスにユリの存在を知らせてはいない。それはただでさえ存在意義を模索しているアイリスにとって、障害になることは目に見えているからだ。
だから俺はアイリスに、過去の不明な点の捜査に協力してもらっている、としか伝えていない。
「いいや、何も。まあ、そう焦ることもないだろう。とりあえず帰るぞ」
「はぁい」
元に戻ったというより、元より更に元気になっている気がするのだが……中山先生と何かしたのだろうか?
聞こうと思ったがあえてそうはせず、俺達は帰路に着いたのだった。
いつまでも、このままだったらいいのに。