File:3「魔術師保護」
魔術師には、先天的と後天的に分けることができます。詳しくといっても、基本的に言葉の意味そのままなのですが。
先天的魔術師は、一般的に遺伝子改造によって進化した魔術師を指します。
後天的魔術師は、人間がほかの魔術師から何らかの影響を受け、遺伝子が変化することで進化した魔術師を指します。こちらの方が自然であるとされ、その証拠に安定した魔法を使うことができるのだそうです。
尚、私もカナシ様も先天的です。人為的に進化されたとあってかなり粗いらしく、桁違いの威力を持った魔法を使える代わりに制御が難しいとされています。
魔法の使用に関しては、魔術師研究の第一人者とされるウェルフ・バートルの示した<ウェルフの魂理論>が最も認知度が高いのですが――その実態は、誰にも分からないのだそうです。
話を元に戻しましょう。私たちは今、その後天的魔術師を探そうと動き出しました。
カナシ様は小型インカムをつけて、城崎さんと通信しながら移動しています。私はカナシ様から伝えられたことを遂行するだけですから、聞く必要はありません。
そんな私たちは電車を使い、急いでその魔術師がいるという日比谷公園へ向かいました。
――今思えば、これが始まりだったのでしょうか。
「暑いな」
「私のカナシ様への愛の熱さには負けます」
「字が違う」
公園内に入りながら、いつもと大差ない会話をします。いい加減、カナシ様も素直になればいいのに。
ですが、暑いという点はもちろん同意します。私はまだワンピース一枚という軽装だからいいですが、カナシ様は魔術部の制服たる藍色のジャケットを着ています。暑いなどという言葉では済まされないでしょう。脱げばいいのでは、と思う方も少なくありませんが、制服の左肩には警察章がついていて、それ自体が身分を示す物となっているので、脱ぐことはできません。顔を知られていなければ、野良魔術師と勘違いされてすぐに捕まえられてしまいますから。一応、魔術部内では罰則があるらしいです。
私は正確には魔術部の魔術師ではありませんから、私服で勤務しています。正確には勤務ではないのですが、カナシ様のお目付け役、と言ったところです。ですので、私は魔術部の手伝いをしているにすぎないのです、扱いの上では。
「シュン、この辺りか」
カナシ様が城崎さんと話すために、立ち止まります。丁度日陰だったので、休むという意図もあるのでしょう。
私はその間、周囲の警戒をします。カナシ様が油断するなど滅多にありませんが、こういうところを怠ってはなりません。カナシ様をお守りし、難なく仕事をこなせるように動くのが、私の役目――。
と、カナシ様が私の肩を叩きました。
「なんですか?」
見上げると、カナシ様は無言で園内の噴水を――いや、傍にいる少女を指さしました。
「俺だと刺激しかねん。行けるか」
私の耳元で、囁くように言ってきます。うう、体がむずむずします。カナシ様、こういうところは大胆です。
「……具体的には、どうすれば」
「お前はまだ小学生と言われても十分通じる外見だろう。芝居をしてくれと言ってるんだ」
つまり、幼女の真似事で油断させろと、そう言いたいようです。
「やっぱりロリコンじゃないですか、私に欲情しないんですか」
「行け」
「むうー」
頬を膨らませて遺憾の意を示しますが、断る理由はありません。私はカナシ様の下を離れ、噴水の傍でそわそわとしている少女の下へ駆けます。
見れば中学生くらい――魔術師に年齢は関係ありませんが――のようです。
魔術師かどうかを判別する簡単な方法として、<魔術師>という単語を出してどのような反応を示すか、というものがあります。捜索魔法では何故かできないので。それで、その方法を試した時、一般人ならば酷く苦い顔をし、後天的ならば恐怖します。多くは自分が魔術師に覚醒したことに恐怖するからです。先天的の場合は、特にこれと言った反応を示しません。これは過去幾度となく繰り返された実験の結果であり、信頼するかは個人の勝手ですが――少なくとも私は、確実なものだと思っています。現代の人間は、ワンパターン化していますから。
まあ、要はうっかり魔術師と言ってその反応を見るのが私の芝居の目的です。
私は笑顔で走り回っているフリをして、少女に衝突しました。
「きゃっ」
「わっ」
少女が小さな悲鳴を上げたと同時に、私も声を――と思いましたが、思うような声は出ませんでした。もっと練習すべきでしょうか。
ともかく、芝居を続けなくては。ええと、幼女と言えば、確かこんな感じの。
「いたた……だいじょうぶ、ですか?」
幼女を演じるなど初めてでよく分かりませんが、こんな感じの声のはずです。
私の演技に、少女はぎこちない微笑を浮かべました。
「あ、うん。大丈夫だよ。それより、一人なの? お母さんは?」
「――っ」
お母さん――その言葉が、妙に引っ掛かりました。私に、母などいないのに。否、いないからでしょう。
……いけません、感情的になっては。目的が果たせなくなります。
「――えっとねっ」
私が次の言葉を発しようとした時、後ろから肩を持たれました。この感じ、カナシ様です。顔をカナシ様の顔と合わせます。おや、制服を脱いで腰に巻いているようです。なるほど、その手がありましたか。ですが、警察章が丸見えです。
「あ、おにいちゃん!」
咄嗟に出た言葉ですが、状況的には間違いないはずです。少女には今のカナシ様が、はぐれた妹を見つけた兄にしか見えないはず。
「すまない、妹が」
「あ、いえ。私も不注意でした」
「ほら、ア――ヤメ、も」
アヤメ――その言葉で、心臓が跳ねたような気がしました。カナシ様も、言いたくはないでしょうに。ですが意図は見えます。アイリスなどという名前の少女は、日本中どこを探してもそう見つかりはしませんから。
それでも私は、それは私の名前ではありません、と――そう言いたかったですが、まだ芝居の途中でした。
「うん。ごめんなさい、おねえちゃん」
「いいよ。でも、気を付けるんだよ?」
「うんっ」
私は屈託のない笑みを――浮かべられているでしょうか。自信がありません。
「そうだ、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょうか?」
どうやら、カナシ様が先に判別してみるようです。私も、じっと少女の表情をみつめます。
「この辺りで魔術師を見なかったか?」
「っ」
少女の目が一瞬、見開かれました。これだけでは判別が難しいです。
「い、いえ。見ただけではわかりませんし……」
心なしか少女の声は震えているように感じます。まだ足りません。
「ああ、すまない。成り行きで少し警察の手伝いをしているんだ。見てしまった以上、協力しなくてはならないからな」
「そそ、そうなんですか……」
彼女は、魔術師なのでしょうか。城崎さんの技術力はこの目で何度も見てきましたから、疑いようがないのですが……これでは一般人との区別がつきません。こればかりは、私たちの責任ですね。
ところで、今の私達って結構怪しくないでしょうか。なんで魔術師を探している少年が妹を連れているんでしょうか。
疑問を乗せた視線をカナシ様に送っても、もちろん返事はありません。
「じゃあ、俺達はこれで」
「は、はい」
「またねー、おねえちゃん!」
私が無邪気を装って手を振ると、少女は苦笑いで手を振りかえしてくれます。しかしながら兄妹を装う為とはいえカナシ様と手を繋げるなんて、なんたる僥倖でしょうか。
しかし、彼女の視界から消えない限り芝居は続けなくてはなりません。なりませんよね。
「おにいちゃん、わたしおにいちゃんのことだーいすきだよー!」
「聞き慣れた」
あっ、少女に声が届かないと分かって演技やめましたね。
「素直じゃないですね、まったく」
「お前もなぜ、飽きないかね」
飽きるも何も、私はカナシ様を心から愛しているだけです。それ以外の何物でもありません。
「それはそうと、彼女は結局魔術師だったのですか」
「さてな。お前はどう思った」
「……判断材料が少ないですね。あの人、かなり変わった反応でした」
後天的とも一般人とも取れない微妙な反応でした。
「簡単な判別方法の名が泣くが、俺も同様だ。しかし、こうは考えられないか? ――覚醒直前の魔術師だと」
覚醒直前の魔術師――例えるならば、決壊寸前のダムと言ったところでしょうか。しかし、それが本当だとするならば、城崎さんはとんでもないもの、それもこの社会にとって強力な武器となり得るものを作ってしまったことになります。
ですが、その証拠となり得る少女が実際どうなのかは分からずじまいです。
またさっきの日陰に隠れると、カナシ様は城崎さんとの通信を再開しました。
「シュン、本当にいるのか? ――いや、確かにそうだが」
恐らく「いると断言はしていないよ」、とでも言われたのでしょう。城崎さんはそういう人ですし、カナシ様もとても分かりやすいお方なので。
しばらく話したのち、カナシ様は疲れたように嘆息しました。
「まあ、こういうこともあります。さあ、現場に向かいましょう」
そう言う私の手は、震えていました。理由は何となくわかります。<お母さん>はともかく、<アヤメ>という単語を聞いた私は、すっかり弱くなってしまっています。
だって、私は――
「……アイリス――」
カナシ様は、ふいに強張っていた私の右手を優しく包みました。
■ ■
「――大丈夫か」
強張ったアイリスの手を握って、顔色を窺う。真夏だというのに、少し青い。
原因については、なんとなくわかる。俺がアヤメの、妹の名を出したからだろう。
一番その違いを感じ、理解してほしいと思っているのは他でもない、こいつだ。
「……はい、問題ありません」
そう言うアイリスの顔は、どこか悲しげだった。こんな心境でも、ちゃんと芝居をやってのけて冗談まで言えたのだから大したものだ。いや、そんな言葉で片付けてはいけないだろう。
――やはり、俺への愛がこいつを動かしているのだろうか?
認めたくはないが、同時に認めなくてはならないことでもあると思う。
だが、今は仕事中だ。考えるのは後からにしなくてはならない。
そうだな――今日は帰る前に、少し寄り道をしよう。
「なら、現場に向かおう。現在時刻は」
と、俺がリングフォンで確認しようとした時。
先程俺達が少女と話していた噴水の方から、とてつもない轟音が聞こえてきた。言うなれば、間欠泉……などと、どうでもいいことを考えている場合じゃない。安全の確認を――いや、する必要はなかった。見ただけで状況は把握できた。
噴水は粉々。瓦礫の中から水が溢れ出している。その傍で、太陽の照らす昼間の公園には不似合いな黒尽くめが、先ほどの少女の首にナイフを押し当てている。周辺にいた人間たちは悲鳴を上げながら逃げていく。
……俺は、呪われているのかもしれない。そういう体質の少年をどこかで見た覚えがある。
とにかく、動く必要がある。黒尽くめの目的は知れないが、放っておくわけにはいかない。
罪を犯せば即投獄、終身刑。裁判の存在など忘れかけられている現代社会において罪を犯すということは、死を覚悟するのと同義だ。
あの黒尽くめも、そういうことだろう。
「……どうしますか、カナシ様」
「向こうは俺達に気づいていると見ていいだろうな。奴が行動を起こさず、こちら側を見ているのが証拠だ」
噴水を壊したとなると、その周辺にいたと考えていい。いやそうでなくとも、あの少女を狙っていたのなら、話をしていた俺達のことは見ていたはず。腰に巻いている制服の警察章が見えていない、とは思えない。今見えていないとも。となれば不可視魔法は効力がない。そもそも影は残るから昼間使うものではない。アイリスがあの時使えていたのは、店内が暗かったからだ。
「ふむ」
俺は少し隠れるようにして、顎に手を当て思案する。
『電話、切った方がいいかな』
そこに、インカムからシュンの声が届いた。そういえば、ずっとつけたままだった。
「ああ、できれば……ん?」
『ん?』
そういえば、使えるかもしれない。いや、信憑性は薄いが。
「シュン、マークした少女の周辺に、魔術師の反応はあるか」
『まだ完成ではないのだけれど、いいのかい? 僕としては、仮にも警官である君に不確かな情報を提供するのは気が引けるのだけれど』
お前も同じこと考えてたか。それはともかく。
「俺が今ここにいるのは、お前がその不確かな情報を提供したからなんだが」
『それはプライベートな君に提供したものだ、勤務中ではなかったし』
……科学者系の人間の、こういうところは嫌いだ。だが一理ある。
「ああもう、とにかく。いないのかよ」
シュンは少しの間を開けた。少し考えたのだろうが、すぐに話し始めた。
『――公園内にはその少女だけのようだ。それ以外に、このレーダー上では魔術師はいない』
となれば、奴は魔術師ではない――凶器を使用している時点で疑惑はあったが、前例もある。一概に人間だとは思えない。
しかし、少女は魔術師ではないのだろうか。あの状況なら、魔法を使って逃げることは容易だ。自分が、魔術師だと分かっていればの話だが。さっき言ったが、覚醒直前だとすれば分からなくもない。
とにかく、少女の保護、黒尽くめの……逮捕を考えなくては。
『カナシ、少しいいかい』
「ん、なんだ」
シュンの言葉は何かに役立つ可能性が高い。それは過去の事例で分かっていることだ。
『このレーダー、魔法で作られたものを探知することはできないらしい。正確には、魔法製の存在だ。今は通信中だから見せられないが――こちらからは、アイリスちゃんを探知できない。傍にいるんだろ?』
「……ああ」
確実に聞こえていないと分かって、こいつはその発言をしたのだろう。アイリスが聞いていたら、捜査どころじゃなくなる。
『身代魔法……確か、そんな名前だったかな? とにかく、それで作られた分身はおそらく、こちらでは探知できないということになる』
「ふむ……と、なれば」
俺がアイリスに視線を向けると、その体が強張った気がした。術者の捜索を頼もうかと思ったが、最後の手段ということにしておこう。
それに、まだ手はある。
「シュン、公園周辺に<動いていない>魔術師の反応は」
身代魔法使用時は、術者の意識はない。つまり仮死状態、もしくは寝ているということになる。どちらにせよ動いていない。
それに、こういった魔法生成物が独立して動く系統の魔法は、術者から離れるほどその効力は低くなっていく。身代魔法の場合、分身の身体能力などがそれに左右される。
ともかく、近くでその場から動いていないことに変わりはない。
『ん、と……いないね。一応伝えておくけど、動いている魔術師もだ』
「てことは、あれは人間なのか?」
『何とも言えないね。まあ例の少女はまだ魔術師とも知れないし、人質に選ぶには問題ないのだけれど』
「でも、向こうは何も言ってこない……どういうことだ……?」
『それはこちらではなんとも言えないね』
そりゃそうだが。
『で、どうするんだい』
「……人質に取られている以上、こちらは動けない。というか、場所も割られていると見ていい」
『でも、向こうは何もしない』
「あの少女に何かあるのか、分かればいいんだが」
『さすがにそこまでは無理だね。いっそ、強行突破というのはどうだろう?』
強行突破、か。瞬間移動でもできればいいんだが、魔術師はそこまで便利ではない。速度が欲しいなら筋力強化魔法を使うしかないが、保険が必要だろうか。
ただ突っ込んで少女を救出したとして、その後何もないとも限らない。
「アイリス、誘惑魔法を頼めるか」
「……なぜ?」
アイリスが首を傾げた。何も伝えていないのに突然そう言われたら、アイリスでもそうなるだろう。
誘惑魔法は、周囲にいる者に偽の信号を送り、意識を術者のみに向ける魔法だ。要するに、囮役用の魔法。先日使わなかったのは、この魔法は適応される対象の数によって<魂>――まあ、体力のようなものを消費するからだ。……ウェルフの魂理論が正しいかはさておき。
「今から筋力強化魔法で強引に人質を救出する。すまないが、囮役を頼みたい」
「そういうことなら、了解です」
「……ああ、頼む」
まだ表情は硬い。そこからはいつものような冷静さではなく、焦りのようなものが感じられた。
これは、今日は現場に向かうべきではないかもしれない。あの子を保護したら、警視庁で休ませて帰宅しよう。
そのためにも、今は。
「筋力強化魔法」
「行きます――浮遊魔法、誘惑魔法!」
俺が麻酔手錠をポーチから取り出して呟くと同時に、水色の魔法陣を足に浮かばせたアイリスが空中に飛び出し、その体が紫色に怪しく光った。
少女と黒尽くめの視線がアイリスに向けられたのを確認して、俺は強化され橙色の魔法陣の浮かぶ足の筋肉をフルに使い、姿勢を低くして黒尽くめの下へ跳ぶ。
目はアイリスに奪われたまま。俺は遠慮なく少女の手を引き、黒尽くめの右手首に手錠を掛け、蹴り飛ばした勢いで素早く距離を取る。
「戻れ、アイリス!」
「はい!」
アイリスは2つの魔法を解除して着地し、すぐ俺の下へ戻る。公園を緑に彩っている木々の中に紛れて隠れると、一息ついた。
「……アイリス、大丈夫か?」
「ええ、なんとも……それより、これは一体」
俺とアイリスは揃って、救出した少女に目を向ける。意識を失っているのか、目を閉じたまま。しかしそんなことはどうでもよく、今最も特筆すべきは――この少女の体が、淡く光っているということだ。自らを発光させる魔法など存在しないはず。だとすれば、何だ?
『ちょっといいかな、二人とも』
「シュンか、何だ?」
『いや、ね。少し謝罪をしようと思ってね』
謝罪? 何か害を被っただろうか。もしや、今更ここに向かわせたことを? と思ったが、先ほどの発言からするに、それはありえないし、今言うことではない。
自分で考えてもしょうがないので、次の言葉を待った。
『――今君のすぐ傍に、魔術師が<出現した>。これが意味するものは……分かるね?』
「!」
じゃあ、まさか。
「この子は、人間<だった>……!?」
『そして、残念ながらたった今……魔術師に覚醒したらしい』
「じゃあ、日比谷公園にいたっていう魔術師は!?」
『不可視魔法――そんな魔法が、なかったかな』
「……!」
つまり――少女の傍に、あの黒尽くめがずっといたということか。それに、日比谷公園にいたという魔術師はこいつだったということでもある。
合点がいったところで、目の前の少女の発する光が大きくなった。これが、魔術師の覚醒か?
その光の眩しさに目を細めていると、やがて光は小さくなっていった。
「ん……」
少女はむず痒そうに目を開け、虚ろな瞳で俺達を捉えた。
「あれ、なんで私……はっ! 私、誰かに捕まえられて――っ」
「落ち着け。説明はしてやる」
怯えたように体を震わせる少女の肩を掴み、軽く揺さぶる。
「え、あなたは……」
「騙してすまなかった、俺は――まあ、警察だ」
俺は身分を述べながら腰に巻いていた制服を着直し、その左肩を見せる。
「それ、飾りじゃ」
「やっぱりそう思うよな。だが、本物だ。俺は警察、それも対魔術師に特化した――まあ、特殊部隊ってところかね」
「受け入れがたいかもしれませんが、あなたは今、魔術師になりました。だから、私たちはあなたを保護したのです」
「え……私が、魔術師?」
少女は目を見開いて驚愕した。……当然の反応だ。言うなれば、<お前は今バケモノになった>と言われたようなものなのだから。
俺は先天的でおかしな観念もなかったから、そう思うことはなかった。そういう人間もいる、その程度にしか思っていなかった。
「待て、確証はない。――そうだな、水を出す、と考えてみてくれ」
「み、水を?」
「魔術師かどうか確認するためだ。右手を出して、深呼吸」
俺が指示すると、少女はその通りにする。どうやら、そこまで混乱していないようだ。
「そう。そのまま、水を出す」
「水を――出す」
おうむ返しをするように、少女は呟く。すると、その右掌に青い魔法陣が浮かび、そこから蛇口を軽くひねった程度の、少量の水が出てきた。
……どうやら、本当に魔術師に覚醒したらしい。確認する術はないが、間違いはないだろう。
「わ、わ。本当に、出た」
「そのまま出しておくわけにはいかない。止めることを考えてくれ」
自分の手を見て驚いている少女に、次の指示を送る。
こうして少女に軽くレクチャーしている間、アイリスはずっと周囲の警戒を行っていた。
■ ■
カナシ様が他の女といちゃついていて、私は今とても機嫌が悪いです。カナシ様が行動不能にさせた黒尽くめは倒れたままで仲間が助けに来る、といった様子もないですし――やってしまっても問題はないでしょうか。ないですね。死ぬのが早まるだけです。
ですが、今カナシ様の下を離れるのは本意ではありません。カナシ様が何かに集中しているのであれば、私はその邪魔が入らないように警戒するのが役目。私的な感情で勝手に動くのは褒められたことではありません。
それにしても、結局あの黒尽くめは何が目的だったのでしょう。仮にこの少女が覚醒直前だったとして――いや、この前提がおかしいのでしょうか。まだ完全に解明されてはいませんが、人間は魔術師の魔法を見て急速に進化します。それを狙った犯行だとすれば……私たちはこの社会に魔術師を増やしたという、不利益を自らの手で被ってしまったことになります。
「……止まった」
私が思案している間に、カナシ様と少女は話を終えたようです。もっとも、魔術師かどうかの確認のようでしたが――水魔法を使ったところを見ると、本物のようです。
……今日は、<あそこ>に行く理由もありますし、カナシ様に無理を言って寄り道をするしかないようです。
捜査は……できないとは言えませんが……。
「カナシ様、これからどうしますか」
「捜査に加わるのは明日からでもいいだろう。今日はひとまず、この子を警視庁にでも保護しよう」
言いながら、カナシ様は私の表情を窺っているようでした。
私のことは、気にしなくていいのに。
「はい。では、私はあの黒尽くめを運びますから」
「待て待て。俺が運ぶから、お前はこの子の安全を確保しろ」
「? はい……分かりました」
筋力強化魔法を使えば私でも運べるのですが。ですが、カナシ様の命令とあれば断る理由はありません。
私は少女の前に立って芝居のことを謝罪すると、少女は苦笑して許してくれました。
どうやら、まだ混乱しているようです。無理はありません。
「それじゃ、俺はあいつを……」
と、カナシ様が気絶している黒尽くめの下へ駆け寄った時。その体が、微かに動きました。
その手には、いつの間にか回収していたと思しきナイフ。
3つの要素が重なって起こる次の事象は、容易に想像できました。
ですが――そんなこと、させません。
私は少女の保護など忘れて、カナシ様の前に飛び出しました。




