表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

猫耳幼女と月のない夜(2)

 喧騒に包まれた街を闊歩したところで、事件はその辺に転がっているわけでもない。リングフォンを見る限り40分近くパトロールしているが、特に何もない。

 いや、それは別に悪いことではない。むしろいいことだ。犯罪など起きないに越したことはない。

 が――警察官のさがか何か知らないが、どうもこのままでは帰れない。パトロールも立派な職務の一つではあるが、警察官と言えば事件を解決する、という印象の方が強いだろう。いや、俺がそうなんだ。

 つまるところ、何か事件の一つや二つにでも遭遇しないと、仕事をした気になれないのだ。

 秋葉原の方で殺人事件とか起きてないかな、とか警察官にあるまじき不謹慎なことを考えながら電気街に入る。

 相も変わらず、周辺の街より人口密度が多い気がする。いや、多い。何十年も前から存在していると言われる、いわゆる<オタク>や、普通の買い物客、観光目的と思われる外国人なんかもいる。こういった日常の平穏を確認するのも俺の職務といえばそうだが。

 そうして市民の安全を確認したところで、急にどこからか、子犬の唸り声のようなものが聞こえた。いや、この喧騒の中外から何かがはっきりと聞こえることはほとんどない。俺の腹が鳴ったらしい。

「コンビニで何か買うか……」

 俺は店員を警戒させないように制服を畳んで四次元ポーチに入れ、近くにあったコンビニに入る。

 店内を一周して手ごろなものが無いかと探し、少し悩んだ末に苺ジャムと生クリームが入った甘そうなパンを二つ手に取った。

 ん? 二つ? ……ああ、無意識にアイリスの分も買おうとしたのか。

 苦笑してパンを一つ戻そうとしたが、やっぱり買うことにした。土産、というには少々地味かも知れないが。

 それで、パンを二つ持ってレジに向かおうとした矢先だ。俺の前に、黒尽くめの男が割り込んできた。

 おい、と声を掛けようとしたが、男が懐から出した物の方に目が行った。

 果物ナイフ――次に起こることは容易に想像できる。俺はパンをカウンターの上に投げ置き、男を後ろから取り押さえる。

「っ!?」

「善良な人間たる者、相手に刃物を向けようとするのはよろしくないな?」

 俺は何とか手を動かして肌から雷魔法でも流してやろうかと思ったが、店員に俺が魔術師だと知られてはパンを買いづらくなるに違いない。

 ここは手堅く麻酔手錠……か!

「うおっ!」

 俺は男もろともバランスを崩して倒れ(もちろん男を下にして)、素早く四次元ポーチから麻酔手錠を取り出し、掴んだ手首にひっかける。

 手錠に内蔵された麻酔針を刺された男は痙攣するように震えてから、動かなくなる。

 制圧を確認して、俺は息を吐く。店員の方を見ると、何が起きたのかさっぱりわからない、という顔をしていた。

 ……仕方ないか。

 俺は再びポーチに手を入れ、制服を広げながら出し、袖を通す。そして左肩に付いている警察章を店員に見せた。

「警視庁……の、人間だ」

 さすがに魔術部なんて言えないし、そもそも市民は魔術部の存在を知らない。警察内に魔術師がいる、くらいしにか思っていないのだから。

「え、ええと……ありがとうございます」

 困ったように頭を下げる店員。仕方ないと言えばそうだが、今時の警察官は警察手帳なんてほとんど持っていない。俺のように制服に付いている者や、リングフォンのホログラムで見せる方が多くなってきている。

「信じるか信じないかは勝手だが、とりあえずパンを買いたい」

「あっ、はい。――ええと、2点で398円になります。お支払いは?」

「モバイルマネーで」

 俺は言いながら、リングフォンのペイモードを呼び出す。簡単に言えば電子マネーを支払う機能だ。給料の半分はリングフォンに入れてあるから、万が一ウイルスなんかが入ってもある程度は大丈夫なようにしてある。

 店員が「いいですよ」と言ったのを確認し、専用の読み取り装置にリングフォンを近づける。ピッ、という電子音で支払いが終わり、パンの入ったビニール袋を持って俺はさっさとパトロールに戻ろうと思った、が。そういえばこいつどうしよう。……運ぶのもいかがなものか。仕方ない、連絡しよう。

 リングフォンを起動、110番につなげる。

『こちら、警視庁本部。要件を』

「魔術部所属、静葉カナシ。えーと――」

 そう言えば、時間を見忘れていた。多少ずれた所で所詮、強盗未遂だしあんまり気にする必要はないのだが。

 一応、店内にあるデジタル時計を見る。

「――11時3分、秋葉原のセブンスマートで強盗未遂及び銃刀法違反の男を確保。人混みが多いから、身柄と共に今から本庁に戻る」

『許可する。身柄の安全には留意せよ』

「了解」

 どうせ殺すのにな。

 まあ、人間様の言う事に逆らう理由もないし、こいつが死んでも俺には何の損害もない。それで社会的には益とするのだから、結果的にはいいのだろう。

 ひとまず通話を終え、店員に軽く会釈をしてから犯人を担ぎ上げる――ぐ。まだ少々痛むな。

 だが放置もできない。なんとか人混みの中を、と店を出ると、相変わらずの人混み、と言うか人の濁流。

「………」

 いや、無理だ。これは無理だ。警視庁まで運べる自信がない。

 ――仕方ない。

筋力強化魔法ストレングス

 静かに唱えると、体に橙色の魔法陣が浮かぶ。とは言っても服の上に出現するわけでもないので、魔法を使っているとは思われまい。ただこの人混みの中で人を担ぐというのは、さすがに俺が警官と言えど目立つだろう。

 ここは一気に離脱してしまうのが得策だろう。

 俺は足に力を籠め、ビルに取り付けられた巨大な看板に向けて跳躍する。近くにいた市民達が俺を指差してざわめいているが、怯えた様子はない。むしろ興奮しているようだった。大方、俺が忍者か何かの真似をしたパフォーマーにでも見えたのだろう。

 忍者ならあまり人に見られて良い物でもないだろう。俺は看板を壊さないように力を加減しつつ、路地裏の中へと突撃し足早に警視庁を目指した。


 ――ああ、暫くは筋力強化魔法を解除したくない。まともに動けないだろ、これじゃ……。

 俺はしばらくデスクワークの相手をする覚悟をして、庁前で溜息を吐いた。

 と、中に入ってすぐに俺の方を見る大柄な男が目に映った。念の為周囲を見るが、やはり見られているのは俺だ。

 警戒しつつ、その男にゆっくり寄ってみる。

「……俺?」

「そうだ」

 威圧的な雰囲気を持った男。こういうのを貫禄がある、というのだろうか? 警視総監か何か、位の高い役職に就いていそうな感じだ。

「魔術部の静葉カナシだったか?」

「ええ。そう言う貴方は?」

「俺は警視長の高田信二だ。お前らにはそれで十分な紹介だろう」

 ……これだ。これが嫌なんだ、俺は。共に犯罪者の殲滅を目指している者の筈なのに、魔術師だから、という偏見がある。人間に、というより、<上>にこういうところがある限り、絶対に背中を任せたくはない。そもそもそういう事態にはならないから、いいのだが。

「それで? 警視長サマが魔術師に何か御用で?」

「身柄の引き取りだ」

 なるほど……いや、納得できない部分がある。

「わざわざ警視長が?」

「一端の者に任せて、無駄にお前の逆鱗にでも触れてみろ。ここで暴れられても困る」

「随分と下に見られたもんだ」

「相手が私でよかったな。他の者であれば引き金を引いていたかもしれない」

「俺を傷つけると相棒が黙っちゃいないんでな。<上>が血で汚れるぞ」

「脅迫罪で手錠を掛けてもいいが」

「首輪なら既についてるんだが」

「口の減らない子供だ」

「もってけ、クソ大人」

 俺は警視長サマと軽く言葉を交わすと、犯人の男を足元に投げ捨てた。それを見て警視長サマは眉を引くつかせたが、特に何も言いはしなかった。

 ……ああ、面倒だ。警察内でさえコレだぞ。市民から悪意を取り除けるわけがないだろう。

 大きな溜息を吐く俺に視線が集中するが、知ったことじゃない。俺は無視して、エレベータで地下の魔術部に戻る。ひとまず部長に報告だ。

 相も変わらず人の少ないオフィスの奥、部長室のドアにノックして入る。

「ん、カナシか」

 部屋の主、赤凪アマギがディスプレイに重なる顔を上げて俺を見た。机の上には相変わらずの書類の山。本当に仕事しているのだろうか。

「何か用か?」

「強盗未遂を逮捕しました。人通りも多かったし確保にとどめましたが」

「一応、その辺の配慮はできるみたいだな」

「一応、警官なので」

「……まあ、ご苦労さん。昨日の今日でよく動けるな、お前」

「筋力強化魔法です。解除が恐ろしい」

「昨日のアレが報道されてから間もないし、今日はさほど通報されてもいないらしいぞ。今からでも家で休んでいてくれても構わんが」

「部長、なんで俺がアイリス抜きでここにいると思ってるんです」

 アイリスが家にいるからだ。

「こちらとしては、家に帰って欲しいがな」

「死んでください」

「上司への罵言は首が飛ぶぞ、物理的に」

「アイリスに殺されたいのなら、どうぞ」

 最早俺の常套句になりつつある。俺は死にたくはないが、死んでも文句は言えない身分であるのは承知している。しかしアイリスはそれを認めてなどいない。その上俺を心底愛している。よって、俺を殺せば憎悪に狂った悪魔に成り果てるに違いない。

 部長はそれが予測できたらしく、溜息を吐いた。

「……まあ、無理はするなよ。今日は特にこれと言った事件もないし、することはパトロールくらいだしな」

「了解。それでは失礼します」

「ん」

 俺は深く一礼して、部長室を出た。あんまり魔法を使いっぱなしにすると体力の消費も馬鹿にならない。休憩室……は、徹夜した奴らが寝てるから使えそうにないな。となると部長に言われたように家で休むのも手だ。

 が、アイリスがいる……。俺はどうすればいい。

「いや?」

 ちょっと待て、他にも手はある。カウントするのはどうかと思うが、アイリスのいる家にいるよりかは幾分かマシだ。

 俺は急いでリングフォンを起動し、親友に電話を掛けた。


           ■            ■


「暇ですにゃ!」

 猫耳を生やした私の心からの叫びが、虚しく居間に響きます。ですが、何も起こりはしません。ニュースも見ましたが、昨日の事ばかり。見ていて飽きます!

 筋肉痛はそこまで酷くないですが、カナシ様にああ言われてしまった以上、警視庁に行くわけにも行きませんし……。

 こっそり魔研に行くのもアリでしょうか。たまには来るように言われていますし。……いえ、やはりカナシ様の命令が優先されます。連絡の一つでも入れられたらいいのですが、仕事の邪魔をするわけにもいきませんし……かと言ってこのまま待たされ……はっ!

「まさかこれはそういう扱いですかにゃーっ!?」

 やはりカナシ様はツンデレです! これはカナシ様がお帰りになったらいつでも襲われていいように準備をしておかないと……!


 ――なんて考えてたら、昼になっていました。

 ま、まずは腹ごしらえからですね。あ、カナシ様の帰りが遅くなるかもしれません。折角なので晩御飯も作ってあげましょう!

 鼻歌を歌いながら、私はこっそり作っていたエプロンを装着してキッチンに立ちました。

 楽しみにしていてください、カナシ様! 私というメインディッシュの前に前菜を用意しておきますから!


           ■            ■


 何故か寒気がした。

(3)に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ