静葉家の休日
短めのスピンオフです。二人はいつもコンナコトしてます。
特に指定はありませんが、プリザーブド・アイリスより少し前の話になります。
睡眠の途中だったはずなのに、俺――静葉カナシはふと目を開けた。ぼやけた視線の先では、デジタル時計のホログラムが現在の時刻が3時半であると告げている。思考に靄のかかる脳で、ようやく今日も寝不足になるだろうと諦めがついた。
それもこれも、今は俺の傍で静かに寝息を立てる少女――アイリスのせいだ。毎晩のように俺に(性的に)襲い掛かり、俺はそれから逃れるために、仕事で疲れ切った後、しかも就寝前だというのに奮闘しなくてはならない。どう考えてもおかしい。
夜風でも浴びようかと体を起こそうとしたが、不自然なまでの強さの抵抗により、微動だにできなかった。
考えるまでもない、俺の腹にアイリスの細い手が回っていたのだ。
「………」
いつものことだからと言って、慣れているわけではない。いやまあ、嫌かと言われれば正直そうでもないのだが……しつこいし、俺の疲労を考慮していないと流石に嫌になる。休日の前の日はとことん疲れたい、というのは俺の生活スタイルだが、就寝時にまで疲れる気は毛頭ない。
が、動けないのではどうしようもない。動くために魔法を使って疲れる気もない。かと言って眠れない。
諦めろ、と言うのか。俺の面倒くさがりを含めると手詰まりなのは確かなのだが。
いや、手がないわけではない。
俺はなんとか体を動かし、幸せそうに眠るアイリスと顔を合わせる。こういうところはまあ、可愛らしいんだが。俺のことを考えてほしい。
少々罪悪感はあるものの、俺はアイリスの肩を掴んで軽く揺らした。するとアイリスはむず痒そうな顔をして、ゆっくりと目を開けた。
「ふぁ……かなし、しゃま?」
寝起きのせいか、呂律が上手く回らないらしい。
「……アイリス、まずはお前の眠りを妨げてしまったことを謝罪しよう」
言うと、アイリスは口を開けたまま疑問符を頭の上に浮かべた。寝ぼけているのだから仕方ないと言えば仕方ないが。
「でもな、俺も疲れてるんだ。寝させてくれ」
俺がそう言うなり、アイリスは冷水でもぶっかけられたかのように目をぱっちりと開いた。
「それはつまり、朝まで寝かせるなという意味ですね!?」
「違う」
どういう脳ミソしてんだこいつ。
「カナシ様がお望みなら、私はいつでも準備オッケーですよ! 避妊具? いりません!」
どうやら寝起きで頭が狂っているらしい。俺は眉根に皺を寄せながら、アイリスの肩に触れる。
「雷魔法」
「あヒっ」
それから人差し指でアイリスの頬に触れ、軽い電流を流す。普段なら攻撃用に使う魔法だが、調節すれば麻酔代わりになる。できるだけアイリスに危害を加えないようにしてはいるものの、ここまで邪魔をされてはたまったものではない。
やっと静かになったので、再び寝ることにする。
――自然と目が開く。記憶は眠りに落ちた時から何も更新されていないのに、不思議と一瞬前に寝た気はしないのが不思議なところだと、常々思う。まあ、どうでもいいが。
寝ぼけながら寝返りを打つと、そこにアイリスはいなかった。
……珍しいこともあるもんだ。
俺は眼をこすりながら上体を起こし、軽く伸びをする。同時に欠伸も出るが、自宅なので無防備だと戒める必要はない。
体を右に捻って、日光を遮るカーテンを開け放つ。同時に眩しい日光が……いや、眩しくない。空は曇っていた。曇っているとなると、おおよその時間ですら分からなくなる。
ので、傍にある時計のホログラムを見る。まだそう暑くないし、いつもと同じ時間に起きたと思うが――やはりそれくらいだ。9時12分。
「くあぁ……」
先程より一際大きな欠伸が出たところで、俺はのそのそと布団から出る。
さて、朝飯は何か作ろうか。休日とは言えどインスタントってのはな……。
などと考えていると、全身に不快な電流が走った。悪寒というやつだ。咄嗟に振り返って身構えるが、そこには誰もいない。当たり前と言えば当たり前だ。自宅、つまり俺の陣地に敵が乗り込んでくるなど、愚かしいにも程がある。
しかし嫌な予感は悪寒と言う形で確かにしたのだ。つまり。
「障壁魔法」
「カナシ様、御覚悟――ぶっ!!?」
うん、やはりそうだったか。透明な防護壁に、俺目がけて飛来したアイリスがへばりつく。何か言っているが、聞き流す。
「不可視魔法を使ってまですることか」
俺は呆れのため息を吐きながら、壁を消す。するとアイリスは静かに着地して、俺を優しく睨んだ。
「本来ならば互いに魔法を使う必要などありません! そもそもカナシ様が魔法で私を拒絶しなければ、こんなこと――ひゃんっ!?」
アイリスはしたない声を出すが、俺は別にやましいことはしていない。捕縛魔法で両手を後ろに回して手首と胴を一緒に縛りつけただけだ。
「カナシ様、これって縛りプレイってやつですか!?」
「黙れ」
「ああ、縛る上に暴言まで吐いてくださるのですね……! さあ、どうぞ!」
何がさあどうぞだ。潰すぞ。
「何を遠慮しているのですか! さあ! 早く!」
「………」
平日でさえうるさいのに、休日になるとこれだから困る。これならまだ魔術犯罪者を相手にする方が何倍もマシだ。
女は強しとどこかで聞いたが、こいつはそういう次元ではない。もっと別の力を持っている。魔法とかそういうんじゃなくて、俺に限定してストレスを溜める天性の要らない力を。
「私の体はいつもカナシ様を求めているのですよ!? どうしてそれに応えてくれないのです!?」
「……飯を抜くぞ」
「構いません! カナシ様が私を襲ってくれるのであれば、食欲など性欲で塗り替えてみせます! ですから!」
ええい……何がこいつを動かしている……!
底知れぬ怒りが湧き上がるのを感じながら、俺はアイリスを部屋に放って1階の台所へ向かう。俺は何も聞いていない。幼女から言い寄られてなどいない。
「早く素直になって、くーだーさーいーっ!!」
自室から何か聞こえた気がするが、気のせいだ。きっと連日の疲れがまだ取れていないのだろう。俺は両耳に小指を突っ込んで、台所に続く扉を開けた。
まあ、そうだな。オムライスでも作ろう。俺は冷蔵庫を開け、卵をいくつか取り出した。
「これでも、Bはあるんですよ、Bはーっ!!」
何か聞こえる。幻聴かな。食べたらもうひと寝入りしよう。
……仕方ないので、アイリスを解放して一緒にオムライスを食べた。
「やっぱりツンデレですね、カナシ様!」
と、口の周りに行儀悪くケチャップをつけて言われる度に溜息をつきたくなった。
「お前にぶっ倒れられる方が困る」
「でしたら、しましょうよ! 私と!」
「それはもっと嫌だ」
即答すると、「むうう」と頬を膨らませる。その顔は年相応でとても可愛らしいんだがな……。なんでこうなったんだか。
「ごちそうさま、です」
「ごっそさん。片付けは俺がやるから、寝てろ」
「えー。私もやりますよ」
「寝てろ」
「ぶう」
少し強めに言うと、このように不承不承と言った感じではあるものの俺の言うことを聞いてくれる。のに、ケダモノと化したこいつは俺の言うことなど全く聞かない。なんでだ。
洗剤を付けたスポンジでさっさと洗い物を済ませると、まず脳が思考を始めた。
――どうする。このまま何もしないのなら、またアイリスと無駄な時間を過ごすことになる。何か別のことをしなくては。
――だが、何かいい案があるのか?
――ゲームでもするか、シュンの家だ。
――俺達は確かに休日だが、シュンは一応、一般の学生。ゲームしか選択肢がないぞ!
――と言っても俺もアイリスも、ゲームなんてしなくなったしな……。
――日向ぼっこなんてのはどうだ?
――死ぬ気か。アイリスの餌食になるぞ。
「……チッ」
脳内で自問自答を繰り広げるが、大した案は出ない。
何も対策のないまま、テレビに向かうように設置されたソファに歩みを進める。そこではアイリスが寝ころんで俺が来るのを今か今かと待ち侘びて――――ん?
「すぅ……むにゃ」
「寝てる、のか」
漫画みたいな寝息を立てて、気持ちよさそうに寝るアイリス。
……まったく、勝手な奴だ。騒ぐだけ騒いで、飯を食って疲れたら寝るのか。
まあ、仕方ない。何だかんだで体は11歳、実年齢は3歳だ。休日くらいは自由にさせてやってもいいだろう。
俺は安堵の笑みを浮かべ、アイリスの頭を撫でた。
するとその眼が、ぎょろりと開いた。
「今、撫でましたね。撫でましたよね?」
………。
………………。
「さあ、大人しく私と濃厚な――――はぎゃっ!?」
うるさいので脳天に手刀を叩き込む。
駄目だこれ。今日も疲れるんだろうな、俺。
だが諦める気はないので、とりあえず障壁魔法を発動する。
「あーっ、逃げるのは良くありませんよ! カナシ様は、本当は心の底では私のことを思ってくれてると知っているんですからねーっ!」
「ええい、うるさい」
そうは言うが、やはりどこかで嬉しいという気持ちはあった。
……これだから、休日は嫌いになれない。
俺がアイリスと相思相愛になる日など、来るのだろうか?
いや――とりあえず今は、このままでいいか。




