エピローグ -あのときにもどる-
その出会いは、あまりに唐突だった。
妊娠したサユリと病院に向かっている最中、俺は急に服の裾を誰かに引っ張られ、足を止められた。
ここで無視していれば、未来は少し変わっていたかもしれない。
しかし俺は違和感ゆえに振り向いてしまい、少女と視線を合わせてしまった。
「君は……?」
「私の名前はウェルフ・バートル。ねえ、あんたに力をあげる」
短い金髪と大きな青い瞳が特徴的な少女はそう名乗り、俺の眼前で右手を広げた。
急に何だ、と思いながらしばらくその掌を見つめていると、少女は次にサユリの方に手を向けた。
「何をしてる?」
「んー……マーキングってトコかしら。ああ、あんたには結果を出す資格はないから、これをあげる」
「?」
今度は握った左手を俺の前に出し、それを広げた。
何かあるのかと覗き込んだ瞬間――俺の頭の中で、何かが弾ける感触がした。
本当に一瞬の出来事だったから、あまり気にしていなかった。
――それから、少女は何事もなかったかのように消えた。
歩きながら夢を見ていたのだろうかと訝しみながら、俺はサユリと再び病院へと向かった。
この些細な出来事が後に世界の未来を左右するなどと、俺は考えもしなかった。
何せ俺もその時はまだ、人間だったのだから。
■ ■
とても愚かだった。未来を、ここにあった現在を、過去を――なかったことにしようとしたのだ。
確かに愚かだ。しかし、当時の俺の気持ちも考えてほしかった。
それをできるだけの力を持つ、平静を失った16歳の少年が、それをせずにいられるだろうか?
――いや、未然に防げたはずだ。
■ ■
「作戦開始。頼むぞ、アイリス」
少年は傍にいる幼女に告げる。
「はい」
幼女は短く応え、闇の中に消えた。
「さて、動くか」
それを確認した少年は、親友の助力を得るべくリングフォンを起動した――。
「――結局、変わらずか」
俺はそんな少年の姿を見て、苦笑した。
何度やり直そうとも、これは変わらないらしい。
「カナシ様の愛は、いつだって私の中に残っています。それがまたカナシ様の下に戻ったのだから――私は何度でも、あなたの愛で蘇る」
「その度に罪を背負ってたら世話も見切れない。……まあ、お前の世話で手いっぱいだが」
「もういいんですか?」
「ここは俺達の世界じゃない。消えた奴は消えた奴らしく、あるべき場所に行こう」
「はい。どこまでもお供します」
その小さくてあたたかな手を握って。
俺達は過去に背を向けた。
縛られないために。未来へと難なく進むために。
誤った未来へ進まないよう、自分に祈りの言葉を告げた。
「正常であれ、静葉カナシ」
俺はアイリスと顔を見合わせ、未来でも過去でもない場所へと向かう。
これからも多くの困難が、あの俺とアイリスに待っているのだろう。
それも一興だろう。何度やり直しても、償いの為にあるような人生なのだから。
あの俺はいつまでも、犯罪者と対峙し続けるだろう。
――傍で咲く花が、笑っている限り。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この部分を書いている時、何と言うかあんまり終わるという実感がありませんでした。にゅるっと終わった感じです。
ひとまず、ノーマライジング・ウィザードは以上でおしまいです。
また機会があれば、ロリコンとヤンデレ幼女のコンビが再び皆様の前に現れるかも知れません。
そんな時が来れば、またその時まで。
ともかく、ありがとうございました!