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ノーマライジング・ウィザード  作者: 七々八夕
セリアス・パンデミック
24/31

File:19「救世主」

「……残念だが、大した成果は出ていない」

 シュンから告げられたその一言は、俺の思考を数秒、止めた。

 それが回復するとすぐ、その言葉を受け止めきれなかったと分かった。

「やっぱり、機材が……」

「何も僕の技術が何よりも優れていると言いたいわけじゃない。けど、世に出ている技術は上回っていると自負している」

 それでも、成果が出なかった。

 これは、何を意味する?

「じゃあ、異術師はただの、正常な人間……?」

「機械曰く、ね」

『そんな……』

 アヤメが俺の気持ちを代弁する。

 ――洗脳は身体に影響を及ぼさなかった。洗脳されていようといまいと、異術師には正常な意識が無かった。

 であれば、俺達は手が出せない。

 やるせない気持ちになり、両手の拳に力が入る。

 それから少しの間を置いて、父さんがゆっくりと立ち上がった。

「予告なしに拘束もできない。……が、上からのお達しが今届いた」

 父さんはリングフォンで文面の立体映像を空中に映し出し、俺達に見せた。

 小難しいことがつらつらと書かれているが、要は――

「――精神状態がどうあれ、社会の迷惑だから執行してもいい、と」

「暴行罪および公務執行妨害罪、ということにするらしい」

「当たらずとも遠からず、ですね。しかし異術師のほとんどは都内の人間です、少しくらい会社の重役、または政府の役人がいてもおかしくないのでは?」

「そういった人間を執行したことに対し、苦言もその内届くだろう。だが、今俺達がすべきことはこの事態の放置ではない。それはわかるだろう、城崎君」

 シュンは父さんから目を逸らし、黙って首肯する。

 父さんの言う事は正しい。けど、この行動は正しいのか?

 同時に、俺の中で疑問が生まれる――正しさとは、なんだ?

『カナ兄、落ち着いて。深呼吸して』

 ……すまない。

 心の中で妹に謝り、言われたとおりに深呼吸する。

 そうだ。俺が正しいと思ったことが正しいんだ。

 でなければ、誰かの正しさを否定した面目が立たない。

 アヤメにも。

「納得できないのは理解できる。だからと言って、このまま放置するわけにもいかん」

「ええ、その点は異論有りません……ですが、その罪状ならば精々3年の懲役でしょう。おそらくその間にも異術師は増え続ける。解決策はありますか」

「………」

 ない、らしい。無言はほぼ肯定だ。

 シュンが異術師を捕まえるわけではないから、異論がなくて当然ではあるが……解決策について問うのは、どこか人間らしさがあった。

 俺達が失ったかもしれないものが。

「3年の間に法を改正して、異術師を皆殺しにしますか。それではやがて、憎しみは日本全国――いや、世界中に伝播します。そうすれば、最後に残るのは――」

 シュンはあえて、最後まで言わなかったのだろう。だが、そこまで言ってしまえばさほど変わりはしない。

 このまま行けば、未来には魔術師のみが残る。

 おそらく、治安維持に努める魔術師の方が圧倒的に少ないだろう。

 ある程度は俺達で対処できるだろう。しかし確実に限界は来る。

 仮に俺達が勝ち残ったとして、その先はどうなる? もう一度文明をやりなおすのか? やりなおせるのか?

 いくら願いを叶える術だと謳われても、それにも限界がある。

 どんどん思考が黒く染まっていく俺は思わず額に手を当て、俯いた。

「カナシ。絶望したい気持ちもわかるが、今は命令を――」

「――父さん。父さんはそれを正しい判断だと思っているか?」

 俺は額から手を離して、俯いたまま問うた。

 唸るような声を出してから、倒産は口を重く開いた。

「被害が出るかはマシだ。それに現代の1年は昔の10年に相当する、なんて言葉もあるだろう」

「それで、何も変わらなかったら?」

「俺達に悲観している暇があるのか?」

「でも!」

「ふむ、リンドウさん、ちょっと待ってください」

「……なんだ?」

 激昂しかけた俺を手で制し、シュンは俺の前に立った。

 そして俺に振り向き、耳に顔を寄せて囁いた。

 ――リンドウさんは、君の望んだ世界が見たいはずだ。

「!」

 その言葉ではっとした。

 じゃあ、父さんは今も俺を、試していた?

 そう考えられなくもない。

 それからシュンはふふ、と笑い、言葉をつづけた。

 ――実はね、あの人は先ほど意識を取り戻した。正常な意識をね。

 また、はっとなる。

 まったくこいつら、話もしないでよくつるめるな。

 下手に悩んだ俺が馬鹿みたいじゃないか。この時間はなんだったんだ。

『城崎さんも、お父さんに毒されたのかもね』

 さあな。

「話はついただろう。行って来い」

「――ああ」

 思春期とはこういうものなのか、と実感した。

 安定していると思い込む不安定な精神。しかし本当の不安定を知った時、その精神は安定する。

 そのトリガーを引くのはいつだって、他人である。

 部長室を出ようとする寸前、俺はシュンにまた囁かれた。

 今言うべきではないことを、だ。


 俺は部長室を出て、真っ先にシュンの部屋へ向かった。

 そこには、ストローでゆっくりとコーヒーをすする――あの、アンラ。

「……君は」

 俺に気付いたその人は、申し訳なさそうに俯く。

「何も言わなくていいんです。あなたは自分が分かりますね」

「え、ええ。今までが嘘だったように」

「そうですか……よかった、本当に!」

 俺は部屋を飛び出し、オフィスに戻る。

 そしてまず、アイリスを視線で呼んだ。

 アイリスは首を傾げつつ俺に駆け寄り、不思議そうに見上げてきた。

 そしてその可憐な顔と俺の顔とを合わせて、はっきりと言った。


「アイリス――愛してる」


 ひゅう、とララの口笛が聞こえた。

 他の奴らは皆、呆気に取られている様だった。

 突然愛を囁かれたアイリスはと言うと――やはり驚いた。しかしすぐに頬を緩ませて、赤らめた。

「私もです」

 ――よし。

『何が、よし、よ。バカナ兄』

 妹に罵られようと、知ったことじゃない。

 俺は今、とても気分が良いんだ。

『それは嫌と言うほど分かるけど』

「それで、カナシ様。私に御用があれば、なんなりと御申しつけください」

「ああ――だが、できればみんなの力も借りたい」

 俺はアイリスの綺麗な瞳から視線を逸らし、オフィスにいる全員の顔を見渡す。

「なんだよ?」

 と、先輩が立ち上がった。その笑みからは期待の念が見て取れる。

「ま、アンタが言う事だからどうせとんでもないことなんでしょ?」

 ララも続く。

 それに次いで、皆が立ち上がる。

 これだけでも――いや、これだけいれば十分だ。

「これから俺達がするのは命令違反だ。それでもいいか」

「むしゃくしゃしてたんだ。かっ飛ばせるならどんな罰でも後悔しやしねえよ」

 パン、と先輩が拳を手に打ち付けた。

 俺はそれに同調するように頷く。皆も同じだ。

「で、何するつもり?」

「無論、この事態を収拾する。同時に異術師も殲滅する」

「……それじゃ、さっきと変わんなくねえか?」

「いんや? ――アレをやる気ね?」

 俺は無言で首肯する。

「あの魔法は成功していた。俺の魔法で、異術師は人間に戻せる」

「なんだって!? ならお前、なんでもっと早く……」

「不確定な事象を真実だと告げるのはどうかしら? 今みたいにいいムードがぶち壊しになる可能性もあるわ。……でも、本当に真実だったのなら、これほど嬉しい情報は無いわね」

 ララの言う通りだ。

 成功事例をこの目で見たからこそ、今こうして言えたのだ。

「それで、私たちは何すればいいわけ?」

「皆には異術師を誘き出す囮を頼みたい」

 いつもなら嫌そうな顔をされるだろう。だが今は違う。

 みんなが俺の言う事を、真摯に聞いてくれている。

「それで、アンタの魔法で袋叩きに……って寸法ね。いいわ、わかりやすい」

 ララがにやりと笑う。確かに、こいつには合ってるかもしれない。

「で、場所はどうすんだよ? 異術師ってのは結構いるんだろ?」

「そうだな……」

 ぱっと思いついたのは、日比谷公園。皇居周辺も考えたが、あまりに自然が多い。この作戦においては、障害物になりかねない。

 かと言って日比谷公園では、面積に不安が残る。

「カナシ様っ、上野恩賜公園はどうでしょうか?」

「上野か……」

 確かに日比谷よりは広いな。

 ――ざっと思いつくのはそれくらいか。となれば、上野で決まったようなものか。

「じゃあ、上野だな。尚、今は避難命令が出ているが――火事場泥棒が居た場合、遠慮なくな」

「っし、行くぞ!」

「私たちは身体強化魔法で、遠くを――」

「じゃあ僕達は北の方に――」

 と、早速ぞろぞろとオフィスを出て行く仲間たち。

 最後にララが出て、俺達は二人、残った。

「カナシ様。私は何をすればいいんですか?」

「アイリスには俺の傍にいてもらう」

 冗談などではなく、本当にそうでなくてはならないのだ。

 恐らく本当の意味を理解してくれたのだろうが……頬を染めて、いやんいやんと首を振った。

「こんな時にそこまで私を求めなくてもぅ……」

「ただ傍にいるんじゃないぞ。皆が連れてきた異術師を、俺達で正常化する」

「はい」

 安堵したような笑みを浮かべ、アイリスは返事してくれた。

 皆には悪いが、俺がこの魔法を使ってどれだけ消耗するかは分からない。

 限界が来ないように、なるべく体力の消費は避けた方が良いのだ。

 アイリスにも悪いと思っている。しかし、どの力も欠けてはならない。

「こういう事が起こるから、人員はちゃんと欲しいのにさ」

 独りごちると、アイリスは苦笑して俺の制服の裾を引っ張った。

「足手まといがいるよりかはマシの筈です。さあ、行きましょう」

「――ああ」

 俺達は並んでオフィスを出、警視庁を出た。

 なんだかこの構図、駆け落ちをするカップルに見えないことは……いや、見えないか。さすがに片方が幼女となれば、俺はただの犯罪者にしか見えないだろう。

「行こうか」

「はい」

 閑静な東京の街を、俺達は歩き始めた。


           ■            ■


 オフィスの方から、音が消えた。

 それを確認して、僕はまずリンドウさんに苦笑した。

「前にもこんな場面がありましたね」

「君にはどうも、隠し事が通じないらしい」

 僕と同じ調子で言うも、その顔は笑っていない。

 カナシには悪いが、僕の私的な話を優先させてもらった。下手をすれば、今の状況よりも解決が先かもしれないからだ。

「さすがはカナシの幼馴染といった所か」

「カナシは複雑なように見えて、かなり単純ですからね。それに僕は嘘を言ってません」

 リンドウさんは右を向いて、視線だけ僕に向けた。

「どうやって<治した>?」

「僕は何も。本当にカナシがやったんですよ」

 やっぱり、知っているのか。リンドウさんは、異術師の正体を。

 いや――それ以上の真実を。

「そうか」

 あんなことを言っていた割には、無関心そうな返事だった。

「本当に、あなたはカナシを思っていますか?」

「君はどんな答えを期待している?」

「流石に僕も、カッとなって人を殴るような人間じゃあありませんよ。お好きにどうぞ」

「正直、どうでもいい」

 僕が手を差し出すとほぼ同時に、リンドウさんは答えた。

 しかし、引っ掛かることがある。

「では、何故あんなことを言ったのです?」

「俺にはその力――いや、資格が無い、とでも言うべきだな」

「資格?」

 予測すら難しい言葉が出て、思わず復唱した。

 親子がどうだの……というわけでは、なさそうだ。

「結果を出す資格だ」

「……つまりあなたは、自分にできないことができる息子がどのような結果を出すのかを見たい、と」

 リンドウさんは黙って頷いた。なるほど、嘘は言っていない。

「ところで――カナシにあって、あなたにないものとは、なんですか?」

 アイリスちゃん? 魔法の技量? 経験の差?

 色々考えられる。けど、僕の想定を超えたものであることには違いないだろう。

 リンドウさんは少し迷うようにして、答えた。

「分からん」

「は?」

 予想外も予想外で、場違いな声が出てしまった。

 ……じゃあ、なんだ。

「どういうことですか」

「なんせ、資格を与えるのは俺じゃあないからな」

「誰ですか、その人は」

「聞けば何でも答えてくれると思うのは若者の悪い所だな。……まあ、渋っている暇もない。そろそろ動く頃だろうしな」

 僕はリンドウさんの次の言葉を待ち、自分でも表情が強張るのを感じた。


「――ウェルフ・バートル」


「……なん、だって?」

 魔術師研究の第一人者であり、ウェルフの魂理論を提唱したという天才の科学者。

 確かその人は、消息不明だった筈。科学技術の発達した世界での消息不明など、死んでいるに等しい。

 けどリンドウさんは確かに、その名を出した。

「魔研時代、サユリが妊娠していると発覚した辺りだな。急に現れやがった」

 口調は荒いが、どこか過去の友人を懐かしんでいるようにも見えた。

 けど僕の脳内はそれどころじゃない。

「俺を見て、結果を出す資格はない、とな。ただ、カナシについては言及しなかった」

「……ではなぜ、カナシにその資格があると知ったんです」

「最近になって正体を明かしてきやがってな。どうも、ちっとばかし俺の洗脳が効いていたらしい」

「最近……? あなたは基本的にここにしかいないでしょう? それに、魔術部に出入りしているのは魔術師だけのはずです」

「そうだな、全くその通りだ」

 ウェルフ・バートルが生きているかはともかく、魔術部の中に彼がいるのはおかしい。

 それなら今まで彼は、何をしていた? 何故老いていない?

 いや……老いていないとすれば?

 魔術師の研究を行っていた彼自身が、魔術師だったとしたら?

「奴は気分屋だからな、この先の展開をどう見るかは知らん。だがあまりにふがいない結果だと――」

 結果だと、どうなる。

 僕は視線でリンドウさんに訴えた。

 しかし、言葉に続けたのは溜息。

「俺にも分からん」


           ■            ■


 ちょっとやりすぎかな。

 いくらなんでも、バランスブレイカー過ぎって言うか。

 これじゃあみんなも怒ってしまう。

 

「この世界は、もう駄目ね」


 私はスカイツリーの頂上から東京を見下ろして、呟いた。

 しかし、共存ね。

 考えただけでも笑いがこみあげてくる。

 世界を壊そうとするバケモノと手を取り合おうだなんて、そんなのどう考えたっておかしい。

 でも、それを可能にする力を得てしまっている。

 でも、でも。

 まだそれを手にしているのは、精々カナシとアイリスだけ。


 この世界を正常化するのは、私。

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