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ノーマライジング・ウィザード  作者: 七々八夕
セリアス・パンデミック
22/31

File:17「正常に戻れ」

「――クソがッ!!」

 毒を吐きながら、俺は空中で身を翻してしっかりと足から着地する。

 一瞬何が起きたのか理解できなかったが――こんな芸当を可能にするのは魔術師か、おそらく異術師。そう考えると納得できた。

『気を付けてって言ったでしょ、バカナ兄』

「うるせえよ」

 ……しかし、障壁魔法ディナイアルを無視してそのまま押し出すとはな。何があった、本当に。

 そんなことを可能にする程の衝撃魔法インパクト? いや、それなら障壁魔法は砕け散っている。と、すれば。

風魔法ウインドに似た何か。でも周りには何もなくて風があったかを認識するは難しいね』

 風魔法でないなら、例の念動力サイコキネシスか? いずれにせよ、それなりの防御力を誇っていた障壁魔法が、所詮は透明な膜であったことがはっきりとしたのは確かである。要は障壁魔法を展開している間は、俺は箱にでも入れられた状態、ということだ。それなら風が吹けば吹き飛ばされる。いくら頑丈な箱とて、風が吹けば地を這うし重力には逆らえない。

『でも物理的な攻撃はほとんど通用しないでしょ?』

「物理的ならな。念動力で直接俺を動かされたんじゃどうしようもできない」

『じゃあ、不可視魔法インビジブル?』

「防御面に不安は残るが、それがいいだろうな。探索魔法サーチングとか、その手の能力でも使われたらどうにもできんが――と、来るか」

 冷静に対策を練っていると、病院に開いた大穴から患者服を着た男が姿を現した。露出して見えている肉体は人間の物とは思えないほど細く、冬の枯木を強いるように連想させられた。

 アンラだ。

「あんな姿になったアンラを放って……人間は……!」

 俺は呻き、怒りで拳を握る。

 魔術師を嫌う気持ちは分からなくはない。けど。

 けど、同じ人間を、助ける手段がないからって。こんな、ゴミみたいな扱いをしやがって。

『……カナ兄』

 俺はアンラを睨みつける。別に吹っ飛ばされたことなど気にしていない。その奥底にある、人間の愚かさを睨んだのだ。

 そのはずだったのだが。

「ァ……う……シィ……」

「ッ!?」

 何故か、離れていたはずの異術師が俺の眼前にいた。そして枯れた手を俺に向け――

「――アァァァァッ!!」

「ぐッ!?」

 また吹き飛ばされる。しかし向かいの建物に突っ込むわけではなく、途中でイエローテープに引っ掛かった。頑丈なそれは簡単に千切れることはなく、掛けられた力に対ししっかりと伸びてから――俺をパチンコの玉にしたかのように、弾き飛ばした。

「ッ、飛翔魔法フライヤァッ!!」

 このままでは異術師と衝突する。それを防ぐために俺は足に展開した魔法陣から翼を広げ、垂直に飛び上がる。初めての感覚に気分が悪くなったが、あのまま衝突していたらもっと気分が悪かっただろう。

 ひとまず今は、あの異術師を無力化するのは不可能だ。視界に俺の姿がある限り、俺は吹き飛ばされるだけに違いない。

 俺は開いた大穴から急いで院内に戻り、リングフォンを通じて二人に連絡を――って、あれ。

「オフ、ライン?」

『壊れてるわけでもなさそうだし……まさか!』

 いやそんなまさか。……と思いたいが、それ以外に原因は考えられない。

 その時、離れた場所から音がした。何が来るかわからない状況であることを再認識し、俺は身構える。

 しかし、姿を現したのはアイリス。と、ララ。

「大丈夫ですか、カナシ様っ!」

「すんごい穴開けたわね。器物損壊とかで訴えられないわけ?」

「証拠も無い。それに開けさせたのは向こう側だ」

 と、視線で地上にいる異術師を指した。

「よくご無事で……」

 アイリスは俺の胴に手を回し、胸に顔を擦り付けてくる。ちょっと大袈裟だと思う。

「ああ、うん。嬉しいけど撫でてやる余裕はない。――お前らがここに来たのは状況の確認もあるだろうが、俺の安否を確認する術が無かったから。違うか?」

「ええ、そうよ。Off Lineってどういう事、これ」

「俺が聞きたいくらいだ。だが原因はなんとなく分かっているだろう?」

「それが本当なら怖いわね、セイズでも対処できなくなる。ここいらで一気にやっちゃうのも一つの手だと思うけど」

「……反対はしかねるが、簡単にできることでもない。それに言っただろう、アンラは増加傾向にある。おそらくいつになってもゼロにはならない」

 対処しなくてはならないが、策はない。

 策無くして動くことはできない。それはただの向う見ずだ。

「それに、俺達じゃ異術師と渡り合えない。油断しているかは関係なく、勝てる見込みはない。長居は危険だが、この状況を放置するのも危険だ。かと言って誰かを残すわけにもいかない」

「……手詰まりですか」

「下手にここで暴れて訴えられても困るしね」

 もう訴えられてもいい損害は出てるんだがな。

「でもさ、何でアイツは動かないワケ?」

 ララの視線が地上の異術師に向けられる。

 そう言えばそうだ。つい油断して立ち話をしてしまっていたが、例の攻撃は俺達を襲っていない。

 俺達で言う魂理論のようなものがあるのだとすれば、エネルギー切れか。

『いや、それならあの体で立ってるのはおかしいよ』

「! それも、そうか」

「どうしたの? 妹が何か言った?」

「ん、ああ。エネルギー切れみたいな状態なら、バランス保って立てないと思うんだ」

「なるほど、そういえばアンラだったわね。てことは、こっちに攻撃しない理由がある?」

「例えば、奥にいる同族を傷つけられな――って」

 そういえばここ、アンラがわんさかいるんだった!

 反射的に後ろを振り向く。が、特に何もなく、代わりにアイリスが俺に背を向けていた。

「ご安心を、私が警戒しています。今の所、怪しい様子はございません」

「……ありがとう」

 さすがは相棒、抜かりない。しかし、俺の不注意が露見してしまった。今回は助かったが、今度からは気を付けなければ。

「どしたの? 何かする気?」

「確かめたいことがある。矛盾にも程があるが、な」

「まあ、サポート程度ならこっちでもするわ。援護は攻撃と防御、どっちがお望み?」

「うーん……防御、かね。吹っ飛ばされでもしたら、なんとかスピードを抑えてくれ。水は厳禁な」

「てことは、風ぇ? また面倒なご注文だこと」

「知るかよ、無理ならしなくていい――障壁魔法、身体強化魔法ストレングス

 俺は万全の態勢で以て、壁に開いた大穴から地面に降り立つ。

 そして直線上に立つ異術師との距離を、少しずつ縮める。

 仮に。仮に、奴の何かが変わったのなら。

『また、博打?』

 いかにもその通りだが、何も保険が全くわけではない。失敗したときの対処法はちゃんと用意してある。

『……多少の不満、か』

 おい、俺の感情を見るな。

『しょうがないでしょ、勝手に感じるんだから。……やっぱり大変なんだね』

 少しの間を置いてから、アヤメは悲しそうに言った。

 まあ、俺も人間だからな。

『人間が聞いたら怒りそ』

「けっ」

 言ってろ。

 心中でのアヤメとの会話を終わらせ、俺は真剣な眼差しで異術師と対峙した。

「………」

「………」

 互いに何も言わない。

 どこぞのマンガじゃあるまいし、何を考えているのかが雰囲気で分かるわけではない。

「俺が憎いか」

 だから、俺が先に問うた。

 しかし当然のように、掠れた声が僅かに口から漏れるだけだ。

 やはり、無理か。そう俺が思った時。

「ッ!」

 異術師がその手を再び俺に向けた。俺は咄嗟に身を屈め、右に避ける。

 そして次の瞬間、俺のいた空間を何かが通過した。間もなくして、病院の玄関が粉々に砕ける。

 同時に砂塵や細かな破片が飛び散った。

 ……風か。しかしあれほどの威力にしては、周囲にそれほど影響が見られない。

『まるで、カナ兄だけを狙ったような』

「……クッ。やっぱりこいつは……!」

「ア…………」

 俺が確証を得かけたその瞬間、異術師の口が少しだけ開いた。

 追撃か、と思ったが。

『待って、様子が変』

 アヤメに言われるまでもなく、気付いている。

 また異術師は手を俺に向けている。しかしそれからは敵意が見られない。

 ――まるで。

「ァ……ス、ケ……ッ」

「……?」

 うまく聞き取れず、眉を顰めた。

 それを認知したのかは定かではないが、異術師はもう一度、声を枯らせた。

「タス、ケテ……ッ」

 ――まるで、助けを求めるような。

 薄く開いた両目からは必死さを訴える涙が、顔に二つの筋を描く。

 俺は反撃の意志など掻き消して、その手を取る。

 修復魔法レストア。脳の中をその名がよぎったが。


 ――――カ……ナ……に……っ。


「……ッ!!」

 どうしても。どうしても、思い出してしまう。

 そして、不安になる。

 この魔法は対象を修復するのではなく、砂にしてしまうのではないかと。

『カナ兄……』

 分かってる。過去に縛られてなんかいない。

 違う。

 違うんだ。

 怖いんだ。

「だらしねぇ……こんな程度で……ッ」

 異術師のそれを握った手が震える。

 助けたいっていう気持ちがあっても、関係のないトラウマが呼び起される。

『私は、生きてるよ』

「!」

『私は確かにああなった。でも、理由があった』

 ……分かってる。人工生命だったってことは。

 分かってるけど。もしも、もしもこいつが、人工生命だったら。

「――修復魔法ではない、魔法?」

 どうやら現実からの逃避が、別の解答へとつながっていたらしい。

 何も、既存の魔法に頼る必要は無い。

 願いを叶える為に不足しているのなら、無理やりに願いを叶える要因を作ればいい。

 それが可能とするのが魔法であり、それを扱うのが魔術師であると。

 そう言ったのは、俺だ。

 同化魔法インストールと名付けた、あのアヤメの使った魔法と同じく。


 作り出せばいいのではないか?


『ふふ』

 心の隅の方で、アヤメが微笑した、気がした。

『じゃあ、ぴったりの名前を付けてあげる』

 わざわざ言わなくても、もう伝わってる。

 ――助ける。

 何からかは分からない。けど、苦しむ市民の、誰かの為に動くのが警察であり、魔術部であるはずだ。

 ならば。

「……すぅ」

 俺は息を整え、障壁魔法と身体強化魔法を解除する。

 そして、願った。

 正常もとに戻れと。


「――正常化魔法ノーマライズゥゥゥゥッ!!!」


 俺が叫ぶと同時に、男の前に巨大な、七色に光る魔法陣が出現した。

「なっ、んだ……コレ!?」

『カナ兄が出したんでしょ! でも、願いが魔法になったんなら……』

 俺は手を離し、少しずつ男を通過していく魔法陣を見つめた。

 それから数秒が過ぎて、ようやく魔法陣は消えた。ってことは、効果がなくなった、あるいは役目を終えた?

 魔法陣が通過した男に、変化は見られない。ただ、何と言うか……うまく言えないが、どす黒いものが抜けた、そんな気がした。

 何が起きたのかはっきりしておらず、頭の中が白くなっていた俺を、リングフォンが振動で呼んだ。

 映されたホログラムの画面を見ると、<On Line>の文字が青のゴシック体で表示されていた。

 ……電波が戻った?

『Hey、聞こえるかしら。Dangerous Boy?』

 まず聞こえてきたのはララの声。いつもの軽口は無視だ。

「原因が分かったのか?」

『いいえ、不明ですが……どうにも、襲われそうにありません。この隙に一度、庁に帰還すべきかと』

「……そうだな、分かった。こいつは俺が連れ帰る。器物損壊で罪を負わせられるだろうが……確かめたいことがあるんだ」

『ふん、法の忠実な僕じゃない、と。嫌いじゃないわよ』

「そりゃどうも」

 余裕の戻った俺達はいつもの調子で会話をしつつ、飛翔魔法で急いで警視庁へと帰還するのだった。


 ――こいつの命はお前にかかってる。押し付けるようで悪いが、頼む。

 今ばかりは、親友の得体の知れない能力を全力で使ってほしいと、願うばかりだった。

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