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ノーマライジング・ウィザード  作者: 七々八夕
セリアス・パンデミック
21/31

File:16「哨戒任務」

 戦闘の終った日比谷公園の噴水前。俺が倒れた木々や壊れた煉瓦、ぶっ倒れた異術師や野良魔術師なんかを眺めていると、視界の外からアイリスの声がかかった。

「カナシ様、無事ですか?」

「ん、ああ……少しダメージは受けたが、問題はない」

「そんな! 病院に行きましょう!」

「異術師共の服装を見ていないのか、ほとんど病衣だぞ。これが意味するものが分からないわけじゃないだろう」

 俺が呆れて言うと、アイリスは「うう」と黙って俯き、その後ろからララがじっとりとした目線を俺に向けながら寄ってきた。

「アンタ、本当に不器用ねえ。アイリスがかわいそ」

「………はぁ」

 謝れと言いたいらしいが、どう考えても謝る必要はないだろ。

 と言っても何もしないとララにまた何か言われるだろうし――ひとまず俺は、アイリスの頭に手を置いた。

「後でシュンに診てもらうさ。気持ちは嬉しいよ」

「少しはできるじゃない」

「黙れよ、お前は」

 一々茶々を入れるな。調子が狂うだろうが。

 顔を引きつらせていると、アイリスの頭が僅かに動く。何事かと思って見ると、アイリスは顔を真っ赤にして悶えていた。

 そして急に、その顔を上げた。

「わ」

「カナシ様のナデナデ! 私は今ので疲れが全て吹き飛びました!」

 うん、異常がなくて安心したよ。

「……なんていうか、前々から思ってたけど。面白い子よね、アイリスって」

「うるさいだけだ」

「あら、恋人に向かって酷い事言うのね?」

「問題ありません! カナシ様の器はとってもとっても大きいんですからぁ!」

 うん、お前も黙れ、アイリス。

 溜息を吐いて気を取り直すと、同僚が俺を憐れむように見ていた。なんだよ。

「お前、やっぱりロリコンだったんだな……!!」

「間違いなくそうなんだがそうやって声を大にされると腹が立つな」

 筋力強化魔法ストレングスで頭を掴んで頭蓋にヒビでも入れてやろうかと思ったが、奴も疲れていて簡単にできそうだったのでやめた。

 ひとまず今は、魔術部に戻って休まなくては。

 とても疲れているようには見えない奴らを一旦黙らせ、俺達は捕縛魔法アレストや筋力強化魔法を使い、収容所へ運送し始めた。

 遠すぎて更に疲れが溜まったが、義務は義務だ。


           ■            ■


 シュンのいる小部屋。思いつめたようなこいつの顔を見て、俺もまた嫌な気分になる。

 原因は大体分かる。どうせ異術師だろう。

 俺としてはさっさと検査結果を伝えてほしいんだが。

「……うんうん唸って考えるのは結構だが、できれば俺の方を少しだけ優先させて欲しいな?」

「ああ、すまないね。さすがと言うべきか、骨や臓器には何ら異常はない。小さい血管がいくつかやられて軽い内出血を起こしているから、血が止まるまでは安静を推奨するよ」

「そうか、ありがとう」

 いやはや、セリアスの時はああ言ったものの、やはりこいつは医療的な知識も持ち合わせている。何ができないのかを知りたいくらいだ。……というか、こいつは免許も何も持ってないから信用性はゼロなのだが、そこは付き合いの長さでカバーできる。何にせよ俺は大丈夫だからいいんだが。

 ひとまず、これでまたアイリスとララに騒がれる必要は無くなった。は、いいが。こいつの表情からして、持っているのはあまりいい情報ではなさそうだ。

「……また何か分かったのか?」

「マジカルレーダーを使って見させてもらってたけど、何人か魔術師化してたね」

「そうだな。そのせいでお前に検査を受けさせられたんだが」

「それはそれとして……ねえ、カナシ。一般市民は襲われてたかい?」

 一般市民、か。思い出すが、例の暴走前魔術師しか記憶にない。

「俺が来た時にはもう戦闘は始まっていたし、ララに聞いた方が良いかもな」

「ふむ、そうか。ではちょっと聞いてくる」

「え、ちょ」

 何を考えているのか、俺を放ってシュンは焦るように部屋を出た。部屋に取り残された俺は、シュンの背を見送ることしかできず――じゃ、なくて。

 ……えっと? 待てばいいのか?

 状況が呑み込めないのでひとまず大人しく待っていると、シュンは5分も経たないうちに戻ってきた。

「いや、すまないカナシ。動かずにはいられなかった」

「まあ、いいけどさ……ララに聞いてきたのか?」

「彼女だけでなく、運よくオフィスにいた人たちにもね。多少嫌な顔をされたが、得られた情報は十分だ」

 達成感を感じているようで、汗を垂らしてやはり焦りを見せている。

 それほどの仮説――いや、こいつが言うんだ、ほとんど事実のようなものだろう。

 俺は固唾を呑みこんで、席に座って一息ついたシュンと目を合わせた。

「……聞いた話では、市民は確かに避難誘導したらしい。その途中、セリアスの邪魔は入ったそうだけど――」

 と、シュンが他の奴らからの話を元に話し始めた時。

 部屋の扉が開き、ララとアイリスが入ってきた。

「……来るならもうちょっと早く来いよ」

「あら、時間的にはまだそこまで話は進んでないでしょう? それよりアンタ、体は大丈夫なの?」

 俺は早くシュンの話を聞きたいんだが、とその話し手に視線を送ると、苦笑を返された。まあ、他愛のない話は手早く済ませてしまえばいいか。

「大丈夫だよ。だから言ったろ、アイリス」

「……むー」

「日本で言うオンナ心ってヤツでしょ? パートナーなら少しくらい理解してあげたらいいんじゃないの?」

 口調から察するにあんまり理解してないだろ、お前。

「そんなの俺達の勝手だろうが」

「あら、ま。いつもこんなにぞんざいに扱われてるのかしら? んん?」

「………」

 それ見ろ。アイリスが黙ってるじゃないか。ていうか、いつまで続ける気だ。

 早くシュンの話を聞きたいので、俺は強引に手を鳴らしこの話を打ち切る。

「……今はそれどころじゃない。シュン、頼む」

「もう少し惚気のろけてもいいんだよ?」

 どこにそんな余裕があるんだよ……。

 相変わらず何を考えているのか分からないが、シュンは気持ちを入れ替えるように一息ついた。

「では、話そう。あくまで予想なのは申し訳ないが――セリアスは、魔術師を狙っている」

「避難誘導してる時も、私達の邪魔ばかりしてたしね。すっ転ばされて足止め喰らっても、市民に危害を加えるんじゃなくて、こっちに追撃しようとしてたし。……あ、私は転んでないわよ」

 聞いてない。

「……てことは、なんだ。市民の魔術師への怒りが爆発して、別方向に進化したってことか?」

「原因は不明だが、その線が濃そうだ。だから元の姿である市民にも手を出さず、魔術師を狙ったと考えられる」

「また、面倒な話だな」

「ということは……ある程度は放置していても大丈夫だと?」

 アイリスが漸く口を開いた。まあ、そうも考えられるが――

「それは外に魔術師がいなければ、ね。だがカナシの話を聞く限りでは、覚醒前の魔術師も狙われたと聞く」

「ということは、放置が安全策ではない、と……」

「そういうことだね。恐らく君たちはまた、徹夜で東京の活動人口を減らす活動に勤しまなくてはならないだろうね」

「げえ」

 思わず不満の声が漏れる。いや、あの後始末はかなり大変だった。もう二度としたくない――そう思っていたのに、またと来たか。ここまで来ると本当に呪われていることを疑うぞ。

「不満はいらないわ。こうなればトコトンやるしかないでしょ? 私も今なら暇だし、手伝うわよ」

「ララさんの言うとおりです。そうと決まればパトロールですよ、カナシ様」

 ……やけに息が合うな、お前ら。

 と、このまま再び外に出るような空気になっていたが、シュンに呼び止められ足が止まる。

「ん?」

「まだ彼らの扱う能力――異術、とでも呼ぶべきそれについては全くの謎だ。魔法陣なしで魔法を使い、魔法のような現象を起こす。当てにならない、というのは言いっこなしだが、魔導書のようなものが存在するほど観察の時間があったわけでもない」

「……要するに気をつけろ、ってことだろ? 安心しろ、多少の疲労は目を瞑って働くさ。人々の平和とやらの為に」

「……健闘を祈る」

 調子の違うシュンに対する違和感は拭えなかったものの、対策の考慮と対処が先だ。申し訳ないが、あいつにはもうしばらくサポート役を頼まなくてはならない。

 俺達は部屋を出、寄り道せずに部長室へと赴く。

「ん、なんだ、揃いも揃って」

「詳しい話はシュンに聞いてくれ。再度発生すると思しきポイントに向かう。まあ、哨戒だよ」

「そう言うからには、大していい情報じゃあないんだろうな……まあ後で聞く。行って来い」

「どうも」

 と、さっさと部屋を出ようとすると、こちらでも呼び止められる。

 もうなんだよ。一遍に言ってくれよ。

 俺は呆れと多少の怒りを感じながら、もう一度振り向く。

「……そんなに嫌な顔するなよ。ああ、アイリスは行っていいぞ」

「? はい」

「……早く用件を言え」

 アイリスが退室したのを見て忌々しく言い放つと、親父は溜息をついてから、言った。

「社会の為に働くのは結構だが、命は大事にしろよ。お前はどうもトラブルに頭を突っ込みたがっているように見える」

「向こうが突っ込んでくるんだよ」

「親心も分からない愚息をお持ちで苦労しますねぇ、部長さぁん?」

 明らかに俺の怒りを煽っている口調のララ。何故だ。何故違う場所でも同じような会話をしなくてはならないんだ。

「カナシがツンデレなのは周知の事実だ。ほれ、行くならさっさと行け」

「言われなくても」

 俺はいら立ちを隠さずに乱暴に扉を開け、さっさとオフィスを出た。

 エレベータの中でララに「カルシウム足りてる?」とか「アイリスでストレス解消したら?」とか言われて腹が立ってしょうがなかったが、庁内で暴れるわけにも行かない。俺は怒りを抑え込んで、襲い掛かる異術師にそれをぶつけてやろう――そう思って警視庁を出た。

 が。

「……上の連中?」

 上、というのは身分の高い者、という意味もそうだが――俺達魔術部の魔術師達の間では、地上の階層に佇む人間の警官達を意味する。

 今俺達の前、つまり玄関前には、大勢の警官が所狭しと集中していたのだ。

「何事だ、これは?」

「大方、市民に向けた避難勧告の準備と哨戒ってトコかしらね。小難しい事は上とやらの連中に任せて、さっさと行きましょ?」

「そうですね。行きますよ、カナシ様」

「正直上の連中で異術師を相手にできるとは思えんが……」

 それにシュンの仮説が正しいなら、人間なんて相手にしないはずだ。覚醒前の魔術師でもない限り。

 俺は何やらざわめいている彼らを視界から外し、脇を通って歩道に立つ。

 そして飛翔魔法フライヤを使用し、魔法陣から現れた翼で空へと飛びあがる。

「……で、哨戒ったってどっか行くアテあるの?」

「ひとまず近場の病院に向かう。また異術師が湧くようなら寄り道してでも対処する。いいな」

「了解しました。では、向かいましょう」

「ああ――ん?」

 行先を決めて、加速しようとした時。俺はリングフォンがメールを受信したことを示す為に青いランプを光らせていたことに気付いた。

「どうしたの?」

「いや……ええと、シュンからのメールだ。少し待っていてくれ」

「キノサキのメールなら無視できないわね。少しだけよ」

「すまない」

 と言ってメールを見たものの、一つのアドレスと「これを見てくれ」の一文だけ。仕方なくリンクでそのサイトへ飛ぶ――って、例のニュースサイトか。


 ――粗方目を通しはしたが、どうやら俺の行動は正しかったようだ。

 ホログラムを消して、アイリス達に目を向ける。

「どこよりも早いと謳われるニュースサイト様が、俺達が向かう病院のことを書いていた。どうやら既に警察が病院を閉鎖しているらしい。患者は、そのままにな」

「……あら、随分と酷い事をするのね?」

「大方アンラだ、まともに動けやしない」

「確かにやり方は酷いかもしれませんが、異術師の疑いがある以上は下手に外に出すわけにも行きません。――カナシ様、患者は、ということはつまりスタッフは避難したのですね?」

「いや、そこまでは。……ここで長話しているわけにもいかんな。行くぞ」

 俺は思考するのをいったん止め、最初にアイリスと向かった渋谷の病院へと向かった。

 

 さて、何が出る?



           ■            ■


 何かがおかしい。違和感がある。

 ――なんて思っても、私にはそれが何なのかはよく分からない。

 カナ兄の記憶は見えなくても、カナ兄と同じものを見て、聞いて、感じることはできる。でも、それですべてがわかるわけじゃない。

 大体の見当はついている。あのニュースサイトだ。

 考え過ぎって言われたらまあ、その通りなんだけど……カナ兄の動きに合わせて、情報を与えるように更新されているような気がする。

 それでもし、黒幕のような人物が存在しているのだとすれば。

 これはいつでもカナ兄を、もしくはアイリス、ララさんを殺せるって、そう言いたいのかもしれない。


 ……いや、流石に考え過ぎか。他人に言われるまでもないや。

 そろそろカナ兄も私が喋ってなくて心配する頃かも知れない。……もしかしたら、このまま忘れられちゃうのかな?

 なんて後ろ向きな事を考えていたら、カナ兄の方から声がかかった。視界をカナ兄に合わせると、どうやら例の病院に着いたようだった。既に上の人たちが来たのか、イエローテープで侵入禁止が示されている。

『アンラってだけでこの扱いか、くそったれ』

「どれも異術師の疑いがあるからね。魔術師よりは扱いやすくて嬉しいんじゃないの?」

『管理が楽だと良し、か。いつから人間はこうなったんだよ……』

「臭い物に蓋をするのは、昔からでしょ?」

 そう言うとカナ兄は肩をすくめて、テープをくぐって中に入った。見た感じ救急車が数台あるだけで、それ以外の車は見当たらない。逃げたんだ、きっと。

 その気持ちは、今ならなんとなくわかる。異術師じゃなくたって、魔術師のそれと一緒だ。自分も同じになりたくないんだ。

 がらんとした院内を見回して、カナ兄が舌打ちする。

『じゃ、手分けして探しましょうか。こんなときくらい離れてもいいのよ?』

『言われなくてもそうする。だが、身の危険を感じたらすぐに連絡しろ。一人で対処しようとするな』

『でしたら、リングフォンですね。常に話せるようにしておけば、咄嗟に助けを求めることもできます』

『そうだな。各自無理はするな』

「カナ兄が言う? それ」

 嫌味っぽく言ったものの相手にされなかった。代わりに怒りの感情が若干伝わってくる。

 うーん。頑張って癒してあげてね、アイリス。

 私は視界の外のアイリスに念じて、カナ兄のサポートに戻った。

『……まるでゾンビ映画を見てるような気分だな』

「カナ兄、澄ました顔してホラー系苦手だもんね」

 それくらいなら私でも知ってる。私が見たかったホラー番組を一緒に見て、体を大袈裟に振るわせたりしてたもん。

 感情にもちょっと緊張が多め。

 カナ兄は階段を使って2階に行き、病室からの呻き声が僅かに聞こえる廊下を歩く。まあ確かに、不気味だ。

 ……あれ? そう言えば前来た時は、そんなのは聞こえなかった。

「カナ兄、気を付けて。何か来る」

『安心しろ、障壁魔法ならさっきかけた。一度の不意打ち程度、喰らっても――――ッ!?!?』

 ――ああ、言わんこっちゃない。



 やけに大きな音の後、カナ兄は大きな瓦礫によって無理やり外に押し出された。

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