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ノーマライジング・ウィザード  作者: 七々八夕
セリアス・パンデミック
20/31

File:15「暴走異術師鎮圧」

「うえぇ」

 俺の口から、苦しみを込めた声が漏れ出した。それが俺とアイリスしかいない資料室の中に微かに響いて消えると、資料を机の上に置いてパイプ椅子の背もたれに身を任せる。

 ……弱ったな。

 最初は気合を入れていたものの、どの資料にも自分の知っていることばかりが書かれており、新鮮味は一切なかった。

 しかし、よく考えてみれば当然だった。魔研ともあろう組織が、こういった事態を想定していないはずがない。親父が何も言わなかったところを察するに、そうだとは知らないのだろう。つまり、一般研究員には関係がない話らしい。

『情報統制、だね』

 となれば、知っているのは上の立場にある人間、またはこの資料を作った人間ということになるか。

 ふと、隣で同じ作業をしているアイリスの方を見る。

 飽きつつある俺とは違い、やはりやる時にはやってくれるアイリスは真剣な表情で資料とにらめっこしている。読み終えたものは決して投げ捨てたりすることなく、きちんと整理している。いや、俺もそれくらいはするが……。何というか、性根が違うのだろう。うん。

『カナ兄、こういう地味な作業苦手だもんね』

 まったくもってその通りである。正確に言うなれば、思い通りに事が進まないのが嫌なのだ。

「アイリス」

「…………あっ、はい! 呼びましたか、カナシ様」

 どうやらかなり集中していたらしく、返事まで数秒を要した。邪魔をしたようで、なんだか申し訳ない。アイリスは許してくれるだろうが、俺には罪悪感が残る。

 が、呼んだだけなんて言えないので話を始める。

「何か収穫はあったか?」

「いえ、特には……城崎さんに見せたら目を輝かせそうなものは、いくらでもあるのですが」

 4D映像を映すディスプレイや、対象の感情を可視化する眼鏡だとか、一昔前からすれば近未来に存在すると思われていたものの設計図、理論などが書かれた資料のことだろう。家電メーカーにでも提供すれば腐るほど金が得られそうだが、そうする必要はない。これ以上の発展はすべきではない。魔術師がその最たる例として、社会に存在しているのだから――などと言っても、利益を求める会社側としては、喉から手が出るほど欲しいのだろう。欲に忠実なのは結構だが、その結果何が起こるのかまで考えているのだろうかと心配になる。

 と、一般人でさえこうなのだ、いくら性格が根っから違うシュンとは言えど、それに興味がないわけではない。むしろ科学的観点からそれを見ようとし、暫く他のことに手がつかなくなりかねない。

 俺はそんなシュンを想像して嘆息する。

「魔術師関連の資料の内容も、私達にとって既知のものです。恐らく魔研内で情報の管理がされていたのでしょうね」

「全く同じことを考えていたよ。おそらくこのまま閲覧を続けても、収穫は無いだろうな」

「ですが、あの魔研です。何かヒントくらいはありそうですが」

「これらの膨大な資料は中身に何があるとも知れん、外見が豪華な箱だ。開けるのに苦労しても、中に何があるかはお楽しみ、はたまた空の可能性も無きにしも非ず」

「……飽き飽きしているのは嫌と言うほど分かりますが、つまりは城崎さんにやらせた方が早いと、そう言いたいんですね?」

「ありていに言えば」

 流石はアイリスだ、深い考えで俺の思考をよく読めている。

『馬鹿兄……』

 何とでも言え、すべきことはまだ他にもあるんだ。元よりこれに長時間を咲くつもりじゃなかったんだから。

『数時間は覚悟しろって言われて意気込んでたのにねえ。どういうことなのかなあ?』

 挑発するように言われても、怒る気にはならない。全く持ってその通りだからだ。直そうにも、直りそうにはない。アイリスには申し訳ないが、アイリスには。

『……はいはい、私はカナ兄の一部ですよーだ』

 客観的に見れば飽きやすいクソガキとその扱いに手慣れた、幼い妹の会話だ。微笑ましいようには見えまい。

「ですが資料閲覧をやめるのであれば、城崎さんの手伝いをすることになります。後回しでもいいのであれば、構いませんが」

「相手が魔研の知識そのものだから、現時点ではギブアップもありだろう。関与がある確証もないしな」

「では、資料の整理をしましょうか」

 早速断念が決まると、アイリスは机の上の資料の整理を始めた。と言っても既にまとめられているので、殆どすることはなかった。俺ももちろんそうだ。

 時間の無駄だった。ミスリードの可能性もある。しかし、それも見越して資料に何かが隠されている可能性も否定できない。我儘な感情でアイリスをあれやこれやと動かして申し訳ないが、先程も言ったようにすべきことはまだある。元はと言えばこれも俺の我儘でやっているようなものなのだから。

 資料を元あったように戻すと、俺達は足早に資料室を出る。

「すまんな、自分勝手で」

「今に始まったことじゃないでしょう? 気にしてませんよ」

「………」

 ばっさりと物を言うようになったな、アイリス。

『ふん、ざまあないよ』

 うるせえ、黙れ。

「ん、そういえば……」

「どうかしました?」

 ふと、親父が魔研の研究員だったことを思い出す。が、異術師のことを話した時のことを思い出すと心当たりがあるようには見えなかった。恐らく聞いても無駄だろう。

 首を傾げるアイリスに「なんでもない」と返しさらに傾きが大きくなるが、大人しく引き下がってくれた。そういうところは素直で助かる。親父関連の情報は全て隠さないといけないのは面倒で困るし、アイリスには申し訳ないと思っている。

 そうして再びシュンのいる部屋に戻ると、またもや何か思いつめたような顔をしていた。

「どうしたシュン、腹でも下したか」

「まずいことになってね」

「ほう?」

 ここまで緊迫した声を出すのも珍しい。そう思いながらシュンが眺めるディスプレイを覗き込むと――えっ。

「………」

「どうしたんですか、カナシ様まで――って。………」

 皆一様に黙ってしまったのにはわけがある。表示されている地図――日比谷公園周辺のそこら中に赤い点がある。

「……念のために聞いておくが、魔術師も含まれてるのか、これ」

「いやはや心底残念ながら全て異術師と推定されるものだ。部長さんには言ってあるから、既に何人かが対処に向かっているはずだ。多分、ララさんもね」

 噛まずにすらすらと言えてはいるものの、焦りが漏れているのは明白だ。正直俺も焦っている。

 どうせこいつのことだ、俺達をすぐに呼ばなかったのは<邪魔をしたくなかったから>だろう。その優しさはありがたいが――と、責任を求めてもしょうがない。どちらも悪いと言えば悪い。

「すぐに出る。行くぞアイリス」

「はい」

「こちらでも何かあればすぐに連絡する。気を付けてくれよ」

「ん、了解だ」「大丈夫です、ご心配なく」

 同時に返事をし、心配そうな顔のシュンと俺達の間を扉が遮った。

 さて、油も売っていられない。さっさとエレベータに乗り、外に出る。場所は先ほど画面で、日比谷公園の周辺だと確認した。前にも笠木を保護したこともあったし、何度か事件で世話になったこともある。何かと縁があるらしい。そういう縁は正直いらないが。

「「飛翔魔法フライヤ」」

 同時に唱え、足の傍に現れた魔法陣から翼を生やす。そしてそれをはためかせ、すぐに公園前で着地した。

 冷静な判断など必要ない。そこら中で不可解な現象が発生していた。

 片手で木々を破壊する人間。一瞬で別の場所へと移動する人間。自らと同じ姿の人間を生み出す人間。

 魔法と言っても差し支えない能力を行使する者達で、公園周辺は溢れていた。

 一般市民と思しき者達にも被害は及んでいる。これでは誰がどの罪を犯したのかよく分からない。

「全部暴行罪でいいかな、もう」

「あとでカメラを確認すれば済む話です。分からない人は片っ端から手錠を掛けましょう」

「そうだな。――服を汚すなよ」

 俺は片手間にアイリスに手錠を全て渡し、右手の甲に衝撃魔法インパクトの白い魔法陣を浮かばせた。傍にいたアイリスはそれを受け取り、身を屈めた。

「カナシ様に買っていただいたものを、他人の血で汚す気はありませんよ」

「だが、最優先は命だ。行くぞ」

「はい」

 同時にその場から離れ、行動を始める。相手が大人数なら、分散した方が効率が良い。俺達は細かな癖が違うくらいで、実力そのものは大して変わらないからだ。

 俺は園内に入り、進行方向にいる邪魔な浮遊野郎を衝撃魔法で吹っ飛ばす。人口樹林から見える噴水近くでは、同僚の魔術師が戦闘・確保を行っている。制服が同じだから判別しやすい。

「魔術師……ィ!!」

「寄るな」

 俺は障壁魔法で膜を作り、衝撃魔法で吹っ飛ばした奴を遮る。よくもまあ生きていられる。

 見た所ここで暴れているのは入院患者だけではないらしい。スーツ服の者が多く見られる。

『考え事はあとだよ、今は異術師の鎮圧が先!』

 そうだな、すまん。

 俺は障壁魔法を解除し、筋力強化魔法ストレングスを使う。その脚力ですぐ浮遊野郎の傍に立ち、その肌に触れた。

雷魔法サンダー

「魔ジュっ……――――」

 最後まで言う事変えず、浮遊野郎は気絶した。ぎりぎり死なない程度に加減したから、おそらく半日は麻痺して動けないはずだ。

 俺は次の標的を視界に入れ、迷わずに飛び込む。すれ違いざまに電撃を流し、次々に気絶者を増やす。

「ウアアアアア!!」

「ひいっ!」

 声のした方を見ると、瞬間移動で人間と思しき女に襲い掛かる異術師。

 俺は舌打ちしてその異術師にタックルし、電撃を加える。

「大丈夫か!?」

「あ……あ……」

 恐怖のあまり、意識がどこかへ飛んでいるような状態だった。俺は女を担いで、同僚の下へ駆ける。

「すまん、恐らく一般市民だ。ここで守ってもらえるか」

 同じ魔術部の制服を纏う男は俺に目も合わせず、ただ頷いた。

「静葉が俺達と一緒に仕事だなんて、明日は槍が降るな、ええ?」

「言ってろ」

 10歳近い年の差はあるものの、俺達の間に隔たりなどほとんどない。同じ魔術師という濡れ衣にも似た運命を背負う警官同士なのだから。

 そうして女を噴水の傍に寝かせようとした時、僅かな呻き声が聞こえた。何事かと思った次の瞬間、俺は何かに吹っ飛ばされた。全身をハンマーか何かで殴られたような感覚だった。

 なんとか空中で体勢を立て直すものの、勢いは殺せず地面に転がった。

『今の……衝撃魔法!?』

「っつつ……だろう、な。くそったれ、久しぶりの魔法は痛いな、おい」

 痛みに多少悶えながら立ち上がり、地面に寝ころぶ女を見据える。

 魔術師かよ。まあ、異術師もろともとっ捕まえても何の問題もないが……何だ? 何かが引っ掛かる。

『カナ兄、右!』

「っ!」

 考える暇もなく、別の異術師が襲い掛かってくる。体を使った攻撃そのものは脅威ではない。だが、同時に使われる魔法じみた能力が厄介この上ない。

 服を掴んで背負い投げ。投げる途中で雷魔法を使い、気絶させる。

 くそ、何体いやがる。ざっと全体を見渡しても、そういないのに。

 急いで女の下へ戻り、電撃を流す。一度大きく体を跳ねさせて、女は完全に気絶した。

「勘弁しろよ、暴走前の魔術師をここにほっぽってんじゃねえ」

「悪かったな。――前に出る。当ててくれるなよ」

「お前じゃあるまいし」

「ほざけ」

 俺は同僚との会話を簡潔に終え、比較的異術師の密集している方へと向かう。

 異術師に加え、野良魔術師までいやがる。アイリスは無事だろうか――


           ■            ■


「くぅ……」

 口から自然と苦悶の声が漏れてしまうくらいには、苦戦していました。いえ、一人一人は大した強さではありません。むしろいつも戦っている魔術師に比べれば、赤子の手を捻るようなもの。ですが、数で攻められては、いかに一騎当千の戦士とて疲弊します。私がそうだと言うわけではありませんが……自分の中では、自信がある方です。

 は、いいんです。そうではなくて、異術師はどこからこんなにホイホイと湧いてくるのでしょう。先程から何人も行動不能にはしていますが、一向に数が減っているようには思えません。既に私だけで十数人、いやそれ以上を無力化させました。見た所一般市民も多く、異術師は患者だけではない様子です。

 とにかく数が多いので、手錠を無駄に使うことはできません。ので、仕方なく雷魔法で相手の神経を麻痺させています。

「……きりがない!」

 舌打ちをして周囲の3人に回転するように体を動かして肌に触れ、同時に電撃を流します。

 これでもまだ少ない方。何故、私一人にここまで?

 考察にふけりたいところですが、そんな暇もありません。更に襲い掛かってくる異術師を蹴り上げ――あれ? そのはずが、足は空を切りました。ですが、視界内に捉えていた異術師は遠くへ吹っ飛んでいます。

 怪訝に思いその反対側を向くと、ドヤ顔のララさんがいました。

「Are you all right,Iris?」

「本場の英語なのは分かるのですが、すいません。如何せんまだ3歳なものでよく分かりません」

「ありゃ。ま、その様子だと大丈夫みたいね」

 言いながら私の下に駆け寄るララさんは、私と違ってあまり疲れているようではありません。

「いつから?」

「とりあえず、アンタらより先よ。部長さんに言われて来たからね」

 そう言えば、城崎さんがそんなことを言っていたような気がします。

「どれくらい相手しましたか?」

「ざっと30くらいかしら。さすが首都ね、腐るほどの人口じゃない?」

「それもそうですね。この前の件で魔術師になったのは首都人口のおよそ80分の1だそうですから」

「ああ、怖い」

 ララさんはそうやってわざとらしく身を震わせます。……んー、ララさんはなんとなく好きになりきれません。嫌いになる要素は特にないのですが。

「……とりあえず片っ端から無力化しましょう」

「そういう命令を受けてるわ。見てなさい、あいつとは違うってトコ、見せたげる」

 ああ、カナシ様をちょっとでも敵視してるからですね。それでも実力が伴っているからまだいいのですが。

「impact――plus,spread!」

 また流暢な英語で魔法を発動させます。音は衝撃魔法、ですが何やら違います。近寄ってきた複数の異術師が一斉に吹き飛びました。

「……何をしたんです?」

「うーんと……spreadの日本語は分かんないや。なんていうか、いろんなとこにimpactを――わかる?」

「なんとなく」

 嘘です、まったくわかりません。ですがここでNOと答えれば、ララさんは少なからず戦闘中にそのことを考えてしまうでしょう。その辺りを考えると、些細ですが嘘を吐いた方が良いでしょう。

「まあ、あとでちゃんと調べて教えてあげる」

「お願いします、その時はカナシ様も一緒にお願いします」

「となると、キノサキも一緒ね。まあ、いいわ」

「今は異術師が先です」

 苦笑するララさんと背中を合わせ、磁石が反発するように別方向に向かいます。

 ――これだけの戦力を以てしても、これだけ時間がかかる? 本当にどうなっているんですか。

 誰にというわけでもなく、問いかけます。しかしもちろんのこと、何からも答えは得られません。存在すらも怪しい答えを模索しながら、異術師の肌に電流を流します。


 日比谷公園周辺にいた全異術師の鎮圧が終了したのは、それから1時間後のことでした。

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