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ノーマライジング・ウィザード  作者: 七々八夕
セリアス・パンデミック
19/31

File:14「枠に入らない木」

「――ってわけだ。面倒なことこの上ない」

「……異術師(セリアス)、ねえ」

 シュンと別れてすぐ、病院でのことを大雑把に親父に話すと、頭を痛そうにして額を押さえた。俺も正直何が起こっているのかさっぱりだ。

「魔術師の出現がここまで酷えことに繋がるなんて、魔研は思ってもなかっただろうな」

「もう無いものに怒っても仕方ないだろ。――が、酷いのは同意する」

 東京で初の魔術師が出現し、それが動くことで魔術師が増え、忌み嫌われるようになった。

「……そういえば、最初の魔術師の記録とか、そういうのは無いのか?」

 恥ずかしながら俺は<初の魔術師>と聞くばかりで、それが誰なのかは一切聞いたことがなかった。いや、おそらく誰もがそうではないだろうか。

 答えを待つが、相変わらず親父は頭を抱えている。

「俺の知る限りでは無いな。押収した資料にあるかも知れんが」

「ウェルフ・バートルは関係ないのか?」

 魔術師研究の第一人者であり、魔法の発動の際に魂――体力のようなものらしい――を消費する<魂理論>を提唱した、知る人は知っている有名な科学者である。

 そんな人物こそ魔研にいるべきだったのだが、調べたところ彼は一度も魔研を訪れていないのだとか。どこまで信用できるかはさて置き、今やどこにいるのか誰も知らない状況ならしい。現代に置いて消息不明と言う言葉は聞くはずがないのだが。

「死んでるんじゃないか?」

 やっぱりそう言うか。

「いくらなんでも、そりゃないだろ。結構な有名人だぞ」

「つってもどこにも音沙汰なしだし、死んだと思われてもおかしくはない」

「そう言われてもな。……まあ、いない奴のことをどうこう言ってもしょうがないな。資料を漁るぞ」

「勝手にどうぞ」

「へいへい」

 適当に返事して背を向けると、「そういえば」と声がかかった。

「なんだよ」

「例の盗難事件、深追いする必要はない。これから異術師の方が忙しくなるだろうからな」

「勘弁してくれ」

 したいことがあるのに、他のことがそれを邪魔するような状況になるわけだ。益々進まなくなるぞ。

「俺の責任でもお前の義務だ、頑張れよ」

「くたばれ」

 苦々しく言い放つと、俺は反応を見ずにさっさと退室した。奴からは反省の色が全く見られない。だが今は大量の書類の処理に追われているはず……いい気味だ。


 部屋を出ると、また暇なのかオフィスにいるララとアイリスが楽しそうに話をしていた。

「オイコラ、暇人」

「何よ暇人」

 話しかけると、表情を変えてゴミを見るような目で俺を睨んできた。

「少なくともお前よりは働いていると自負している」

『子供じゃないんだから、そんなことで口論はじめようとしないでよ……』

「むう」

 アヤメに言われて、俺の方は黙る。しかし聞こえていないララは変わらず冷たい視線を向けてくる。

 俺は面倒になって、諦めを示そうと肩をすくめた。

「へいへい、どちらも暇ですよ」

「むかつく」

「そ、そうだ、カナシ様」

 少し詰まりながら、アイリスが無理やりに話題を変ようとする。この空気を変えたいという思いがあったのだろう、健気だ。

「なんだ?」

「先ほど城崎さんが、血の解析結果が大雑把になら出た、と言っていました。ラ、ララさんも一緒にどうですか?」

「ふむ」

 アイリスにしては珍しく少し焦り気味だ。新鮮な感じがする。

 しかしながら、もう出たのか。大雑把とは言えど奴の出した結果だ、何もないということも無かろう。

『期待し過ぎじゃないかな……』

 お前はそう言うが、今まで奴の発言が無駄になったことはほとんどないぞ?

『ふうん』

 よく分からないから適当に相槌を打った、という感じだ。まあ、奴の活躍をあまり見ていないのだから仕方ないだろう。

「まあもうちょっと時間あるし、結果を聞くくらいならいいわよ」

「じゃあ、行きましょう!」

 お前も苦労人だな、アイリス。

『少なくとも、私達もその一因であることは確かだよ』

 俺はアヤメの言葉を流して、扉を開けてくれたアイリスに会釈し、ララとオフィスを出た。

 そのまますぐシュンの部屋に入ると、地下のものよりも冷たい空気が俺達を包んできた。機械が熱を持たないために冷房を付けているらしい。いやしかし、正直少し肌寒い。

「ん、やあ、お二方……いや、アイリスちゃんもいるのか」

「狭い部屋にすいません」

「そこは別にいいさ、ただし悪いと思っているのなら、そこから動かないことだ」

 そう言われて足元を見ると、今こそ踏んでいないが、少しでも体勢を崩せば踏んでしまいそうなコードがいくつもある。これでも整理した方なのだろう。

「まあ、特に動く必要もないし、動かないわよ」

「だと良いのだけれど」

 何だか様子が変だな。いつものこいつならそういう事は言わないのだが。

 俺は怪訝に思うが、そこから何か言う事はしなかった。

「それで、何か分かったのか?」

「分かったには、ね。これを見てくれ」

 言って、シュンは器用に一枚の紙を俺に投げた。見ると、動物細胞の図が3つ描かれていた。それぞれ下に<ヒト><魔><異>と簡潔に書かれているが、意味は察せる。

 人と魔術師の細胞を比べたものは、何年も前に見たことがあるから大体は分かる。未だ正体の知れぬ謎の物体が増えており、その上全体的に色々と大きくなっている印象を受ける。しかしながら、その隣にある異術師の細胞はどうだ。人間と大差はない。

 つまり。

「異術師は魔術師でありながら人間でもある、と」

「現段階ではそう言わざるを得ない」

 シュンが言っている間にララに紙を取り上げられ、アイリスと一緒にそれを見ていた。横目でそれを見ると、ララはドン引きし、アイリスはそこまで表現豊かと言うわけでもないが、それでも驚いているようだった。

 人間の姿を保ったまま、魔法のような力を手に入れた、と。そういうことらしい。しかしその力を持っている時点で人間ではない、かと言って魔術師ではない。だから異術師、ということか。

「アイリスちゃんの方は、確か不可視魔法(インビジブル)もどきを使うのだったね。カナシは?」

「俺の方は浮遊魔法(フロート)もどきだな。と言うか、念動力サイコキネシスみたいな感じだったが」

「超能力――サイキックと来たかい。これはまた興味深いが、面倒だね」

 ばつが悪そうに頭を掻くシュン。こいつでも手を焼くことだ、一筋縄では行きそうにない。思わずため息が漏れる。

「アンタらが嫌そうなムード出してどうすんのよ……」

 そうは言われても、なあ。

「まあ、面倒だからと放っておくわけにも行くまい。現時点での見解を話しておこう」

 まだ疲れを見せながら、それでもシュンはPCの画面に向かって操作を始めた。少しの間を置いて「これだ」と俺達に画面を見せた。

 そこに映るものには、見覚えがあった。

「確か……Mr.マジカルレーダー、だったか?」

「残念、前の件で殆ど死んでしまったからね。改良して今やMk.Ⅱさ」

 マークツーってお前、そんな安直な。……ともかく、前とは別物だと言いたいらしい。

「それで、何だよこれ」

 相変わらず、画面上の地図にはいくつか赤い点が点滅している。魔術師の反応だろう。何かする前に確保すべきなのだが、何もしていない以上こちらは動けない。動いても問題はないが、今はシュンの話の方が先だ。

「と、君は今この点が魔術師と思ったんじゃないかな?」

「え」

 違うのか。

「Mk.Ⅱの名は伊達ではないよ。検証段階ではあるが、君達からもらった血を使わせてもらった」

 ……仕事の早い奴め。

 つまりこの赤い点は、異術師を示しているかもしれない、ということだ。

 それを知ったうえで見直すと、なるほど、既に奴らは社会に紛れ込んでいるという事か。

「って、まずくないか。病院から何人か脱走してるんじゃないか」

「異術師の前の姿が病院の患者に限られているとは言い切れないな。実際に見てみないと分からない」

「……行け、と」

「ミス・バイオレットでも構わないが?」

「その呼び方ムカつくからやめてくれない?」

 シュンが挑発するような視線を向けると、ララが顔を引きつらせる。付き合いはまだ1か月に満たないが、ちょっとだけ相性が悪いのは俺でも分かる。まあ、ご愛嬌だ。

「それに私、まだ用事があるの。これでも一応アメリカのフォルセティからの使いなんだからね?」

 忘れかけていたが、そう言われればそうだ。これでも誰よりも先に来日し、視察の任務を与えられていたのだから、それなりの人間であるのは確かだろう――空港に着く前に飛行機から脱走してちょっとした騒ぎを起こすくらいには、お転婆だが(一応こちらと向こうのフォルセティが手を打ってくれたので、大事にはならなかったが)。

 そう思いながらララを見ていると、俺にムッとした顔を向けてきた。

「……今度、どちらが上かはっきりさせようか?」

「勘弁。そんな暇はない」

 軽く右手を挙げて拒否を示すと、ララは渋い顔をして何かを我慢したようだった。愚痴だと顔に書いてあるが。

「じゃあ、行くのはカナシでいかな?」

「まあ、お前の頼みなら、俺くらいしか聞けないからな。でも後でいいよな、こちらもしたいことはある」

「構わない。理解ある友で助かるね」

 こう見えてシュンは人見知りだ。と言うか、万人に対しこの態度で臨むから、年上の多いこのような場所では嫌われやすいのだ。今はまだ学生だからいいものの、先が思いやられる。

 俺はアイリスとアイコンタクトをして、互いに頷く。

「ナビゲートはいつもと同じくこちらで行おう。用件は以上、解散だ」

 シュンが手を叩くと、ララは真っ先に部屋を出た。と言うより、俺達が部屋を出なかっただけなのだが。

 3人になって、俺はシュンにふとした疑問をぶつけてみる。

「監視カメラに搭載してるんだよな、それ」

 以前は事件解決の為ならと気にしなかったが、さすがに気にせずにはいられなくなってきた。

 魔術師の社会的地位は低いから、プライバシーの侵害程度では訴えられないが……相手が人間に近い存在であるのならば、話は別になるかもしれない。魔法のような能力を使う時点で社会からは嫌われるが、体は人間。中身を重視する現代社会においては、例え異術師であれど人間と扱うだろう。細胞が自分たちと同じなのだから。

「そうだね。……もしや君は、プライバシーがどうだの、と言いたいのか?」

「お察しの通りだよ」

「そう言えば……私も二つほど、いいでしょうか?」

「ん、いいよ。それを聞いてからでも遅くない」

 アイリスが小さく左手を挙げて、ピースサインを作る。些細な動きなのに、何だか愛らしい。

「レーダーの量産方法と、設置について。どちらも城崎さん一人でできるとは思えません。それに許可は取ったのですか?」

 俺の言いたいことも、つまりはそういうことだ。

 疑いの念――と言えばまあそうだが、悪意ある疑いではない。確認と言う方が正しいか。

「そうだね。まず量産だが、これは僕が一つ一つ懇切丁寧に作っている。カメラに設置してある、レーダーの本体とでも言うべきものは無線で繋がれた子機だからね。材料の調達、そして製作は容易だ」

 ……嘘に聞こえないのが、城崎クオリティ。

「次に設置と許可についてだ。父の伝手で監視カメラを設置している警備会社の偉い人と面識があってね。プレゼンしてみたら案外にも通って、試験運用中ということだ。ということで、設置はそっちでやってくれた」

『人脈をフル活用すると、こんなこともできるの……?』

 恐れているとも、呆れているとも受け取れるアヤメの声。

 こいつを常識の枠に収めないことだ、枠が壊れる。

『うん、やっぱり城崎さん頭おかしい』

 同感だ。これで普通の高校生として生活しているのだから質が悪い。

『いやいや、警備会社ででかい顔できて警察でも働いてる高校生なんてどこにもいないよ、カナ兄』

 それもそうか。認識を<変態高校生>に改めておこう。

「カナシ、目が僕を馬鹿にしているように見えるのだけれど」

「気のせいだ」

 尊敬の念が強すぎてそう見えるだけだ。

「……まあ、そういうことだ。信じられないなら会社名と住所を教えるから、行ってみるといい」

「ふむ。なら、今度行ってみるか。今はいいから、あとでメールでも送っておいてくれ」

「忘れっぽい君だからね、タイミングは見測ろう」

「理解ある友で助かるね……」

 先程シュンに言われたままそっくり返してやる。

「それで、異術師捜索よりも優先しているのは何だい?」

「魔研の資料だよ。シュン、アンラって知ってるか」

 聞くと、シュンは小さく呻くような声を出して、顎に手を当てた。いつも考える時や思い出すときはこのポーズだ。

 と、急に何かを思い出したようにはっとなる。

「ゾロアスター教、だったかな? それに出てくる悪神の名前が、アンラ・マンユだったはずだ」

「それは語源だ」

 と言うか、なんで知ってる。

「すると、何かの専門用語か。それで、それがどうかしたのかい?」

「知らなくても別にいいがな……」

 説明しようと思ったが、先ほどからあんまりアイリスが喋っていないので、再びアイコンタクトをする。

 アイリスは頷いて、シュンの方に向き直る。

「要すると、不治の病を抱えた人間のことです。決して蔑称(べっしょう)として使われることはありません」

「で、どうやら最近、アンラが増えてるらしくてな。もしかしたら魔研は何かを知っているかも知れない、という話になってたが、お前のメールを見て、病院に行く方を優先したわけだ」

「それはどうも、悪いことをしたね」

「いや、助かったさ。ひとまずあの場ではな」

 あの場では異術師の確保に成功したが、今はどうなっているのかは知れない。そういう意味を含めた。

「それに、アンラと異術師に何か関係があるかも知れない」

「ほう、君も同じ意見だったか」

 そう言われて、驚いた。いや、よく考えれば当たり前のことだった。となれば、言わなかった理由も同じなはず。

「けど、仮定として話すにしても情報が少なすぎるからね」

「同じだよ」

 俺もあの浮遊魔法もどきと戦闘になった時、ふと思っただけだしな。

「とにかく、そんな収穫もあったし結果的には良かったことだらけだ。血も手に入ったしな」

「まあ、そうだね」

「やっぱり、たまにはニュースサイトも見ないとまずいかな……」

「あれは僕のお気に入りだよ。君も定期的に見てみたらどうだろう」

 シュンがそう言うのなら、そうしてもいいと思うが――如何せん俺は電話とメール以外でリングフォンを使うことはない。おそらくこれからも見ることはないだろう。

「まあ、機会があったら」

「それでいいさ。フォルセティなどと言えど、警視庁に属する立派な捜査機関だからね。結局モノを言うのは上の命令だ」

「そういうことだな」

 大体パトロール中で事件に遭遇するから、滅多に命令なんて来ないけど。

『……んー』

 と、アヤメが先ほどのシュンみたいな呻き声を出した。

 どうした?

『いや、何か引っかかるなって思うんだけど。上手く言えない』

 なんだ、それ。

 大雑把にでも聞こうと思ったが、シュンの発言がそれを阻んだ。

「と、長話が過ぎたね。僕はまだ血の研究をしないといけないから、ここにいる。Mk.Ⅱの相手をするんだったら、リングフォンでも直接でもいいから、僕に一言頼む」

「了解。行くぞ、アイリス」

「はい」

 まあ、後でもいい。アヤメもああ言ってるし、今は聞いてもしょうがないだろう。

 そう思いながらシュンの部屋を後にし、一回り湿ったような空気で満たされた廊下に出る。

「さて、資料室に行こうか」

「膨大な資料ですから、数時間の作業は覚悟してくださいよ」

 魔研だからそんなことだろうとは思ってはいたが、いざ言われると面倒くささが後ろから覆いかぶさってくる。が、仕方ない。異術師についても何か分かるかもしれない。

 俺達は<資料保管室>のプレートが埋め込まれた扉の前に立ち、センサーで探知させて自らそれを開かせた。

 多量の資料を保管するだけあって他の部屋とは比べ物にならない広さを持つ資料保管室。その奥側に、比較的綺麗な資料の山が見えた。

 見た目は他の資料とは変わらない。だが、中身は全く違う。

 下手をすれば、そこに科学革命の真実が書かれているのかもしれない。魔術師への進化や、フィエリウム、人工生命だけではない。

 それを見たいのは山々だが、今はこの中からアンラに関する資料だけを探さなくてはならない。

 俺は意気込んで、アイリスと共に資料の閲覧を始めた。

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