プロローグ -異術師-
秋が近づき、風は冷たくなっている――の、だろう。窓が開いていないから、正確な温度までは定かではない。
せめて外に出ることができれば、その冷たさを肌で感じることができるだろう。でも僕には、そうすることさえ許されない。
足に不治の病を患い、歩くことはおろか感覚すらない。腰まで病に食われているらしく、車椅子に乗ることも許されない。だから僕はずっと、ベッドで寝たままだ。
メンタルケアの為か、ベッドは望んだ夢が見られる新型のものが用意されているが、そんなもので僕の心は満たされない。つい数年前まで、僕は建設会社で普通に働いていたんだ。それがどうして、こうなるんだ。
「――魔術師」
いつからか現れた、奴らのせいだ。奴ら以外に、こんな不可解なことをできるわけがない。進歩した医療技術において治せないものなどないとまで言われているのに、僕がこうなるわけがない。それに、僕だけじゃない。隣のベッドにも、隣の部屋にも、その隣にも。隣にも。隣にも――。
――人はその欲望の果て、魔術師へと進化した。それは万能なる自分を求めたからだ。しかしその結果犯罪が多発し、警視庁魔術部が発足することとなった。
それだけならまだよかったが――それだけではなかった。
人が皆、万能なる自分を求めていたわけではなかったのだ。
別の欲から生まれたその存在。彼ら以外の全ての人間は、やがて彼らをこう呼ぶようになる。
出来損ないの魔術師――異術師。
日本はもう一度、混乱に陥ることになる。
今度は首都圏だけではない。
自らの不幸を呪う者がいる限り、その混乱はどこまでも蔓延していく。
幸せを願うことは罪ではない。歪んだ幸せが罪なのだ。