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聖夜  作者: 武田 章利:Sai
3/3

愛の授業

生徒:

 私の祖国は死にました

 何かが流れていたのだと思います

 ある者は 流れこそが生命と言いました

 ある者は 永遠のために停滞を求めよと

 しかし私の祖国は死にました

 そこには確かに何らかの「流れ」があり

 また同時に停滞もありました

 人の心は完全に止まっていたでしょう

 ですが私の祖国は死にました

 教えてください

 私はこれから どうすればいいのでしょうか


導師:

 停滞とは くだらない会話のことですか

 流れとは 物質の目紛しい流通ですか

 あなたの受けた教育は

 数学をどのように語りましたか

 鉱物の知識を暗い穴のなかで語りましたか


生徒:

 それ以外に 停滞と流れがあるのでしょうか

 眼に映るものは全て流れていきます

 ですが捉えられないものもまた 流れるのでしょうか

 そしてどんな会話が 私たちの流れとなるのでしょう

 数学はただ頭の良さを競うために習い

 鉱物は明るい空の下で教わりました

 植物は目の前に切り取られた花が置かれ

 牛が草を食むところは見たこともありません


導師:

 あなたが二重の自分を感じたならば

 より深い声に注意しなさい

 あなたが自分とは違う声を聞いたならば

 まずはそれを疑いなさい

 

生徒:

 そうすることで私は祖国を離れていきます

 金貨も差し伸べられる手も全て捨てて

 ですがひとつだけ

 私を離さない妙技があります


導師:

 それを適切な場所で見つめなさい

 夜には暗闇で 昼には晴天のもとで

 ナイチンゲールに食われないように


生徒:

 私は神殿を目指そうと思います

 遠い砂の地に建つという 人間の神殿を


導師:

 いいえ それは叶いません

 なぜならその神殿は

 もうずいぶん昔に壊されました


生徒:

 建て直す者はいなかったのですか

 それを 三日で建て直すと言う者はいないのですか


導師:

 全ての商人は司祭に追い払われ

 全ての司祭は大工に追い払われ

 全ての大工は悪意に追い払われました


生徒:

 悪意はどこからやってくるのですか

 外と内からですか


導師:

 いいえ 上と下からです


生徒:

 そうして私は行き場を無くしたのです

 おそらく 壊されたのは神殿だけではなく

 生活のあらゆる雫が壊され

 廃棄物を置く場所ももういっぱいです


導師:

 それでは星空を信じなさい

 壊された神殿に代わるものをそこに探しなさい


生徒:

 見当もつきません

 輝きや瞬きのいったい何が

 私の体に結びつくのでしょう


導師:

 適切に 全ては適切に

 例えば地上の石が光っていたなら

 それを陽の光から遠ざけなさい

 暗い洞窟のなかに運んで

 鉱脈の打ち震える音に捧げなさい

 あるいは人体の奥底で眠る

 鉱物の通り道のために求めなさい


生徒:

 しかし 全ては神殿を建てるためのもの

 そのために王は大工を呼び

 魂は大工を選び

 そして大工は殺された


導師:

 それが答えだ

 そのなかに次の神殿が隠されている

 滅びるものは生まれるものの予感

 かつて神殿に秘められたものは

 巧妙な人体組成そのものだった

 だが次の神殿に肉体はいらない

 それは昼か それとも夜か


生徒:

 両方です

 そのなかで生まれ

 少しずつ育っていくものが

 仮に私のなかにも存在するならば

 もはや祖国に頼ることもないでしょう


導師:

 ある

 それはある

 だからそのもののために気狂いの歌を歌いなさい

 さあ


生徒:

 「え」の音のもとに広がっていくよ

 私の心を描いた絵の具

 砂浜濡らす優しい潮が

 世界の端まで伸びていく

 そんなイメージ抱けたならば

 私はそこに溶け込む雫


導師:

 理想を歌え

 それがどれだけ馬鹿にされようとも――

 槍が出てくるぞ

 お前の心臓を貫くために


生徒:

 それでもかまわないと言えるでしょうか

 人間は盾ではありません


導師:

 なぜに?

 お前のなかで燃えるものが

 何にも代えがたい矛と盾だ


生徒:

 祖国を殺したものは

 いつか私を捕まえます


導師:

 なぜに?

 お前はその時

 降り積もるように昇っていけばいい

 そのなかでただならぬ祈りを降らしなさい


生徒:

 教えてください

 最後の祈りを


導師:

 その時全てが繋がるならば

 全ての槍に向けて祈れ――

 宇宙の熱よ このもの達をお許しください

 自分が何をしているのかを知らないのですから と


生徒:

 先生 世界は真っ白です

 今 暗闇のなかで真っ白です

 寒さが宇宙を覆っても

 そこに生まれた暖かさは

 最後の最後まで残るでしょう

 それが私です 真っ白な 私です

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