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侵食されしケレブレム  作者: 楠楊つばき
1st stage その目で何を見るのか
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第四話

 視界が暗転する。

 落とされているのだろうか、どんどん深くなる。何がと尋ねられたら、眠るときと同じような感じだ。睡魔に抗えないみたいに、この落とされている感覚から逃げられない。どこまで落ちるのだろうか、それは自分でもわからない。

 やがて小さな光が生まれ、星のように瞬く。自分の体はその中を巡っているようだ。瞼の裏からほのかな光を感じる。

 安心していたら突然、奇妙な感覚に襲われた。落ちていくだけでも奇妙であるはずなのに、今度は上がっている。


『ようこそ』


 凛とした声が頭上から降り注いだ。

 ようこそ……だって? 自分はどこに来たんだ?

 うんうんと唸りながら記憶を辿ってみても、智帆に襲われそうになり、急いで自室に戻ったところまでしか思い出せない。


『目をお開けください』


 言われた通りにゆっくりと瞼を持ち上げると、そこは一面真っ白だった。何もない=何でも生まれると考えることもできるが、無に帰したとも読み取れられる。ついでに白は亡霊や死の色として恐怖や不安を想像させるらしい。


「ここは……どこだ?」


 口からすんなりと出たのは面白さの欠片もない常套句だった。せめて気炎を上げて、男らしく振舞えばよかった。例えば「ここは俺様の世界だ。ガーッハハハハ」とか言ってみたい。突っ込みどころが満載で空義がいたら揚げ足取られ、ついでに世界に所有者はいないとか論陣を張り始められるな。

 現在地がわからないというのに自分は落ち着いていた。山だったら遭難しているかもしれない。


『ようこそ。ケレブレムに足を踏み入れし、新たなプレイヤー』

「プレイヤー? つーことは架空世界?」

『ここはケレブレム。それ以上でも以下でもありません』

「……イコールはないのかよ」


 求めていた答えと違ったので、ぼそっと呟いた。

 質問に応じた声の持ち主はどこを捜しても見当たらない。辺りを見回してもスピーカー等の音響機械がないので架空世界なのだと察した。でなければ声が聞こえてくるはずがない。空耳であったら会話が成立するはずがない。そうか、ここは夢だ。ならば覚めるまでこの空間を満喫しようか。夢の中じゃ不可能なんてない。夢占いというのがあるほど、ここは本人の欲や未来を暗示させているのだ。本人の記憶を基にしているという一説もある。


「まーいいや、ここがどこかなんて。夢なんだしさ。ぱーっと楽しもうかなー」

『プレイヤー、名は何と申しますか?』

「自分が願ったら、この世界も広がっていくんだろうな。だったら、現実にないものとか……。どうせならバーチャルリアリティにあるような体験なら……例えば……」

『プレイヤー、名は?』

「うへへ……や、やべぇ……妄想が止まんねぇ」 

『……名は?』

「そういえばバーチャルリアリティって、人間のための人間による人間の所作なんだよな。だったら、妄想みたいに有り得ない事を考えるんじゃなくて……実現するんじゃねぇか?」 

『…………プレイヤー』

「うっさい! 今、脳内パラダイス中なんだから邪魔すんじゃねぇ!」 

『失礼ですが、名前を決定してもらわなくては次の段階に移行できません』

「へー、だから何? アナウンスじゃ説得力ねぇし。おまえらがどうにかしなくても、自分で道を切り開いてみせるぜ」

『……その傲慢さ、いつか罰せられるでしょう』

「はっ、姿を見せられないテメェなんぞに言われたくねぇな」


 多少言い過ぎたとは思ったが、全て本音だ。自分はネットの掲示板を見て一喜一憂している奴らとは違い、他人を支えとして生きているわけではない。引きこもり歴四年は伊達でないんだ。義務教育課程中、担任から散々説教や悩みを話せとか脅迫っぽく言われた。それを無視し続けるほどの根性はあると自負している。

 引きこもり暦の長さに感慨深くなっていると、突如無の世界に線が浮かびあがった。線は交差したり曲がったりしながら無数の円を完成させた。それらは幾重にも連なり、円柱型になる。数人納めることの出来る空間はこの世界から遮断され、異質な雰囲気を醸しだした。

 何か来る、そう直感した。

 収束した光は人型を形成していき、円柱の中に浮かぶ人間はこちらを睨んでいた。


「私を呼び出させるとは……貴方、何者ですか」


 にべも無い態度で詰問してきた少女はぷかぷかと浮いていた。ピンク色のリボンとレースがあしらわれた黒色のワンピースの上にボレロを着て、同色のロングブーツを履いていた。そんな黒ずくめの姿を見てしまい、余程黒が好きなのだろうかと推測してみた。しかし、髪の毛だけは白色……というよりも銀色であり、服装と比べると、これまた可哀想なくらい浮いていた。瞳は雲ひとつない青空のような色だ。


「Nomen meum est Gardenia」


 少女は異国の言葉をすらすらと語った。


「へ? ノー麺、うめぇ……?」

「Non」


 明らかに少女はこちらを試している。やっぱし挑発したのはまずかったな。


「わかりませんか? 私はあなたの申し出の通り自己紹介をしました。ですから、貴方の名を知る権利が私にはあります」


 名前を知る権利って何だよ。


「自分は奏都。奏でる都って書いて奏都」


 偽名の方が良かったかなと思ったが、それを憶えられる自信がなかったのでやめておいた。

 いい加減、この自己紹介にあきてきた。他のアイデアを出してみようか。


「認識完了。それではどうぞ、ケレブレムの世界をお楽しみくださいませ」


 水泡がはじけるように、少女は一瞬にして消え失せた。


「一体何なんだよ……、あー肩こる」


 訳のわからないまま、自分は目を閉じた。





「おっはよ、奏都くん。お、目の下にクマ発見! 徹夜でもした? ははーん、何をしていたのかなー」

「……遅刻するぞ」


 制服姿の捺由と空義が目の前にいた。二人は呆れ顔でこちらを見ている。特に空義は右手の人差し指で眼鏡の位置を直した。この仕草はまずい。彼は本気だ。そうすると教師でさえも手が付けられないほどの論争になる可能性が高まる。一方的であるため、最後まで聴いた人の大半は魂が抜けたような状態に陥るらしい。用心しなくては。


「遅刻って、何に?」


 空義という男の前で沈黙はいかなる言葉よりも雄弁であり、彼に考えさせる暇を与えさせないために理屈が通らない事でも言ったほうがましだ。


「まだ寝ぼけてるの? 学校でしょ、学校」


 空義は静観しており、代わりに捺由が答えた。


「急に言われても制服なんて着てねぇよ」

「あはは、やっぱ寝ぼけてる。奏都くん、学校に行く気満々でしょ。制服着ているし、鞄も持ってるんだから」

「なっ――」


 急いで自分の姿を確認した。名門である靄然高校の生徒がだらしない着方をすると学校の評判に関わるようで、教師らは校外でも目を光らせている。


「いつの間に着替えたんだろ……」


 白いシャツの裾はズボンの中に入れてあるし、緑と白のストライプ柄のネクタイも曲がっておらず、ベルトは苦しくも緩くもない。このように身を固めていれば学校に行く気満々だと思われても仕方ないな。

 だとしても、いつの間に着替えた? 鞄をいつから持っていた?

 思い出せない。何も思い出せない。


「どうかしたか、奏都」


 空義が疑問を推し量るかのような眼差しを向けている。それを嫌だとは思わなかったが、落ち着かない。

 ……そんな目で見るな。穢れの無い善人の目で自分を見るな。


「なんでもない。なんでもねーんだよ……」

「う~ん。もしかして、奏都くんはあたしたちを心配してるの? 大丈夫、あたしは後悔しないよう頑張るから。気にする必要なんてないよ」

「ああ……そうだな。気にする必要なんてねぇな」


 適当に相槌を打った。恐らく、捺由は部活の大会の話をしている。

 その通りだ、深く考える必要なんてない。長いものに巻かれてしまえばいい。


「よーし、ひとっ走りでもするか。ビリは今日の昼食おごりで。んじゃ、先に!」


 自分は真っ先に走り出した。


「売られた勝負は買うのが礼儀。黛捺由、受けて立ぁつ!」


 振り返ってみると、捺由が簡単に準備体操をしていた。何だかんだと言って、やっぱり捺由は付き合いがいい。一方、空義は余裕綽綽とした様子で最後尾にいた。


「……やれやれ。捺由と俺は弁当を持参しているんだが」


 空義は小さく呟いた。

 その後の逆転劇に自分は目を疑うしかなかった。




「ぜぇ……ぜぇ……」


 息を切らしてゴール――靄然高校の校庭――に辿り着いた自分は、よろよろと空義と捺由に近寄る。二人は自分と違って息を切らさず涼しい顔だ。手を振る捺由は楽しそうである。


「奏都くん、おーっつ」


 どこか人を食った態度であるのに、見ているこちらが腹立たないのは彼女の生まれながらの才能か。それとも人徳か。いや、軽はずみな事を口走しったら最後、空義に揚げ足を取られるのが目に見えているからか。


「おまえら……速ぇーよ」

「帰宅部に侮られては面目が立たん」


 腕組みをしている空義のシャツの袖から伸びている腕は鍛え抜かれている。上腕二頭筋は硬そうで、自分とは大違いだ。その盛り上がった筋肉は男の勲章であるように思えた。


「空義の言う通りかなー。ここぞっていう時に力は発揮するものだけど、普段から発揮できなきゃ本番でも失敗するから。毎日の努力が大切だよ。千里の道も一歩から!」

「……遅刻寸前なのも鍛錬の一種か」

「ばっ……! そ、それを言わないでよ空義。遅刻ぎりぎりで毎日走っているのは……うーんと、常に身を危険にさらすためだって。朝に弱いからじゃないよ」


 行雲流水のごとく自然と振舞う捺由も同年代の女子と比べれば引き締まっているほうだ。贅肉がほとんどない。というより贅肉は一箇所に集まっている。それが揺れる姿をまじまじと見つめていたなんて言える筈がない。その光景を見るために一番先に走り出したのだ。彼女が勝負に食いついてくるだろうという核心を持って。

 いつもならば、空義と捺由は朝練に励んでいる。一緒に登校する機会なんて滅多にな……い?

 ……朝練に励んでいる?

 自分は異変に気付いて顔を上げた。


「なぜだ、音がしない。普段なら声が飛び交っているのに」


 朝練が何時から何時まで行われているか自分は知らない。けれども、逆にここまで静まり返っていると不気味だ。自分の耳には親友の声しか届いていない。聞こえてこない。

 普段ならば気にも留めないような所まで注意を払う。笑い声や自動車が走る音。木々を揺らす風の音。夏の風物詩である蝉の鳴き声。耳障りな蚊の羽音。


「……何も聞こえねぇ。あの煩い声までも」

「奏都くん、置いて行っちゃうよ。早く早くー」


 捺由に促され、小走りで昇降口に向かった。

 こいつらがいればいい。自分を本当に理解してくれる、こいつらだけがいればいい。

 幸福に溺れよ、という言葉が頭の中で響く。快楽でなく幸福というところが、いかにも自分らしい。

   



 教室にも邪魔者はいなかった。空義が教師役で自分と捺由は生徒。科目は日本史。どんどん手を挙げた自分を空義が指してくれる。社会科目が苦手な捺由は尊敬の眼差しをこちらに向けてくれる。とても心地よい、至福の時だ。

 自分が大人への不信感を募らせていったのは小学生の頃。当時、教師たちは出る杭を打とうとする傾向があった。逸脱している子供達は貶され、いじめの対象となった。そんな中、自分は空義と捺由に出会った。二人は能力よりも髪色に目を付けられていた。子供のくせに髪を染めやがってなどの些細な理由で。子供の未知なる能力の芽がつまれていく小学校が大嫌いだった。今思い出しても腸が煮えくり返りそうになる。むしゃくしゃする。

 夢が現実になればいいのに。そうすれば自分は一生幸せでいれるのに。

   



 景色が崩れていく。

 空義と捺由の姿はもうない。

 涙で視界がぼやけているのではない。

 また、落ちていく――。

 深く。深く。

 言っただろ、夢ならば覚めないでほしいと。

 願いは歪な形で叶えられた。

  



 ――世界は再構築された。





7/5現在第二部構想中です。


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