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軋む音  作者: 梨乃 二朱
7/13

残弾十四

 展開が編集された映画のように早い気がする。

 こういう、偶然拾った! みたいな武器は、古い方が似合うと思うのですが、あまり骨董染みては使いどころに困りますね

 どのくらい経ったろうか。エレベーターは、まだ降下を続けている。

 正方形の箱の隅で、クリスは膝を抱えて座っていた。肉体的な疲労よりも、精神的な疲労を回復させるため、少しでも心を落ち着けようと勤めていた。こんな非現実的な事態におかれながら、安息もクソも無いが、少なくとも今は休めそうだった。

 それにしても、まだ一時間程しか経っていない筈なのに、体感ではそれ以上に感じる。


 一体、これは何だ? あの化物は何だ? どうして夢に出てきた兵士が、現実にまで出てきて襲ってくるんだ? 夢にも見たことの無い化物まで出てくるなんて、どういう事だ?

 悪夢だ、と思いたかったが、紛れもなく現実だった。まるで、自分が異世界にでもいる気分だ。いや、ここは異世界なのかも知れない。


 暗闇と赤黒い血飛沫、そして軋むような不快音が支配する、悪夢の世界。

 思ってみて、急に自分がバカらしく思えてきた。他人から見れば、今の自分はイカれているとしか思えないだろう。でも、幸か不幸かイカれてなんていない。


「ふっ、ふひひっ、ひひっ……」


 何が面白いのか、ひきつった笑い声が唇の端から漏れた。自分の精神のバランスを保つためか、または崩れてきたのか。

 いや、笑っているのではなかった。頬を伝う滴が、それを物語っている。体験したことの無い恐怖と不安、そして可笑しいけど安堵の為に涙が溢れてくる。


「くっ……ひっ、ひっく……ひっく……」


 泣くのはいつぶりだろうか。一年前、だっけ? ジェームズと出会った時だったかな。あの時は、今よりずっと単純な理由で泣いた。ただ嬉しくて、ただそれだけで彼が心配するほど泣いてしまった。

 懐かしい話だ。数少ない温かい思い出だ。こんな場所で思い出すなんて、本当にどうかしてる。


「…………ジェームズ……」


 ぽつりと呟いてみても、彼が現れるわけは無い。彼に会いたい。いつも優しく微笑んで、温かく迎えてくれる愛しい人に。

 そうだ、彼に会うんだ。もう一度、生きて彼に会うんだ。


 徐々に落ち着きを取り戻してきたクリスは、涙を拭って思考を始めた。

 そしてふと、「そう言えば」と軍服の女性が投げて寄越した拳銃を検めてみた。


「――この拳銃。っていうか、これって!?」


 クリスは愕然とした。

 『トンプソンセンター・コンテンダー』とは、知ってはいたが初めてお目にかかった。中折れ式の単発式拳銃。競技用の拳銃として用いられる拳銃だが、ライフル用の銃弾を使える点を見れば、携行できるサイズにしては申し分無い威力を備えた拳銃だ。まぁ、女性が扱うにしては大きすぎる気もするが、クリスには関係無かった。


 しかし、何でこんな物を寄越したのだろうか? どうせくれるなら、もうちょっと……。

 そこまで思って、いや、待てよ、とクリスはコンテンダーを眺めた。これは、上手く行けばこれであの作業員を倒せるかも知れない。拳銃の銃弾では駄目だったが、大型のライフル弾ならば、あの装甲を貫けるかも知れない。


 クリスは試しに、薬室の中を調べた。案の定、というより僥倖にも、ライフル用の銃弾が入ったままになっていた。

 しかし、先程も述べたがコンテンダーは単発式拳銃だ。弾は一発だけ。一撃必殺で葬れれば良いのだが、実際問題、どの程度のダメージを与えられるか分からない。


「先ずは、もっと弾を収集しなければ……!」


 その為にも、ここがどの辺りなのかを探らなければならない。確か、ショッピングモールの外にガンショップがあったはず。

 クリスは立ち上がった。光明が見えた気がする。希望という光。その光を見た人間は、すがろうと必死になれる。


 やがてエレベーターは、何処かの階で止まった。

 クリスはコルト・ガバメントを抜き取り、代わりにコンテンダーをズボンに挟んだ。コルト・ガバメントの予備マガジンは残り一つ。装填中のものと合わせると、残弾は十四。

 より一層、心許ないが仕方がない。


 ドアが開く直前、ドア枠に身を寄せて完全に開ききってから、ライトで通路を照らし様子を伺う。予想に反し、そこは体育館程はあろう広い空間だった。その中央には、手足の無い胴体と首だけのマネキンが山積みにされていた。

 あのマネキン、まさかあの部屋にあった手足の持ち主だろうか? だとすれば、とクリスはあの人間の手足を思い出し、まさかと肝を冷やした。

 あの手足、まだ切断された間もなかった。もしかしたら、あの手足の持ち主も、あのマネキンの山の中に……?


 クリスはコルト・ガバメントを即時射撃位置に構えつつ、ゆっくりと部屋の中へ入る。

 クリスが外へ出てしまうと、エレベーターのドアは乱暴に閉まって上昇していった。

 逃げ場は無い、ということだ。

 と、その時、またあの骨の軋むような不快音が、鼓膜を震わせ始めた。


「また!? 今度は何!?」


 音の発生源を探しライトを巡らせていると、自然とマネキンの山に注意が向いた。

 何が出る? 兵士か? 虫か? あの作業員だけはやめてほしい。まだ準備が整っていない。


 コルト・ガバメントの銃口をマネキンの山に向け、注意深く動向を窺う。音は徐々に大きくなり、その発生源が分かり始めた。それはマネキンの山から聞こえているのでは無く……


「―――上!?」


 直後、マネキンが何処からともなく降ってきた。

 そのマネキンは首も胴体も手足もあり、そして異様に大きく身長三メートルはありそうだった。


 マネキンは暫く倒れて痙攣していたが、不意に操り人形のように立ち上がり、無感情な顔をクリスに向ける。

 クリスは反射的にトリガーを引いた。しかし、.45ACP弾が胴体に穴を穿つより早く、マネキンは身を屈めてそれを躱し、天井へ飛び上がった。


 目で追うより早く動いた体が真横に飛び退き、直後に降下してきたマネキンの一撃を避けることが出来た。


「思いの外、速い……!」


 クリスは受け身を取り立て膝で止まり、トリガーを引いた。二発続けて発射された銃弾は、一発だけマネキンの右腕を直撃し、肘から下を弾き飛ばした。欠損箇所から、赤黒い液体が吹き出す。巨体のわりに装甲は飴細工のように脆いらしい。なら、やりようはある。

 しかし、それでマネキンの動きが止まるわけではなく、また天井へ飛び上がった。そして今度は、天井を高速で這って回り始めた。


「――ッ! 狙いが付けられない!」


 腕が一本無くなった程度で、あのマネキンの動きは鈍らなかった。元々、部屋が暗いため天井はまるで闇に隠れてマネキンの位置が視認出来ない。唯一、赤黒い液体の滴り落ちた真上が、マネキンの居所だと分かる程度。それだけで、狙撃は不可能だ。

 マガジン内の残弾は三。予備を合わせて十。これが無くなれば、後はトンプソンセンター・コンテンダーの一発のみ。無駄弾は撃てない。


 だが、どうする? 奴を止めるにはどうすればいい?

 思考が堂々巡りする中、マネキンがクリス目掛け飛び降りてきた。クリスはそれを何とか避け、着地した一瞬を狙ってマガジンに残った三発を全てマネキンに撃ち込む。


 一発が左足の脛を壊し、一発がマネキンの顔面に当たり、額を貫いて壊した。「やったか!?」と怯むマネキンの様子を窺っていたが、しかしマネキンは赤黒い液体を滴ながら天井に飛び上がった。

 マガジンを交換し、舌打ちを一つする。頭を撃たれてもまだ動くとなると、行動不能にするのが得策か。動きを止めるには手足を破壊するしか他に無い。


 あれが落ちた一瞬、その一瞬のみが攻撃のチャンスだ。右腕と左足は潰せた。後、二ヶ所。

 赤黒い液体の滴が、こちらへ近付いて来る。

 残弾、七。狙うは、一瞬。


 液体が最も近くで落ちる頃合いを見計らい、クリスは真横に飛んだ。次の瞬間、マネキンが天井から落ちた。

 驚くほどの単調な攻撃パターンに感謝しつつ、クリスは四発撃った。.45ACP弾が、マネキンの左肩と右腿に二発ずつ命中し、それぞれを完全に破壊した。


「生憎、記憶力は良い方なの。二度も同じ動きをされれば、嫌でも覚える」


 動く手段を無くしながらもガタガタと蠢くマネキンを見下しながら、残りの三発を右肩、左腿、そして首に撃ち込み、文字通り五体をバラバラにした。赤黒い液体が大量に流れ出、クリスの足下を汚す。

 弾薬は尽きた。ついでに、張り詰めていた気力も限界に達したようだ。クリスは、コルト・ガバメントを放り捨て、どっと吹き出した疲労に息を吐いた。


「あれ? お姉さん、生きてるの?」


 不意に、無邪気な少年の声が暗闇に響いた。その声は、この状況では嫌に不似合いで不気味なことに他ならなかった。


「誰!?」


「こんな所まで来ちゃうなんて」


 すると、暗闇の中からライトの光の中に、スゥッとコートを羽織った少年が現れた。間違いない。あの時の少年だ。

 少年は、さも意外と言わんばかりに目を丸くして「ヒーローが殺したと思ったんだけどなぁ?」と言った。


「ヒーロー?」


「うん、ヒーロー。俺を悪い奴から守ってくれる、最強のヒーロー。会ったでしょ? チェーンソーを持った」


 クリスはハッと身を退いた。

 どういうことだ? あのチェーンソーの作業員が、ヒーローだって?


「お姉さんは嘘つきだけど悪い人そうじゃ無かったし、暇だからこっちの世界に喚んだんだけど、キャシーが儀式の邪魔だから、って怒るんだ」


「何を言ってるの?」


「でもさ。やっぱり殺しちゃうの勿体無いよね? 独力でここまで来ちゃうんだもん。ここじゃ儀式の邪魔になるから、名残惜しいけど、今日は帰してあげるね」


「え? ――う、くっ!?」


 その瞬間、耐えがたい程の頭痛がクリスを襲った。この感じ、あの仮面の兵士と邂逅した時と、全く同じだ。

 徐々に視界が霞始め、少年の姿がぐにゃりと曲がり始めた。


「じゃあね、嘘つきなお姉さん」


 その言葉を最後に、クリスの視界がブラックアウトしていった。

・調査記録


《異世界》

 暗闇と赤黒い血と軋むような不快音に満ちた世界。怪物が現れた事に関係しているようだが、詳細は不明。調査を続ける必要あり。


《人形広場》

 人形部屋より広いので、人形広場。人形部屋にはマネキンの手足だけだったが、人形広場には首と胴体だけが山積みにされていた。もしかすると、あのマネキンの山積みの中に、人間の首と胴体があったかも知れない。怪物との遭遇戦と少年の登場があったせいで、調査する時間が無かった。


《ビッグドール》

 巨大なマネキンの化物。攻撃パターンは一つのみで、飛び上がって天井を這い回ってから、急降下して攻撃してくる。頭を撃ち抜いても屠ることすら出来ず、手足を破壊し行動不能にした。大きさのわりに、装甲はかなり脆い。


《キャシー》

 少年の口から語られた人物名。何やら儀式を執り行っているようだが、詳細は不明。名前も通称の可能性があり、引き続き調査を行う必要がある。


《トンプソンセンター・コンテンダー・カスタムタイプ》

 中折れ式の単発式拳銃。軍服の女性から貰ったもの。薬室に一発のみ装填可能と連射性は無いが、独自にカスタマイズされているようで、ライフル用の大型の銃弾が使用でき、拳銃としては破格の威力を持っている。銃身に『Aegis Sealed』と筆記体で彫られ、グリップには頭髪が蛇の女性の顔が装飾されている。



・更新情報


《少年》

 コートを羽織った少年。怪物の指揮を執っていると思われる発言をしている。チェーンソーの作業員をヒーローと言っていた。クリスを異世界に喚び出したとも言っていたが、詳細は不明。そもそも、異世界とは何だ?


《チェーンソーの作業員》

 チェーンソーを武器とする作業員姿の化物。少年を守るヒーローらしい。少年の口振りから、この作業員は少年の指示に従っていると考えられる。

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