ドールハウス
コルト・ガバメント。名前だけで採用しました。何か強そうですし。
そのうち、刀剣類も登場させたいのですが、剣も良いですが槍とか魅力的です。
階段を上がって直ぐのドアを少し開いた瞬間、またあの音が耳障りに響いた。骨の軋むような不快な音。隙間から覗き見てみるに、怪物は計三体いる。
こういう時は、速攻が命。クリスは兵士の配置を把握すると、勢いよく部屋に飛び込んだ。そして、先ず手前で不自然に痙攣する仮面の兵士の頭蓋骨目掛け、鉄パイプを振り下ろす。仮面の兵士は一撃で昏倒し、仰向けに倒れた。追加の一撃を喰らわせ、動かなくなったことを確認しつつ、素早くコルト・ガバメントを抜き取り残りの仮面の兵士を狙う。
二体に出来るだけ素早く三発、四発と撃ち込み射殺した。空となったマガジンを交換し、ズボンの間に収納する。
相手が人間で無いと分かっていれば、こうも簡単に体が動いてくれる。いらぬ良心との葛藤も罪の呵責も無く、ただ作業としてトリガーを引くだけで良い。
クリスは仮面の兵士の死体を跨ぎ、部屋の中へ入る。そこは、一種異様な空間だった。部屋は真っ暗であり、照明器具は点く様子はなかった。しかし、それよりも、部屋中にバラバラになったマネキンの手足が散らばっており、その上に赤黒い液体が飛び散っていることが、クリスの肝を冷やした。まるで、惨殺事件の現場に立っているようで、吐き気を催した。
これはあの仮面の兵士がやったことか? と思ったが、ドアを破る程の頭脳も無い奴等に、こんな芸当が出来るだろうか、という疑問が浮かんだ。
ふと、そのマネキンの群れの中に、いやに生々しい手足が目に入った。人形特有の固さが無く、どちらにも黒々と毛が生えており、接続部の方は破損して真っ赤に染まっている。
まるで、人間の腕と足そのものだった。そして、その片方の手にはカメラのネガが一巻き、握られていた。
クリスは、気持ち悪かったが思い切って、その手に触れてみた。手触りからしても、どうやら人形のものとは思えなかった。というより、間違いなく人間の腕だ。しかも生暖かく、考えたくは無いが、まだ切断されて間もないようだ。という事は、胴体が何処かにあるのだろうが、絶対に見付けたくない。
手を離したいのを必死にこらえ、ネガを奪い取る。
「あぁぁ……最悪の気分……」
クリスは背筋を走る寒気に、身震いをひとつした。自分のハートの強さには、呆れるほど関心してしまう。普通は、悲鳴の一つもあげるところだ。
それはそうと、このネガは何なのだろう? というより、デジカメというものが世に出回っている今日この頃、何故ネガ?
クリスはネガを伸ばしてみて、ライトの光に翳してみた。そこには、一人の女性が写っていた。
何処と無く見覚えがあるが、誰だろうか? 最近、何処かで会った気もするが、全く思い当たらない。記憶力は良い方なのに……。
他の部分も調べようかと思ったその時、何処からともなくブオォォンと何かエンジンを起動させるような音が聞こえた。
それは二三度聞こえたかと思えば、徐々に音が大きくなり始め、近付いていることをクリスは理解した。そして、音は頭上から聞こえていると顔を上げた瞬間、バコンッと天井が崩れ落ち人の形をした何かが落下して来た。
ブオォォン、ブオォォンと騒音を響かせながら、その人の形をした何かは、体を不自然に痙攣させる。
『ォアァァァ――ッ!』
「何っ!?」
頭に鉄製の仮面を着け、鉄工所の作業員のような防火製の作業着にエプロンを身に付けた化物は、血で錆び付いたチェーンソーを振り上げ、人とも獣ともつかぬ咆哮をあげた。
「こ、このっ!」
先手必勝と言わんばかりに、クリスはコルト・ガバメントを構えトリガーを引く。マガジンに込めた銃弾が、空になるまで引き続け、チェーンソーの作業員へ.45ACP弾を浴びせ続けた。しかし、あの体は何で出来ているのか、銃弾が次々と弾かれて行く。
あの作業着、防弾仕様なのか?
やがて空となったマガジンを排出し、次のマガジンを叩き込む前に、作業員が行動を起こした。
『アァァァ――ッ!』
作業員は、チェーンソーを振り回しクリスを襲う。痙攣しているわりには思いの外素早かったが、身を屈め一撃目をやり過ごすと同時に、床に転がしていた鉄パイプを拾い上げ、作業員の脇をすり抜ける。
そして背後を取ると、作業員の首根っこ、仮面と作業着の間の生身の部分を目掛け、鉄パイプを振り下ろした。ガンッ、と鈍い音が鳴り、両手に不快な震動が伝わる。
「痛ッ! ――そんな!?体自体が金属で出来てるの!?」
『ガァァァ――ッ!』
「うあっ!」
作業員は振り向き様にチェーンソーを乱暴に振り回し、防御しようとしたクリスの鉄パイプを意図も容易く中程から切り落とした。
クリスはなけなしに残った鉄パイプを作業員に投げ付け、気休め程度に目眩ましにすると、ドア目掛け一目散に走った。
ぶつかるようにしてドアを開け、部屋から出るとドアを閉める。と同時に、ドア板を突き破ってチェーンソーの刃がクリスの真横を掠めた。
「うわぁぁっ!」
腹の底から悲鳴が込み上げ、クリスは暗がりの中を、転がるようにしてひたすら走った。
何処をどう走ったかは、覚えていられるわけはない。突き当たりがあれば曲がり、適当に部屋や店を走り抜け、兎も角逃げることに必死だった。
追う側から追われる側になった、と言っても状況が全く違う。何せ、生命の危機に陥っているのだから。
少年を追っていた時は、少なくともこちらに殺意は無かったのに、と詮無い愚痴が脳裏に一瞬浮かんだ。
チェーンソーの作業員は、気持ちが悪いほどしつこい。いくら逃げようと、痙攣したまま追い掛けてくるし、部屋に入ればドアや壁をぶち破ってくる。
もう、走り疲れてしまった。それでも、死にたくない一心で動くことを拒否する足に鞭打ち走る。
しかし、それも限界が訪れた。いや、肉体的にでも精神的にでもなく、物理的な限界にぶち当たった。
走りに走って辿り着いた場所は、廊下の先が崩れ落ちて行き止まりになっていたのだ。
『ウゥゥゥ――』
作業員の唸り声とチェーンソーのエンジン音が、徐々に大きくなりつつある。姿は見えずとも、近付いていることが分かる。
クリスは右側の壁にあったドアへぶつかる勢いで駆け込もうとするが、ドアの向こうに何かあるようで、逃げ込むことが出来ない。左側にはエレベーターがあり、動いているようだが、ボタンを押してもここに来るまでに殺されてしまいそうだった。
しかし、それでもすがるようにボタンを何度も押す。ドア枠のランプが点滅して、エレベーターが稼働していることを示している。
間に合うのか。作業員は、もう直ぐそこにまで迫っている。ランプは苛立たしいほどゆっくりと点滅を繰り返し、クリスを焦らせる。少しでも早くなるよう願いながら、無駄にボタンを連打する。
後、二階分までランプが点灯した。後少しだ。後、少し。
しかし、そこで猶予時間は切れた。チェーンソーの音を騒がせながら、作業員が開けることが出来なかったドアを破壊し、クリスの目前に現れた。
「そんな……」
クリスはエレベーターのドアに背中を押し当て、逃げようと左右を見渡すが、逃げようにも恐怖に足が竦み動かすことが出来なかった。
『ウアァァァ――ッ!』
「――――ヒッ!」
作業員はけたたましく鳴り響くチェーンソーを、クリス目掛け振り上げる。
殺される、と瞼をきつく閉じ合わせた。回転を続ける刃がクリスの肉を抉り、骨を絶ち、臓腑を切り裂き、血飛沫が通路を真っ赤に染める。
そんな光景が瞼の裏に浮かび上がったその時、ガギィィンッと鼓膜が破れるかのような鉄の打ち合う鈍い音が耳朶を打った。
恐る恐る目を開けてみると、巨大な鉈を持った血塗れの詰め襟軍服に顔面を包帯でグルグルに巻いた軍人が、作業員のチェーンソーを受け止めていた。
顔は分からない。が、膨よかな胸部から女性だと推察出来る。
『ゥオォォォアァァ――!』
作業員は狂ったように、チェーンソーを振り回す。しかし、軍服の女性は対照的に、必要最低限の動きでそれを躱すと、作業員の腹部に大鉈の一撃を喰らわせる。その一撃は重く、作業員は弾き飛ばされ暗闇に消えた。
「な、何? ――わっ!?」
次の瞬間、ポンッと短く電子音が鳴り、背後のドアが真ん中から左右に開いた。当然、背中を押し当てていたクリスは支えが無くなった事で、後ろ向きにエレベーターの中へ倒れた。
一体、何が起きたのかは、クリスには分からなかった。しかし、これ幸いとボタンに飛び付き、目的無しに押してエレベーターを動かした。
ドアが閉まる直前、軍服の女性がホルスターから拳銃を抜き取り、こちらへ投げて寄越した。
クリスがそれを受け取ったと同時にドアは閉まり切り、エレベーターは鈍い機械音を唸らしながら、ゆっくりと下へと降りていった。
・調査記録
《人形部屋》
マネキンの手足のみが散乱し、その上に返り血のような赤い液体が飛び散っている不気味な部屋。マネキンの手足の中で、人間のものとおぼしき手足も見付けてしまった。
《チェーンソーの作業員》
仮面を着けた鉄工所等で働く作業員の姿をした化物。血で錆び付いたチェーンソーが武器。痙攣しているわりに、思いの外素早くかなりの怪力を持っている。体は何で出来ているのか、.45ACP弾が跳ね返され、鉄パイプも効かなかった。鉄パイプが損失してしまった……!
《軍服の女性》
血塗れの詰め襟軍服に顔に包帯を巻いた女性。大鉈が武器。銃器も携行しているようだが、使えるのかは不明。何故か作業員と敵対し、クリスに拳銃を渡す等、こちらを助けてくれた。そう言えば、他の化物とは違い痙攣を起こしていなかった。
《ネガ》
マネキンの手足に混じった人間の手が持っていたネガ。見覚えのある女性が写っていたが、何故か思い出せない。暇があれば現像してみよう。