僕と夜
僕は一体誰で、何なのかを知らない。
いや、知らないわけではない。ただ、思い出せないのだ。
いつ生まれたのか、名前は、親は、ここは……。
僕は静かな夜の木の上で座っている。
キリギリスの綺麗な歌声が、この冷えきった心を暖めてくれる。
ココロ?
そもそも、僕は自分が何なのかを知らないのに、心なんてあるのだろうか。
心があったとして、僕は自分が何かを思い出せない。
それは、心が記憶とは関係していないからだろうか……。
漆黒の闇に覆われた町は虫の声しか聞こえない。
ひとり残らず眠っている。
僕はこの町でひとりも友達がいない。
いたかもしれないが、いまは思い出せない。
そんな僕は友達がほしくて毎晩起きていた。
僕は知っていることがひとつある。
この世界は太陽が顔を出すとみんな起きて元気に明るく活動する。
夜になると今のように眠りについてしまう。
僕は朝に目を開けることができない。僕は太陽が大嫌いだ。
太陽は悪くないのに、僕ただ1人が嫌っている。
だから、そんな中で僕ただ1人は夜に起きているのだ。
そう、この世界で僕はきっと、永遠に、友達ができないのだ。
つまり、友達がいなかったに違いない。
この町はたくさんのゴミが出る。
そのゴミを拾うものはいない。
それはなすがままに風に流され、どこかに飛んでいき、自然を壊す。
僕の座っている木も前より心なしか元気が無いように感じる。
木でも分かることがこの町のみんなは気付かない。
いや、気付かないのではないのかもしれない。
ただ、見過ごしているのだ。
誰かが拾えばいい。
誰かが集めればいい。
誰かが片付けたらいい。
そんな心の闇が知らずに蜘蛛の巣のように張り巡らされ、絡められる。
そして誰もがこう思うのだろう。
「私は悪くない」と。
誰も悪くはない。疑うことが一番悪いことだと思う。
でも、それは自分を守る呪文でしかない。
きっと悪いのは、この町全体だ。
誰が悪いとかの問題じゃない。
この問題はこの町全体で解決しなくちゃいけない。
これは僕のココロ?
僕の心がそう言っているの?
僕は誰からも見られることはない。
だから、向こうも僕を知らない。
なぜみんな掃除をしないのだろう。
きれいになるのはイケナイコト?
違う。
みんなが恐れているのは偽善だ。
たとえば、誰かがゴミを拾う。
それを誰かが見る。
見たものは知らん振りをして通り過ぎていくだろう。
そしてゴミを拾ったものは偽善者として町全体に広まる。
見えない恐怖に怯え、自分の意思を貫けないのだ。
だから僕は考えた。
どこで考えたのかは分からない。
頭で、ココロで、またはどこか違うところで。
そうだ、僕が夜のうちに片付ければいいんだ。そうしたら全てがうまくいく。
それから僕は毎晩、町が寝静まったあとにゴミを回収した。
長い月日によって蓄えられたゴミは予想以上に多かった。
数日後、このことは町で噂になった。誰かが町をきれいにしている。
誰が掃除しているのか知りたい。
誰もが正体を知りたい気持ちでいっぱいになっていた。
その中で、数名が町のみんなを疑い始めた。
○○が怪しい。
○○を最近見かけない。
そうしていくうちに、町全体が疑心暗鬼になってしまった。
誰も信じない。
信用できない。
嘘つきがこの中にいる。
僕のしたことは間違っていたのだろうか。
僕はイケナイコトをしたのだろうか。
僕は怖くなって、闇の中に紛れ込んで姿をくらました。
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