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無道無乃  作者: 海原津子
金露を宿す
16/24

(七)

「この俺を囮にするとは、面白い事を考える」

 楽しげに囁く羅冴流(ルオフーリウ)を見上げて、無乃(ウーナイ)はのんびりと微笑んだ。


 余裕を見せている羅冴流に、いくら剣客とはいえ荷が重いのではないだろうかと笑みの裏で思っているのだ。

 寧太丁(ニンタイティン)が夢中になるような人物を彼には演じてもらわなければならないのだから無乃も少し不安である。演じることでいえば多少人より自信があるほうだと自負しているし、むしろ羅冴流より適任かもしれない。


 私が手本をみせるべきだろう。

 無乃は部屋を出ようとして突然、くるりと羅冴流に振り向いた。

「君が無理なら、私がやるつもりだ。君がどれほど私の忠実な従者だといっても、嫌なことをさせるつもりはないのだからね」


 得意げな無乃の言葉を聞いて、羅冴流はクッと鼻梁に皺を寄せて笑う。

「汚れ仕事は俺の専門分野だ」

 無乃は無邪気な羅冴流の笑みを見てやわらかく微笑んだ。


「君は汚れないよ。それでももし汚れてしまったら、私が綺麗にしてあげるからいつでもいうといい」

 うん? と羅冴流も真面目な顔をして腕を組む。話しが一瞬、ずれたように思われたのだが、気のせいだろうか。まるで無乃は犬のお遊びのことでも言うようではないか。


「……無乃、犬とは確かに言ったが、泥遊びのことを言っているわけじゃない」

 羅冴流の香ばしい飴色の瞳を見上げて、無乃はふっと目を細める。

「そんなことは、知っているよ」

「そんなことだって?」


 なら、綺麗にするとは尚更どういう意味なのだと、どれほど考えても分からない無乃の言葉の真意に、羅冴流は声にならない呻き声を飲み込んで額を覆った。

「……なら、そういうことで頼むよ」

 絞り出せたのは悶々とした感情を排した末の、たった一言である。


 その混乱気味の羅冴流をそっと目の端に見て、無乃はにっこりとした。

「今回、君の剣に出番はない。安心するといい」

「心強いね」

「心強いのは、君がいる私の方かもしれないね」


 また変なことを言い出すのではないかと身構えていた羅冴流は、無乃の静かな声にはっとさせられて一瞬思考が止まった。ぱちりと瞬きを一つして、平然と瞼を伏せて微笑んでいる無乃を見おろす。

「……雇う気になってくれたようだな」


 喜色が滲みそうになるのをこらえて羅冴流はわざとらしく低く呟いた。それを、無乃の真っ直ぐな瞳がまるで見抜くようだった。

「指輪がある限りは、私を守ってくれるそうだからね」

 無乃はにこにこと食えない笑みを浮かべていた。やはり、無乃の考えていることはよくわからない。羅冴流は口を閉ざすのだった。



――――――


「さて、そろそろ寧太丁が何に悩んでいるのか、教えてくれないか」

 無乃はゆったりと廊下を歩きながら、日の暮れかかる庭を眺めていた。

 その少し後ろを小来(シャオライ)が居づらそうにしている。二人きりになれば容赦のない追及がなされると思っていたのだから、小来はなるべく無乃と二人きりになるのをさけていた。実際心配した通りになって小来は落ち着きをなくし、思わずごくりと唾をのみこんだ。


「えーと、それは……」

「その返事は十分聞いたよ」

 曖昧な返事を今回ばかりは許すわけにはいかなかった。無乃はばっさりと切り捨てるようにいう。その強い口調にさすがに小来も直感したようで、怯えた顔でじっとつま先を見つめて絶句している。無乃はそれをそっと目にかけて息を吐いた。


「寧太丁が悩んでいるというよりは、彼の周囲の人物が悩んでいるのだろう」

 うっ、と小来が言葉をつまらせる。

「なぜ、そう思われるのですか……」


「寧太丁は異性に興味がない。それを隠したいとは思っているが、治したいと思っているようでもない。悩んでいるのなら、私への態度があんなに露骨なわけがない」

 無乃はさらりという。小来はもう言い逃れができなかった。そわそわと寧太丁の寝室の方を見ながら、小刻みに頷いた。


「そ、その通りです。白状しますと、太丁さまを案じた大旦那様が、娼妓を強引に妾にしたのですが、それでもうまくいかず……ですから大旦那様が、私にどうにかしろと仰いまして……」

「君は困ってしまったわけだね。そんな病を治せる医者など、存在しないのだし」

「そうなんです」


「ところがそこへ、羅冴流という人が青菊(チンチュイ)の情報を探りにきて、代わりに君は私が来るという情報を得たのだね」

 ハッとした顔をして小来はばつの悪そうな顔をした。


「なんでも、悪逆無道の無乃はとても美しい男性だと、あの方がいうものですから。でも、美しい男なんてそうそういるはずがないから半信半疑で。実際、無乃先生をみて、これなら太丁さまにも納得いただけるかと」

「納得?」


「……あなたに診てもらえれば、太丁さまも気をよくしていただけるかと」

 無乃は憂鬱に目元に触れた。

「私は美しい男ではないよ。君は、随分嘘つきなんだね」


 ピリッと小来の顔に今までと違う緊張が走った。恐ろしげに身体を震わせて無乃から目を逸らす。痛々しささえ感じさせる小来を憐れにも思うのだが、無乃は追い打ちをかけるように口を開いた。

「青菊の墓だと羅冴流には言ったようだが、あれは本当は、誰の墓だ?」


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