第15話
セドリックからの手紙は、使節団の準備で慌ただしい日々の中で届いた。
以前よりも、厚かった。筆跡も少ししっかりしている。
『姉上へ。
報告があります。母上と一緒に、慈善事業を引き受けることにしました。
マルグリット王女には無理だと、母上が国王陛下に申し出て、認められました。姉上のノートは、教わったとおり月末の締めから読みました。三回読んだら、分かるようになりました。
先週、貴族夫人のサロンに、母上と一緒に行きました。施療院の薬代が足りていないことを、帳簿を見て説明しました。東部の子爵夫人が「セドリック様はフォルスター嬢に習われたのね」と言って、寄付を約束してくれました。それから、他の夫人たちも。
姉上。夫人たちは、姉上の帳簿を覚えています。
僕は、姉上のノートを、母上と一緒に読んでいます。母上は「あの子は本当に丁寧ね」と言って、時々泣きます。
兄上は、最近少しだけ執務室にいるようになりました。でも、まだ遅いです。
使節団が来ると聞きました。姉上が来ると聞きました。僕は、姉上に会えるのが楽しみです。それだけです。
セドリック』
エレオノーラは、最後まで読めなかった。途中で、文字が滲んで見えなくなった。
「お嬢様」
ミレーヌが手巾を差し出す。彼女はそれを受け取り、目を押さえた。
(あの子が、帳簿を読んでいる)
十五歳の少年が、自分のノートを頼りに、王妃と二人で夫人たちの前に立った。彼女が十年かけて築いたものが、受け継がれている。
彼女が去った国で、彼女の教えたことが、生きている。
エレオノーラは羽根ペンを取った。涙は止まっていなかったが、手は動いた。
『セドリック様へ。
三回読んだら分かる。それは、あなたが三回読んだからです。私のノートのおかげではありません。
夫人たちが覚えていてくれたのは嬉しいことです。けれど、寄付を約束させたのはあなたです。私ではありません。それを、忘れないでください。
帝国では、功績は本人の名前で残すそうです。だからこれは、あなたの功績です。
あなたが王国の希望です。私は、そう信じています。
使節団とともに参ります。会えるのを、楽しみにしています。
エレオノーラ』
封をして、彼女は長いあいだ、封蝋の冷えるのを見ていた。
翌日、皇太子の執務室に使節団の書類を届けたとき、ラインハルトが珍しく先に口を開いた。
「王国から手紙が来たそうだな」
「……はい。第二王子から」
「内容は」
エレオノーラは、セドリックが慈善事業を引き受け、夫人たちの信頼を取り戻し始めたことを、かいつまんで話した。
ラインハルトは黙って聞いていた。聞き終わると、書類に目を落としたまま、言った。
「君の教え子が育っている。それは君の功績だ」
「私は、ノートを残しただけです」
「ノートを残し、月末の締めから読めと教え、寄付の約束はあなたの功績だと書き送った。それを教育と呼ぶ」
彼女は驚いて、顔を上げた。返事の内容までは、話していない。
ラインハルトは、書類から目を上げた。灰色の瞳が、まっすぐに彼女を見ていた。
「君が書くものは、目を通している。この執務室に届く書類はすべてだ。君がどう考え、何を大事にし、どこで手を抜かないか。二ヶ月、見てきた」
「……なぜ、そんなことを」
「見る価値があるからだ」
短い答えだった。それ以上の説明はなかった。
エレオノーラは、返す言葉を見つけられなかった。ただ、胸の奥で何かが大きく脈打つのを感じていた。
十年間、隣にいた人は、彼女が何をしているかを見ていなかった。二ヶ月しか知らない人が、すべてを見ていると言う。
「以上だ。下がっていい」
「はい」
礼をして、扉に向かう。背中に、まだ視線を感じていた。
使節団の出発は、五日後と決まった。
その日の午後、皇宮に一つの発表があった。使節団の団長は外務卿ではなく、皇太子ラインハルト自らが務める。
理由は明かされなかった。
ゾフィーだけが、皇宮の廊下で一人、楽しそうに笑っていた。




