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最終話:ま、いっか。……で解決!


エルドニア王国の王宮庭園。


さっきまでパジャマ姿のソラが放つ『安眠の波動』によって、四天王や近衛騎士たちがスヤスヤと寝息を立てていた平和な空間が、突如として引き裂かれた。


空が、腐った果実のような毒々しい紫色に染まる。


次元の裂け目から、どす黒い魔力の奔流が溢れ出し、巨大な漆黒の玉座に座った魔王ザナドゥが、その禍々しい姿を現した。


「……ふむ。我が精鋭たちが、一兵も残らず浄化されたという報告を聞き及んだが……。よもや、そこにいるパジャマ姿の道化が、その元凶か?」


魔王が指先を向けるだけで、王宮の美しい花々は一瞬で炭化し、大理石の噴水はドロドロの毒液へと変わる。


その圧倒的な死の気配。触れるだけで魂が凍りつくような絶望が、王国全土を覆い尽くそうとしていた。


「(……来やがった。本物のバケモノだ……!!)」


アレンが、王宮の柱の陰でガタガタと震えながら、栓抜き(元エクスカリバー)を握りしめる。


「おい、ソラさん! 今度はマジだ! あれは浄化とか除菌でどうにかなるレベルじゃねぇ! 概念そのものが死なんだよ! 逃げろ、今すぐパジャマのポッケに入って逃げろぉぉ!!」


しかし、当のソラはといえば。


新調した『真・麦わら帽子』のツバを少し持ち上げ、パジャマの襟元をパタパタさせながら、眉をひそめて空を見上げていた。


「……うーん。アレンさん、なんだか急に暗くなっちゃいましたね。それに、さっきから黒い羽虫が凄くないですか? ほら、あんなにたくさん。僕、虫はちょっと苦手なんですよ。ま、なんとかなりますかね」


ソラが黒い羽虫と呼んだのは、魔王が放つ絶望の根源、『深淵の瘴気』であった。


一粒でも吸い込めば発狂し、存在が消滅するという、死の魔力。


それを害虫として認識した瞬間、ソラの脳内にある『万象創造』のスイッチが、DIYモードへと切り替わった。


「(……ああ、始まったよ。ソラさんの勝手な解釈による問題解決だ……!!)」


アレンが恐怖のあまり白目を剥く。


「いいか魔王! お前に忠告してやる! ソラさんが虫対策を始めたら、この世界の生態系どころか、お前の存在理由アイデンティティごと消し飛ぶぞ!! 今すぐ謝っておはぎ食べて帰れぇぇ!!」


「フン、寝惚けたことを。この我が、虫だと……? 消え失せろ、存在価値のない塵共ォォ!!」


魔王ザナドゥが冷酷に笑い、右手を掲げた。

その手の中に凝縮されたのは、銀河を圧壊させる高密度魔力球『終焉の光芒』。


だが、それだけではない。


魔王の全身から、触れるものすべての存在理由を腐食させる『虚無の瘴気』が、津波となって押し寄せた。


「(……あ、不味い!!)」


アレンが柱の陰で息を呑む。

その瘴気の一端が、あろうことかソラのパジャマの裾をかすめた。


ジハンキさんが仕上げてくれた、一点の曇りもない真っ白なパジャマ。


その裾が、瘴気に触れた瞬間——ほんの、わずか数ミリ。アイロンがけのラインが歪み、どす黒いシワが刻まれた。


「…………あ」


ソラの動きが、止まった。


のんびりと空を見上げていた瞳から、温度が消える。


「……これ、ジハンキさんが、僕のために仕上げてくれた大事なパジャマなのに」


ソラが低く、しかし王宮の地鳴りのような響きを伴う声で呟いた。


その瞬間、周囲の空気がバキッと凍りついた。物理法則が、ソラの怒りを察知して恐怖に震え始めたのだ。


「……シワになっちゃったじゃないですか。……酷いですよ、魔王さん」


「な、なんだ……!? この、肌を刺すようなプレッシャーは……! 我が魔力が、圧し潰されるだと!?」


魔王が戦慄し、慌てて『終焉の光芒』を放とうとした。


だが、それより早く、ソラがパジャマのポケットから霧吹きを取り出した。


「ちょっと……いえ、かなり強めにしておきますね。……めっ、ですよ」


ソラがボトルを振った瞬間、内部で黄金の光が核融合のような爆発的反応を起こした。


怒りによって練り上げられた、全宇宙の不浄を許さないという究極の意志。


それが『万象創造』によって、史上最強の『超・概念抹消・除菌防虫スプレー(業務用10万倍濃縮・怒りの特注品)』へと変貌を遂げた。


「お掃除(という名の神罰)の時間です。……しゅっ」


ソラが、感情を込めてレバーを引いた。


「ぎゃあああああああああ!?!? 霧じゃない、これは……概念の漂白だぁぁぁ!!」


スプレーから放たれたのは、霧などではなかった。

それは、触れた悪意を根源から無かったことにする純白の波動。


魔王が放った銀河破壊級の光球は、その霧に触れた瞬間、パリンという情けない音と共にただの埃に分解され、王宮の床へと消えていった。


「まだです。……しゅっ。しゅっ。しゅっ!!」


「や、やめろ! 翼が……我がアイデンティティが、加齢臭を消されるかのように消滅していくぅぅ!! 我は……我はただの、土を愛するおじさんになりたいだけだったのかもしれん……ぐわああああ!!」


魔王の叫びは、ソラが噴射するたびにシュッという軽快な音に掻き消されていく。


背中の翼、黒い鎧、そして世界を滅ぼそうとした野心までもが、ソラのパジャマのシワに対する怒りという理不尽なまでの神気の前に、完全に洗浄・消臭されてしまったのである。


「……ふぅ。これでよし。ジハンキさんの仕上げを台無しにする不純物は、全部消えましたね」


ソラがふっと息を吐くと、王宮を支配していた凍てつくようなプレッシャーが霧散した。


魔王軍の根源たる悪が、ソラの家事の延長線上の怒りによって駆除されていく様は、神話の戦いというよりは、大掃除の風景にしか見えなかった。


「……うう、まだ黒いのが残ってるなぁ。あ、それにお日様が隠れちゃって、足元が暗くて10円玉を探しにくいです」


ソラが眉をひそめ、頭上の『真・麦わら帽子』に手をかけた。


パジャマ姿で屈み込み、床を這いつくばって10円玉を探す勇者の姿に、王宮の騎士たちは「救世主……なんですよね?」と困惑の表情を浮かべる。


「ちょっと日除けを強く…いや、明るくしましょうかね。……よいしょっと」


ソラが帽子のツバを、ほんの数ミリ、クイッと調節した。

それだけのことだった。


だが、その瞬間。


麦わら帽子に編み込まれた『世界樹の繊維』と『因果律の糸』が、ソラの『全知全能の解析眼』と共鳴し、エルドニア王国の空全体に、目も眩むような黄金の波紋を広げた。


『……マスターノ、探索ヲ妨ゲル、光量不足ヲ解消シマス。……ツイデニ、コノ世界全体ノ解像度ヲ、ハザマ村ノ環境基準(ま、いっか仕様)ニ合ワセテアップデートシマス』


「な、何が起きてるのぉぉぉぉ!?」


新人女神ミナが、自分の持つ神の権限が、麦わら帽子が放つ圧倒的な世界の理によって、上書き保存されていくのを見て、絶叫した。


空を覆っていた毒々しい雲が一瞬で消し飛び、代わりに、はざま村のような極上の秋晴れが王国を包み込む。


魔王の玉座は、帽子の光に照らされた瞬間、座り心地のいい木製ベンチへと変化し、魔王ザナドゥ自身は……。


「……あ、れ? 我は、何をしようとしていたのだ……? ……そうか、我は、耕したかったのだ。この豊かな土を、愛の力で開拓したかったのだ……。魔王など、虚業に過ぎん……」


魔王としての記憶と野心が、麦わら帽子が定義したのどかな村の風景の中に溶け出し、彼はその場で、穏やかな顔をしたただの農業好きのおじさんへと変貌を遂げてしまった。


帽子が放つ『ま、いっか』の波動が、世界の敵さえも村人へと更生させてしまったのである。


「あ、魔王さんも落ち着いたみたいですね。良かった。……あ! あった! アレンさん、見てください! 10円玉です!」


ソラが嬉しそうに、王宮の床の亀裂に挟まっていた10円玉をつまみ上げた。


その瞬間、床がガタガタと震え、次元の壁がガラスのように砕け散った。


『……マスター。……10円ノ、返金処理、オヨビ精算ヲ確認。……現在、ハザマ村拠点内ニ、「レインボーイチゴオレ」補充、「ヌカ床の攪拌」ヲ完了。……至急、帰還セヨ』


「ジハンキさんの声だ!!」


ソラが歓喜の声を上げる。


なんと、ジハンキさんは10円を入れたまま放置された不誠実な取引を完結させるという、最強コンシェルジュとしてのプライドにかけて、自力で次元を跨ぐ返金用ワープゲートを王宮のド真ん中にこじ開けたのである。


「(……自販機が次元の壁を物理的にぶち破って、お迎えに来ただと……!?)」


アレンが驚愕する暇もなく、ソラは隣で放心しているミナの肩を優しく叩いた。


「ミナさん、これ、お近づきの印に。村でユウナさんが隠してた『特製おはぎ』です。……あ、あと、ノルマ達成おめでとうございます?」


「……う、うわぁぁぁん!! ありがとうございますぅぅぅ!! 私、もう二度と一押しなんてしません! ノルマなんてクソ食らえですぅぅぅ!! おはぎ、美味しいですぅぅぅ!!」


泣き崩れながらおはぎを頬張る新人女神を、ソラは「ま、いっか」と優しくゲートの中へと押し込み(強制送還)、自分もアレンの襟首を掴んで、ジハンキさんの待つ我が家へと飛び込んだ。


「……ただいまー」


はざま村の、いつもの庭園。


夕暮れの光と共に戻ってきたのは、パジャマ姿のソラと、完全に魂が抜けた顔で地面に突っ伏しているアレンだった。


「あ、ソラくん、お帰り。……あら、随分と早かったわね。その子、新しい村人? なんだか女神の成れの果てみたいな顔してるけど」


ユウナが、自分の備蓄おはぎが減っていることに気づかず、のんびりと首を傾げる。


「はい、ミナさんです。天界からお掃除修行に来たみたいですよ。……あ、ジハンキさん、僕のイチゴオレ、ください!」


ガチャン。


10円を認識したジハンキさんの取り出し口から、完璧な温度のイチゴオレが排出される。


「ぷはぁ、やっぱりこの味が一番ですね」


ソラは満足げに喉を鳴らし、麦わら帽子を脱いで縁側に腰を下ろした。


その傍らでは、異世界からお掃除修行に連れてこられた新人女神ミナが、「……私、女神やめて掃除屋になりますぅ……」と泣きながらおはぎを貪り食っている。


「……あら、ソラくん。その子、相当お腹が空いてたのね」


ユウナがミナの食べっぷりに感心しながら、ふと思い出したように手元の水晶(天界との通信用)を覗き込んだ。


「そういえば、さっきエルドニア王国の様子をちょっと見てみたんだけど……。あそこ、今すごいことになってるわよ」


「え、何か不手際でもありましたか?」


ソラが呑気に首を傾げる。ユウナは少し引きつった笑いを浮かべて答えた。


「不手際っていうか……。ソラくんが『おはぎ』を置いていったせいかしらね。魔王軍も近衛騎士も、それどころか国王様まで、『おはぎ以外の食べ物は不浄である』って言い始めちゃって。国中の畑が全部小豆ともち米に植え替えられてるわ。……あ、今、国名も『オハギニア王国』に改名されたみたい」


「(……あの国、別の意味で滅びてねーか!?)

もうヤダこの世界!!」


芝生の上で丸まっていたアレンが、目を見開いて絶叫する。


「へぇ、皆さんおはぎを気に入ってくれたんですね。良かったです」


「ええ、まあ……。国民全員が一日三食おはぎを食べて、幸せそうに寝転がってるから、争いごとはゼロになったみたいだけど。……ま、いっか! 平和ならそれでいいわよね」


ユウナが「ま、いっか」と可愛らしく首を傾げると、はざま村の空にはいつも通りの穏やかな夕暮れが広がった。


「あ、そうだ。明日はあの余った布で、ポチの寝巻きも作ってあげようかな。ま、なんとかなりますかね!」


ソラのその一言で、再び世界の法則が犬用パジャマに合わせて震え始めたことを、誰も知らない。

……まあ、たぶんなんとかなるのだろう。


パジャマ姿のソラさんが、どうしてこれほど最強になったのか……その過程はぜひ本編『ま、いっか。で世界が壊れる件』でチェックしてみてください!


https://ncode.syosetu.com/n6442lw/

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