第2話:伝説の勇者(パジャマ姿)降臨
「うわぁぁぁぁぁ!! だから言っただろ! ソラさんに関わると、ロクな場所に行かねぇってぇぇぇ!!」
次元の狭間を突き抜ける光の中で、アレンの絶叫がこだましていた。
隣では、自作の『白いパジャマ』を着たソラが、バタバタと泳ぐような動作をしながらも、どこか呑気に声を上げている。
「あはは、アレンさん。なんだか洗濯機の中に放り込まれたみたいですね。でもこのパジャマ、ジハンキさんが仕上げてくれたおかげか、摩擦熱も全然熱くないですよ。ま、いっか!」
「よくねぇよ! 普通、次元転移の負荷で人間の肉体はミンチになんだよ! お前のパジャマが『因果律固定』とかいうバカげた防御性能持ってるから無事なだけだろぉぉ!!」
アレンの魂の叫びをかき消すように、視界が真っ白に染まり——次の瞬間、二人の体は硬い石の床へと投げ出された。
カラン、コロン……。
静まり返った広間に、乾いた音が響く。
それは、ソラが召喚の直前まで握りしめていた10円玉が床を転がる音だった。
「……あ、僕の10円が」
ソラがパジャマの膝をついて、転がった硬貨を追いかける。
その背後には、数千人の近衛騎士が整列し、最前列には豪華な宝冠を頂いた国王、そして召喚を主導した新人女神ミナが、期待に胸を膨らませて待ち構えていた。
「おお……! 伝説の召喚の光が、これほどまでに眩いとは! これぞ、我がエルドニア王国を救う、古の予言に示されし救世主……!」
老王が涙を流しながら、召喚台の煙が晴れるのを凝視する。
霧の中から現れたのは——。
黄金に輝く『真・麦わら帽子』を深く被り、寝癖を少し覗かせ、真っ白で少し光沢のあるパジャマを羽織った男が、その足元に転がった10円玉を必死に拾おうとしている姿だった。
「…………え?」
王の言葉が止まった。
騎士たちの間にも、困惑という名の冷気が走る。
「……あの、ミナ様? 予言では『黄金の輝きを纏い、神の如き衣を身につけた覇者』が現れると伺っていましたが……あの方は……その、寝る直前のお姿に見えるのですが……」
ミナは、水晶モニターを二度見、三度見しながら、冷や汗をダラダラと流していた。
(おかしいわ……! 確かに私のスキャンでは、全宇宙最高エネルギーの『勇者の器』にロックオンしたはず……! なのに、どう見てもあの服、ボタンがひよこ柄に見えるんだけど!?)
「い、いいえ! 王様! これはパジャマではなく、天界の最新トレンド『スリープ・オア・ダイ』という聖衣ですわ!!」
ミナの必死の虚勢が響く中、ソラはようやく1枚10円玉を拾い上げ、パジャマのポケット(次元収納直結)に仕舞い込んだ。
「あ、すみません。お待たせしました。……ここ、どこですか? 随分と立派な内装ですね。ハクさん(カザルのギルド)より広いかな」
「……ソラさん! 呑気に感想述べてる場合か!!」
隣でひれ伏したままのアレンが、小声で、しかし鋭く突っ込む。
「見ろよ、あの王様の顔! 絶望と困惑が混ざりすぎて、今にも泡吹いて倒れそうだぞ! あと、ミナとかいう女神! お前、俺らのこと『エネルギー源』としてしか見てねぇだろ! 謝れ! 今すぐ村に帰せ!!」
「……ゴホン。……失礼いたしました、勇者殿」
王が、震える声を絞り出した。
「私はこのエルドニアを統べる王。今、我が国は魔王軍の猛攻に晒され、滅亡の淵にあります。どうか、その神の如き力をもって、我らをお救いいただきたい……!」
「魔王軍、ですか。大変ですねぇ」
ソラは帽子のツバを上げ、のんびりと答えた。
「でも困りましたね。僕、今すぐ帰らないといけないんです」
「なっ……!? 世界の危機よりも優先すべき大事があるというのですか!?」
「はい。さっき村のジハンキさんに10円入れちゃったんですけど、商品が出てくる前にここに飛ばされちゃったみたいで。……あの、取りに帰っていいですかね? 10円、もったいないですし」
王宮全体が、凍りついた。
世界の命運を預けようとした救世主の第一声が、『自販機の10円の返金』だったのである。
「(……この人、本気だ……!!)」
アレンが顔を覆う。
「おい、王様! 悪いことは言わねぇ、この人を今すぐ帰せ! さもないと、この国の常識が10円単位で破壊されるぞ!!」
「お、お待ちください勇者殿!! 10円……10円なら我が国の国庫から10万倍にして差し上げます! ですから、どうか魔王を——」
「い、いや、そういう問題じゃなくて。ジハンキさんに悪いというか。あ、ジハンキさんっていうのは、僕が作った自販機なんですけど」
ソラが説明すればするほど、周囲の混乱は深まっていく。
その時、王宮の巨大な扉が、轟音と共に吹き飛んだ。
「ヒャッハーーー!! エルドニアの王よ! 勇者召喚などという無駄な足掻き、この魔王軍四天王の一人、絶影のルガドが粉砕して——」
乱入してきたのは、漆黒の鎧を纏った巨漢。魔王軍の先遣隊だ。
ルガドは意気揚々と剣を振り上げたが、その視線の先にいたパジャマ姿の男を見た瞬間、動きを止めた。
「……あ? なんだその格好は。……おい、女神。貴様、ついに狂ったか? そんなパジャマ野郎を召喚して、我を笑い死にさせるつもりか?」
「失礼ね! そのお方は伝説の——」
ミナが叫ぼうとしたが、それより早く、ソラが「ふわぁ……」と大きなあくびをした。
新調してジハンキさんの除菌(という名の不老不死付与)を受けたパジャマを着ているソラは、最高潮に眠かったのである。
「あ、すみません。なんだか眠くて。……ま、いっか。眠いし、ここで寝てればそのうちジハンキさんが迎えに来てくれるでしょう」
「王宮のど真ん中で寝るなよぉぉぉ!! 魔族が来てるんだぞ!!」
ルガドが激昂し、漆黒の魔剣をソラに向かって振り下ろした。
「舐めるなよ人間!! その寝惚けた顔ごと、塵に還してやるわぁぁ!!」
ガキィィィィィン!!
凄まじい衝撃波が王宮を揺らす……ことはなかった。
ルガドの放った渾身の一撃は、ソラのパジャマの「襟元」に触れた瞬間、パリンという情けない音と共に、剣の方が粉々に砕け散ったのである。
「……は?」
ルガドが、柄だけになった剣を握りしめて硬直する。
「ああっ! 衝撃でポケットの10円がまた転がっちゃうじゃないですか!」
ソラが怒りながらパジャマの裾を少し整えた。
その瞬間、ジハンキさんが施した『衛生管理プログラム』が自動起動した。
『……外部ヨリ、有害物質(魔力)ヲ検知。……除菌・消臭シマス。……ツイデニ、敵意トイウ名ノ不純物ヲ消去シマス』
パジャマから放たれた目も眩むような純白の光が、王宮を包み込んだ。
「ぎゃあああああ!? なんだこの光は! 汚れ……俺の中の邪悪な心が、物理的に洗浄されていくぅぅぅ!!」
ルガドをはじめとする魔族たちが、光に当てられた瞬間に「……あれ、俺、なんでこんなに怒ってたんだろう」「故郷の母さんの手料理が食べたい」「明日からボランティア始めよう」と、一瞬にして聖人君子のような顔つきになり、その場に跪いて祈り始めた。
「……出たよ、パジャマによる強制浄化だ!!」
アレンが白目を剥いて叫ぶ。
「おい魔族ども! 諦めろ! それ、ソラさんは家庭科レベルで縫ったつもりの、世界そのものを書き換える防護服なんだよ!! お前らの魔力じゃ、ボタン一つ外せねぇぞ!!」
光が収まった後、王宮には、かつてないほどの平和な空気が流れていた。
魔王軍の四天王は、パジャマから漏れ出た「安眠の波動」に当てられ、床の上で幸せそうにスヤスヤと眠りについている。
「……おお……。魔、魔王軍が……一瞬で……。なんと慈悲深い一撃……。これぞ、真の救世の力……!」
王様が、パジャマ姿のソラを神の化身として拝み始めた。
「いや、ただの除菌なんですけどね。……ふわぁ。……王様、すみません。やっぱり僕、ジハンキさんの10円が気になるので、一度戻っていいですか?」
「……あ、はい。……もちろんです。……いや、しかし、戻る方法は……」
ミナが青ざめた顔で、水晶を叩く。
「む、無理よ! 召喚は一方通行なの! 私、帰し方なんて習ってないわよぉぉぉ!! 今期のノルマは達成したけど、これ、勇者様がこのまま寝続けたら、この国の経済が安眠で停止しちゃうわ!!」
「えぇ、帰れないんですか? 困ったなぁ。……ま、なんとかなりますかね」
ソラが麦わら帽子を深く被り直し、10円玉をポケットで弄びながら微笑む。
異世界の王宮に降り立ったパジャマの勇者は、その圧倒的な無自覚をもって、まずは魔王軍を安眠の淵へと叩き落としたのであった。
「(……畜生、もうどうにでもなれ……。……俺も、そのパジャマの端っこで寝かせてくれ……)」
アレンの最後の抵抗も、ソラから放たれる極上の神気の前に、心地よい睡魔へと変わっていく。
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