第16話・絡まった糸
翌日、僕たちを起こしたのは暖かい日の光でも、鳥のさえずりでもなかった。
『1+1=2!!!』
「うわぁぁぁっ!?」
「きゃあっ!」
とんでもない爆音で流れた『1+1=2』と叫ぶ僕の声によって飛び起きた。
どうやら、うっかり履歴を再生するボタンを押してしまったらしい。
それに応じて、寝た時には多少距離を取っていたはずの彼女が懐の中にいたので吹っ飛ばされそうになったところを何とか抱き寄せて止める。
「だ、大丈夫!?ごめん。こんな近くにいるとは思ってなかった」
「ひゅぅ……」
だが、強く抱きしめてしまったからか腕の中から空気の抜けたような音が聞こえる。
「あ、ごめ……」
その瞬間、僕の部屋の扉が勢いよく開かれてアフェが入ってくる。
「どうしたの!?アポロ?」
「あ、アフェ」
入って来た彼女と目が合うと同時に背筋に冷たいものが走る。
今、僕はベッドから落ちかけたカタリナを受け止めるために抱き寄せる形になっているのだ。
一応、釈明すると僕は治安局に捕まるようなことをする気はない。
「アポロ……あんた!!」
「ま、待って!違う誤解!誤解だから!!は、話せばわかる!!」
確かに、アフェは僕に対して手厳しい。
しかしながら、ちゃんと事情を話せばわかってくれるはずだ。
だが、その時に僕の懐からか細い声が聞こえた。
「あ、アポロさん苦しいです……」
手を放して彼女を開放し、天井を見上げた。
そして、改めて彼女の方を振り向く。
「……ぶっ飛ばしてください」
「ええ、きついの行くわよ!!」
カタリナを遠ざけて、すぐ後になって僕の頬に鈍い衝撃が伝わる。
ぶるぶると顔全体揺れるのを感じながら、猛烈な寝覚めを味わったのだった。
***
本当はおばあちゃんとの再会のために一刻も早く新しいレリックが眠っている未踏破迷宮に潜りたいが仲間も時間も準備も何もかも足りない。
と言うことで、お金稼ぎと鍛錬ついでに僕たちは昨日行ったところとは別の迷宮に足を運んでいた。
ちなみに、今回はアフェだけじゃなくカタリナも一緒だ。
「あの、私はどうして連れてこられたんですか?」
「あの家で一人残すわけにはいかないからね。あそこに残すくらいなら僕たちと一緒に迷宮に行った方が安全だ」
デュランクの街ならまだしも、到着して一日程度しか経っていない場所に彼女を置いて行くわけにはいかない。
それに、昨日の悪魔の一件もある。
(どうにもきな臭いんだよな。そもそも、悪魔の召喚方法なんて一般に出回ってるものじゃないし)
それを知れるとすれば必然と犯人は限られてくる。
有名な魔法使い、召喚魔法を使う貴族、それとも個人ではなく組織単位で行っているか。
(そもそも、生贄をどっから用意した?)
人数など、とにかくあやふやな地方とは違い迷宮都市の人間を生贄にすれば間違いなく足がつく。
奴隷と言う線も考えられなくはないが、規制の影響もあり考えにくい。
その時、前を歩いていたアフェが立ち止まる。
「あ!アポロ見て、あの子」
「え、あ!?」
そして、彼女が指さした先には遠目からだが昨日Bランク迷宮で助けたばかりのイージスさんがいるのがわかる。
それも、装備をちゃんと着て、仲間と話して今から迷宮に潜る気満々に見える。
「アフェ。あの人は誰か知ってる?」
さっきまで眺めていただけだが、彼女のパーティーメンバーの一人に目が止まる。
一見、中肉中背で立派な剣を下げている所から戦士タイプに見える。
だが、魔力のパターンが刻印を持っている魔法使いのそれだ。
「え?ああ、ルフトズのクランマスターをやってる。Aランク冒険者のベスクワルね。二代目らしいわよ」
「二代目、家名はある?」
「確か、コンボイションだったかな」
魔法使いの刻印は一子相伝の物だ
親から子へ、子から孫へ引き継がれ世代を重ねるうちに摩訶不思議なものに変化していく。
そう言う都合もあって魔法使いは平民よりも騎士の家系や貴族、王族の割合が高く家名を持つ者が多い。
「コンボイション……」
おそらく、騎士をしていた時に聞いたような名前だがピンとは来なかった。
だが、刻印に残る魔力の残滓から第四世代以降の魔法使いだというのはわかる。
「あそこって、僕たちがこれから入るBランク迷宮だよね。よければ、ご一緒させてもらえないかな」
「流石に難しいじゃないかしら。昨日、助けたとはいえあたしたちはあくまでライバル同士よ。今からでも、別の迷宮に入った方がいいわね」
「それもそうか」
ただでさえ、個人単位でも諍いが起こる可能性があるのだ。
それが、パーティー単位、クラン単位となればなおさらだ。
幸いにも、迷宮都市にはいくらでも迷宮があるから別の場所に行けばいい。
「さてさて、ここら辺の迷宮は……?」
マジックバッグから今いる地区の迷宮の位置を記した地図を取り出す。
「いくつかあるわね。何なら、昨日行った迷宮もすぐ近くよ」
「それもいいかもね。人数制限のせいでしばらくの間は高難易度の迷宮とか挑めないしね」
今はカタリナもいるし、聖剣も失ったので無理をする気はない。
元々、ここに来たのだって蜘蛛の糸くらい細い糸を手繰り寄せているのだ。
年単位でかかるのは覚悟している。
(でも、そうかあのゴブリン迷宮が近くにあるのか……)
何だか引っかかる。
二年間くらい培った冒険者の勘だけじゃなく、騎士になるまでの学びとなってからの経験がうずいていた。
(そもそも、何で悪魔にゴブリンキングを強化させる必要があった?何で、そんな回りくどい手段をとる必要がある?)
ぶっちゃけ、復讐とか騒ぎを起こすのが目的なら悪魔に直接やってもらった方が手っ取り早い。
「……なあ、アフェ。魔物に人を襲わせて得する奴っていると思う?」
「は?急にどうしたのよ」
「いや、何となく。金を得たり、名声を得たり、地位を得たり。とにかく、何でもいいんだ」
契約者が悪魔ではなく魔物に人を襲わせる理由が必ず存在するはずだ。
だが、それがピンとこなかった。
「そう、ね。名声とか地位は思いつかないけど、お金なら保険金じゃないかしら?」
「保険金……なるほどね。それなら、説明ができる」
あくまで想像の範囲内だが、もし悪魔が人を殺せばその殺害に誰かの意志が介入していることは明らかである。
しかし、悪魔が魔物を操ればその意志がバレる可能性は低くなる。
「あ、あの保険金って何なんですか?」
「いい質問よ、カタリナ。保険金って言うのは保険契約に基づいて、特定の事由が発生した際に保険会社から支払われる金銭のことよ」
「と、特定の事由?」
辞書にでも乗ってそうな説明を咀嚼しきれず、彼女の顔がやかんのように赤く染まる。
「死んだー!とか、家が燃えたー!とか、とにかく何かが起きた時に金が手に入るってことだよ」
契約を維持するための毎月の保険料が高かったり、契約をするための審査が通りずらいなど問題はあるものの利用者は多い。
「僕たち冒険者は審査も通りずらいし通ったとしても死亡保険くらいしか契約できないんだけどね」
とにかく危険な仕事の冒険者は弱いときは審査が通らず、強くなり死ににくくなっても死亡保険がやっとである。
そうこう考えている内に気づけばイージスさんのパーティーは消えていた。
「それにしても、ここら辺も変わったわね」
「昔を見たことがあるの?」
「ええ、前はこんなに大きなお店はなかったわ。でも、最近になってここら辺に転移の神殿が設置されるって噂が出たの」
転移の神殿と言われて真っ先に思いつくのは僕たちがデュランクから迷宮都市ラビリンスに来るために使ったあの転移陣である。
そして、あれは人だけじゃなく物も転移できるのだ。
「なるほどね。それじゃあ、ここら辺が新たな物流の拠点になるかもしれないってことか」
「そうね。それに応じて投資の熱も上がって地価も上昇してる。立ち退きも盛んよ」
「大変だね。でも、そうか……ここら辺の地価が、ねえ」
なんてことない情報屋らしい彼女の世間話程度だった。
だけれど、それが僕の思考のパズルのピースにはまった音がした。
(Bランク迷宮のゴブリンキングと悪魔。保険金。近隣の地価上昇。そして、悪魔が魔物の仕業に見せかけるだけの理由)
バラバラだったそれぞれが一枚の絵になっていく。
もちろん、証拠もないただのこじつけだし、僕の勝手な妄想と言っても過言じゃない。
だが、これらの出来事が繋がっていたとしたら。
あの、迷宮の近隣でも同様のことが起きている可能性がある。
「……アフェ、カタリナ。やっぱり僕あの迷宮に潜るよ」
「え?」
「あんた、あたしの話聞いて……何か、わかったの?」
彼女も僕の顔を見て察してくれたらしい。
もちろん、他のクランの人間にこんなお節介をかける意味はないし、理由もない。
「確証はないけど、僕の勘だとあの迷宮にも悪魔がいる」
「あ、悪魔って昨日のフォラスみたいなのがいるってこと?」
「ああ、杞憂で終わればいいけど……だから、アフェはカタリナを連れてどこか安全な場所にいて欲しい」
だが、確証がなくても妄想でも最悪の状況を考えてしまったら、もううずうずして抑えられそうもない。
だから、僕だけで行こうと提案したその時だった。
強烈なビンタが僕の腕を襲う。
「馬鹿!あたし達も行くに決まってるでしょ。あの子が心配なのはあんただけじゃないのよ」
「っ、でも危険だしさ」
「大丈夫よ。あたしだって弱いわけじゃないし、あんたの近くにいた方が安全だしね」
「で、でも……」
今は、彼女の信頼が重い。
実際、一緒に行くとなったら僕は全力で彼女たちを守る。
ただ、本当に悪魔がいれば危険な目に会う可能性はずっと高くなるし連れて行きたくない。
ただ、僕一人離れて二人を残したとして危険じゃないかと言えばわからない。
「わ、私からもお願いします。絶対に足手まといになりますけど……」
「で、どうするの?アポロ」
「二人とも……わかった」
そう答えた瞬間、僕の背にずっしりとした彼女たちの信頼が乗っかる。
緊張して、指先が落ち着かなくなったり、喉が震えて、体温も上がるのがわかった。
「行こう。迷宮に」
こうして、僕たちは当初の予定通りBランク迷宮に入る。
ただ、不思議と体は重く、向かう足取りは軽かった。




