第十九面:因果は巡りて妻は娼婦となり、未央生は遂に悟りを開く
『報いの骸、悟りの黎明』
物語の頂点にして、最も凄絶な場面。すなわち、妓楼の一室で、馴染み客たちに打ち据えられ、鉄鎖で繋がれた未央生が、傍らに横たわる首を吊った女の亡骸こそが、死んだと聞かされていた己の妻・玉香であると気づく、その瞬間。
【しおの】
旅立ちを前に、未央生は義兄弟の賽崑崙のもとを訪れ、別れの挨拶を述べた。家のことを託し、後をくれぐれも頼むと頭を下げる。賽崑崙は言った。
「妻子を預かるというのは、生半可な覚悟で引き受けられるものではない。子はともかく、奥方を預かるのは至難の業だ。わしにできるのは、暮らしの面倒を見ることくらいで、その貞操までを守ってやることなどできはせぬぞ」
未央生は笑って応じた。
「兄上にお頼みしたいのは、ただ日々の暮らしのことでございます。妻のことはご心配には及びません。なにせ、一度嫁いだことのある身。初な娘とは違います。それに、天下広しといえど、私ほどの男はおりますまい。かの権老実でさえ満ち足りさせられなかった妻が、私には生涯ついてくると誓ったのです。私を上回る男など、そうそういるものではありますまい。どうぞ、ご安心ください」
「なるほど、おまえがそれほどわしを信じてくれるなら、引き受けよう」
賽崑崙に別れを告げた未央生は、花晨と香雲の姉妹には密かに文を送り、妻の艶芳とは数夜、名残を惜しむように情を交わしてから、故郷へと旅立った。
ほどなくして故郷へ辿り着いた未央生が、義父である鉄扉道人の門を叩いたが、しばらくの間、人の気配はなかった。
(これほど門構えが厳重であれば、よこしまな者が入り込む隙もあるまい。もう少し都に長居しても、案ずることはなかったな)
未央生が胸を撫で下ろしていると、陽が暮れる頃、ようやく門の隙間から人影が覗いた。「義父上、婿の私が戻りました」と声をかけると、道人は慌てた様子で門を開き、彼を中に招き入れた。
本堂で礼を済ませた未央生が、義父の息災を祝い、続いて妻・玉香の様子を尋ねると、道人は深い溜息とともにかぶりを振った。
「わしの身は変わりないが、娘は…おまえが去った後、病の床に就いてしもうてな。食も喉を通らず、寝付くこともできず、ただ鬱ぎ込むばかりで…とうとう一年前、帰らぬ人となったのじゃ」
道人はそう言うと、声を放って泣き崩れた。
「なんと、そのようなことが…」
未央生もまた激しく慟哭し、亡骸はどこにあるのか、葬儀は済ませたのかと問うた。
「おまえが戻り、せめて一目会うまではと、離れに安置してある」
その言葉を聞くや、未央生は離れへと駆け込み、棺に縋って再び声を上げて泣いた。
だが、この話には裏があった。鉄扉道人は、娘が男と駆け落ちしたという世にも恥ずべき事実を隠し通したかったのである。里の笑い者になることを恐れ、いずれ戻るであろう婿への言い訳のために、密かに棺をあつらえ、固く釘を打ち、「娘は病で死んだ」と偽っていたのだ。
未央生は、義父が日頃から嘘のつけない実直な人柄だと信じきっていたため、微塵も疑わなかった。むしろ、自分が早く戻らなかったばかりに妻を死なせてしまったと、自責の念に苛まれるばかりであった。彼は高名な僧を招き、三日三晩にわたる法要を営んで、亡き妻の冥福を祈った。
(どうか、安らかに成仏しておくれ。私が色好みであったことを恨み、あの王魁の物語のように、物の怪となって現れることだけはくれるなよ)
供養を終えると、彼は再び「遊学」を名目に道人に別れを告げ、更なる滋養の術を求めて京師へと向かった。
数日の後、京師に到着した未央生は、宿を取るのもそこそこに、かの美貌の妓女、玉香(自分の妻とは知らず)のもとを訪ねた。
しかし、玉香は数日前からある高官に身請けされ、しばらく戻らないという。妓楼の女将・顧仙娘からそう告げられ、未央生は一度宿へ引き返した。
二日後、再び訪ねると、女将は「娘から連絡があり、今日の夕暮れには戻るとのことです」と告げた。未央生は喜び、揚代として銀三十両と数々の贈り物を差し出した。
仙娘はそれを受け取ると、「まだ間がございます。もしご用がおありでしたらお済ませになって。なければ、娘の部屋で書物でも読みながら、お待ちになってはいかがでしょう」と、彼を奥の部屋へと案内した。
未央生は、今宵の愉しみに備えて英気を養おうと、昼過ぎからうたた寝をしていた。夕暮れどきにふと目を覚まし、手持ちの書物を広げていると、紗の窓の向こうから、ひとりの美しい女がこちらを覗き込み、はっとしたように身を翻して去っていくのが見えた。
未央生は、給仕の少女に尋ねた。
「今、私を覗き込んだのは誰だ?」
「私どもの姉さん(玉香)でございますよ」
未央生は、自分が拒まれているのではないかと不安になり、部屋を出て彼女の名を呼んだ。
実は玉香は、窓から覗いた瞬間に、それが己の夫であると気づいたのである。
(旦那様が、私を捕えにいらしたのだわ!)
彼女は手足が震えるほど狼狽し、女将の仙娘のもとへ逃げ込んだ。
「あの方には会えません。決して、決して私を会わせないでください」
玉香は仙娘の部屋に閉じこもり、窓を固く閉ざして息を潜めた。仙娘は事情も知らず、ただ「客が気に入らないのだろう」と思い、未央生にこう言った。
「あの子からまた知らせがありまして、やはり客に引き止められ、どうしても戻れないとのことです。さて、どういたしましょうか」
未央生は詰め寄った。
「いや、彼女は先ほど戻ってきたはず。窓から私を覗いたではありませんか。贈り物が気に入らなかったとでも言うのですか?」
「いえ、本当にこちらにはおりません。他意などございません」
「嘘をおっしゃるな。確かに窓から私を覗き、目が合うと逃げていった。もし私に不満があるなら、一目会って断るのが筋というものでしょう。これほど無下にされる覚えはない!」
仙娘がしらを切り通そうとすると、未央生は言った。
「あなたの部屋に女が逃げ込むのを見ました。本当にいないと言うなら、中を改めさせてもらう。もし誰もいなければ、私は金も贈り物も返せとは言わぬ。このまま静かに立ち去りましょう」
仙娘は、無理に踏み込まれて鉢合わせになるよりはと観念し、答えた。
「……隠しても仕方がございませんね。あの子は戻っております。ですが、この数夜、酷いお客にさんざん嬲られ、ひどく体が弱っております。せめて一晩二晩は休ませてやりたいと思っていたのです。どうしても会いたいとおっしゃるなら、呼んでまいりましょう」
未央生は「誠意を尽くしてお招きしましょう」と、自ら仙娘に従って部屋の前まで進んだ。
仙娘が「おまえ、旦那様がお会いしたいとおっしゃっている。さあ、出てきなさい」と幾度も呼びかけたが、返事はない。未央生が呼びかけても、扉は開かれなかった。
部屋の中では、玉香が絶望の淵にいた。
(あの方に顔を見られれば、役所に引き立てられ、責め苦の末に殺されるに違いない…。それならば、いっそこの場で命を絶った方がましだわ)
彼女は腰に巻いた帯を解くと、それを梁にかけ、静かに自らの命を絶った。
外では、不審に思った未央生が扉を打ち破って中へ入った。そこには、首を吊った女の姿があった。
(大変なことになった。巻き込まれてはたまらぬ)
彼はその顔を確かめることもせず、慌てて逃げ出そうとしたが、仙娘がその腕を掴んで離さない。
「どこへ行くのです!何の恨みがあって、私の大事な稼ぎ頭を死なせたのですか!」
そこへ、玉香が戻ったと聞きつけた馴染みの公子たちが、次々と現れた。彼女が一人の男に詰め寄られて死んだと知ると、公子たちは激昂した。
「この男め、よくも我らの玉香を!」
公子たちは怒号を上げ、供の者たちに命じた。「この男を打ちのめせ!」
未央生は地面に組み伏せられ、太い棒で滅多打ちにされた。急所こそ外されたものの、全身の肉は熟れた果実のように青黒く腫れ上がり、意識も朦朧とするばかりであった。彼らはさらに未央生を鉄の鎖で縛り上げ、亡骸の傍らに繋ぎ止めた。
逃げることもできず、冷たい亡骸の隣に転がされた未央生は、死に物狂いでこの場を逃れたい一心であったが、ふと、隣に横たわる女の顔をまじまじと見た。
(……この顔立ちは、亡くなったはずの妻に生き写しではないか。世にこれほど似た人間がいるものだろうか?)
見れば見るほど、面差しは瓜二つ。考えれば考えるほど、辻褄が合っていく。
(まさか、妻は…駆け落ちをし、義父は世間体を繕うために、空の棺で私を欺いたのではあるまいか。そうでなければ、妻がこれほど私を恐れ、死を選ぶはずがない…)
疑惑は、八割がた確信へと変わった。彼は、妻の頭の頂に、髪の生えない小さな火傷の痕があったことを思い出した。鴉の濡れ羽色のような黒髪をかき分けてみると、果たして、指の先ほどの禿げた痕があった。
「……玉香、おまえだったのか」
そこへ、地元の名主たちが踏み込んできた。未央生は叫んだ。
「この亡骸は私の妻です!何者かに拐かされ、ここに売られ、妓女にされていたのです。私はそれとは知らず、客として来てしまった。妻は私に会うことを恐れ、自ら命を絶ったのです。さあ、私を役所へお連れください!そこで洗いざらい申し立てます!」
人々が仙娘を問い詰めると、彼女は狼狽して言った。
「この男は、でたらめを申しております。私はこの娘を、禿の如意という者と一緒に買い取ったのです」
「その如意とやらを呼べ。その者なら知っているはずだ」
如意は混乱の中、女将の寝台の下に隠れていたが、すぐに引き摺り出された。彼女もまた、未央生の顔を見て玉香と共に逃げ込んだ一人であった。
人々が未央生を指さし「この男に見覚えはあるか」と問うと、如意は顔面を蒼白にして震え、声にならない叫びを上げた。その様が、何よりの証言となった。厳しく問い詰められた如意は、ついに全てを白状した。玉香が家で不義を働き、それが露見するのを恐れて男と逃げたこと、しかしその男に裏切られて売られたこと、その一部始終を供述したのである。
真相を知った人々は、双方に和解を勧めた。
「夫が不貞の妻を死に追いやったとて、死罪にはなるまい。女将も事情を知らずに買ったのなら、人買いの罪には問われまい。互いに、ことを荒立てるのはおよしになってはどうか。未央生殿、この使い女はどうなさる?」
未央生は、もはや自分の体さえどうでもよいほど、深い絶望に沈んでいた。
「…公の場で恨みを晴らしたい気持ちもございますが、これ以上、恥を晒すわけにもまいりません。如意も、一度泥水に浸かった以上、連れ帰ることはできぬ。好きになされよ」
仙娘は改めて金を受け取り、未央生を解放した。未央生が妓楼を去る際、馴染み客たちから「甲斐性なしめ!」「女房を女郎にした大馬鹿野郎」という罵声が浴びせられた。
宿に戻った未央生は、打たれた傷の痛みに七転八倒しながら、物思いに耽った。
(これまで私は、人の妻を我が物にするのは己の特権であり、己の妻が人に奪われることなどあり得ぬと信じ込んでいた。だからこそ淫蕩の限りを尽くし、天下の愉悦を独り占めした気でいた。だが、天罰とはこれほどまでに速やかに下るものだったのか)
(私が人の妻を求めれば、人もまた私の妻を求める。私は密やかに盗んだが、人は公然と私の妻を抱いた。私は人の妻を囲ったが、人は私の妻を誰にでも身を売る女にした。男女の道を踏み外した咎が、これほどまでに重い利息を付けて返ってこようとは…。三年前、孤峰長老が私に出家を勧めてくださった時、私は聞く耳を持たなかった。邪淫の報いを説かれた時も、私は笑って『一人や二人の妻を失おうと、天下の女を抱けるなら元は取れる』と嘯いた。だが、この様はどうだ。私が手にした女は、せいぜい五、六人。しかし、妓女となった妻を抱いた男は、何十人、いや何百人に及ぶであろう。これほど割に合わぬ商いがあるだろうか!)
(長老は『肉蒲団の上で悟りを得よ』と仰った。私はこの数年、その肉蒲団の上で甘いも酸いも味わい尽くし、ついにはこの屈辱を受けた。もはや故郷に帰る顔もない。今、悟らずして、いつ悟るというのだ)
未央生の心は、決まった。
賽崑崙へ手紙を書き、艶芳を然るべき男に嫁がせてやってほしいこと、子供たちは彼女に引き取らせるか、賽崑崙に託したいことを伝えた。そして自分自身は、このまま括蒼山へ向かい、孤峰長老に百二十回叩頭してこれまでの罪を詫び、迷いの世界から救い出していただこうと決めた。
決意は固まったが、両腕の傷が深く、筆を握ることさえできない。一月ほど養生し、ようやく筆を執ろうとした時、賽崑崙からの手紙が届いた。
「家にて急を要する事態が起きた。すぐに戻られたし」
一大事の内容は書かれていない。未央生が使いの者に尋ねると、こう答えた。
「二番目の奥様が、男と駆け落ちなされました。家中、誰も気づかぬうちに、ある朝、門が開け放たれたまま、お姿がなかったのです。賽旦那様が人を遣わし、方々を捜させております」
未央生は、天を仰いで長く息を吐いた。
「これもまた、報いか。色恋の借りは、決して踏み倒せぬものと見える。一を借りて、百で返すことになるとはな…」
彼は賽崑崙へ、決別の返書を認めた。
「淫らな女が去ったとて、驚くにはあたりません。不義によって来た者は、不義によって去る。これが道理なのでしょう。故郷の妻のことも、また同じでした。私は自らの罪が満ち、この報いを受けたことを悟りました。魔障は消え、仏道への心が芽生えました今、もはや江東へは戻りませぬ。ただ、西方の浄土へと心を向けるのみです。未だ二人の子が気がかりではありますが、今は兄上にお託しするほかありません。私が仏道を成就させた後、智慧の剣をもってこの因縁を断ち切る所存です」
彼は書生道具をすべて使いの者に預けて送り返すと、自らは身一つ、見習い僧の心構えで、括蒼山へと旅立っていった。
今回を評すると:
作者の本意は、この一回にこそある。『肉蒲団』を読み、他の回は一度読むだけで良い。しかし、この回と次なる回を三度、四度と読み返す者こそが、真に小説というものを解する者である。
第十九回の要約:傲慢の頂点から破滅、そして悟りへ
自らの性的魅力に絶対の自信を持つ未央生は、妻の玉香を故郷の義父に、もう一人の妻・艶芳を義兄弟の賽崑崙に預け、更なる快楽を求めて旅立ちます。
故郷に戻った彼は、義父から妻・玉香が病死したと聞かされ、偽りの棺の前で涙しますが、これは娘の駆け落ちという不祥事を隠すための嘘でした。その嘘に気づかぬまま、未央生は京師へ向かい、偶然にもそこで娼婦に身を落としていた玉香と出会います。彼は彼女が当代随一の妓女であると聞きつけて客となりますが、それが自分の妻だとは夢にも思いません。
一方、玉香は客として現れたのが夫・未央生であることに気づき、絶望のあまり自害してしまいます。妻の亡骸と対面し、その頭にある火傷の痕を見つけたことで、未央生は初めて全ての真相を知ります。妻が不義を働き、駆け落ちの末に裏切られ、娼婦にまで身を落としていたという事実、そして自分がその最後の引き金を引いてしまったという現実に打ちのめされます。
さらに彼は、妻を死なせた男として馴染み客たちから激しいリンチを受け、肉体的にも社会的にも完膚なきまでに尊厳を破壊されます。満身創痍で宿に戻った彼に、追い打ちをかけるように艶芳もまた男と駆け落ちしたという知らせが届き、ここに彼の築き上げてきた全てが崩れ去ります。この壮絶な破滅の果てに、未央生は自らの行いが招いた因果応報を悟り、遂に出家を決意するのでした。
各場面の魅力の深掘り:運命の皮肉と人間の業
この回は、息もつかせぬドラマチックな展開に満ちていますが、特に魅力的な三つの場面を深掘りします。
「偽りの棺」と未央生の慢心
故郷で義父の家の厳重な門構えを見て、未央生が「これならもう少し戻るのが遅れても大丈夫だったな」と心の中で安堵する場面は、物語屈指の皮肉に満ちています。読者はすでに玉香が駆け落ちしたことを知っているため、彼の見当違いの安心感が、後に訪れる破滅への壮大な前振りとなっているのです。信じていた義父の嘘と、その裏にある世間体という人間の弱さ、そして何より主人公の致命的なまでの傲慢さが、この短い場面に凝縮されています。
「窓越しの邂逅」という残酷な再会
京師の妓楼で、未央生が紗の窓越しに玉香の姿を垣間見るシーンは、運命の残酷さを象徴する名場面です。夫は妻を「極上の商品」として認識し、妻は客を「自分を裁く者」として認識する。同じ人間を見ながら、その意味が全く異なるという悲劇的なすれ違いが、読者に強烈な緊迫感を与えます。玉香が恐怖のあまり自死を選ぶまでの心理描写は、彼女が犯した罪の重さと、夫から逃れられないという絶望の深さを痛切に描き出しています。
「亡骸との対面」とアイデンティティの崩壊
リンチを受け、鎖に繋がれた未央生が、隣に横たわる亡骸が妻であると確信する瞬間は、物語の頂点です。彼は「頭の火傷の痕」という、二人の間にしか存在しない身体的な記憶によって、否定しようのない現実に直面させられます。これまで他者の妻を征服することで自らの価値を証明してきた彼が、自らの妻が「不特定多数の男に征服されていた」事実を知る。これは単なる裏切りではなく、彼のアイデンティティそのものの崩壊を意味します。馴染み客から浴びせられる「女房を娼婦にした馬鹿」という罵声は、彼のプライドを完全に粉砕する最後の一撃となるのです。
物語の背景にある意味の検証:究極の因果応報
この回は、仏教的な「因果応報」という思想を、極めて過酷で具体的な形で描き出した物語です。
「利息付きの報い」という主題
未央生は独白でこう語ります。「私が人の妻を寝取れば、人も私の妻を寝取る。私は密かに盗んだが、人は公然と私の妻を抱いた。…不義密通というものが、これほど重い利息をつけて返ってくるとは…」。
この物語が示す報いは、単純な「やられたらやり返される」というものではありません。彼の罪は、何倍にも増幅された「利息」付きで返ってくるのです。彼が抱いた女は数人でしたが、妻を抱いた男は「何十人、何百人」。この圧倒的な不均衡こそが、作者が描きたかった業の恐ろしさです。
孤峰長老の予言の成就
物語の冒頭で孤峰長老は未央生に「姦淫の報い」を説き、「肉蒲団の上で悟りを得よ」と予言しました。未央生はそれを一笑に付しましたが、この第十九回で、その言葉が最悪の形で現実となります。彼は文字通り、数多の「肉蒲団(=女たちの肉体)」を渡り歩いた果てに、自らの妻が他人の「肉蒲団」と化していたという地獄を知り、そこで初めて悟りへの道を見出すのです。これは、人間の欲望の探求の果てには、精神的な救済か、あるいは完全な破滅しかないという、この作品の根源的なテーマを体現しています。
艶芳の駆け落ちという最後の知らせは、そのテーマをダメ押しで強調します。未央生に残された世俗への未練を完全に断ち切り、彼が仏道以外に進む道をなくすための、物語構成上の見事な一手と言えるでしょう。
この回は、単なる勧善懲悪の物語ではなく、一人の人間の傲慢がどのような悲劇を招き、そしてその絶望の淵からいかにして精神的な救いを見出すかという、普遍的な魂の軌跡を描いた、まさに『肉蒲団』という作品の心臓部なのです。




