巻の三覚後禅秋編、第十一面:未央生、艶芳と駆け落ちを約し、賽崑崙、義侠の心で縁を繋ぐ
詩に詠う。
緑陰に豪傑の集うは古からの習い、
ひとたび知己と見れば、千金をも惜しまぬ。
翻って、衣冠を正す貴顕の中にも豪なる士は多けれど、
友を思う真情の、なぜにかくも乏しきか。
艶芳の決意と密書
未央生と夢のような逢瀬を重ねること十数夜。その情愛が蜜のように濃密になった、まさにその矢先、夫である権老実の帰還は、艶芳の密やかな悦楽を無情にも断ち切った。その胸を裂くような苦しみは、言葉では到底言い尽くせぬものであった。彼女はひとり、心の中で深くため息をついた。
(ああ、これまでは、世の殿方に才色と閨房の術が備わることなどあり得ぬと、そう己に言い聞かせてきた。だからこそ、才や貌には目をつぶり、夜のたくましさだけを求めて、あの無骨で朴念仁な夫を宝のように思い、日々の仕事に精を出してきたというのに……。なんと、この世には、三拍子も四拍子も揃った方がいらっしゃったとは。あの才子に出会わなければ、わたくしは己の人生を無為に過ごすところであった。過ぎた日々は取り返せぬとも、これからの歳月を虚しく過ごすことだけは、断じてできはしない)
古人の言う「明人は暗事をせず」とは、こういう時にこそ思い返すべき言葉であろう。女として操を汚さぬのであればそれでよい。だが、一度踏み越えたからには、いっそ道なき道をどこまでもゆく覚悟が必要だ。
(かねてより、わたくしはこう考えておりました。男を射止めるには、かの紅拂妓のごとき慧眼と、卓文君のごとき胆力がなければならぬ、と。一度きりの人生、盗むと決めたからには、最後まで貫き通してこそ、女の中の豪傑と呼べるではございませんか。淫と奔、この二文字は分かち難いもの。溺れるからには、駆けるべきなのです。もし後になって逃げ出す気概がないのであれば、初めから貞淑を守り通すべき。一時の快楽のために、大切な操と命を賭けるなど、愚かの極みでございましょう)
こうして心を固めた彼女は、未央生へ一通の文を認め、駆け落ちの約束を迫った。実家にいた頃は読み書きを嗜んだものの、商人の妻となってからは久しく筆から遠ざかっていた。そのためか、その文面は、まるで語りかけるような、飾り気のない率直な言葉で綴られていた。
「愛しき未央生様へ
あなた様のお姿が瞼から離れてより、食事も喉を通りませぬ。たとえ無理に口に含んでも、三割と胃の腑に収まりませぬ。わたくしは、心を決めました。この先の生涯、あなた様のお側に仕えとうございます。どうか、一日も早くお計らいくださいませ。かの賽崑崙殿に命じてわたくしを盗み出させるか、それとも、このわたくしが紅拂のように、あなた様のもとへ馳せ参じましょうか。日を、そして場所をお示しください。
もし、もしも禍を恐れ、この命懸けの恋路に二の足を踏まれるのでしたら、あなた様は薄情な裏切り者。さすれば、絶交の文を一つお認めください。もはや二度とお目にかかることはありますまい。次にまみえる時は、わたくしは、あなた様のその肉を、豚や犬の肉塊として喰らうでありましょう。
言葉は尽きませぬが、筆を置きます。
― あなた様の愛妾、艶芳より」
彼女は門前に立ち、通りかかった賽崑崙にこの密書を託した。それだけでは飽き足らず、未央生がもしや臆病風に吹かれはせぬかと案じ、さらに一計を案じた。日夜、何かにつけて夫の権老実にいちゃもんをつけ、彼が耐えきれなくなるよう仕向けたのである。病と偽って糸紡ぎの仕事は一切手をつけず、あろうことか食事の支度まで夫に押し付けた。朝から晩まで呪いの言葉を吐き続け、かつて前夫を追い出した手管を再び用い、この愚鈍な夫を追い出して、才色兼備の新しい夫を迎え入れようと目論んだのだ。
権老実は妻のあまりの変貌ぶりに戸惑いながらも、必死に傅き、その機嫌を取り結ぼうとした。しかし、夜の「功労」も昼の「過失」を償うには至らず、猛虎のようであった彼の身体は、わずか二ヶ月で骨と皮ばかりに痩せ衰えてしまった。
隣人の忠告と売妻の計
妻の豹変には何か仔細があるに違いない。そう考えた権老実は、近隣の家に尋ねて回った。「なあ、皆の衆。わしが留守の間、誰ぞ、見慣れぬ男が家に出入りしておったことはないか」。隣人たちは初め、面倒を恐れて知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。しかし、彼のあまりの剣幕と、このままでは淫婦の毒牙にかかって命を落としかねないという同情から、ついに重い口を開いた。
「……ある男が、お前の家に出入りしていた。だが、あれは、関わらぬが身のためだ。天下にその名を知られた大盗賊、賽崑崙よ。お前が旅に出ている間、あの男は毎夜お前の家で過ごしていた。お前が帰る、ついその日までな。……いいか、この話は、決して、決して他言してはならぬ。お前の面子ばかりか、命にも関わることぞ」
権老実は愕然とし、言葉を失った。「な、なんだと……。いつか必ず、捕らえて殺してやる。その時は、どうか力を貸してくれ」
それを聞いた隣人の一人が、乾いた笑いを漏らした。「おいおい、盗人を捕らえるにも、不義を問うにも、確かな証拠がいるんだ。相手は一世を風靡した大盗賊だぞ。尻尾を掴ませるような間抜けな真似はすまい。それどころか、お前の奥さんは、いずれあの男に連れ去られるだろう。せいぜい、家財道具まで根こそぎ持っていかれぬよう、用心するこった。あの男にかかれば、どんな壁も紙同然。お前のような小さな家など、ひとたまりもあるまいよ」
権老実は恐怖に全身を震わせ、その場に膝をついて隣人たちに助けを乞うた。一座はしばし思案に暮れたが、やがて、ひとりの年嵩の男が、ぽつりと妙案を口にした。
「奥御新造と離縁しようにも証拠がない。それに、賽崑崙はどこまでも追ってこよう。ならば……いっそのこと、奥御新造を売っちまうんだ。だが、誰彼かまわず売ろうとしても、奥御新造が承知するまいし、賽崑崙の怒りを買って命が危ない。ならば、賽崑崙、その本人に売ってやるのさ。あの男が本気で惚れているなら、百両や二百両、惜しむはずがあるめえ。その金で、お前さんは新しい女房を迎えればいい。そうすりゃあ、禍は去り、懐は温まる。一挙両得ってもんだ」
権老実は「それは名案だ」と顔を輝かせたが、自分から話を切り出す勇気はない。結局、隣人たちに仲介を頼み込むと、彼らは「承知した。明日にも賽崑崙を探し出し、話をつけてやろう」と快く引き受けたのであった。
賽崑崙の義侠と洞房の夜
一方、艶芳と別れて以来、未央生は恋の病に身をやつしていた。彼女を盗み出したいが、夫に見つかるのが怖い。いっそ遠くへ駆け落ちしたいが、まだ見ぬ他の美女たちへの未練も断ちがたい。心は千々に乱れていた。されど、艶芳からの烈々たる文面が、彼の迷いを断ち切った。
「彼女を盗み出し、遠くへ連れて行きたい」
未央生から懇願され、賽崑崙は鷹揚に頷いた。
「ほう、あの女をか。造作もないことよ。だがな、若旦那。あの権老実という男は貧しい。妻を失えば、もはや新しい妻を迎えることもままなるまい。追い詰められた人間は何をするか分からん。害をなす相手にも逃げ道を残してやるのが、真の豪傑というもの。百両も残してやれば、あの男も新しい人生を始められよう。それが筋というものだ」
未央生は感心しつつも、「お言葉はごもっともですが、あいにく私の懐は空でして」と嘆息した。すると賽崑崙は、からからと笑った。「心配には及ばん。このわしは、一生を豪傑として生きてきた。金を惜しんで義は語れん。銀子はこちらで工面しよう。若旦那は、ただ返事を書けばよい」
未央生は喜び勇み、すぐさま筆を取った。
「愛しき艶芳へ
あなたと別れて二ヶ月、されど心は数十年も経たかのようです。賽崑崙殿に願い出たところ、あなたの決意が鉄石のごとく固いと知り、快く引き受けてくださいました。駆け落ちはあまりに危険ゆえ、ここは彼にお任せしましょう。あなたの夫が家を空ける時が、あなたが月影の如く家を出る時。吉報をお待ちください」
賽崑崙がこの返書を届けた、そのわずか二日後のことである。かの隣人が、賽崑崙のもとを訪ねてきた。「実は、権老実が商売にしくじり、妻を養えなくなった。ついては、妻を売りたいと申しております。あなた様は度量の広いお方、貧しき者を助けるのがお好きと伺っております。どうか、慈悲のお心で、あの女を買い取ってはいただけませんか」
賽崑崙は内心、舌を巻いた。(これは、なんという奇遇。こちらが策を巡らす前に、向こうから鴨が葱を背負ってくるとは。……あるいは、こちらの動きを察し、逃れられぬと見て先手を打ったか。いずれにせよ、好都合だ。こそこそと盗むより、堂々と買い取る方が、よほど風流ではないか)
「して、値はいくらだ」と賽崑崙が問うと、隣人は「二百両と申しておりますが、まあ、百両そこそこでも承知いたしましょう」と答えた。「ならば、百二十両出そう」と、賽崑崙は即決した。
当初は未央生の名義で買い取ることも考えたが、自分の名声があれば、役人どもも手出しはできまいと思い直し、自らが買い主となった。権老実が呼ばれ、婚書が書かれ、証文に手印が押された。隣人が証人となり、滞りなく取引は成立した。賽崑崙はかねてより用意していた百二十両を権老実に渡し、さらに仲介料として十両を隣人に握らせた。
その日のうちに、艶芳を乗せるための美しい籠が用意された。賽崑崙は、すぐには未央生に知らせず、密かに新たな住まいを借り、豪奢な寝台や調度品を整えた。そうして万端の準備が整った夜、華燭の典よろしく、煌々と灯る蝋燭のもと、賽崑崙は晴れて結ばれた二人を、新婚の閨へと静かに送り届けたのであった。
作者曰く。
思うに、友のために尽くす心は、かの鮑叔のそれに勝るとも劣らず、その義侠の心意気は、まさしく虯髯客の再来を思わせる。ただ、返す返すも惜しまれるのは、その篤き情を注ぐべき相手を、誤ってしまったことである。これゆえに、真の豪傑と称するには、及ばざるものがあったと言うほかない。
第十一回の解説
この回は、登場人物たちの思惑が複雑に絡み合い、一人の「豪傑」の機転によって見事に収束する、物語の大きな転換点です。単なる情事の顛末に終わらない、計算され尽くした構成が光る巻と言えるでしょう。
1. 簡潔な要約
物語は、夫の帰還によって未央生との逢瀬を絶たれた艶芳の強い決意から始まります。彼女は「一度汚したからには最後まで貫き通す」と覚悟を決め、未央生に駆け落ちを迫る脅迫めいた手紙を送ります。同時に、夫・権老実には病を装い辛く当たることで、彼の方から愛想を尽かすよう仕向けます。
一方、妻の豹変に衰弱しきった権老実は、隣人たちの助言を得ます。妻の不義の相手が天下の大盗賊・賽崑崙だと知って慄く彼らに、隣人は「いっそ賽崑崙本人に妻を売ってしまえ」という奇策を授けます。
その頃、艶芳からの手紙に心を決めた未央生も、賽崑崙に駆け落ちの手助けを依頼していました。賽崑崙はこれを快諾。しかし彼の美学は、単に盗み出すことを許しません。彼は、被害者となる権老実が再起できるよう、自腹で百両以上の金を用意することを申し出ます。
そこへ、権老実の隣人が「妻を買い取ってくれ」と話を持ちかけます。賽崑崙はこの偶然を好機と捉え、公の取引として艶芳を百二十両で買い取り、権老実に手切れ金と新しい人生の資金を与えました。そして、全てを秘密裏に手配し、何も知らない未央生と艶芳を新居で結びつけ、自らは静かにその場を去るのでした。
2. 各場面の魅力の深掘り
この回は、三者三様の視点が交錯する構成が魅力です。
艶芳の「過激なヒロイン」像の確立
艶芳の独白は、彼女のキャラクターを鮮烈に印象付けます。「淫するなら奔るべき」という開き直り、歴史上の情熱的な女性(紅拂妓、卓文君)を引いて自らの行動を正当化する大胆さ、そして未央生への手紙に見られる「言うことを聞かねばあなたの肉を喰らう」という激しさは、単なる被害者や恋に溺れた女ではない、自らの欲望に忠実な「豪傑」たらんとする強い意志を示しています。この過激さが、物語を強力に牽引するエンジンとなっています。
権老実と隣人たちの「庶民劇」のリアリティ
権老実の苦悩と、隣人たちの井戸端会議は、物語に滑稽さと現実味を与えています。妻の不義に悩みながらも、相手が大物だと知ると恐怖に震える権老実の小心さ。そして、同情しつつも「関わると危ない」と保身に走り、最終的に「売ってしまえ」という現実的な(そして少し無責任な)解決策を授ける隣人たち。この一連のやり取りは、当時の庶民の生活感や価値観を生々しく描き出しており、物語に厚みを持たせています。
賽崑崙の「義侠心」がもたらす爽快感
この回の真の主役は、間違いなく賽崑崙です。彼は単なる盗賊や仲介役ではありません。未央生の恋愛のために自らの金を惜しまず、事を荒立てずに関係者全員が(一応は)納得する形に収める手腕は、まさに「豪傑」そのものです。特に「受害者の逃げ道も考えてやるのが豪傑のやり方だ」という台詞は、彼の行動原理を見事に示しています。彼の存在が、泥沼化しかねない痴話喧嘩を、一種の「任侠活劇」のような爽快な物語へと昇華させているのです。
3. 物語の背景にある意味の検証
この回は、物語の根底に流れるテーマを巧みに表現しています。
「本物の豪傑」とは誰か?
巻頭の詩は「立派な身なりの者より、裏社会にこそ豪傑はいる」と問いかけます。物語はまさにその問いに答えるように、金も覚悟もない主人公・未央生や、自分の欲望にしか興味のない艶芳ではなく、裏社会に生きる賽崑崙を「真の豪傑」として描きます。しかし、最後の評で「その情熱を向ける対象を間違えたため、真の豪傑とは呼べない」と釘を刺すのが作者の巧みな点です。これは、物語の面白さを追求しつつも、儒教的な倫理観から逸脱しすぎないようにという、作者の絶妙なバランス感覚を示唆しています。
偶然と必然が織りなすプロットの妙
未央生と艶芳が「盗み出してほしい」と願う一方で、権老実側が「売りたい」と願う。この二つの全く異なる動機から生まれた計略が、賽崑崙という一点で奇跡的に交差し、最良の結末を迎えます。これは単なるご都合主義ではなく、「全ての物事は目に見えない縁で繋がっている」という仏教的な因果思想を反映しているとも考えられます。登場人物たちの利己的な思惑が、より大きな運命の流れの中で、意図せず調和していく様は見事です。
欲望の成就とその代償
未央生と艶芳は、最終的に自分たちの欲望(駆け落ち)を成就させます。しかし、それは彼ら自身の力によるものでは全くありません。賽崑崙の「義侠心」と「財力」という、いわば外部の力によって与えられたものです。これは、個人の欲望の追求は、それだけでは成り立たず、必ず何らかの社会的関係性や、時には(賽崑崙が権老実に支払った金銭のような)代償の上に成り立っているという、普遍的な真理を暗に示しているのかもしれません。
「モノ」として売買される女性:封建社会の非情な現実
この第十一回で、艶芳を売買する計画が「名案だ」と関係者にあっさりと受け入れられる背景には、当時の社会に深く根付いていた、女性の地位に対する非情な価値観が存在します。
1. 女性は「家」に帰属する財産であった
まず根本にあるのは、「女性は独立した個人ではなく、家父長(父親や夫)に帰属する財産である」という考え方です。
所有権の移行としての婚姻:当時の結婚は、現代のような個人同士の愛の契約という側面よりも、「娘の所有権が父親の家から夫の家へ移る」という取引の側面を色濃く持っていました。持参金などはその象徴です。したがって、夫が妻を「所有物」として扱うことには、社会的な正当性がありました。
個人の意志の軽視:家の存続や安寧、そして家長の面子といった「家」の都合が、個人の感情や意志よりもはるかに優先されました。艶芳がどれだけ未央生を愛そうとも、それはあくまで「個人の情事」。一方で、夫である権老実が直面しているのは、妻の不貞による「家の恥」、そして賽崑崙という強大な相手からの「家の危機」です。この社会では後者が圧倒的に重い問題と見なされるのです。
2. 「売買」が合理的選択肢となる論理
物語の中で、この非人道的な行為が「奇策」「名案」としてまかり通ってしまうのは、艶芳本人を除くすべての関係者の利害が、皮肉にも一致してしまったからです。
夫(権老実)の視点:彼にとって「売妻」は、①妻の不貞という恥辱からの解放、②報復の恐怖からの回避、③新しい妻を迎えるための資金獲得、という三つの利益をもたらす、最も現実的で安全な解決策でした。離縁では金銭は入らず、賽崑崙の恨みを買うだけです。
隣人たちの視点:彼らにとっても、面倒な揉め事が自分たちに飛び火することなく、地域の厄介事が片付くのですから、これ以上の解決策はありません。彼らの提案は、善意や同情からというよりは、コミュニティの平穏を維持するための自衛策としての側面が強いのです。
買い手(賽崑崙)の視点:彼にとっても、愛する女性(を求める友人)のために、駆け落ちや略奪といった非合法な手段に頼るより、「正当な取引」として公に彼女を手に入れる方がはるかに体裁が良く、後のトラブルもありません。
このように、艶芳の人間としての尊厳を度外視すれば、この「売買」は関係者全員にとって極めて合理的な取引として成立してしまうのです。この構造の恐ろしさこそ、作者が描き出したかった封建社会の歪みの一つと言えるでしょう。
3. 主体的に見えた艶芳の限界
この物語が巧みであるのは、艶芳を単なる無力な犠牲者として描いていない点です。彼女は自らの意志で恋をし、駆け落ちを画策し、夫を追い出そうとする、非常に主体的でエネルギッシュな女性です。
しかし、その彼女でさえ、最終的な自身の処遇が決定される「取引の場」からは完全に排除されています。彼女の主体性は、あくまで恋愛という私的な領域でしか発揮されず、社会的な制度や取引という公的な領域においては、全くの無力なのです。
このことは、「個人の意志や能力がいかに優れていようとも、それを許さない強固な社会構造の前では無に帰してしまう」という、封建社会における女性の逃れられない限界を冷徹に示しています。彼女の知らないところで自分の値段が決められ、所有権が移っていく様は、彼女のそれまでの主体的な行動とのギャップも相まって、より一層その非情さを際立たせています。
この「売妻」の描写は、単に物語を都合よく進めるための装置ではなく、女性が人間としてではなく「家の財産」としてしか価値を認められなかった時代の現実を、文学的に凝縮して見せた、痛烈な社会批評であると読み解くことができるのです。




