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欲望の教科書 肉蒲団 ―史上最も過激な仏教的自己啓発書―  作者: 光闇居士


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第十面:醜女の代役、艷芳との真珠の契り

挿絵(By みてみん)

『闇を裂く一灯、あるいは真実の寝顔』

闇の中で求め合ったものは、何だったのか。光の下で暴かれたものは、何なのか。

真実とは、時にかくも鋭く、人の心を切り裂く一筋の光に似ている。濃密な闇の中に浮かび上がる人間たちの、滑稽で、哀れで、そしてどこまでも愛おしいその一瞬の表情。


【しおの】

奇妙な代役

隣家の女は、思いがけず舞い込んだこの甘美な役割に、心の内で狂喜していた。あらかじめ幾枚かの絹布を懐にしのばせたのは、事が始まった折、自らの熱の証しがよその家の寝具を汚さぬように、という彼女なりの細やかな気遣いであった。

夜の帳が静かに下りるのを待ちわびて、女は我が家に錠を落とすと、いそいそと小道を渡り艷芳の家へと向かった。ところが、戸口で迎えた艷芳は、わざと悪戯めかしてこう言ったのである。

「今夜は無駄足だったわね。つい先ほど、あの人から使いが来て、どうしても酒席を抜けられないから、また日を改めてくれ、ですって。お姉さん、今夜はどうかお帰りを」

その言葉を聞いた途端、女の顔はみるみるうちに憤怒に染まった。期待が大きかっただけに、その落胆は計り知れない。艷芳が連絡を怠ったのか、それとも一度は承諾したものの、やはり惜しくなって独り占めする気になったのではないか。疑心と恨み言が、堰を切ったように溢れ出す。その剣幕に、艷芳はとうとう堪えきれず、声を立てて笑いながら白状した。

「冗談よ。もう間もなくいらっしゃるはずだから。存分にお相手してさしあげて」

艷芳はまず湯を沸かし、二人は体を清め合った。それから寝台の傍らに春榻しゅんとうを寄せ、自分はそこに身を横たえて事の成り行きを見守ることにした。艷芳は女に命じる。

「表の門をしっかり閉めて、その後ろで息を潜めて待つの。あの方が来たら、一度だけ、軽く戸を叩くはず。その音を聞いたらすぐに開けてあげて。お隣に気づかれてはならないわ。中へ招き入れたらすぐにかんぬきをかけて、静かに寝室へ。いいこと、決して声は立てないで。すべてが露見してしまうから」

女は厳粛な面持ちで頷いた。一人は寝台へ、一人は門の影へ。二つの影は、しじまの中へと吸い込まれていった。


闇の中の戯れ

一更いっこうの鐘が鳴り渡っても、門を叩く音はしない。女がしびれを切らし、様子を尋ねようと部屋へ戻った、まさにその時だった。漆黒の闇の中、何者かの逞しい腕が突如として彼女を抱き寄せ、有無を言わさずその唇を塞いだ。

女は、てっきり艷芳が男のふりをしてからかっているのだと思った。戯れに相手の股間へと手を伸ばす。すると、そこには、自身の想像を遥かに超えるほどの熱を帯びた塊が、誇らしげに昂っていた。その力強い感触に、女の手は思わず弾かれる。

(……本物だわ)

そう悟った瞬間、女はとっさに甘えた声を漏らし、しなだれかかるように吐息で尋ねた。

「あなた、いったいどこから入っていらしたの?」

未央生は、囁きで返す。

はりを伝って、静かに舞い降りてきたのさ」

「まあ、なんて頼もしいこと。さあ、こちらへ……」

二人は暗闇の中で互いの衣を解いた。未央生がまだ帯に手をかけているうちに、女はすでに素肌を闇にさらし、寝台に横たわっていた。未央生が寝台に這い上がり、彼女の脚を己の肩に担ごうと手探りするが、どこにも見当たらない。なんと女は、彼が体を重ねるのを待ちきれず、自ら両の脚を高く天に突き上げ、万全の態勢で迎え入れていたのである。

(なんと凄まじいほどの女だ。こうなっては、もはや小手先の戯れは不要。真正面からこの身の全てをぶつけるまで)

未央生は己の中でそう覚悟を決めると、腰を浮かせ、的を定めて一気にその身を沈めた。

「ああっ! だめ、そんなに……!」

女は苦悶とも歓喜ともつかぬ悲鳴を上げた。未央生が一度は力を緩め、ゆっくりと道を拓こうと試みるが、彼のそれはあまりに雄々しく、先端がわずかに触れるばかりで、それ以上進むことを拒む。

「お願い、潤して……!」と女が喘いだ。

しかし未央生は、そのような作法は男の沽券に関わると、さらに力を込める。ついに女は観念し、己の掌に唾液を含ませると、自らの秘めたる蕾にそれを塗り込み、余った雫で彼の昂りを濡らした。

「これで……大丈夫。ゆっくりと……」

未央生は、男の矜持を示すかのように、彼女の両の腿をがっしりと掴むと、鍛え上げた己の全てを、その身の最も深い場所まで一息に突き入れた。

女は再び甲高い声を上げた。

「なんて乱暴な……! 奥が、奥が苦しいわ。少しだけ、少しだけ抜いて……!」

未央生は耳元で囁く。

「入りきらぬと嘆くものを、どうして外へ逃がすものか。身じろぎもせず、この熱を存分に味わうがいい」

そこから、寄せては返す波のような律動が始まった。初めは悲鳴にも似た声を上げていた女も、幾百、幾千と続く身の交わりのうちに、やがて言葉にならない嬌声を漏らし、陶然と腰を揺らし始める。未央生は彼女が果てるのを待つつもりであったが、代役の女は、本物の艷芳にこの悦びを奪われるのを恐れ、二度も頂を迎えながら「まだよ」と嘘をついた。

それを真に受けた未央生は、意地になってさらに数百の刻みを加える。ついに女が「もう、死んでしまう……止めて、ただ抱いて眠って……」と泣きじゃくったところで、ようやく長い夜の戦いは終わりを告げ、二人はもつれ合うようにして深い眠りへと落ちていった。

暗闇であったこと、そして女の肌は浅黒かったものの滑らかで、何よりその足が小さく可憐であったため、未央生は、腕に抱いているのが別人であるとは夢にも思わなかった。


暴かれた真実

寝台の傍らで息を殺していた艷芳は、二人の一部始終に確信を抱いていた。

(あの尋常ならざる昂り、そしてあの巧みな技……。間違いなく、世に並ぶ者のない剛の者。この人にこの身を委ねるならば、もはや何の悔いもない)

彼女は二人が寝入ったのを見計らい、静かに台所へ向かうと湯を沸かし、一本の蝋燭に火を灯して寝室へと踏み込んだ。

艷芳は、寝台を覆うとばりを勢いよく跳ね上げ、布団を剥ぎ取って鋭く叫んだ。

「何者だ! 夜更けに人の家に忍び込み、不埒な真似をする賊は!」

その声に、未央生は文字通り飛び起きた。てっきり家の主人が間男を捕らえに来たのだと思い、恐怖に体が震える。しかし、灯りの下におそるおそる顔を上げると、そこに立っていたのは、先ほどまで腕の中にいたはずの女(艷芳)であった。

驚いて隣に目をやると、そこには見も知らぬ醜い女の寝顔がある。

「こ、これは……いったい誰なのだ!」

醜女は、少しも慌てた様子なく身を起こすと、落ち着き払って答えた。

「驚かないでくださいな。私は艷芳さんの代わりを務めた、向かいの家の者ですよ。あの日、門前をお通りになるあなた様を見初め、艷芳さんにお勧めしたのは、何を隠そうこの私。彼女が、あなたの見目は良くても、ねやでの務めが伴わぬのでは、と案じておりましたのでね。私がまず毒味をさせていただいた、というわけです。見事、合格ですよ。さあ、本物とお代わりなさいな。私もこのままご相伴に預かりたいのは山々ですが、お邪魔でしょうからこれで失礼しますわ」

彼女は手早く衣を掴むと、未央生に「私のことも、お忘れなく」と秋波を送り、艷芳に礼を言って嵐のように去っていった。


本物の契り

艷芳は静かに門を閉じると、未央生に向き直って言った。

「今夜はもう、あなたを逃がしはしないわ。まずは、そのお体を清めてちょうだい。他の女の残り香を、私に移されては困りますから」

未央生はその言葉に深く感心した。

「なるほど、それはもっともだ。ついでに口も漱がねばなるまい」

艷芳はすでに手拭いと真新しい汗巾かんきんを用意していた。その気の利きように、未央生は、この女への想いをますます募らせるのだった。

身を清めた艷芳を、未央生は寝台へと誘った。灯りを消し、彼女の雪のように白い肌に触れる。その乳房の張りも、秘めたる場所の潤いも、先ほどの女とは比べるべくもなかった。

ここで未央生は、手練れの作法を披露した。彼女の頭から枕を抜き取り、それを彼女の腰の下へと敷かせたのである。

なぜ、枕を腰に敷くのか。男女の交わりは、兵法に通じるものがある。相手の深さを知り、己の長さを知る、「彼を知り己を知る」ことこそが肝要なのだ。未央生のそれは、先の改造によって逞しさを増したものの、長さには限りがある。一方で、艷芳のそれは名器の誉れ高く、奥深い。短い刀で深い谷を攻めるには、女の腰を浮かせて角度をつけ、最奥まで届くように「補湊ほそう」する必要があった。さらに、頭から枕を抜くことで、二人の顔が自然と寄り添い、唇を重ねやすくなる。未央生の一挙手一投足に、艷芳は「この人こそ、本物だ」と、心の中で歓喜の声を上げていた。

熱い交感が始まった。

最初は冷静を装っていた艷芳も、未央生の絶妙な緩急――引くときは速く、突くときは重く、ゆっくりと――その熟達した攻めの前に、やがて甘い声を漏らし始めた。

「ああ……あなた……。なんて、心地よい……」

未央生は、さらに彼女の心を煽る。

「俺は、音のしない交わりは好まぬ。中で熱が絡み合う音を聞きたいのだ。だが、隣に聞こえはしないか?」

「大丈夫よ。片側は空き地、もう片方は家の台所だから」

その言葉を聞くや否や、未央生はさらに激しく、深く、そして官能的な水音を立てながら、彼女の全てを求め尽くした。

艷芳の体から溢れた愛の蜜が、寝床を濡らしていく。未央生がそれを拭き取ろうとすると、彼女は首を振ってそれを拒んだ。

「そのままで……。この音が、響くのが好きなの」

二人はもはや理性を忘れ、本能のままに乱れ、溶け合い、そして、共に至上の頂を味わったのだった。


暁の別れ

ふと気づけば、窓の外が白み始めていた。

艷芳は名残惜しそうに彼を送り出した。それから十数夜、未央生は夜ごと彼女の元へと通い詰めた。時には昼間も家に潜み、二人は衣を纏わぬ姿で睦み合い、この世にある快楽の全てを味わい尽くした。時折、あの隣家の女が顔を見せたが、未央生は最初の恩義を感じ、適当にあしらっては彼女を満足させてやった。

この夢のような日々は、夫である権老実けんろうじつが旅から帰るまで続いた。艷芳の馴染みの客であり、実は未央生のために手引きをしていた賽崑崙さいこんろん――未央生の友人でもある――が関わったこの奇妙な関係を、人の良い権老実は最後まで気づくことはなかった。

人の世でつけられる「あだ名」というものは、時として不思議とその本質を言い当てる。「老実(正直者)」という名を持つ者が、最後まで真実を知らぬままでいるように。

作者曰く、

古より伝わることなき閨房の秘め事、千金にも代えがたい交わりの法。これをかくも赤裸々に世に記すは惜しむべきことかもしれぬ。されど、これぞ人の世の偽らざる姿の一片というべきか。

第十回徹底解説:策略、官能、そして真実の交錯

この第十回は、主人公・未央生が理想の女性と信じる艷芳と、ついに関係を持つ極めて重要な転換点です。しかし、そこには一筋縄ではいかない巧妙な罠が仕掛けられており、物語は単なる情事の描写を超え、人間の欲望や心理、そして社会への風刺に満ちた、文学性の高い一幕となっています。


1. あらすじ:巧妙に仕組まれた「毒味」の夜

物語は、未央生との一夜を熱望する隣家の醜女が、艷芳の仕掛けた計画に乗る場面から始まります。その計画とは、醜女を艷芳の「代役」として未央生に差し向け、彼のねやでの技量を試す、いわば「毒味」でした。

漆黒の闇の中、未央生は相手が艷芳であると信じ込み、醜女と激しい一夜を共にします。醜女は絶頂を偽りながらも、その交わりを貪欲に楽しみます。二人が寝入った後、艷芳が蝋燭を手に颯爽と登場。偽りの情事の幕を切り裂き、驚愕する未央生の前に「本物」の自分を現します。

醜女は満足げに礼を言って去り、未央生は艷芳と体を清め直した後、改めて真の契りを結びます。そこで彼は、これまで経験したことのない技術と感性の交歓を味わうのでした。二人はその後、艷芳の夫が帰宅するまで、快楽の日々を送り続けます。


2. 各場面の魅力と深掘り解説

この物語の魅力は、計算され尽くした劇的な場面展開にあります。

場面①:奇妙な代役の心理描写の妙

隣家の醜女は、決して単なる道化役ではありません。彼女が持つ抑えきれない欲望の強さと、よその家の布団を汚さないようにと絹布を準備する細やかな気遣い。このアンバランスな描写が、彼女の人間臭さを際立たせています。「美醜」という外見的な価値観を揺さぶり、欲望の前では誰もが平等であるという、ある種の真実を突き付けてくるのです。滑稽さと紙一重の切実さが、物語に深い奥行きを与えています。

場面②:「暗闇」という最高の舞台装置

視覚が奪われた暗闇の中での情事は、触覚や聴覚、そして想像力を極限まで鋭敏にします。未央生は相手の顔を見ることなく、その肉体の反応だけで相手を判断し、満足します。読者は「それが別人である」という事実を知っているため、未央生の大きな勘違いが、スリリングでありながらも極上の皮肉として機能します。この「暗闇」は、欺瞞や本能が剥き出しになるための完璧な舞台装置と言えるでしょう。

場面③:光と闇が交錯するクライマックス

艷芳が蝋燭の光と共に登場する場面は、物語の頂点です。甘美な夢(闇)が、冷徹な現実(光)によって無慈悲に暴かれる、その劇的な対比が見事です。未央生の驚愕、艷芳の計算し尽くした冷静さ、そして醜女のあっけらかんとした退場。三者三様のキャラクターが一瞬にして立ち現れるこの場面は、まるで優れた戯曲の一幕を見るような緊張感とカタルシスに満ちています。

場面④:閨房を「兵法」と捉える知性

艷芳と未央生の本当の交わりは、単なる本能のぶつけ合いではありません。「枕を腰に敷く」という具体的な閨房術を、「相手を知り、己を知る」という兵法の心得になぞらえて解説する知的な視点が、この物語を単なる官能小説から一線を画すものにしています。肉体だけでなく、技術や知性においても互いを認め合う理想的なパートナーシップが描かれることで、快楽の奥深さが表現されています。


3. 物語の背景にある意味の検証

この第十回は、表層的な物語の裏に、鋭い人間観察と社会風刺を内包しています。

テーマ①:「試す女」と近代的な価値観

艷芳は、男の価値を家柄や財産ではなく、「閨での技量」という極めて個人的な尺度で測ろうとします。自らの快楽に忠実で、そのためには大胆な策略も厭わない彼女の姿は、家父長制社会における女性像への挑戦であり、非常に主体的で近代的な精神の萌芽と読み解くこともできます。

テーマ②:「名」と「実」の乖離という皮肉

物語の結びで、艷芳の夫「権老実(正直者の意)」が最後まで騙され続けることが示唆されます。これは、名前や肩書といった「名(外見)」と、その「実(実態)」が一致しないという、人間社会に普遍的に存在する欺瞞への痛烈な風刺です。未央生自身も、暗闇の中で「艷芳という名」を思い浮かべながら、実際には「醜女の実」を味わっていました。我々が見ている現実は、果たして本物なのか、という問いを投げかけているのです。

結論として

この第十回は、巧みなプロットと劇的な演出の中に、人間の心理や欲望の本質を巧みに織り込んだ、非常に文学性の高い一章です。滑稽さとシリアスさ、本能と理性が鮮やかに対比されるこの物語は、読者に対して「愛とは何か、真実とは何か、そして快楽とは何か」という、時代を超えた普遍的な問いを投げかけていると言えるでしょう。


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シェイクスピアとの邂逅:『尺には尺を』と『肉蒲団』の「ベッド・トリック」

この二つの物語を比較し、文化的な背景と共に深掘りしてみましょう。


1. 酷似する筋書き:暗闇の中の入れ替わり

まず、両者の驚くべき共通点を確認します。

『尺には尺を』の筋書き

舞台はウィーン。厳格な摂政アンジェロは、婚前交渉の罪で若者クローディオに死刑を宣告します。クローディオの姉で、修道女見習いのイザベラが弟の助命を嘆願すると、アンジェロは彼女の純潔と引き換えに弟を助けると、偽善的な取引を持ちかけます。

そこで、街を離れたはずの公爵が僧侶に変装して介入し、一つの計略を授けます。それは、かつてアンジェロに婚約を反故にされた女性・マリアナをイザベラの身代わりにし、暗闇の中でアンジェロの寝室へ行かせるというものでした。アンジェロは相手がイザベラだと信じ込んだまま、マリアナと一夜を共にします。

共通する構造

『肉蒲団』第十回 と 『尺には尺を』

計略: ベッド・トリック(暗闇での入れ替わり)

仕掛人:艷芳えんほう、 ヴィンセンショー公爵

騙される男: 未央生びおうせいとアンジェロ

身代わり: 隣家の醜女 with マリアナ

本来の相手:艷芳えんほう&イザベラ

舞台設定:視覚が効かない漆黒の闇

このように、物語の骨格は瓜二つです。「男が欲望の対象と信じる女性と寝ているつもりが、暗闇のために別人とは気づかない」という構造は、東西の文化を超えて共有されているのです。


2. 目的の分岐点:快楽の検証か、道徳の回復か

しかし、その計略が「何のために」行われたのかという動機を見ると、両者の間には決定的な文化の違いが横たわっています。

『肉蒲団』の目的:個人的な快楽と実利主義

艷芳の目的は、極めて個人的かつ実利的です。彼女は未央生を情夫として迎え入れるにあたり、彼の「ねやでの技量」が本物かどうかを確かめたかった。つまり、将来にわたる自らの性的快楽を保証するための「品質テスト」として、この大掛かりな計略を仕組んだのです。

ここには社会的な正義や道徳は介在しません。あくまで個人の満足を追求する、ある種のプラグマティズム(実用主義)と hedonism(快楽主義)が根底にあります。醜女もまた、自らの欲望を満たすためにこの役割を喜んで引き受けており、登場人物全員が個人の欲望に忠実です。

『尺には尺を』の目的:社会正義と道徳の回復

一方、シェイクスピアの劇におけるベッド・トリックは、社会正義と道徳を回復するための装置として機能します。

偽善の暴露:聖人君子を気取るアンジェロの偽善を暴き、罰を与える。

純潔の保護:修道女イザベラの貞操を守る。

婚約の履行:アンジェロにマリアナとの婚約を果たさせ、彼女の名誉を回復させる。

公爵の目的は、法と秩序、そしてキリスト教的な道徳観を社会に取り戻すことです。個人の快楽ではなく、「正義(Justice)」や「慈悲(Mercy)」といった、より大きな社会的・倫理的テーマが中心に据えられています。


3. 文化比較から見る深層

この違いは、明代中国とルネサンス期イングランドの文化的な価値観を色濃く反映しています。

 明代中国の文人文化と人間観

『肉蒲団』の作者・李漁りぎょが生きた明末清初は、儒教的な建前社会の裏で、個人の感情や欲望を肯定する人間中心的な思想が花開いた時代でした。特に文人の間では、性愛を「養生」の一環と捉えたり、人生を謳歌するための芸術と見なす風潮がありました。『肉蒲団』は、そうした価値観を極端な形で文学に昇華させた作品です。艷芳の行動は、「人生の快楽は自らの手で選び、検証すべきもの」という、極めて大胆な個人主義の現れと言えます。

 ルネサンス期イングランドの社会と道徳

シェイクスピアが描く世界は、キリスト教的な道徳観が社会の根幹をなしています。人間の欲望は「罪」と結びつきやすく、それをいかに理性や信仰、あるいは社会的な法によって制御するかが重要なテーマとなります。『尺には尺を』は、その名の通り「やられたらやり返す」という応報の原理と、「人を裁くな」というキリストの教えとの間で揺れ動く、人間の不完全さや社会の矛盾を描いた「問題劇」です。ベッド・トリックは、この道徳的なジレンマを解決するための、一種の「奇跡的な方便」として用いられているのです。


『肉蒲団』と『尺には尺を』は、奇しくも同じ「ベッド・トリック」という物語の装置を使いながら、一方は「個人の快楽の質の追求」を、もう一方は「社会的な正義の回復」という、全く異なる目的地に到達します。

この比較は、人間が抱く欲望や陥りやすい過ちという普遍的なテーマが、文化というフィルターを通すことで、いかに多様な物語として結実するかを示す、非常に興味深い一例と言えるでしょう。

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