序文ー創作の目的
これは、欲望の「取扱説明書」ではない。「警告書」だ。
快楽の頂点に、本当の幸福はあるのか?
史上最悪の主人公が、あなたの人生の「最高の教師」になる。
エロスの皮を被った究極の人生哲学書、ついに解禁。
【しおの】
『肉蒲団』作者・李漁【清】はご存じでしょうか。その後の歴代統治者から性描写や主人公の欲望のまま物語の展開から禁ずることが多かった。
実はこの作品を深く読み解くと、「人間の欲望の極致を描くことで、逆説的にその虚しさを説き、仏教的な救済と道徳へ読者を導くため」に作られたことが分かってきます。
それは単なるポルノグラフィではなく、「ポルノグラフィの形をとった、極めて巧みな勧善懲悪の寓意小説」なのです。
その目的は、大きく分けて以下の3つに集約できます。
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目的1:最強のフックとしての「性」
作者が最も効果的だと考えたのは、読者の心を鷲掴みにする「フック(引っかかり)」です。人間の最も根源的で強力な関心事である「性」を物語の中心に据えることで、まず読者を物語の世界に夢中にさせ、引きずり込むことを狙いました。
堅苦しい説教や道徳の教科書を読みたい人はいません。しかし、刺激的で過激な性愛の物語であれば、誰もがページをめくる手を止められなくなる。作者は、この人間の抗いがたい性質を利用し、最もとっつきやすい娯楽の形を借りて、最も伝えたい哲学を届けようとしたのです。
目的2:欲望のシミュレーションと因果応報の体感
この物語は、読者のための壮大な「思考実験」であり、「バーチャルリアリティ(仮想現実)」です。
主人公の未央生は、美貌、才能、知性、財産という、人が望むすべてを手に入れた理想的な存在として設定されています。作者は読者に問いかけます。
「もし君が、未央生のように何の制約もなく、欲望の限りを尽くせる立場にあったらどうするだろうか?」
読者は未央生に自らを投影し、彼の破天荒な冒険をハラハラしながら追体験します。しかし、その旅路の果てに待っているのは、栄光ではなく、裏切り、絶望、そして自らの性器を失うという究極の破滅です。
これにより、読者は安全な場所から、
「欲望を野放しにすれば、最終的には自分自身を滅ぼす」
という仏教の因果応報の法則を、理屈ではなく、物語を通して感情的に、そして強烈に体感させられるのです。これは、どんな説法よりも効果的な教訓の伝え方と言えるでしょう。
目的3:知識人階級と社会への痛烈な風刺
物語が書かれた明末清初の時代は、社会秩序が乱れ、特に知識人階級が口では高尚な儒教道徳を語りながら、裏では私利私欲に走るという偽善が蔓延していました。
主人公の未央生は、まさにその象徴です。彼はその明晰な頭脳を、悟りのためではなく、いかにして女性を口説き、自らの欲望を正当化するかということにのみ使います。
これは、「頭でっかちな知識や理屈だけでは、人間は救われない。むしろ、その知識が人間を堕落させることさえある」という作者からの痛烈な批判です。物語の結末で、未央生が知性ではなく、耐えがたい肉体的な苦痛によって初めて真の悔恨に至る場面は、「人間は痛い目に遭わなければ本当に学ぶことはできない」という作者の冷徹な人間観を示しています。
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『肉蒲団』は、一見すると欲望を肯定しているように見せかけながら、その実、人間の欲望という「毒」を読者に味わわせることで、その毒の恐ろしさを骨の髄まで理解させ、最終的に「解毒剤」としての仏道や道徳の価値を悟らせる、という非常に高度で計算され尽くした構造を持つ作品なのです。
それでは筆者の私と一緒にこれからこの異質な文学作品を読んでいきましょう。
光闇居士
『肉蒲団』(にくぶとん)
概要
清代初期の作家・李漁の作とされる作品。主人公の未央生は、「天下第一の才子」を自称する男。彼は「天下の美女をことごとく味わいたい」という壮大な欲望を抱き、妻を置いて旅に出ます。様々な女性と関係を結ぶ中で、自らの身体的な限界を感じ、ついには怪しい術士に頼んで常軌を逸した肉体改造まで行います。しかし、快楽を追求した果てに待っていたのは、自らの行いがすべて自分に返ってくるという「因果応報」の壮絶な結末でした。
文学的価値
一見すると奇想天外なエロ小説ですが、その構造は極めて哲学的・仏教的です。「人間の欲望はどこまでエスカレートするのか」「快楽の果てに何があるのか」という普遍的なテーマを追求しています。物語全体が「欲望の追求→破滅→仏門への帰依」という仏教説話の形式を取っており、エンターテイメント性の高い物語を通じて、読者に道徳的な教訓を説くという巧みな構成になっています。
禁じられた所以
奇抜で過激な性的描写: 特に肉体改造のアイデアは、常識を遥かに超えるものでした。
儒教的価値観の完全否定: 主人公の未央生は、学問で身を立て、家を守り、子孫を残すという儒教的な幸福を真っ向から否定し、ひたすら個人の性的快楽を追求します。この自己中心的で反社会的な生き方は、社会秩序の根幹である「家」や「道徳」を軽んじる思想であり、極めて危険視されました。
【しおの】




