#01 全てが消えてなくなれば
不定期更新
神は人の幸せを認めていない。
進化・遺伝子は幸せを望んでいない。
人は幸せになれず、不幸・不安を手放すことはできないであろう。
なら幸福を求めることそのものが、愚かなのだろうか。
間違っている行為なのだろうか。
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全てを終わらせてほしい。
最後を迎えたことはないが、そう思うことは珍しくもない。
終わり を求めている。
結末を急いでいる訳ではないが、この長い人生はあまりにも、生きる喜びより、死ぬ安堵、生きる苦しみ、不安の方が、優ってしまう。
いつからだろうか、そんなつまらない存在になってしまったのは、
昔は、友達と遊んで、美味しいものを食べて、美しい景色を見て、それだけで生きたいと、生き続けたいと思えていた。
今や、気づくと、そのような無垢な心はなく、あの頃のような感性はない。
幼き頃も、駆り立てるような恐怖はあったが、それ以上に希望的だった。少なくとも今のような、朽ちた天秤ではなかった。
気持ちの持ちようと言えばそうなのであろう。
でも、透き通り、真っすぐだった過去に戻るには、清算しきれない罪、穢してしまった時間が重く、深すぎる。
知りすぎてしまったのだ。
肥えすぎてしまったのだ。
だから私は求めている。何度も何度も。
私は終わりという赦しを求めている。
終われば、許されるわけでなくとも、この苦しみからは救われると、か細い祈りに縋っているのだ。
不幸のない世界など来ないからこそ、終わりという幸も不幸もない世界を求めているのだ。
-1-
あるマンションの屋上。
男は自殺を『考え』ていた。
男にとって、ここから飛び降りてしまえばいい、それだけのことだ。
世界を消すことも、世界から消えることも、たった1アクションで可能なのだ。
彼は、真下に走る小さなゴミ粒のような車を見ながら思う。
死にたいと思う反面、死ねないなと。
少し大きく息を吸い、溜息のようなに吐く。そしてまた、無意味にも『考え』る。
飛び降りが駄目なのかと。
別に、ここからでなくとも、首つり、入水、練炭、飛び込み、命を終わらせる方法はいくらでもある。飛び込みはちょっと、巻き込まれた車や電車のことを考えると可哀そうだが、
いや、可哀そうってどうせ死ぬのに考える必要なんてあるのか?
そもそも他者に迷惑をかけない死に方なんてないんだし、気にすることなんてないだろ。
そのようなことをぐるぐると巡らせると、やはりある結論に辿り着くのだ。
本当は生きたいんじゃないかと。
実際、彼はそうなのだ。
死にたいほど生きたく、生きたいほど生きたくない。
生きていては、生きていけないほど、生きたいのだ。
「俺って死ぬことも、生きることもできねえな」
嗚咽にも、えずきにもならない感情。
いつも彼はこの繰り返しだった。不幸になるならなってしまいたい、幸せでも、不幸でもないこの中途半端な状態が、彼をこうしてしまったのだ。
いっそのこと、破滅。
終わりが欲しい。
解決しない不安、在りもしない不安、杞憂を保留、放置できない性質の彼は、幸せにはなれない。
不安や恐怖がない平穏を幸せと定義している時点で、起こりえないのだ。
人は不安からは逃げられない。
どんなに金持ちになっても、どんなに出世しても、どんなに異性にモテても、だ。
金持ちには金持ちの不安が、大出世した者にはその地位なりの恐怖が、モテる男にはモテる男なりの悩みがあるのだ。
例え神に、全知全能の存在になろうと、その本質、強迫感・不安感は消えない。
即ち、明日が怖い。消えてしまいたい。
根源的な感情は、闇を引き付ける。
それは人間を人間たらしめるもの。
漆黒というには、色が混ざりすぎている暗黒な起伏。
安易に言ってしまえば、腐敗した心が足音をたて、ゆったりとだ。
ぽろっと声に出てしまう。
「やっぱ死のうかな」
独白。
独り言だった。
……のつもりだった彼にとっては、
「死ぬには天気が良すぎないかしら?」
彼は凄まじい速さで振り返ると、夕日に目を眩める。
そこには制服を着た高校生?の少女が。
いつからいたのだろうか、と彼は思うと同時に、独り言を聞かれていたことが恥ずかしいと思った。
どうせ死ぬつもりだったんだから(いつか死ぬ)何を気にしてるんだとも思った。
にしても大人びている。
長い黒髪に、きりっとした瞳。すらっとした細身の体系。どこか儚げな彼女を、夕日が背後から照らす。彼にとって彼女は満ちた月のように美しく、尊く感じた。もう少しで三十にもなる男が魅入るほどにだ。
「別に死ぬつもりはなかったけどさ、死ぬのにいい天気なんてあるのかい?」
自殺を止めようとした彼女に彼は問うた。
こんな問いに、明確な返答はないが、
「どうせ終わるなら、雨か雪の日がいいわ」
「どうして?」
分からなくはない。
でも彼にその答えが言語化はできない。彼女はどうだろうか。
「……ただ私がそう思うから、理由なんてないわ。あえて言うなら心がそう思うから」
曖昧な回答。
彼と同く具体的な答えは持っていないのかもしれない。
「あなた死のうと、『考え』ていたんでしょ」
「ああ、けど今死ぬつもりはない」
「私に見られたから?」
「かもな、君もやだろ? 人が目の前で死ぬのを見るのは」
一刹那の静寂。
神妙な風が彼女の言葉を押す。
「どうかしらね。それにあなたが死ぬのに、私がどう思うかなんて関係あるのかしら」
「そうだな、関係ないな」
彼は意地悪にも、悪戯心が言わせる。
「関係ない。やっぱ今すぐ死ぬか」
彼は彼女に背を向け、前に進む。
死ぬつもりはない。いや、あるかもしれない。彼女の返答次第。風まかせである。
返答が、反応がなければ? そのときはそのときだ。いっそ消えればいいとすら思っていた。
「人間一度しか死ぬことはできない」
彼は苦笑した。その聞いたことのある台詞に。
「死ぬのは今じゃなきゃだめかしら」
「君の言葉じゃないんだね」
「……私の想いではあるわ」
彼女の言葉に続けて呟く。
「命は神様からの借り物・・・か」
そんなつぶやきに対し彼女は、
「ええ、だからそんなに何かに恐れて生きることもないわ」
と。
それを聞くと彼はくるっと振り返り、彼女に近づき。
「自殺は一旦やめだ、」
続けてこういった。
「この辺に、美味いラーメン屋があるんだ」
「行かないか?」
と。
彼は、彼女に何か近しい色を感じていた。
-2-
「ここの店が美味いんだ」
浮いている組み合わせの二人は、店の前にあるメニュースタンドを見ていた。
メニュー表には、ごく一般的なラーメン。そしてチャーチューメン、ネギラーメン、ネギチャーチューメン。どれも最初のラーメンをベースにしたものだ。
「中華そばなのね」
「駄目だったか?」
「いえ、嫌いじゃないわ」
彼は、
「家とか二郎系とかの方がよかった?」
と思ってもいないことを聞く。
「私、意外と食べられるわよ。今回はあっさりしたのがいい気分だったけど」
「ならよかった」
そう返すと彼は店に入る。彼女も後を追うように入っていった。
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「あざした」
「ご馳走様でした」
外に出ると彼女は財布を取り出し、
「これ、私の分」
と千円札を彼に向ける。
彼は続けて、
「いいよ、カッコつけさせてよ」
満足気な彼は奢ったのだ。
誘ったのも彼だし、自然なことであろう。
「もう店の外よ、体裁を気にすることもないわ」
「他人なんてどうでもいいさ、君に格好つけたいんだよ」
あんなところを見られたのに、彼に格好なんてあるのだろうか。
「今日死ぬかもしれなかったんだ、千円くらいいいよ」
「そう」
「それにさ、楽しかったから、ありがと」
彼女はお札を財布に戻して、
「私もよ、また一緒に食事しましょう」
と。
「そうだね、また」
その言葉を最後に、二人は別れた。
彼は思った。
連絡先も名前すら聞かずに、『また』なんてあるだろうかと。
同じ街に住んでいるから会う可能性もあるだろうと。
いや、そもそも同じ街なのか?
彼女がたまたま何かの用事でここに来た可能性もある。
もう二度と会えないかもしれないと。
そんな彼の心配はすぐにも、解消されることになる。
ある事件によって思ってもいない形、思ってもいない色で。
彼、刀無瓜人は生涯、
彼女、平野月夜と長い長い、関係になるのだ。




