Episode.11-A~穏やかな温もり~
前話:Episode.10-A
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本棚の前に立ち、圭はしばらく指を滑らせるようにして背表紙を眺めていた。
「小説がいいかな。あまり難しくない方が入りやすいと思うし……これなんてどう?」
手に取ったのは、ベストセラーにもなった人気のミステリー小説。
複雑すぎない構成ながら伏線とサスペンスが絡み合い、読後の爽快感もある。読書に不慣れな人でも入りやすいジャンルだ。
雪那は本を受け取り、少しの間タイトルを見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「……わかった。読んでみる」
その顔は相変わらず感情の読めない無表情だったが、どこか微細な満足が滲んでいたような気がした。
「お〜い、高嶺先輩? 本選べました……って、センパイいるじゃん! おかえり〜」
すると本棚の向こうから凛のよく通る声が聞こえた。
ヒョコッと顔を出した彼女は圭を見つけると嬉しそうに笑顔を浮かべて歩み寄ってくる。
「センパイみて〜。三枝先輩に本選んでもらった!」
「……お前、本好きじゃないだろ? 大丈夫なのか?」
「うん、だから先輩におすすめ選んでもらったの」
「へぇ……ってこれ漫画じゃん!」
凛が持ってきた本をよく見ると、淡白な表紙の下の辺に『コミックス』と書かれていた。
中身を見せてもらっても、字よりも絵のしめる割合が圧倒的に多い。
内容は至って真面目な知識本だったが、こんなものが図書室にあるとは初耳だった。
すると、凛の後ろをついてきていた結菜が微笑みながら言った。
「凛ちゃん、活字読みたくないって言うから……図書室の古本コーナーから探してきたの」
そういう彼女は少し誇らしげだ。だが、少し疲れているように見える。
それもそうだろう。物理的にも精神的にも彼女には凛の相手は大変だろう。
「高嶺さんは何の本選んだの?」
「小説」
結菜の質問に雪那は本の表紙を見せながら端的に答える。
その表紙を見た結菜は目を輝かせた。
「わっ、それすっごい面白い本だよ。センスいいなぁ、自分で選んだの?」
「ううん、篠原君に選んでもらった」
「そうなんだ。圭君、流石だね」
雪那の言葉を聞いて、結菜は一瞬表情を強張らせたがすぐにいつもの調子でこちらにサムズアップしてくる。
それにサムズアップを返していると、凛がずいっと顔を近づけてくる。
「ねぇねぇ、センパイ?」
「ん?」
「さっきから思ってたんだけど、センパイと高嶺先輩って付き合ってるの? なんか距離近くない?」
茶化すような声と、にやにやとした笑顔。
「ち、違うよ。そんなわけないだろ」
圭は即座に否定するが、口調が少し早口になった時点で、余計に怪しく映ったらしい。
「え〜? 怪し〜い」
凛はますます笑みを深めながら、雪那の反応も伺うように視線を向けたが、彼女は何も言わず本のページをそっと撫でていた。肯定も否定もしないその態度が、かえって妙に意味深に見える。
その様子を見て、凛は興を削がれたのか小さく息を吐く。そしていつも通りの明るい彼女に戻った。
「ま、いっか。また今度教えてね!」
「だから、別に何でもないって……」
その日の図書室は何だかじめっとしていたような、そんな気がした。
――――――
その後、流れで四人で帰ることになった。
昇降口を抜け、夕暮れに包まれた校庭を歩く。図書室の匂いも好きだが、やはり外の空気は澄んでいて心地が良い。
四人で歩きながら何気ない会話を交わす。
「それにしても、よく高校受かったな」
「でしょでしょ〜、もっと褒めてー!」
凛はフンスと胸を張る。しかし圭はまだ半信半疑であった。
「……一応聞くけど、暗いことに手突っ込んだわけじゃないよな……?」
「ひどっ! 一応ちゃんと勉強したんだよ? 塾も通ってたし!」
その発言に圭はさらに目を見張る。机が人生で一番苦手と言ってもいい彼女が塾に通っていたと言う事実を受け止められない。
「凛を抱えてくれる塾があったのか……」
「センパイ、そろそろ怒るよ……?」
「……ごめん」
そんなやりとりをしながらも、四人で歩く帰り道は賑やかだった。
ただ一人、雪那だけは三人が話しているのを眺めていた。
――――――
帰り道の分岐で、三人と別れ、圭は一人帰路を歩いていた。
少しだけ長くなった影が、夕焼けに伸びている。
手には自分が選んだ本と、貸し出しカード。
結菜、凛、そして雪那。
いずれも、深く関わりを持ってきた少女たち。
その三人と、自分は今、同じ委員会で過ごしていくことになる。
それが何を意味するのか、まだはっきりとはわからない。
けれど確かに、何かが始まったのだという気がしていた。
この静かな春の午後の一歩が、
波紋のように、日常を少しずつ変えていく――
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