Episode.10-H~物理的拘束~
前話:Episode.9-H
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放課後、学校からの道を抜け、見慣れた玄関の前に立つ。
チャイムを鳴らすと、すぐに中から元気な声が返ってきた。
「はーい、はーい!――あら、圭くん? 久しぶりねぇ」
「お邪魔します。お世話になります」
頭を下げると、凛の母親はにこやかに手招きをした。
あいかわらず朗らかで、凛とはまた違った柔らかさをもっていた。
「凛なら部屋にいるわよ。きっとまだ散らかってると思うから、圭くんの力で片付けさせてね」
「……了解です」
母の笑みの裏にほのかな期待と信頼が混じっているのを感じ取りつつ、
圭は階段を上って凛の部屋の前へ。ノックひとつで返事もそこそこにドアを開けると――
「あ、もう来たんだ。ほら、ここ座って~」
ベッドに寝そべって漫画を読んでいた凛が、軽い調子で声をかけた。
床には鞄が開け放たれ、教科書やノートは無造作に積まれている。
(……変わってない)
思わずため息が漏れた。
中学の頃と何ひとつ変わらない空気が、部屋中に漂っていた。
「立て。まず机の上を片付ける」
「ええ〜、先に休憩してからじゃダメ?」
「却下。今は“始業チャイム”が鳴った後だと思え。準備できてないやつは、教壇の前で立たされるんだ」
「うぅ……中学の頃よりスパルタ度増してる気がする……」
ぶつぶつ言いながらも、凛は渋々立ち上がり、机の上を片付け始めた。
圭が教科書と問題集を並べると、ようやくそれらしい学習スペースが整う。
「さ、始めるぞ。まずは数学な。ページはここから」
「せんぱーい……」
「甘えるな。これはお前の未来のためだ」
「せんぱいは、圭くんって呼んでほしくないの?」
「今は教師と生徒の関係だ。しっかり集中しろ」
半ば強引に問題集を開かせ、凛にシャーペンを握らせる。
問題を一つ解かせて、解答までの式をチェック。
途中で計算ミスを見つけると、即座に指摘する。
「ここ、なんでマイナス外してないんだ。前の問題でも言ったよな」
「うぅ……だってー、引き算って見た目怖いんだもん」
「数学に感情を持ち込むな。冷静に処理しろ。ここは脳筋戦じゃなくて論理戦だ」
「なんかその言い方、むしろ戦いたくなるんだけど……」
ぼやきつつも、凛のペンは止まらなかった。
不平不満を口にしながらも、口よりも先に手が動いている。
その様子を見ながら、圭は心の中で小さく息をついた。
こうして見れば、凛の集中力もまんざらじゃない。
一時間ほど経ち、凛のノートは問題と解答でしっかり埋まり始めていた。
「……ふぅ〜〜! 終わった〜!」
「いや、次は理科だ。今日は三教科やるって言っただろ?」
「……もうだめ。お菓子持ってきてからじゃないと死ぬ」
「じゃあ五分だけ休憩。戻ってきたら次に進むぞ」
凛は椅子から転げるようにして部屋を出ていった。
圭はその背中を見送りながら、机の上を片付けて次の準備に取りかかる。
(……昔と同じだ。でも、少しずつ、凛もちゃんと変わってる)
ただ追い立てるだけの時間じゃない。
ふたりで向かうこの勉強の時間が、今ではどこか、心地よかった。
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