Episode.10-D~スクエア~
前話:Episode.9-C
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「図書委員の仕事は、主に昼休みと放課後の管理当番です。返却された本はこのカートで運び、元の棚へ戻す。貸出・返却の対応も交代でやってもらう形になります」
木の軋む音とともに、委員長の落ち着いた声が図書室に響く。
その日、委員会メンバーとして集められたのは、篠原圭、高嶺雪那、三枝結菜の三人だった。
「よろしくお願いします」
簡潔に挨拶をする雪那に、結菜が軽く会釈を返す。
しかしその視線は、どこかしら素っ気なさを感じさせるものだった。
無理もない。
結菜は中学からの友人で、本を介して仲良くなった、いわば“気の合う相手”だった。
だがその関係は、圭と雪那の妙に親密な距離感に、少なからず揺らいでいた。
(……不貞腐れてる、かも)
結菜の視線の端に、それがにじんでいる気がした。
とはいえ、委員長の話は去年も聞いた内容だったため、圭は要点だけを拾いながら流すように聞いていた。
――――――
業務説明が終わった後、図書室内を簡単に見学する流れになった。
天井まで続く本棚。
陽が差し込まない静かな空間。
紙の匂いと、重なり合った知識の堆積。
その空間の一角で、懐かしい顔が見えた。
「……凛?」
呼びかけると、本棚の陰からひょこっと顔を出したのは、後輩の有栖川凛だった。
「センパイだ! やっぱりいた!」
明るく笑う彼女に圭は少し目を細める。
「久しぶり……本、好きだったっけ?」
「ううん? 別に。でもセンパイ、どうせ図書委員に入ると思ったから」
堂々とした理由に、思わず苦笑が漏れる。
凛らしいといえば、あまりにも凛らしかった。
「そうだ、雪那。彼女は凛。後輩だけど、昔からの知り合い」
そう言って二人を紹介すると、雪那は軽く頭を下げた。
その動作は丁寧だったが、どこか警戒心のようなものを孕んでいた。
そして次の瞬間、圭の袖がふいに引っ張られた。
(……袖?)
見ると、雪那の指先が、圭の制服の袖をそっと摘んでいる。
まるで、見知らぬ空間に迷い込んだ幼子のように。
凛はその様子を見て、一瞬、笑みを凍らせた。
口元が動くのが見えたが、聞こえたのはかすかな気配だけ。
「……泥棒猫」
音にさえならないほどの囁き。
だが、その言葉の輪郭ははっきりと読めてしまった。
結菜と凛。
どちらも、圭にとっては大切な人だ。
そして、雪那は――今も、圭の袖を摘んで離そうとしなかった。
(……どうしよう)
空気が妙な緊張を帯びてきたその時、委員長が声をかけてきた。
「篠原くん。ちょっと相談なんだけどさ」
「はい?」
「後期の図書委員長、君に推薦したいんだよね。どうかな?」
一瞬、教室の空気が変わった気がした。
「えーっ! 圭くん、すごいね!」と結菜。
「センパイ、さすが~!」と凛も。
圭はどう返すかを迷っていた。
(雪那のことを思うと……委員長になるのは、少し不安がある)
どうしようかと口を開きかけた、その時だった。
「……ダメ」
その声は確かな拒絶を孕んでいた。
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