Episode.3-D~疎外感とは受けるものであり、また与えるものでもある~
前話:Episode.2-B
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朝の登校路、柔らかな陽射しが通学路のアスファルトを優しく照らしていた。
圭はいつものように、通い慣れた道を歩いていた。だが、心の中には微かな迷いがあった。
――雪那に声をかけよう。
昨日の夜、そう決意したはずだった。昨日、雪那の頼みを断ったあと、凛との会話を通して、自分の気持ちにも整理がつき始めていた。だからこそ、せめて一言だけでも言葉を届けようと思っていたのだ。
だが、校門をくぐったとき、ふと圭の胸に別の考えが芽生えた。
(……でも、サイコロは選択は僕の選択だよな)
彼のポケットには、いつも通り小さなサイコロが収まっていた。1と2しかない、ただの小さな立方体。しかし何度も自分を導いてくれた存在だった。自分で選べなかったとき、怖くて前に進めなかったとき。いつも、このサイコロが背中を押してくれた。
(これは僕自身が選んだことだ。誰かのせいにしてるわけじゃない。……僕の意思なんだ)
雪那のことは気になる。彼女のお願いを断った時のあの表情が頭をチラつく。
けれど、だからといって衝動に任せて動くことは、自分の選択を裏切ることになる。時間が経つにつれ、圭の心にはその考えが強く根を張っていった。
(今じゃない……うん、きっとそうだ)
そうして圭はその日、雪那に声をかけることはなかった。
それからだ。彼女がある行動に出始めたのは。
――――――
休み時間。
次の授業の教科書を準備していた圭はふと、廊下へ出ていく雪那の背中を目にした。
誰にも声をかけず、机に何も置かず、静かに教室を抜け出していくその姿は、まるで空気のように淡く、誰にも気づかれないまま消えていくようだった。
(どこへ行くんだろう……)
圭は彼女の様子にわずかな不信感を抱いたが、そんな思考も教室の喧騒に掻き消されるように圭の頭から抜けていった。
――――――
昼休み。
授業が終わり、生徒たちは机に弁当を広げたり売店に走り出したとさまざまだ。
圭は前者の人間であるため、家から持ってきた弁当箱を取り出した。
「高嶺さん! 一緒にお昼食べない?」
横から聞こえた声に振り向くとクラスの女子が雪那に声をかけていた。
やはり転校生と仲良くなりたいのだろう。前を見れば女子達が机を固めていて、囲う準備は万端のようだった。
しかし、雪那は小さく頭を下げる。
「ごめんなさい。今から行くところがあるので……」
そっけなくそう言う彼女に女子は残念そうな表情をみせる。
「そっか……じゃあ、また今度ね……」
雪那は立ち上がると一人教室を出て行ってしまった。
教室は少し気まずい空気が立ち込めていた。
――――――
幾日か経ったある日の昼休み。
教室にはいつもの喧騒はなく、ヒソヒソと音量を下げた声が交わされていた。
話の内容はもちろん、雪那のことであった。
「高嶺さん、最近全然教室にいなくない?」
「なんかさ、他のクラスでも見かけたって。三組とか……あと、先輩のクラスにも来たって」
「え、マジ? 何しに行ってるんだろう……」
クラスメイトたちの囁きが、圭の耳にも自然と入ってくる。圭は弁当のおかずをつまみながら、彼らの噂話に耳を傾けていた。隣の席を見れば当たり前のように雪那はいない。
雪那がここに転校してきてからというもの、授業の時間以外でここに座っているところをいまだに見ていない。話を聞く限り、どうやら雪那は休み時間を使って別のクラスに足を運んでいるらしい。
理由は言わずとも察せた。
(――関係相手を探してるんだ)
彼女が転校してきた日のことを思い出す。
あの日、圭は雪那のお願いを断った。彼にとってはそんな一時の出来事であったが、彼女にとってはそうではない。今もまだ、お願いを聞いてくれる相手を探しているのだろう。
こうして、クラスメイトから噂されようとも。
(……あの時、僕が彼女のお願いを聞いていたらこんな事にはならなかったのだろうか)
圭はそう考えると胸が痛んだ。
自分は何かとんでもない間違いを犯したのではないか。
今からそれを何とかできるほど、自分に力があるとは思えなかった。
――――――
そしてまた、次の日の昼休み。
授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。
圭は教科書を片付けながら、チラリと隣に視線を向けた。雪那は、いつものように無言で立ち上がると、何も持たずに教室から出て行こうとする。クラスの女子も雪那に声をかけるつもりもないようで、彼女を止めるものは誰もいなかった。
これ以上は彼女がクラスから孤立してしまう。
圭は一つの決心をして、椅子から立ち上がろうとした。
その時であった。
「おーい圭。お客さんだぞ」
「ん?」
タイミング悪く声をかけられ、中途半端な体勢で固まる。
こちらにやってきたクラスの男子が、教室の前の扉の方に親指を向けた。
「ほら、あの子」
教室の扉のほうを指差された圭が視線を向けると、そこには見覚えのある少女の姿があった。
凛であった。
学校指定の制服に身を包み、控えめに手を振っている。普段の元気な印象とは異なり、今日はどこかお淑やかに、遠慮がちに佇んでいた。
何をしにきたのかと思ったが、手を見ればお弁当を持っている。
一緒にお昼を食べにきたのだろう。
男子がニヤついた顔で脇腹を小突いてくる。
「圭も隅におけないなー。あんな可愛い子と仲良しだなんて羨ましい奴め」
そう言って揶揄ってくる男子の脇腹にパンチを喰らわして黙らせる。
明らかに猫を被っている凛を弄ってやろうと苦笑しながら扉へ向かおうとする。
教室の後ろの扉が開いた。
思い出したようにハッと見ると、雪那が教室から出ていくところであった。
思わず雪那を追いかけそうになるが、すぐそこには自分を訪ねにきてくれた凛がいる。
(……どちらに、行くべきなんだ)
その問いが、静かに胸の奥に落ちていく。
【選択肢1】:
雪那を探し、一緒に昼食を取る。→4-Gへ
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【選択肢2】:
凛と昼食を共にする。→4-Hへ
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