Episode.3-C~君の花は二度咲く~
前話:Episode.2-B
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春の風が吹き抜ける朝、圭は校門をくぐりながら小さく息を整えた。何気ない通学路の途中で見た雪那の後ろ姿が、ずっと胸の内に引っかかっていた。
――昨日、自分はサイコロで彼女のお願いを断った。
その選択にどれだけの意味があったのか、答えは出ていなかった。ただ、もし彼女がそれで傷ついていたなら……そのことを謝りたい、そんな思いがあった。
教室に入ると、彼女はもう席についていて、窓の外を見つめていた。
「……高嶺さん」
呼びかけに、雪那はゆっくりと顔を向ける。感情を感じさせないその表情はいつも通りだった。
「昨日は……ごめん。君の頼み、断っちゃって……」
雪那は黙って聞いていた。数秒の沈黙のあと、ただひとことだけ返す。
「……別に、気にしてないです」
その言葉はどこかこちらを突き放しているような気がした。でも、ここで終わらせるわけには行かない。
圭は雪那の方へ少し身を乗り出す。
「もし、困ったことがあったら……いつでも頼ってほしい」
「……うん。わかった」
圭の精一杯の言葉に雪那は少しの間、言葉を探している様子を見せたが、すぐにフワッと微笑みを返した。
初めて見る彼女の笑みに圭は何だか救われたような気がした。
――――――
それから数日間、雪那は少しずつだが、学校という環境に馴染んでいった。
授業中、わからないところを前の席の女子に小さな声で尋ねたり、体育の準備を一緒にしている様子もあった。無口ではあるが、丁寧な受け答えが彼女の印象を和らげているのだろう。
昼休みにはクラスメイトの輪の中で食事を取るようになっていた。といっても自分から話すことは少ない。ただ、隣に座った子に声をかけられると、最低限の言葉で返す。にもかかわらず、その場は不思議と和やかな空気に包まれていた。
放課後には、教室に残って何人かと一緒に課題を進めている姿もあった。筆記用具を貸し借りしたり、参考書を見せてもらったり。自然と日常に溶け込むように、雪那はそこにいた。
そして圭とも、ごく普通に会話を交わすようになっていた。
「今日の英語……よくわからなかった」
「英語の担当、あのおじいちゃん先生だからな。本当に英語喋ってるのかすら怪しい」
内容は些細なことばかりで、どれも取るに足らない会話だった。だが、それでも圭にとっては大きな進歩だった。 雪那が自分を、少しずつでも頼ろうとしてくれている。その事実が、嬉しかった。
ある日は、クラスメイトに誘われて一緒に下校していた。
「高嶺さん、駅前に新しいクレープ屋ができたんだけど、一緒に行かない?」
「……うん、いいよ」
その様子を教室の窓から何気なく見ていた圭は、胸の奥に温かいような、寂しいような感情を抱いていた。
――――――
そんなある日の放課後、荷物をまとめて帰ろうとする圭に隣の席から声がかかった。
「……ちょっと、いい?」
「うん、なに?」
雪那はいつものように捉えどころのない表情をしているが、どこか真剣な雰囲気を纏っていた。
周りにクラスメイトがいないことを確認してから椅子を近づける。
雪那はただでさえ小さい声の音量をさらに落としてボソボソと喋った。
「クラスの中で……誰が一番、関係結ぶの……いいかな」
圭は一瞬、言葉を失った。
一体なんてことを相談してくるんだと思ったが、関係とはあの関係のことかと我にかえる。
一人で勝手に浮ついた心を落ち着かせると、一番の疑問を口にする。
「……まだ、探してたんだ?」
雪那は何でもないように頷く。
最近の彼女の様子を見ていて、特定の誰かに依存しなくとも問題なく過ごせているように見えた。
彼女自身も誰かを探すようなそぶりを見せていなかったので、すっかり諦めたのかと思っていた。
「……どうして、僕に?」
「私の事情を知ってるの、君だけ……」
「いや、確かにそうだけど」
「それに、君なら皆んなのこと、知ってる」
理屈の通った言葉に圭は何も言えなくなる。圭は小さくため息をつくと、雪那に身体ごと向き合った。
「えっと……誰が良いとかはあったりする?」
「岡田君と……杉本君と、森川君」
「一旦、森川はやめとこう。流石に友達は気まずい」
雪那は指を数えながら、三人の名を挙げた。
森川は省くとして、岡田と杉本はどちらもクラスでは目立ちすぎず、常識的な性格をしている男子だった。
雪那の選ぶ人のタイプが何となく読めてきた、自分もそう見られていたのだろうか。
圭はそんなことを頭の片隅に押しやりながら、浮上した問題を口に出す。
「……杉本は、彼女がいたっけか」
圭はそう呟いた。
その時ふと、思ったことを口に出す。
「女子にしなくていいの? 異性の方が色々理解があるんじゃない?」
その言葉に雪那はふるふると首を振った。
「女の子はだめ」
「え……でも、男子とだと変な噂流れるかもしれないし――」「だめ」
被せるように吐かれた言葉の強さに圭は言葉を失う。
雪那の瞳は強い意思を湛えつつもどこか不安定に揺れていた。
「わかった、ごめん」
圭は謝ると、先ほどの話に思考をリセットする。
男しか選択肢がないのであれば、やはり――
「……岡田がいいと思う。杉本は彼女がいるし、複雑なことになるかもしれない」
「……わかった。」
雪那はあっさりと頷いた。
圭はその言葉でフッと心が軽くなったように感じる。
圭もまた先日のことで負い目を感じていたため、選択ではないが彼女の助けになることができて罪滅ぼしをした気分だった。
そして、話は終わるはずだった。
だが、圭の中にある考えがふいに浮かび上がる。
――自分も、再び依存相手の候補になれるだろうか。
彼女を一度突き放した自分に、そんな資格があるのか。
けれど、彼女のことをずっと気にかけていたのも、他ならぬ自分だった。
――僕はまだ彼女の力になれる。
たった今の成功体験が圭の心に何かを生み出した。
きっと明日にでも雪那は岡田に圭の時と同じ提案をするだろう。今なら、間に合うのではないか。
彼は、もう一つの選択を口にしようと、唇を動かしかける。
そして――
【選択肢1】:
岡田を選ぶという選択をそのまま貫く。→4-E
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【選択肢2】:
圭が再び依存相手になることを申し出る。→4-F
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