Episode.7-D~誰も悪くない、まぁ強いていうなら~
前話:Episode.6-B
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呼吸を整えようとした。
何度も、深く、酸素を吸おうとした。
そうすれば、さっきまでの過呼吸が収まる。視界が戻る。音が戻る。現実に帰ってこれる――はずだった。
けれど、その瞬間だった。
圭の頭の中に、“あの光景”がフラッシュのように浮かんだ。
黄色信号。
制動しない大型トラック。
吹き飛ぶ、小さな体。
地面に叩きつけられる音。
悲鳴。甲高いブレーキ音。
鉄と血の、混ざり合った匂い。
あの時の情景が、今、この瞬間に甦った。
考えるな考えるな考えるな
肩が震える。体温が奪われていく。
視界が白く霞み、音が遠のいていくなか――
誰かが、肩に触れた。
その感覚だけは、確かにあった。
柔らかく、けれど迷いのないその手のひら。
それは、彼の意識を引き戻すはずの光だった。
けれど。
瞬間、圭の腕が跳ね上がる。
バシッという音。
「痛っ!」
その声にはっとして、圭は顔を上げた。
目の前には、肩を抱えて立ち尽くす雪那の姿があった。
細い腕。小さな体。その輪郭が、記憶の中の“誰か”と重なる。
だけど、それはもう今の現実だ。
雪那は、いつもの無表情ではなかった。
唇は震え、目は見開かれ、恐怖と――驚きと――何か言葉にならない感情に染まっていた。
「……ごめん。ごめんなさい」
圭が慌てて謝った時にはもう遅く、雪那はその場から一歩、また一歩と後ずさる。
そして、震える声で呟いた。
「……ごめんなさい……」
そう言って、彼女は踵を返し――走り出した。
夕暮れの街に、彼女の小さな背中が吸い込まれていく。
追いかけようと一歩踏み出す足に、圭は力を入れることができなかった。
――彼女もまた、“何か”を思い出してしまったのだ。
――――――
その夜、圭のスマホにメッセージが届いた。
《今日は、ごめんね》
それに対して、圭はすぐに返信を打った。
《僕の方こそ、ごめん。手を……あんなこと、絶対にするつもりじゃなかった》
既読がつくのは、しばらくしてからだった。
《関係、終わりにしよう。私はもう、圭くんの隣にはいられない》
その言葉に、圭は返す言葉を探した。
いくつも打ち込んでは、消した。
謝罪も、言い訳も、もう届かないと分かっていた。
最後に送ったのは、たったひとこと。
《……分かった》
既読はつかなかった。
――――――
彼女がどんな気持ちだったのか。
自分がどこまで彼女の“本当”を知っていたのか。
圭には、何一つ分からなかった。
ただ分かっているのは――
自分が、壊してしまったのだということだけ。
――*――*――
BAD END
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