Episode.3-A~”なるべく”とは、曰く”絶対”である。~
前話:Episode.2-A
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サイコロは乾いた音を立て、机の上で『1』を示していた。
教室の空気が一瞬だけ静止する。その結果に、圭はゆっくりと息を吐いた。
雪那が静かにこちらを見ている。微動だにしないその瞳からは、相変わらず何も読み取れなかったが、圭が小さくうなずくと、彼女はその意図を汲み、視線をクラスメイトに移した。
「……うん。一緒に行く」
その声は相変わらず小さく、感情の起伏を伴わない。それでも、その一言が発せられた瞬間、教室の空気は一気に華やいだ。
「やったー! ねぇ高嶺さん、どこかいきたい所とかある?」
「カフェ? それともゲーセン? どこでもいいよ?」
女子たちが次々に声を上げ、まるで花が一斉に咲いたかのような賑わいを見せ始める。
男子たちもざわざわと興味を示し始め、予定を合わせようと各々スマホを取り出す。誰かが「駅前の商店街がいいんじゃない?」と提案すれば、別の誰かが「いや、映画も観たくない?」と続けた。
その中心で、雪那は相変わらず淡々と立っていた。
クラスメイトからの質問や提案にも「うん」や「そうなんだ」と鈍い反応を返すばかりである。そんな曖昧な返答も気にすることなく会話の輪は大きくなっていく。
するとクラスメイトの誰かが言った。
「高嶺さん転校してきたばっかだし、街をみんなで案内しない?」
「いいねそれ! 賛成〜!」
その提案にクラスから賛成の声が多く上がる。
「高嶺さんもそれでいいよね?」
「……うん、いいよ」
「よっしゃ、それに決定〜!」
圭はその様子を眺めながら、静かに荷物をまとめ始めた。
これでいい。
クラスメイトの一人が言ったように彼女はまだ転校してきたばかり。街のことを知らないだけでなく、人間関係も希薄な状態だ。
しかし、雪那が彼らについて行けば、そのどちらの問題も解決できる。
一緒に帰るという約束は反故することになるが、この選択は間違いなく彼女のためになるはずだ。
そう一人で納得して教室を出ようとしたそのとき――
「……篠原君」
小さく、けれどはっきりとした声が、背後から彼を呼び止めた。
振り返ると、雪那が立っていた。クラスメイトたちが盛り上がるその輪の外で、彼女だけが圭に向かって歩み出てくる。
「……一緒に、来てほしい」
その一言に、圭は瞬間的に言葉を失った。
「え……僕が?」
雪那は小さくうなずいた。
艶やかな黒髪がふわりと揺れる。
「貴方がいないと、何も決められない」
「え……でも、みんなもいるし――」
「違うよ」
雪那はまるで子供の間違いを正すようにゆっくりと首を振った。
その瞳は廊下で見た時のそれとよく似ていた。
優しく諭すように雪那の口から言葉が紡がれる。
「篠原君は、私の全てを選べる……ううん、選ばないといけないの」
「選ばないとって……そんな義務みたいに――」
「義務だよ」
圭の言葉に被せるように雪那は口を開く。
その静かな気迫に圭は思わず息を呑んだ。
自分がいつもの調子でないことに気づいたのか、雪那の膨らんだ感情はすぐに萎んでしまう。
「……義務では、ないけど……篠原君は私のお願いを聞いてくれたから、なるべく私の事、決めてほしい」
雪那の言葉に圭はやっとこの関係を理解することができたのかも知れない。
(……これは、最初の一歩にすぎないんだ)
圭は再び、ポケットの中のサイコロの感触を確かめる。
これから、彼女が何かを選ぶたびに、自分が傍にいることになるのだろうか。
それが正しいのかは、まだわからない。
【選択肢1】:
雪那と一緒にクラスメイトとの遊びについて行く。→4-Aへ
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【選択肢2】:
雪那を一人で行かせる。→4-Bへ
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