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Episode.5-H-l~勉強の楽しさ~

前話:Episode.5-H-k

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/38/

 ノートを風がめくるたびに、雪那の指先がそっと紙を押さえる。

 屋上の陽射しはじんわりと肌を温め、梅雨の名残りはもうどこにもなかった。

 圭が説明する英文法の例文に、雪那は小さく頷きながら、赤いボールペンで線を引いていく。

 言葉は少ないが、真剣に耳を傾けていることがわかる。


「この構文、テストに出やすいから、覚えておいた方がいいよ」

「……わかった」


 穏やかな昼の空気のなか、二人の勉強会は静かに進んでいた。

 しばらくして、教科書を閉じる音が一つ。

 雪那が口を開いた。


「ねぇ、なんかさ……」

「ん?」

「私たちが屋上に入り浸ってるって、噂になってるらしいよ」

「へぇ……まあ、別にいいんじゃないか? 勝手に噂させといて」


 圭は軽く肩をすくめて笑った。

 そう、気にしても仕方ない。

 何か特別なことをしているわけじゃない。

 ただ、一緒に過ごしているだけなのだから。


「……あと、これはクラスの子に聞いたんだけど」


 雪那は、ノートに視線を落としたまま、ぽつりと続ける。


「屋上って、カップルがよく使う場所らしいの」


 その言葉に、圭の手が一瞬だけ止まる。


 無言。


 もちろん、知っていた。

 昼休みに、二人きりで過ごせる場所。

 恋人同士がひっそりと時間を分かち合うには、これ以上ないロケーション。

 だが、圭たちにそんなつもりは、微塵もなかった。

 ただ、彼女にとって“居場所”になり得る空間が、他になかっただけだ。

 ――もし、ここで「私のこと、好きなの?」なんて聞かれたら――

 などと、ありもしない妄想が一瞬頭をよぎる。

 そのとき。


「私たち以外に使ってる人、見たことないから……この学校、恋愛禁止だったりするの?」


 拍子抜けするような、予想外の一言が雪那の口から転がり落ちた。

 圭は呆気に取られた顔で彼女を見る。


「……いや、そんなことはないと思うけど」

「ふーん」


 その一言で、また会話が終わった。

 圭は気を取り直すように、わざとらしく咳払いして教科書を開いた。


「ほ、ほら。勉強しないと赤点になっちゃうぞ」

「? わかった」


 雪那は素直に頷き、再びノートに視線を戻した。

 その仕草を見て、圭は小さく息を吐いた。

 昼の陽射しが、二人の間をやさしく包み込んでいた。

続き→5-H-mへ

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/40/

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