Episode.5-H-l~勉強の楽しさ~
前話:Episode.5-H-k
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ノートを風がめくるたびに、雪那の指先がそっと紙を押さえる。
屋上の陽射しはじんわりと肌を温め、梅雨の名残りはもうどこにもなかった。
圭が説明する英文法の例文に、雪那は小さく頷きながら、赤いボールペンで線を引いていく。
言葉は少ないが、真剣に耳を傾けていることがわかる。
「この構文、テストに出やすいから、覚えておいた方がいいよ」
「……わかった」
穏やかな昼の空気のなか、二人の勉強会は静かに進んでいた。
しばらくして、教科書を閉じる音が一つ。
雪那が口を開いた。
「ねぇ、なんかさ……」
「ん?」
「私たちが屋上に入り浸ってるって、噂になってるらしいよ」
「へぇ……まあ、別にいいんじゃないか? 勝手に噂させといて」
圭は軽く肩をすくめて笑った。
そう、気にしても仕方ない。
何か特別なことをしているわけじゃない。
ただ、一緒に過ごしているだけなのだから。
「……あと、これはクラスの子に聞いたんだけど」
雪那は、ノートに視線を落としたまま、ぽつりと続ける。
「屋上って、カップルがよく使う場所らしいの」
その言葉に、圭の手が一瞬だけ止まる。
無言。
もちろん、知っていた。
昼休みに、二人きりで過ごせる場所。
恋人同士がひっそりと時間を分かち合うには、これ以上ないロケーション。
だが、圭たちにそんなつもりは、微塵もなかった。
ただ、彼女にとって“居場所”になり得る空間が、他になかっただけだ。
――もし、ここで「私のこと、好きなの?」なんて聞かれたら――
などと、ありもしない妄想が一瞬頭をよぎる。
そのとき。
「私たち以外に使ってる人、見たことないから……この学校、恋愛禁止だったりするの?」
拍子抜けするような、予想外の一言が雪那の口から転がり落ちた。
圭は呆気に取られた顔で彼女を見る。
「……いや、そんなことはないと思うけど」
「ふーん」
その一言で、また会話が終わった。
圭は気を取り直すように、わざとらしく咳払いして教科書を開いた。
「ほ、ほら。勉強しないと赤点になっちゃうぞ」
「? わかった」
雪那は素直に頷き、再びノートに視線を戻した。
その仕草を見て、圭は小さく息を吐いた。
昼の陽射しが、二人の間をやさしく包み込んでいた。
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