Episode.5-H-i~ほら、行こ?~
前話:Episode.5-H-h
https://ncode.syosetu.com/n6562kv/35/
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴ると、教室の空気が一気に弛緩した。
昼休みという名の自由な時間が訪れ、クラスはざわめきに包まれる。
あちこちから椅子を引く音、弁当袋を開ける音、そして誰かの笑い声が入り混じる。
圭も、いつも通りに教科書を閉じ、雪那の後を追って屋上へ向かうつもりだった。
だが、その日――珍しく、その流れは変わった。
「篠原くん、今日……売店寄ってもいい?」
教室の出入り口に向かおうとしていたところで、後ろから声がかかる。
振り返ると、雪那がほんの少しだけ首を傾げて、こちらを見ていた。
「……別にいいけど、どうしたの?」
「今日……寝坊して、お弁当作るの忘れた」
なるほどと小さく頷いて、圭は微笑を浮かべた。
「じゃあ、売店寄ろっか」
「……うん」
ごく短いやりとり。けれど、確かにそこには「誘い」と「応え」があった。
いつもは後を追っていた関係。だが、今日は初めて“並んで”教室を出ていく。
その光景は、後ろで見ていたクラスメイトたちの間で、密かに話題となることになる。
けれど、当の二人の耳には、まだそんな噂は届かない。
校舎一階の売店でパンを選び、手早く会計を済ませる。
雪那は小ぶりなクリームパンと、紙パックの紅茶を手に取っていた。
階段を上がり、屋上の扉を開ける。
風が吹き抜け、日差しが眩しく降り注いでいた。
ベンチに腰を下ろし、紙袋を開く。
「……そういえば」
ふと、圭が雪那の方を見ながら言った。
「衣替えしたんだね」
以前はカーディガンを羽織っていた彼女が、今日は涼しげな半袖姿だった。
白のブラウスは風を受けて軽やかに揺れ、その下に伸びる艶やかな黒髪が、陽に照らされてきらめいていた。
――やはり、白がよく似合う。
そんな感想が自然と胸に浮かぶ。
「……篠原くんは、暑くないの?」
「僕はまだ平気かな。でもそろそろ、半袖にするつもり」
そう応えながら、互いの影がベンチの下に伸びているのを眺めた。
夏の気配は、確実に近づいてきている。
パンの包装を静かに剥がす音が、風に紛れていく。
その日を境に、雪那は休み時間に“形だけでも”一人で教室を出ていくことはなくなった。
圭と一緒に売店へ行ったから。
誰かに寄り添う時間が、ほんの少しだけ当たり前になったから。
変化はまだ小さい。けれど、それは確かな前進だった。
続き→5-H-jへ
https://ncode.syosetu.com/n6562kv/37/




