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せつな  作者: 666
春編
35/817

Episode.5-H-h~哲学とは~

前話:Episode.5-H-g

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/34/

 昼休み、今日もいつもの階段の踊り場。

 弁当を食べ終えたあとは、自然と二人とも無言になった。

 何かを無理に話すでもなく、ただそこにいる。そんな沈黙が、いつの間にか心地よくなっていた。

 圭はカバンから一冊の文庫を取り出す。

 自分の机から持ってきたそれは、厚みのある哲学書だった。

 ページをめくりながら、窓から差し込む陽に目を細める。


 “陽の元で読むのって、やっぱり気持ちいいな”


 湿った空気ももう抜けていて、春の終わりが顔を見せ始めている。

 本の活字が、窓から差し込む光に透けて柔らかく感じられた。


 そのときだった。


「……いつも、何読んでるの?」


 雪那の声が、横からふわりと飛び込んできた。

 いつもなら自分から話しかけるばかりだったのに、彼女から声をかけてくれるのは、やはり少し嬉しかった。


「ん? ああ……」


 本のページを閉じ、ブックカバーに包まれた背表紙を軽く叩いて見せる。


「哲学の本だよ。これは現代の哲学者が書いた本だけど、ソクラテスとかニーチェとか……名前くらいは聞いたことあるでしょ?」


 雪那はちらりと本に視線を落とした後、自分の手元に視線を戻した。

 そこには、圭が先日勧めた小説が握られていた。

 ページの端がややくたびれていて、少なくとも“読まれた痕跡”がそこにはあった。


「……面白いの?」

「人によるかな。僕は小学校の頃から読んでるから、習慣になってるんだ。けど、面白いよ」


 少し照れくささを含んだように言いながら、ページの端をめくる。


「読んでみる?」


 そう言って本を差し出してみると、雪那はほんの少し首をかしげ、ゆっくりと首を横に振った。


「……今はやめとく」


 それだけだったが、その声には“いずれ”という余韻があるような気がした。

 窓の外では、光が雲の隙間から差し込んでいた。

 あの日までの連日の雨が嘘のように、空は穏やかに晴れかけていた。

 ページをめくる音と、風が通り抜ける音。

 小さな日常の積み重ねが、いつの間にか春の終わりを連れてきていた。

続き→5-H-iへ

https://ncode.syosetu.com/n6562kv/36/

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