Episode.5-H-h~哲学とは~
前話:Episode.5-H-g
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昼休み、今日もいつもの階段の踊り場。
弁当を食べ終えたあとは、自然と二人とも無言になった。
何かを無理に話すでもなく、ただそこにいる。そんな沈黙が、いつの間にか心地よくなっていた。
圭はカバンから一冊の文庫を取り出す。
自分の机から持ってきたそれは、厚みのある哲学書だった。
ページをめくりながら、窓から差し込む陽に目を細める。
“陽の元で読むのって、やっぱり気持ちいいな”
湿った空気ももう抜けていて、春の終わりが顔を見せ始めている。
本の活字が、窓から差し込む光に透けて柔らかく感じられた。
そのときだった。
「……いつも、何読んでるの?」
雪那の声が、横からふわりと飛び込んできた。
いつもなら自分から話しかけるばかりだったのに、彼女から声をかけてくれるのは、やはり少し嬉しかった。
「ん? ああ……」
本のページを閉じ、ブックカバーに包まれた背表紙を軽く叩いて見せる。
「哲学の本だよ。これは現代の哲学者が書いた本だけど、ソクラテスとかニーチェとか……名前くらいは聞いたことあるでしょ?」
雪那はちらりと本に視線を落とした後、自分の手元に視線を戻した。
そこには、圭が先日勧めた小説が握られていた。
ページの端がややくたびれていて、少なくとも“読まれた痕跡”がそこにはあった。
「……面白いの?」
「人によるかな。僕は小学校の頃から読んでるから、習慣になってるんだ。けど、面白いよ」
少し照れくささを含んだように言いながら、ページの端をめくる。
「読んでみる?」
そう言って本を差し出してみると、雪那はほんの少し首をかしげ、ゆっくりと首を横に振った。
「……今はやめとく」
それだけだったが、その声には“いずれ”という余韻があるような気がした。
窓の外では、光が雲の隙間から差し込んでいた。
あの日までの連日の雨が嘘のように、空は穏やかに晴れかけていた。
ページをめくる音と、風が通り抜ける音。
小さな日常の積み重ねが、いつの間にか春の終わりを連れてきていた。
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